コクヨ株式会社は、2025年大阪・関西万博の「Co-Design Challengeプログラム」を通じて、全国の国産材、地域材を活用した木製ベンチを万博会場に設置する。木製ベンチの製作を通し、資源として十分に活用されていない国内地域材を活用するとともに、自分たちの住む地域にどれだけの森林があるのか、森林環境にはどのような課題を抱えているのかを知り、楽しんで社会課題と向き合ってもらうことで日本の林業を見直す機会の創出につなげることをめざす。そのプロジェクトについて、4回のシリーズ企画で迫る。
※シリーズ記事は、「Co-Design Challengeプログラム」のホームページに公開しています。各記事は、取材時点の情報のため、プロジェクトの進捗や開発状況によって当時から変更となった点などが含まれます。
「万博で『木育』の輪広げる」老舗文具メーカー 変革の試金石に Vol.1
試作品のベンチを前にデザインや強度について相談する
森林資源とともに成長してきた。だから、保全する使命がある。そんな思いをCo-Design Challengeにぶつけてきた企業があった。誰もが知る大手文具メーカー「コクヨ」だ。取り組んだのは「国産材、地域材活用のための木製ベンチ」。各地域の木材に光を当て、子どもたちの『木育』の輪を広げる、コクヨ自身の変革の試金石だ。老舗企業の挑戦に迫った。
日本の国土面積の3分の2を占める森林は、林業による伐採などの間伐を通じて管理保全されてきた。森林と人は長い共生の歴史がある。そしてコクヨは、机や家具、文具などの商品開発を、主に国産木材を使って進めてきた。いわば、森林資源を活用しながら成長してきた企業だ。
ところが、大量に輸入される外国産材に圧され、国産材の利用が減少。木は伐採されず、森は荒廃した。さらに、日本の林業は後継者不足とともに衰退の一途をたどり始めた。危機感から、コクヨは2006年、高知県の大正町森林組合(2012年に他森林組合と合併し、現在は四万十町森林組合)とともに森林保全活動に挑んだ。県全体の森林の割合が全国1位の森林王国・高知県。日本最後の清流とうたわれる四万十川の流域は、いまも美しい森と豊かな自然を失っていない。まさに活動には格好の地だ。
プロジェクトの名は「結(ゆい)の森」。「結」とは元々、農村で住民たちが助け合ってきた習慣を意味し、その精神への共感から名付けた。主な活動はこうだ。まずは適切に間伐を進め、間伐材を使ったテーブルやイスなどを商品化して林業を支援する。それだけではない。地元の人たちと協力して森周辺の生態系を把握するためのモニタリング調査も行う。環境の変化を実際に目にすることで、間伐をはじめとする保全活動の効果を実証してきた。
シニアマネジャーの足立修一は、こうした活動を通じて気になっていたことがある。「こんなに大切な林業という仕事に対して、地域での尊敬の念が薄れてきている。それは地域愛の喪失ともつながっているのではないか」。子どもたちが木に接する機会を通して、地域の自然の豊かさや森林資源の大切さを学ぶ『木育』という考え方を、もっと広められないか。
この課題に切り込んだのが、今回の取り組みだ。コクヨの場合、Co-Design Challengeに選定されたプロジェクトのなかでも趣が少し異なる。地域の木材でベンチを作り、万博会場に置くだけではない。ベンチを作りたい自治体を全国から募り、大阪・関西万博でPRしたい思いを聞き取りながら製作を進めていく。さらに、背もたれや座面などの部材を組み立てたり、色を塗ったりするワークショップを開催し、地域の子どもたちの手で完成させてもらうところがカギになる。
コクヨ 会長室兼 EXPO2025タスクフォース 足立 修一さん
「万博で『木育』の輪広げる」老舗文具メーカー 変革の試金石に Vol.2
ベンチのデザインについて打ち合わせる
新庁舎整備において伐採する街路樹のクスノキを再利用したいと、兵庫県伊丹市はコクヨの取り組みに真っ先に手を挙げた。クスノキは市の木に選ばれており、廃棄せずに活用する方法を模索していたところだった。12本から6台のベンチを製作するため、早々に2023年度の補正予算に組み込んだ。伊丹空港や歴史がある清酒をモチーフにしたデザイン3案を伊丹市とコクヨ、そしてCo-Design Challengeの取り組みに協力するVUILD株式会社のサポートで考え、未来を託すであろう市内の子どもたちに投票してもらう。子どもたちと共に創られた地域材を活用した「伊丹市」ベンチ。5台は大阪・関西万博の会場に、1台は新庁舎に設置。万博閉幕後は、新庁舎前に整備する市民広場に移設する予定だ。
「ベンチという手段をつかって、地域と世界をつなげることができる」。プロジェクトリーダーの酒井宏史は期待する。自分たちが作ったベンチで、世界中の人たちが足を休めたり、お弁当を食べて交流したりする。そんな姿を見たら、子どもたちも世界を感じられるはず。足立も「そのベンチが返ってきたら、自治体の中でも大切な財産になるのではないか。そうすれば、地域の木の良さや地域愛を雄弁に語ってくれる子どもたちが育っていくきっかけになるかも。万博という最高のイベントを活用して『木育』につなげたい」
とはいえ、さまざまな壁も立ちはだかる。コクヨは、間伐材を使った家具作りに取り組んではいたが、スチール製の商品に比べてコストが高止まりし、これまで「主力商品」にはしてこなかった。さらに、オフィス用の開発がメインのため、戸外用の製品開発はあまり経験値がない。酒井は「地域の環境によって木材の特性が違い、ベンチにした時に品質をどう担保していけるか。湿度や温度、紫外線による変色の度合いなど、何回も実験を重ねて急ピッチで課題をクリアしていっている」と現状を説明する。
コクヨは2030年までの第3次中期経営計画のなかで、「家具から、多様な『働き方』を支える『オフィス空間』へ、文具から、自分らしい『学び方と暮らし方』を支える『道具・サービス』へと事業を展開する」とうたう。大量生産、大量消費、大量廃棄のリニア型経済からの脱却を図るため、Co-Design Challengeへのチャレンジは会社が変わる試金石となり得る。
足立は言う。「木ひとつをとってみても、活用方法だったり、『木育』だったりと自治体によって課題は違う」。社員一人ひとりがその課題に向き合い、ベストな選択肢を一緒になって考え抜く。「難易度は高いが、非常にやりがいのある作業。単にモノを売り、サービスを提供すれば終わりではない。これからは、働き方を、空間を変え、お客様も気づいていない課題を解決する集団に生まれ変わっていく。新たなコクヨの企業理念を体現していく一歩になるはず」
コクヨ ワークプレイス事業本部 TCM本部 マーケティング部 酒井 宏史さん
「万博で『木育』の輪広げる」老舗文具メーカー 変革の試金石に Vol.3
兵庫県伊丹市と製作を進めるベンチ「つながる飛行機雲」試作品
木目の美しさに曲面を多用したユニークな造形のベンチが姿を現した。「つながる飛行機雲」。地域材を活用したコクヨの取り組みに参加する兵庫県伊丹市の公立小学校に通う児童らの投票で決まったデザインだ。新庁舎整備で伐採された街路樹のクスノキを活用し、4層に積み重なった雲形ベンチは、空港のあるまち・伊丹と世界を繋ぐシンボルとして、繋がる想いが積層する意味を込め、伊丹の未来を託す。そんな思いを受け止めようと、プロジェクトは始動した。
「木材を使った、屋内外で使用できるベンチ」。コクヨはスチールのオフィス製品を扱う仕事が多いので、知恵を絞り、工夫を重ねていくしかない。木材の接着剤の選定だけでも様々な想定、検証を必要とした。営業の山野内孝満は、クスノキの活用をはじめ、サステナブルな新庁舎整備に合致するベンチづくりを目指し、社内のプロジェクトチームに要望を伝えていく。品質には徹底的にこだわり、決して妥協しない。調達を担当する堀田俊彦は、苦労の連続だった。持ち込まれたクスノキは丸太にして10本分。反り返ったり節があったりと全てが使えるわけではない。より分けていくことで、180cm×90cmほどの木板5、6枚を何とか確保し、肘置きや1層目を支える部材に使うめどがついた。
完成前の座面には、15cmほどの丸く変色した部分が残る。落下衝撃繰り返し実験の跡だ。製品立ち上げを担当する由井克人が解説する。「JIS規格では57㎏の重りを高さ36cmから10万回落とし耐久性などを試すが、大阪・関西万博に訪れる外国の方を想定し、さらに10万回の実験を重ねた」。紫外線対策、安全面への配慮。どれ一つ手は抜けない。設計にあたる寺尾保紀は、子どもを遊びに連れて行った公園で、何かヒントはないかとベンチを子細に観察し、写真に収めた。「ずっと子どもたちに使い続けてほしい」。そんなパパの思いも込めた。来年2月には、制作する6台のうち2台の組み立てを、伊丹市のワークショップで児童らと行う予定だ。
チームを束ねる酒井宏史は言う。「ベンチを納品して終わりではなく、どうメンテナンスしていくかまで考えている。ゼロからアイデアを絞り出し、そこに各部署のノウハウを結集し、絶対的な自信を持って取り組んできた」。高知県四万十町、大阪府河内長野市でも、地域材を生かした同様の取り組みを進めている。未来へのチャレンジ。コクヨにとっての大きなレガシーになるだろう。
20万回の落下試験の衝撃で約15cmの丸型跡を指すインテリア開発部 由井 克人さん(右)
「万博で『木育』の輪広げる」老舗文具メーカー 変革の試金石に Vol.4
(左から)兵庫県伊丹市、高知県四万十町、大阪府河内長野市と製作を進めるベンチ
地域の思いを託して万博に出品される木製ベンチ。たとえ1脚であれ、「品質のコクヨ」のプライドは譲れない。生産管理も品質保証も怠りなく、過酷な試験を繰り返して「珠玉のベンチ」を作り上げてきた。
デザイン面でも、自治体に受け入れてもらえるようなコンセプト作りに知恵を絞った。高知県四万十町ベンチのデザインを担当する羽場梢が当初考えたのは縁側のように自由な使い方ができるシンプルで円形状のものだった。社内では「縁側ベンチ」と呼ばれた。
そこに、企画の主旨である住民参加型ワークショップの開催を見越し、また、地元住民にも仕上げに加わってもらうことができるように、円の中心に木のモニュメントを立てることにした。高さ45cmの座面からさらに135cmの〝樹木〟の部分には、適度な「抜け感」を演出するために「くり抜き」のデザインを採用し、強度面への影響とデザインの全体的なバランスを考慮しながら、試作を重ねて強度計算を行った。
このベンチをベースに、11月に県立四万十高校の生徒によるワークショップが、四万十町で行われた。四万十町の鳥である「ヤイロチョウ」などをイメージして木を飾りつける「チャーム」作りでは、生徒たちが自分たちの思いを込めて自由に彩色やデザインを施し、彩りを増したベンチが完成した。
コクヨは2006年から同町で森林組合などと協働し「結(ゆい)の森プロジェクト」という森林保全活動に取り組んできた。羽場は、その森林資源を活用する家具ブランド「yuimori」を担当する。今回のベンチも、この森で育ったヒノキが使われる。「とても大変ではあったが万博への期待を感じることができた」と振り返る。丸みを帯びたデザインが木の持つ優しさとも相まって四万十の風を感じられる作品となった。
「ランドスケープ(景観)」型のベンチを担当したのは、靍﨑健太郎だ。河内長野市と四万十町が採用した。河内長野市のベンチは「森林が生み出す自然の恵み 豊かな水源」と「街道と豊かな緑が織りなす魅力」がテーマだ。「初めて座る人に何だろうと興味を持ってもらいたい」と象徴的でありつつ抽象的であることにこだわった。例えば背もたれにデザインされた水紋の広がりは、ダムや滝、山々へと続く水の恵みを想起させる。水紋の色出しにも苦労した。青でも緑でもなく、深みがある「自然から引用した色」にようやくたどり着けた。四万十町のベンチは、四万十川や沈下橋をデザインした。コラボレーションした地域・自治体の風景が、ベンチという形で万博に参加するワクワク感。「製品デザインという自身の価値観を、あえてずらしたようなアプローチがとても新鮮だった」と語る靍﨑は、確かな手応えを感じている。
チームの支柱、酒井宏史は、Co-Design Challengeでの取り組みについて、これまでにない新鮮な体験を通して、コクヨの国産材家具の次につながる可能性を感じていると言う。新たなスタートへの第一歩はすでに踏み出されている。
高知県立四万十高校の生徒が参加したワークショップの様子
大阪府河内長野市と製作を進めるベンチ
(左から)マーケティング部 酒井 宏史さん
インテリア開発部 羽場 梢さん
インテリア開発部 靍﨑 健太郎さん
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Co-Design Challengeとは?
Co-Design Challengeプログラムは、大阪・関西万博を契機に、様々な「これからの日本のくらし(まち)」 を改めて考え、多彩なプレイヤーとの共創により新たなモノを万博で実現するプロジェクトです。
万博という機会を活用し、物品やサービスを新たに開発することを通じて、現在の社会課題の解決や万博が目指す未来社会の実現を目指します。
Co-Design Challengeプログラムは、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会が設置したデザイン視点から大阪・関西万博で実装すべき未来社会の姿を検討する委員会「Expo Outcome Design Committee(以下、「EODC」)」監修のもと生まれたプログラムです。
※EODCでの検討の結果は