エースジャパン株式会社は、2025年大阪・関西万博の「Co-Design Challengeプログラム」を通じて、国内の森林地における間伐処理等により、これまで使われずに捨てられることの多かった枝、葉、樹皮等を活用したオリジナルベンチを提案する。デザイン面では、「セル」や「ダイナミック」という言葉をキーワードに、「いのち」が宿ったような遊び心のあるベンチだ。そのプロジェクトについて、4回のシリーズ企画で迫る。
※シリーズ記事は、「Co-Design Challengeプログラム」のホームページに公開しています。各記事は、取材時点の情報のため、プロジェクトの進捗や開発状況によって当時から変更となった点などが含まれます。
「アイデアと信念で環境課題に切り込む」京都発ベンチャー 万博から世界へ Vol.1
「これからの未利用間伐材を活用したベンチ」試作品
伐採後に残される大量の木切れや葉、樹皮を活用した独自技術で環境問題に挑んだベンチャー企業が京都にある。物流総合商社の「エースジャパン」だ。この技術をテコに、Co-Design Challengeでは最多の2000脚のベンチを万博会場に提供する。提案したのは「これからの未利用間伐材を活用したベンチ」。信念で道を切り開き、万博から世界を見据える起業家の思いとは。
2010年4月、エースジャパンは京都府精華町で産声をあげた。判藤慶太がちょうど不惑の年。ベンチャー育成施設内の小さな部屋から出発した。コネも、資金もなかったが、長年営業で培ったフットワークの軽さと探究心には自負があった。ビジネスの種にしたのは、荷物を載せるための輸送用パレット。ただのパレットではない。原料は、山林や公園、街路樹の下に落ちている、木切れや樹皮、葉っぱたち。木を伐採した後に出る大量の未利用木材だ。
思いついたのは、起業する数年前。山道で車を走らせていた時、間伐後の大量の木切れが山肌を覆い、道にまではみ出している光景を目にした。土の堆肥(たいひ)にもなると聞くが、あまりに多いと山腹の水流をせき止めたり、ほかの木の成長を阻害したり、悪影響がでるのではないか。けいはんな学研都市(正式名称:関西文化学術研究都市)を通じて京都府の担当課へ質問を投げかけたとき、連携先となる京都府森林組合連合会を紹介される。伐採した材木のなかでも枝や葉、梢などは使い道がないとされ、森林内に放置されていると知り、これは使えるのではないかと思い、研究開発に着手することとなった。息の長い解決策につなげるには、活用法をビジネス化するしかない。
大量の未利用木材をさばけるアイテムを考えていた時、行き当たったのがパレットだった。ドライバーの負担軽減につなげようと生産の伸びが顕著なことに加え、当時木材が7割を占め、使い捨てが問題にもなっていた。「うまくいけば、いろいろな困りごとを一挙に解決できる。ビジネスと社会貢献を両立させられる」。判藤にひらめきが走った。
しかし、ここからが産みの苦しみの連続だった。細かい木切れや樹皮、葉を1トン以上の荷重に耐え得る板に成型するには、粉砕機でチップにし、様々な工程を経て最終プレス機で圧縮する製法が考えられた。そのためには、特殊な金型とプレス機が必要だ。
協力者を探し歩いた。だが、どこへ行っても、「木切れを固めたところで、輸送用に使えるほどの強度なんて出せるわけない」と一笑に付された。つてを頼っては、東京、名古屋、静岡、広島と各地を飛び回り、無駄足の連続に落胆する日々が続いた。業界内を当たり尽くし、断られた先は30社程に及んだ。あきらめかけていた、その時、大阪府東大阪市に住む一人の熟練工に出会った。
「アイデアと信念で環境課題に切り込む」京都発ベンチャー 万博から世界へ Vol.2
エースジャパン代表取締役 判藤 慶太さん
「やれるかどうかは未知数かもしれません。全責任は私がとりますから、お知恵をお貸しください」。
三顧の礼に倣い、丁寧な説得にて判藤は深々と頭を下げた。1度目、2度目はこれまでと同じ理由で断られていた。向かい合った熟練工は一線を退いていたが、金型の世界では名の知れた腕の持ち主。その匠の技があれば、苦境を切り開ける。断られるわけにはいかない。判藤の鬼気迫る思いが伝わったのか、そこまで言うのであればと、根負けしたように首を縦に振ってくれた。道が開けた瞬間だった。ここからようやく動き出し、金型は兵庫県南あわじ市の製作所、プレス機は徳島県小松島市の老舗の鉄工所が受け入れてくれることになった。思い立ってから2年半の月日が流れていた。
「Kyo Pallet(京パレット)」と名付けられた製品は、そっと世にデビューする事となった。パレット成型技術は特許も取得。京都府内だけで9700トン以上に上る未利用材を活用するだけでなく、仮に不法投棄されても約18か月程度でほぼ自然分解され、環境への配慮が評価された。大手企業から発注も取り付け、現在に至る。原料調達は、森林組合連合会だけでなく、電力会社とも連携し、水力発電所のダム湖に漂着する流木などにも広げていった。
「環境は壊すのは速いけど、立て直しには時間がかかる」。判藤が周囲に常々言う言葉だ。起業してからずっと抱き続けてきた思いでもある。技術もそうだが、この思いを京都から全国へ、世界に向けて発信できないか。そんな展望を抱いていた時、Co-Design Challengeを知った。多くの来場者がつかうベンチに転用すれば、一般の人たちにも知ってもらえるきっかけになるかもしれない。京都のデザインスタジオであるFortmareiや、技術面では商用車向け用品の研究開発事業者であるダブルクラッチと協力体制を組み、すぐに応募した。
公式キャラクター「ミャクミャク」をモチーフにしたデザインを考えている。また、材料は京都だけでなく、全国の未利用材を使い、各地の現状を撮影した動画を印字する二次元コードで発信予定だ。さらに、もう一つアイデアがある。木材だけでなく、竹の活用も視野に入れている。管理が行き届かない放置竹林も年々増加し、獣害や土砂災害など環境への影響が危惧されているからだ。自治体の職員らから悩みを聞くうち、横展開を思いついた。
「今回ほど環境問題がクローズアップされている万博はない。人と人とのつながりを大切に、より多くの力を結集して環境を守りつつ、ビジネスとしても持続性のある取り組みにしていきたい」。判藤の挑戦は続く。
「アイデアと信念で環境課題に切り込む」京都発ベンチャー 万博から世界へ Vol.3
ベンチの原料である未利用間伐材を粉砕したチップ
「壁を越えた先を見てみたい」。Co-Design Challengeで未利用材を使った2000脚(4000席)ものベンチを万博会場に提供するという判藤の思いは、多くの人の共感を呼び、プロジェクトは一気に加速し始めた。
原料調達には京都府内にある全20の森林組合が、協力を申し出てくれた。「新たな環境への貢献を京都から一緒に発信したい」。力強いサポートが加わった。学校現場からも反応があった。校内樹木を整備した後に出る枝や葉の処理は悩みの種だったというが、「万博に使われるのなら」という生徒たちの声もあり、学校に出向いて、子どもたちと一緒に作業しながらの回収も始まった。
けいはんな学研都市のエースジャパン本社工場前には、こうして各地から集められた未利用材の袋がずらりと並ぶ。袋ごとに伐採地や日付、画像などの情報が付けられている。ベンチになった時に、どの地域の材で作られたものか、情報発信するためだ。
未利用材は、粉砕機でチップ化した後、独自に開発した金型を使い、プレス機で30cmの厚みをわずか3cmにまで圧縮し、ベンチのパーツとなる1枚の長方形の木板を作る。これをくり抜き、組み立てると、耐水、耐光、耐熱、耐加重、いずれにも秀でたベンチが完成する。組み立てもはめ込み型で、釘一本使わず簡便にできるため、校内樹木を回収した中学校の子どもたちにも体験してもらう予定だ。
本社オフィスの入り口には、二つの楕円(だえん)の台座を組み合わせた、万博会場へ提供するベンチが置かれている。木の風合いが優しげで、思わず近寄って座りたくなる。公式キャラクター「ミャクミャク」をモチーフにしたユニークな造形は、協力企業の京都のデザインスタジオ、Fortmareiに依頼し、一発OKを出した自信作だ。
判藤は学生時代、陸上100mのスプリンターだった。10秒04の記録を持ち、全国大会優勝の経験もある。「突破」と書いた鉢巻きを締め、壁に挑んできた少年は、けいはんな学研都市のラボ棟から起業し、好奇心と探求心でここまでたどり着いた。
10月からは、ベンチの組み立て作業も本格化する。企業や自治体との横の連携を重視しながら、自由な発想をカタチにしてきた。「万博はスタート。企業としてもまだまだ成長したいですから」。わくわくしながら、開幕の号砲を待つ。
万博会場に提供する、これからの「未利用間伐材を活用したベンチ」
「アイデアと信念で環境課題に切り込む」京都発ベンチャー 万博から世界へ Vol.4
完成したベンチ(エースジャパン本社工場)
「万博へオール京都で盛り上がりましょう」。判藤の力強い声が響いた。
12月に京都府精華町のエースジャパン本社で行われたベンチの組み立て体験会。この日は、校庭樹木の伐採などでベンチのもとになるチップ作りに協力してきた宇治市立槇島中学校の生徒22人や府の関係者らが参加した。万博には、2,000脚(4,000席)という圧倒的数量のベンチを提供する。せっかくの機会、多くの人々を巻き込んでいきたい。判藤の知恵とこだわりだ。
工場では、プレス機を使った工程などを見学。「木材チップに620トン、大型車30台分の力を加えて圧縮していきます」という説明にうなずく生徒たち。自分たちが集めた枝や葉を粉砕したチップが1枚の木板に姿を変えていく。組み立ては、2人1組となり座面の裏側に接着剤を塗り、木板からくりぬかれたパーツを押し込んで1組2脚のベンチを作りあげた。生徒会長の清水唯楓(いちか)さんは「校庭で木を集めた時はこんな形になると思っていなかった。環境に配慮されているのもよく分かった。万博に見学に行き自分たちのベンチを探したい」と話し、校長の杉本清彦さんは「世界中の人が座る夢のベンチ作りに参加できた。ワクワクする思い」と歓声を上げて組み立てていく生徒たちの様子を見守った。
Co-Design Challengeの特徴の一つに「大資本でなくても取り組めること」があげられる。このプロジェクトも、スタートアップから会社を成長させてきた判藤の手腕によるものが大きい。2,000枚の木板を作るために必要な1袋300kgの未利用間伐材700袋分は、京都府内全域の森林組合などに声をかけて集めた。完成した大量のベンチは、自社が営む運送業の強みをいかして、大型トラックで4日をかけて運び込み、会場内への設置までを行う予定だ。
判藤を駆り立てるものは、急激に進む環境破壊への警鐘だ。「破壊のスピードは速いが、修復にはかなりの時間と労力を要する」。だから若い世代を含め一人でも多くの人へと連携の輪を広げていきたい。「環境課題の解決に向けて、みんなで力を合わせたい」。頭の中には常にこの言葉があった。
工夫を結集しながら歩みを進めてきた判藤は、万博への関心の高まりを感じている。「混沌(こんとん)としているこの時代に、万博に参加できるのは企業としても大きな誇りだ」。視界の向こうに、これまで見えてこなかった景色が広がりつつある。京都発の挑戦は、万博をターニングポイントに次の高みを目指す。
ベンチの製造工程を説明する、エースジャパン代表取締役 判藤 慶太 さん
Co-Design Challengeとは?
Co-Design Challengeプログラムは、大阪・関西万博を契機に、様々な「これからの日本のくらし(まち)」 を改めて考え、多彩なプレイヤーとの共創により新たなモノを万博で実現するプロジェクトです。
万博という機会を活用し、物品やサービスを新たに開発することを通じて、現在の社会課題の解決や万博が目指す未来社会の実現を目指します。
Co-Design Challengeプログラムは、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会が設置したデザイン視点から大阪・関西万博で実装すべき未来社会の姿を検討する委員会「Expo Outcome Design Committee(以下、「EODC」)」監修のもと生まれたプログラムです。
※EODCでの検討の結果は