象印マホービン株式会社は持続可能な未来社会に向けて、2025年大阪・関西万博の「Co-Design Challengeプログラム」を通じて、ステンレスボトル等のマイボトルでの飲料提供を一般化させるため、簡単にマイボトルを洗える洗浄機を開発。ユーザー自らが外出先で気軽にマイボトルを洗浄できるようにすることで、ユーザーと飲食店双方の問題を解消し、ごみの排出ゼロのドリンク提供システムを普及させることをめざす。そのプロジェクトについて、4回のシリーズ企画で迫る。
※シリーズ記事は、「Co-Design Challengeプログラム」のホームページに公開しています。各記事は、取材時点の情報のため、プロジェクトの進捗や開発状況によって当時から変更となった点などが含まれます。
「マイボトルがつくるサステナブルな未来」魔法瓶メーカー 次の100年を描く Vol.1
モノづくりから暮らしづくりへ。「象印マホービン」は、次の100年に向けた企業の姿をこう描く。再利用可能でごみを減らせるマイボトルの使いやすさを追い求めてきたのも、その理念の表れだ。そして、たどり着いたのは外出先で手軽に利用できる「マイボトル洗浄機」。地球環境に優しい未来の利器が万博会場で披露される。
象印が、こだわり抜いた技術で生み出した商品に魔法瓶がある。ステンレスの真空二重構造で優れた保温・保冷機能を実現した。この技術を使ったマイボトルを生活に根付かせ、日常のごみを減らそうと考えた社員たちがいる。その一人が、新事業開発室長の岩本雄平だ。
新事業開発室は、創業100周年の2018年に設けられた新しい部署だ。「次の100年は、単なる『モノづくり』だけの会社ではなく、そこから脱皮して、社会や暮らしの課題を解決できる会社へと進化させたい」。岩本は新設部署の狙いについて明かす。
その地ならしは、すでに06年から進めてきた。マイボトルを「もっと持とう」「もっと使おう」というキャンペーンを展開。100周年を経て、19年には「社内ペットボトルゼロ宣言」を打ち出した。「持ち込まない」「使わない」「売らない」の3原則を徹底し、社内の自動販売機からペットボトル飲料を一掃した。
背景には、年々深刻さを増す海洋プラスチック問題がある。環境省などによると、日本のプラスチックごみは世界第2位の年間900万トンにのぼり、ペットボトルの使用量は年間200億本に達する。50年には海のごみが魚の量を上回ると予測される。日本ではリサイクルが浸透しているようにみえるが、多くは途上国に輸出され、受け入れ拒否で行き場をなくしている問題も浮かび上がる。
19年9月に象印が実施したインターネット調査では、マイボトルを持つ人の割合は7割を超えた。ところが、毎日使っている人は2割にも満たないという結果がでた。理由はシンプルだ。洗浄、中身の準備、持ち運び、という三つの手間がかかるからだ。
理由の根っこにあるのは、やはりペットボトルの存在だ。自動販売機は街のあちこちにあり、コンビニは生活インフラとして増え続けている。必要な時にすぐに買え、中身は好みにあったものを選べ、洗わなくて済む。どうしても、ペットボトルと比較され、敬遠されてしまう。
だが、必要は発明の母。「だったら、外出先で洗える機械を作ればいいじゃないか」。岩本たちの、いわば逆転の発想から、誰もみたことのない「マイボトル洗浄機」の開発が始まった。
ボトル洗浄の様子(洗浄機は、実際のものとは異なります)
「マイボトルがつくるサステナブルな未来」魔法瓶メーカー 次の100年を描く Vol.2
新事業開発室長 岩本 雄平さん
最初に手本として思いついたのは、ボトルホルダーがついた家庭用の食器洗い乾燥機だ。しかし、洗浄に1時間程度かかり、外出時に使うという想定をすると、所要時間が長すぎる。手軽に利用してもらうため、20秒程度に短縮しようと目標を定めた。
スピード洗浄を実現するため、技術協力してくれるメーカーを探し回った。企業の展示会などに足を運び、ようやく出会えたのが大阪府東大阪市の「中農製作所」だった。マイボトル洗浄機にかける思いを伝え、同社の部品洗浄機の技術を転用させてもらうことにした。だが、ネックになったのが、部品洗浄機の駆動源が高圧エアーだったことだ。商品化した際、需要が見込めるのは企業のオフィスや街中のカフェになる。そのような場所にエアーコンプレッサーを導入することは難しく、電気駆動にするために一から仕様や部品を検討しなおした。
ほかにも、試行錯誤は続いた。最初はボトル全体を洗う想定で進めていたが、乾燥に必要な時間や電力がかかるため、洗浄個所を飲み口とボトル内部に限定することで使い勝手とスピード・省エネを両立させた。また、海の環境や生き物への影響を考え、合成洗剤はつかわず、オゾン水で除菌することに。誤作動で周囲が水浸しにならないよう、ボトルに反応するセンサーも取り付けた。
構想がもちあがってから約4年。基本仕様が固まりつつある中、製品化に向けてより開発スピードを加速させるため、設計開発から試作・量産までを幅広くサポートできる大阪府門真市の「STUFF」にも参画してもらった頃に、Co-Design Challengeの募集を知った。
「大阪の会社なので、万博の誘致が決まった時から、何らかの形で貢献したいと思ってきた。Co-Design Challengeはソリューションブランドとして協力する絶好のチャンスと感じた」。岩本は力を込める。
ソリューションブランドとは、企業が社会課題の解決を目指すことで、その価値を高める取り組みだ。世界の大きな潮流でもある。象印は、自社のソリューションブランドの方向性を示すツールの一つとしてマイボトル洗浄機を選んだ。
外出先でマイボトルを楽しむには、中身の飲料サービスの拡充も欠かせない。象印はすでに、カフェや日本茶専門店と提携し、店頭でコーヒーや紅茶、日本茶などをマイボトルに提供してもらえる取り組みを全国展開している。万博会場ではウォーターサーバーの横に洗浄機の設置を予定するほか、飲食ブースとの連携も目指している。
岩本は思い描く。「Co-Design Challengeは僕たちのチャレンジだが、来場者の皆さんにとっても、新しい取り組みにチャレンジする場であってほしい。体験することで使い捨てプラスチックがなくても不自由なく過ごせる未来を感じてほしい」
新事業開発室 小谷 啓人さんと新事業開発室長 岩本 雄平さん
「マイボトルがつくるサステナブルな未来」魔法瓶メーカー 次の100年を描く Vol. 3
マイボトル洗浄機の試作品
新しいカテゴリーとして世の中に誕生させようとしている「マイボトル洗浄機」も、洗浄機構などメカニックな部分の開発にはめどが立ちつつあった。次のステップはデザインだ。担当する新事業開発室の小谷啓人の格闘が始まった。
小谷が前部署で手掛けていたのは屋内で使う比較的小型な家電のデザインだったが、今回は屋外仕様の大きな自立型という難題に立ち向かう必要があった。円形のドーム型デザインなど、いくつかの候補案が出ては消えた。「面白くないなあ」。定年後にシニアアドバイザーとして参画した熊谷浩志がつぶやいた。前法務知財部長で、過去には商品の設計開発に長く携わり、タイのボトル生産工場に勤務したこともある。そんな経験豊富な熊谷のアドバイスで、デザインが動きだした。「シンプル」の追求から、「カッコいいものは目指さない。個性を出して象印の爪痕を残す」へ。「オモシロ」がキーワードになった。
3DCAD(3次元コンピューター利用設計)デザインを基に段ボールで実寸サイズの試作も行った。構造と使い勝手を突き詰めてたどり着いたのが、今回のデザインだ。「試行錯誤する中で卓上ポット(まほうびん)のような形に見えた瞬間があり、なんだか象印らしいなと感じたので、それからは密かに“まほうびんの妖精”と呼んでいる。」と小谷は言う。
目指すべきコンセプトが見えてきた。更には「サイドパネルに木材を使ってみたらどうだろう」という岩本の発言をきっかけに、Co-Design Challengeに参加する「吉野と暮らす会」(奈良県)との連携が生まれ、吉野産の木材を使う検討を始めた。万博期間の6か月、屋外での使用に耐えられるかの検証を進めている。
洗浄機は、万博会場の給水機の横に10か所置かれる予定だ。まだ世の中に馴染みのない機械であるため、果たしてこれが何者なのか、気付いてもらって、使ってもらわなければならない。そのため洗浄機の後ろにサインパネルを設置し、遠くからでも認知してもらえるよう検討中だ。
誰もが使ったことがない製品だけに、使用方法を示す液晶部分も重要だ。外国の方にも分かりやすく、子どもたちには興味を持ってもらえるような表示にできないか。タイトなスケジュールの中、アイデアを絞り出している。
新事業開発室長の岩本は「マイボトルのメーカーとして、買ってもらって終わりではなく、継続して快適に使ってもらえるところまで責任を持ちたい。洗浄機はその環境づくりの一環だ」と狙いを話す。万博は、晴れの場であり「壮大な実証実験の場」でもある。マイボトルが当たり前になる世界を実現したい。超えるべきハードルは高いが、その先を見据えて立ち向かっていく。
プロジェクトメンバー(左から)岩本さん、小谷さん、熊谷さん
マイボトル洗浄機の試作品について打ち合わせをする様子
「マイボトルがつくるサステナブルな未来」魔法瓶メーカー 次の100年を描く Vol. 4
マイボトル洗浄機
5m以内に近づくとセンサーが感知してLEDパネルの〝目玉〟がまばたきをはじめ存在をアピールする。万博仕様の「マイボトル洗浄機」の試作2号機が出来上がった。幅35cm・奥行き46cm・高さ110cm。サイドパネルに使われた吉野杉が優しさを演出する。外観こそ1号機と大きく変わらないが、機能性など大幅に改良された。
デザイン担当の小谷がこだわったのは、初めてでもストレスなく使えるだけでなく面白さも感じてもらえる仕掛けだ。「これ、何だ?」と〝目玉〟で呼び込み、さらに近づくと前面の液晶パネルが作動。ボトルを入れてから洗浄、取り出しまでの約20秒間に手順を導くだけでなく楽しさも演出する。海外の人にも分かるようにしたスタンダードタイプの動画と、キャップとボトルに扮(ふん)した〝分身〟がコミカルな動作と言葉の掛け合いを見せるキャラクタータイプの2種類の動画を用意した。終了すれば「洗浄回数」や「CO2削減量」が表示される工夫も施された。
一方、内部のメカニカルな部分も大幅に改良された。「製品開発」に協力する株式会社STUFFの吉村誠司もゼロベースで見直し、屋外、長期という厳しい条件に耐えられるものを目指した。スペースに限りがある中、工夫を重ねて「雨にも風にも負けない」製品へと完成度を高めていった。
多くの人が訪れ、6か月という長丁場の万博。未経験の夏の対応には不安も残る。ベテランエンジニアとしてサポートしてきた熊谷は、会期が始まればつぶさに洗浄機の観察を重ねて軌道修正をしていくつもりだ。1970年の大阪万博を体験し、あの時の高揚感を知る熊谷だからこそ、ワクワクしながら万博のインパクトに期待する。
象印では2006年から「マイボトルのある暮らし」を掲げ、社内では「ペットボトルゼロ」が定着する。時代も「使い捨てのない社会」の実現へと理解や機運も高まってきた。取り組みを統括する岩本は「マイボトル洗浄機が身近にある便利さをひと足先に体験してもらいたい」と力を込める。
万博の場でベールを脱ぐ屋外型のマイボトル洗浄機。プラスチックごみ削減のために、マイボトルで未来を変える。大きなチャレンジは始まったばかりだが、岩本は言う。「万博での取り組みは、象印にとっても大きなレガシーとなる」。次の100年へ、第1走者のバトンはつながれていく。
洗浄後は液晶モニターにCO2削減量などが表示される
マイボトル洗浄機を前に(左から)小谷 啓人さん、熊谷 浩志さん
吉村 誠司さん、岩本 雄平さん
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Co-Design Challengeとは?
Co-Design Challengeプログラムは、大阪・関西万博を契機に、様々な「これからの日本のくらし(まち)」 を改めて考え、多彩なプレイヤーとの共創により新たなモノを万博で実現するプロジェクトです。
万博という機会を活用し、物品やサービスを新たに開発することを通じて、現在の社会課題の解決や万博が目指す未来社会の実現を目指します。
Co-Design Challengeプログラムは、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会が設置したデザイン視点から大阪・関西万博で実装すべき未来社会の姿を検討する委員会「Expo Outcome Design Committee(以下、「EODC」)」監修のもと生まれたプログラムです。
※EODCでの検討の結果は