株式会社ドッツアンドラインズは、2025年大阪・関西万博の「Co-Design Challengeプログラム」で、新潟県燕三条広域で連携し製作した「椅子」を大阪・関西万博へ提供する。リサイクル以前に可能な限り廃棄材の発生を抑えるモノづくりの実現をめざした取り組みだ。またモノづくりが盛んな新潟県燕市・三条市の文化を楽しく知ってもらうための「物品のミニチュアを作成する巡回体験ツアー」を企画している。そのプロジェクトについて、3回のシリーズ企画で迫る。
※シリーズ記事は、「Co-Design Challengeプログラム」のホームページに公開しています。各記事は、取材時点の情報のため、プロジェクトの進捗や開発状況によって当時から変更となった点などが含まれます。
「“捨てない” から “出さない” へ発想の転換」歩溜まり99%への挑戦 Vol.1
ドッツアンドラインズ代表取締役齋藤和也さん
ものづくりの生産過程では、どうしても廃棄物が出る。廃棄物の再利用は多くの企業が取り組むが、新潟県燕三条のドッツアンドラインズが挑むのは、「一枚板からつくる歩留まり99%の椅子」。優れた技術を持つ企業が結集し、次の世代に引き継いでいくことを目指して、難題に取り組む。
新潟県の中央に位置する燕市、三条市をあわせたエリアは「燕三条」と呼ばれ、上越新幹線の駅名にもなっている。燕三条は金物・刃物や洋食器の生産など、ものづくりの町として知られる。
ドッツアンドラインズは、2020年に燕三条で金属加工業を営む齋藤和也が代表取締役となり、製造業の職人やデザイナー、プランナーなど多様な人材が集まり、ノウハウや技術をあわせることで、個社では実現できないものづくりへの貢献を目指す会社だ。社名のドッツは「複数の点」、ラインズは「複数の線」を意味し、一つ一つの知られざる技術力やノウハウ、企業や人々をつなげていきたいという思いが込められている。それを具現化した取り組みがある。2022年からJR東日本と連携し、燕三条駅構内に開設された地方創生型ワークプレイス「JRE Local Hub燕三条」の運営を行っている。ワークプレイス内の「燕三条こうばの窓口」では、得意分野を持つ企業とのマッチングなどに対応している。
こうした取り組みを主導する齋藤は、金属加工業に携わる中で、大きなジレンマを感じていた。脱炭素社会を目指す動きが進む中、鉄は溶かして固めるため、熱源がCO2排出につながることは避けられない。自身のものづくりで解決する方法として「出たもの、つまりは廃棄物を再利用して別の商品にするだけではなく、究極は再利用するきっかけすら作らないことが一番。〝捨てない 〟から、〝出さない 〟という発想の転換」を考えていた。
「1970年万博では、太陽の塔の背面の黒い太陽が信楽焼で作られ、地元でレガシーとなったと聞く。循環型社会など色んな言葉が語られる中、2025年万博で『廃棄物を出さない』というコンセプトのもと、燕三条の金属加工技術を結集した物品を提供することで、ものづくりのあらゆる分野で発想の転換が起こるきっかけをつくれないか。物品が何かではなく、コンセプトを残したい。そうなれば、この地域に住む子どもたちの誇りや希望となるのではないか」と齋藤は自身が抱えていた課題解決と地域への思いを重ね合わせた。
どの物品をつくるのか、またその加工過程で廃棄物、金属プレス加工で言うブランク材を出さないためには、どうすればいいのか。ドッツアンドラインズのデザイナー・後藤明寛は、その発想を折り紙から得た。「捨てないためには、折り紙のように一枚の板をそのまま使えばいい。一枚板を折りたたむことで、椅子をつくることができる」
燕三条駅構内でドッツアンドラインズが運営を行う地方創生型ワークプレイス
「JRE Local Hub燕三条」
歩溜まり99%の椅子試作品を前に打ち合わせをする様子
(右)デザイナー後藤明寛さん(左)代表取締役齋藤和也さん
「“捨てない” から “出さない” へ発想の転換」歩溜まり99%への挑戦 Vol.2
試作品の椅子(左)とチタン板を椅子の形に折り座面の貼り付けまで行ったもの(右)
一枚板から椅子をつくることは決まった。材料となる板をどうするか。「これからの椅子をデザインするには、従来通りの素材では面白くない。チタンが最適だ」。迷わなかったと齋藤は言う。チタンは、スマートフォンにも使われている素材で、価格は高いが、軽さと強度がある。また金属アレルギーが出にくいという特長があり、医療機器にも採用されている。多くの人が座る万博会場での使用を考えた場合、重要な要素だ。椅子に色をつけたいと考えていたが、塗装を施さず、金属に色をつける酸化発色という技術を使う予定だ。チタンは色の変化がつけやすい素材でもあった。
ただ、硬いチタンを折り紙のように折り、椅子の形にしていく必要がある。協力企業の熊倉シャーリングの技術を活用し、折り曲げる部分にレーザー加工で小さな穴が並んだ折れ線をつけることにした。折れ線通りに折っていくことで、椅子の形に仕上がる。折り目部分は、強度を高めるために金属溶接を行う。椅子の制作には、材料仕入れ、材料研究、デザイン、板金加工、溶接、塗装、発色、表面処理などの工程があるが、ドッツアンドラインズが起点となり、燕三条の8社の力を結集する。酸化発色によるカラーリングはまだ行っていないが、試作品はできた。曲げやすさと座った時の強度やバランス、厚みや折れ目の深さなど、コンマ何ミリ単位の攻防を続けている。
「燕三条では12年ほど前からオープンファクトリーにも積極的に取り組んでいるが、一社で完結し、横のつながりがなく、それがちょっと不満でした」と齋藤は言う。「万博期間中には、ものづくりに取り組む町工場を巡りながら、燕三条の町を回遊してもらう体験企画を予定しています。巡ってみたいと思ってもらうために、万博会場へ提供する椅子のミニチュア作成を考えています。一つの工場のワークショップで完成させるのではなく、完成までに必要な工程の各工場を巡っていただく予定です。工程ごとの各工場見学とともに、その工程の作業を自分でも行っていただく。燕三条を巡りながら、少しずつ椅子が完成する仕掛けを検討しています。ものづくり体験をきっかけに町を巡り、知ってもらうことを大切にしたい」と齋藤は力を込める。
「現在の技術では、折り目をつくる際にほんのわずかですが、ブランク材が出ます。そのため我々のプロジェクトは、『歩溜まり99%』になっています。残り1%を何とか解消して100%を目指したい。そしてCo-Design Challengeを通じて、世界中の少しでも多くの人に座ってもらい、燕三条を訪れてほしいと思っています」。燕三条の技術力を、燕三条の町を、世界中の人に知ってもらいたい。「燕三条を世界一のものづくりの町にする」という夢をかなえるために、齋藤は前を見据えている。
体験企画で予定するミニチュアの椅子に座面を貼り付ける様子
「“捨てない”から“出さない”への発想の転換」歩留まり99%への挑戦 Vol.3
燕三条の技術を結集し、万博会場へ提供される椅子
「だめだ。どうしても色ムラが出てしまう」
2025年1月下旬、作業はいよいよ大詰めを迎えていた。チタン表面に極薄の透明な酸化膜を形成することで、鮮やかに発色させていくカラーリングの最終段階。ここにきて齋藤は、決断を迫られる事態に直面していた。目視ではほとんど分からないようなへこみや溶接部分に、わずかだが色ムラが生じ、これまで関わった妥協を許さない職人の誰もが仕上がりに満足できずにいた。納期が迫るなか、どこまで完成度にこだわるのか。
予算や残された時間を考えれば、このまま納めるという選択もできる。だが、齋藤の胸にこみ上げてきたのは、無名の職人一人ひとりが切磋琢磨の鍛錬の末、江戸時代から紡ぎ続けてきた燕三条の「磨きの技」への自負心だった。スティーブ・ジョブズがほれ込み、米アップル社の携帯音楽プレーヤー「iPod(アイポッド)」裏面の鏡面磨きにも採用された、名実ともに世界トップクラスとされる技術水準。「燕三条の名を冠する以上、世界中から人々が集まる万博会場に、中途半端なものを出すわけにはいかない」。下地の研磨を一からやり直すと決めた齋藤の判断に、誰一人、反対する者はいなかった。皆、同じ思いだった。
2月上旬、ようやく仕上がった椅子の表面は、限りなく均一に、平らに磨き上げられていた。燕三条の誇りをかけた齋藤らの執念を宿したかのように、チタンそのものが美しく黒光りし、深みをたたえていた。齋藤たちがここまで本気をだして、Co-Design Challengeに挑んだ理由。それは、「共創」というコンセプトに強く引かれたからだ。燕三条の企業同士だけでなく、この特別プログラムに参加する様々な地域と連携し、互いの技術の強みを掛け合わせて相乗効果を発揮することで、日本全体のものづくりの現場の力を底上げしていく。
「そのためにも燕三条から、ものづくり界の“海賊王”になりますよ」。独自の世界観や壮大なストーリーで、世界中で人気の少年漫画の主人公の決め台詞を引き合いに、齋藤はそう宣言する。折しも、齋藤は今年の1月から、燕三条青年会議所の理事長に就任した。「(漫画のなかでは)海賊王って、この世で一番自由で、壁に何度ぶつかってもへこたれず、素晴らしい仲間とともに、“ひとつなぎの大秘宝”を手に入れた者に与えられる称号なんです」。Co-Design Challengeを機に仲間を集め、しがらみや既存の枠組みを超えた連帯の輪を広げて世界と勝負していく。その末につかみとれる、日本のものづくり界にとってかけがえのない宝を夢見ている。齋藤たちのストーリーは始まったばかりだ。
チタン板を折り紙のように椅子の形に折る
ドッツアンドラインズ 代表取締役 齋藤 和也さん
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Co-Design Challengeとは?
Co-Design Challengeプログラムは、大阪・関西万博を契機に、様々な「これからの日本のくらし(まち)」 を改めて考え、多彩なプレイヤーとの共創により新たなモノを万博で実現するプロジェクトです。
万博という機会を活用し、物品やサービスを新たに開発することを通じて、現在の社会課題の解決や万博が目指す未来社会の実現を目指します。
Co-Design Challengeプログラムは、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会が設置したデザイン視点から大阪・関西万博で実装すべき未来社会の姿を検討する委員会「Expo Outcome Design Committee(以下、「EODC」)」監修のもと生まれたプログラムです。
※EODCでの検討の結果は