エイチ・ツー・オー リテイリング株式会社は、2025年大阪・関西万博の「Co-Design Challengeプログラム」を通じて、大阪産の木材を使ったベンチの製作と、プロジェクトのウェブメディアでの情報発信を地域の人々と一緒に取り組む。万博会期中は万博会場、会期後も府内各地域で、ベンチ製作を通じて「いのちの循環」に想いを馳せるきっかけづくりをめざしている。そのプロジェクトについて、4回のシリーズ企画で迫る。
※シリーズ記事は、「Co-Design Challengeプログラム」のホームページに公開しています。各記事は、取材時点の情報のため、プロジェクトの進捗や開発状況によって当時から変更となった点などが含まれます。
「府民全体でつくるプロジェクトに」 大阪発小売業 万博後の未来に”恩送り” Vol.1
※取材は2023年12月
左から、サステナビリティ推進部 吉田さん、西田部長、島本さん、高橋さん
大阪で生まれ育った小売業だからできることに挑戦したい。阪急阪神百貨店を傘下に持ち、スーパーなども幅広く展開する「エイチ・ツー・オー リテイリング(H2O)」は、大阪産木材を使ったベンチの製作と、プロジェクトのウェブメディアでの情報発信に、住民と一緒に取り組む。タイトル「想(おも)うベンチ―いのちの循環―」に込めた「想い」とは何か。小売業の社会的役割を問い続けてきた企業の、一つの答えが万博で示される。
2023年4月、「阪急うめだ本店」8階に新しい売り場が誕生した。その名は「GREEN AGE(グリーンエイジ)」。足を踏み入れると、すがすがしい芳香が鼻をくすぐる。売り場を包み込む香りの正体は、天井の櫓(やぐら)や椅子などの什器(じゅうき)に使われている大阪産ヒノキの間伐材だ。
「グリーンエイジのコンセプトでもある自然共生を売り場全体でどう表現するか。グリーンエイジは担当者にとっても、会社にとっても未知数の取り組みだった。」
サステナビリティ推進部長の西田哲也は振り返る。
自然環境を守ることはもちろん、大阪で生まれ育った小売業として地域の持続的な発展にもつなげたい。両方の思いを反映させるため、大阪府の森林整備や木材利用の専門家である大阪府みどり公社にも全面的に協力をいただきながら、完成までには長い歳月を要した。
小売業界では従来、売り場を改装する際、古くなった内装・設備は廃棄して一新する「スクラップ&ビルド」が一般的だ。サステナブルとはいえない慣習を見直すため、まずは継続して10年つかえる売り場づくりを目標にした。
売り場什器の開発等も行っているグループ企業のスークカンパニーとともにアイデアを出し合ううち、候補にあがったのが地元産の間伐材だった。H2Oは21年7月から、大阪府と包括連携協定を結び、間伐材の再利用を進める「大阪 森の循環促進プロジェクト」を進めてきた。泉南地方の森で間伐から製材、加工までを学ぶ社内研修も行ってきた。だが、2300平方メートルにも及ぶ売り場に大々的に活用する試みは、一筋縄ではいかなかった。
間伐材は、密集化した立木を間引くタイミングで切り出される。その時宜を見て調達する必要があり、従来のスケジュール感は通用しない。また、天然材の強度や風合いを最大限生かすため、自然乾燥させたが、夏場は水分の含有量が多く、人工乾燥よりも想定以上に時間がかかった。製法にもこだわり、くぎは極力使わず、昔ながらの木組みの手法を取り入れた。
単店ベースで全国2位の売り上げを誇る百貨店だけに反響は大きかった。23年8月、府の「CO2森林吸収量・木材固定量認証制度」第1号に選出された。森林が温室効果ガスの吸収源となるほか、木材は炭素を長期的に貯蔵できることから、第二の森林づくりにつながる建築物への利用を促す制度だ。グリーンエイジは、規定量(0.5立方メートル)を大幅に上回る8.48立方メートルの木材を使用し、地球環境への配慮が高く評価された。
こうした一連の取り組みが、Co-Design Challenge参加につながる機運となった。
大阪府内の木材を使った「大阪産(もん)」のテーブル
「府民全体でつくるプロジェクトに」 大阪発小売業 万博後の未来に”恩送り” Vol.2
※取材は2023年12月
打ち合わせの様子
グリーンエイジの準備と並行して、社員たち自らの発案で取り組んだチャレンジがある。2022年8月末に開設したH2Oの新オフィスの一角。社員交流スペース「コラボレーションエリア」に並ぶ、16台のお手製テーブルが成果物だ。印字された2次元コードをスマートフォンで読み取ると、社員たちが間伐現場に足を運び、裁断した木を組み立てた際の写真や声が生き生きとつづられる。
この体験を地域住民にも広げ、大阪府民全体のプロジェクトに昇華させられないだろうか。サステナビリティ推進部の提案がCo-Design Challengeのコンセプトになった。西田は部長を務める際、会社の歴史や創業の理念を改めて振り返り、つくづく感じたことがある。
「私たちはグローバルカンパニーというより、ローカルカンパニー。企業価値をつくってくれたのは、“阪急さん”“阪神さん”や“イズミヤさん”などと愛着をもって接し、地域の一員として育ててくれたお客様であり、地域の方々。恩返しをするのはもちろん、万博後の未来に“恩送り”していかなければ」。Co-Design Challengeに込めた思いは「あくまで原点回帰」と、西田は言う。
府民を巻き込んだ一大プロジェクトはこれからが正念場だ。キーワードは三つ。「目に見える」「手の届く」「地域サイズの取り組みにする」。特設サイトで共感してもらえる府民を募り、一緒に森に足を運んで五感で感じてもらう。サイトにアップしていく記事の取材や原稿執筆にも一緒に挑んでもらおうと考えている。
「製作過程で地域の魅力を再発見したり、地域の絆が深まって一体感が高まったり。そういうワクワクする体験を地域の方々と共有したい」。ベンチはあくまで、その象徴だ。そして、「万博の後のほうが、むしろ重要」と力を込める。会場に用意するのは30脚。閉幕後に戻す場所を地域の人たちと考えるほか、作り方をオープンにすることで、31脚目が各地で作り継がれていってくれないかと思い描く。世代を超えて交流し、森に思いを馳せる場面が広がってほしい。
「主語はあくまで地域の人たち。地域と直接接点をもつ小売業だからこそできること。万博に行くだけでなく、かかわることで、色あせない記憶として残り続けるものになってほしい」。H2Oが目指すサステナビリティの真価が発揮される。
「府民全体でつくるプロジェクトに」 大阪発小売業 万博後の未来に”恩送り” Vol.3
※取材は2024年9月
夏休みに開催したワークショップの様子(大阪産の杉の木のスプーンを磨き上げる)
「想(おも)うベンチ―いのちの循環―」は、ベンチ制作、ワークショップ、特設サイトによる情報発信の三つのプロジェクトから成るCo-Design Challengeだ。
ベンチ制作では3人のデザイナーが原案を作り、企画を進めている。コンセプトは「樹のためのデザイン」。単に材料としての”木材”ではなく、いのちある”樹”として捉えると、使い方、人との関係はどう変わるのか。そんな視点で検討を進めている。言うは易いが、実現させるのは至難の業だ。サステナビリティ推進部の島本礼子は「どのデザインも新たなチャレンジという感じなので、形にするためにクリアすべき課題はまだまだ山積み。ただ、普段は各工程の分業で直接話す機会の少ないデザイナー、製材所、メーカーの人たちも直接議論しながら一体となって進めてくださっているので、万博だからこそ実現した面白いチャレンジになっている」と目を輝かせる。
大阪産の杉の木を磨いてスプーンに仕上げるワークショップも、「森と人のつながりを感じる試み」と同部の中嶋美和子が話を続ける。夏休みに百貨店で開催したイベントには親子連れが多数参加した。「熱中したお父さんが、眠ってしまった子供さんを抱きかかえながら、仕上げに没頭する姿もあった」とほほ笑む。ワークショップに先立ち講師が「大阪府は府域の3分の1が森林で、都市は森に囲まれている」と解説すると参加者は意外な森の広さに驚いていた。さらに、「山を守るために、木を切ることも大切なこと」と学んだという。人が山に入って適切に手入れしていくことこそ、森を守ることにつながるのだ。杉の木のスプーンは森と人をつなぐ架け橋になる。ワークショップは今後、府内のイズミヤショッピングセンターなどで展開し、「木への親しみの輪」を広げていく。
想うベンチ特設サイトは、既に公開中だ(
)。現在のページはプロのライターが執筆しているが、今後は6月に一般公募で集まった25人に書いてもらう。当初20人枠で募集したが、「皆さんの熱量が予想以上で、応募頂いた方全員に参加頂くことにした」と島本。テーマは「伝統野菜」「水」「音楽」など多岐にわたる。プロジェクト名の「いのちの循環」に少しでもかかわっていれば何を書いてもいい、と間口を広げた。高校生や大学生から社会人、シニア世代の人までで、様々な性別、年代、職業の人が取り組む。毎月1回のオンライン編集会議でプロの編集者にアドバイスも受けながら各々が記事の企画から担当し、年内の記事公開を目指している。
世代を超えて人々が交流し、森やまち、人、様々な「いのち」に思いを馳(は)せるプロジェクトは進む。
ワークショップで使用する大阪産の杉の木のスプーンなどのキット
(上左)紙やすり、(上右)磨いて光沢を出すための「くるみ」 (手前左)
磨き上げる前、(手前右)磨き上げた後
「想うベンチ」サイトをプロジェクターに映し打ち合わせを行う
(左から)サステナビリティ推進部 島本礼子さん、中嶋 美和子さん
「府民全体でつくるプロジェクトに」 大阪発小売業 万博後の未来に”恩送り” Vol.4
※取材は2025年1月
松井貴さんデザインのベンチ:作品名「TREE」
万博会場の中央付近に位置する「静けさの森」に、エイチ・ツー・オー リテイリングが「いのちの循環」に想いをはせるきっかけにしたいと、3人のデザイナーと共創して制作する「想うベンチ」が設置される。コンセプトは「樹のためのデザイン」。生きている樹木の息づかいを感じ、素材の木と対話できるような「作品」が並ぶ。
松井貴がデザインするのは、「1本の樹をありのまま使いきる」ベンチだ。1本の樹を丸ごと使って、座面や脚の部材を切り出し、切り込みを入れて乗せるミニマムなデザイン。樹の太さの違いや、反ったり割れたりといった変化をできる限りそのまま受け入れられるように設計されている。
辰野しずかは、木材の競り市に出かけてデザインの着想を得た。競り市ではシミや節が多い木材は見た目や加工の難しさから「C材」とランク付けされ、細かく砕いてチップなどに加工されてしまうことが多い。「同じ命を受けた樹なのに」と、C材を選んで角材に加工し、再構成することで、木の持つ荒々しさや力強さを引き立てつつ、シンプルな空間にも馴染むデザインを追求した。樹皮を取らないままの部分も使い、材料の多様性を感じ取れるのが特徴だ。
佐野文彦は、あえて材料のままの形でベンチに。切り倒したばかりの樹は水分が多いので乾燥させてから使うのが通常だが、あえて乾燥工程の一部を万博会場で行う。万博期間内に木材がどのように変化するのかは未知数だが、製品になる過程にも想いをはせ、森を身近に感じてもらえたらというチャレンジだ。
「それぞれのアイデアが斬新で、わくわくします。デザイナーの皆さんが、森や製材所、競り市と、生きている樹から木材になるまでを一貫して見て回り、それぞれの場面で意見を交換し、議論を重ねたからこそ実現した作品群です」と、プロジェクトをコーディネートする島本は語る。
会期終了後、ベンチは大阪府内の自然と人が集まる場や交流の場などに設置する予定だ。「新たなつながりを生んだり、地域や人との絆を深めたりする場として使っていただきたい」と島本は言う。ベンチをきっかけに、人々に森への関心を持ってもらう。そして地域木材の利用が増え、それによって森の循環を促し、健全な森の維持に繋がっていく。そんな未来を地域の人々とつくっていくとともに、今回のプロジェクトでチャレンジした「樹のためのものづくり」という価値の転換が、あたり前になることを願っている。
辰野しずかさんデザインのベンチ:作品名「C/D Bench」
佐野文彦さんデザインのベンチ:作品名「FILLET」
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Co-Design Challengeとは?
Co-Design Challengeプログラムは、大阪・関西万博を契機に、様々な「これからの日本のくらし(まち)」 を改めて考え、多彩なプレイヤーとの共創により新たなモノを万博で実現するプロジェクトです。
万博という機会を活用し、物品やサービスを新たに開発することを通じて、現在の社会課題の解決や万博が目指す未来社会の実現を目指します。
Co-Design Challengeプログラムは、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会が設置したデザイン視点から大阪・関西万博で実装すべき未来社会の姿を検討する委員会「Expo Outcome Design Committee(以下、「EODC」)」監修のもと生まれたプログラムです。
※EODCでの検討の結果は