「ホタテの貝殻が防災ヘルメットに」 モノづくりの楽しさで課題解決に挑む

2025.03.13 14:00
甲子化学工業株式会社は、廃棄プラスチックと廃棄ホタテ貝殻等を混ぜ合わせたリサイクル素材「シェルテック」を開発。環境負荷を最小限に抑えた素材だ。2025年大阪・関西万博の「Co-Design Challengeプログラム」を通じて、「シェルテック」を用いて、資源循環を伝えるデザインヘルメット「ホタメット」を作成し、廃棄物活用の新しい形として、世界にアップサイクルの輪を広げることをめざす。そのプロジェクトについて、4回のシリーズ企画で迫る。
※シリーズ記事は、「Co-Design Challengeプログラム」のホームページに公開しています。各記事は、取材時点の情報のため、プロジェクトの進捗や開発状況によって当時から変更となった点などが含まれます。
「ホタテの貝殻が防災ヘルメットに」 モノづくりの楽しさで課題解決に挑む Vol.1
行き場を失っていたホタテの貝殻を原料にした「ホタメット」が、大阪・関西万博の防災用公式ヘルメットの一種として採用される。製作に挑んだのは、大阪府大阪市に本社、東大阪市に生産拠点を構えるプラスチック加工会社「甲子化学工業」。挑戦の背景には、町工場のモノづくりの底力を示し、社会の困りごとを解決したいと願う、一途な思いがあった。


2021年冬、企画開発部長の南原徹也のSNSはいつになく盛り上がっていた。卵の殻で成形したエコプラスチックのツイートが拡散され、多くのメッセージが寄せられていた。その一つに目がいった。北海道のホタテ産地で貝殻が大量に余り、問題になっているという。南原は、ふと思った。貝殻の成分も卵の殻と同じ炭酸カルシウム。自社の加工技術をつかえば、使い道のない貝殻に新しい命を吹き込み、問題解決に一役買えるかもしれない。


思い立ったら、行動あるのみ。水揚げ量で全国の1割を占める北海道猿払村に連絡をとり、役場を訪ねた。漁港に案内されると、水産加工場横で野ざらしの貝殻がうずたかく積み上がり、予想以上の多さに言葉を失った。同村を含む宗谷地方で年間約4万㌧の貝殻が廃棄されているという。異臭や土壌汚染などが心配され、村でも対策を探ってきたが、継続した活用法が見つからず、長年の課題となっていた。


伊藤浩一村長と面会し、貝殻と廃プラスチックを混ぜ合わせたエコ素材の着想について熱弁した。南原に真剣さを感じ取ったのか、伊藤は声を弾ませた。「やっと挑戦したいという人が現れてくれた」。南原は身が引き締まった。到着の翌日、1日かけて約300キロの貝殻を煮沸消毒した。


帰阪すると、早速実験にとりかかった。貝殻をひたすら砕き、様々な種類の廃プラスチックと混ぜ合わせ、相性を確かめていく。砕いた粒の細かさや分量、混ぜ方など、試したパターンは100を超えた。通常業務の合間を縫い、早朝深夜かまわず、自宅でも実験を繰り返した。元来のモノづくり好きの血が騒ぎ、ただただワクワクした。


並行し、この素材でどんな製品を作り出せるか、アイデアを練った。日本は災害が多いから防災用具にしよう。外敵から身を守る貝殻の役割から連想し、ヘルメットが思い浮かんだ。表面には波形の凹凸加工を施し、一目で貝殻とわかるデザインに。完成した試作品は、通常のプラスチック原料のみで作る場合より最大36%のCO2削減効果を実現。強度も33%高めることに成功した。名称はずばり「ホタメット」に決めた。


伊藤村長らに報告すると、「本当に完成させてくれるとは」「これはすごい」と口々に驚き、喜んでくれた。着想から約1年後の22年12月、クラウドファンディングで先行予約販売をスタートさせ、ドキドキしながら経過を見守った。結果は、目標金額を大幅に上回る応募が殺到。海外からも反響が寄せられた。
企画開発部 南原 徹也さん
北海道猿払村内、堆積されているホタテ貝殻
「ホタテの貝殻が防災ヘルメットに」 モノづくりの楽しさで課題解決に挑む Vol.2
ヘルメットの仕様について打ち合わせを行う


大阪・関西万博の開催が決まって以降、南原はずっと参加の機会をうかがってきた。日本の町工場のモノづくりの技術を世界に示したいという思いがあった。甲子化学工業は祖父が1969年に創業し、後を継いだ父が、少量多品種の生産を強みに必死で会社を守ってきた。南原は大学卒業後、一度は大手ゼネコンに就職。ホテルやトンネル建設など大型工事に携わった。30歳を過ぎた頃、会社をこのままにはしておけないと一大決心し、2019年に転職した。


だが、スタートは暗たんたるものだった。大手から中小に名刺の社名が変わっただけで、展示会に足を運んでも見向きもされない。商談を持ち掛けても話すら聞いてもらえない。確かに会社は存在しているのに、まるで透明人間のようだった。どこを目指していけばいいのか、方向性を見失った。


そんな時、深刻な品不足が続くフェースシールドを医療機関に送る大阪大学のプロジェクトを知った。世間はコロナ禍の真っただ中。「フレーム量産のための製品製造なら、うちでもできる」。協力を申し出た。クラウドファンディングで資金を募ったところ、目標金額の5倍以上が集まり、国から支給された給付金を会社にわざわざ送ってくれる人もいた。


世の中にあふれる善意に触れ、もともと大好きだったモノづくりへの情熱がよみがえってきた。社会課題を解決するために、その技術を役立てる。ベタかもしれない。でも、その動機がすとんと腹落ちした。


ホタメットの試作品ができた頃、東大阪市のメルマガで万博への手がかりを見つけた。Co-Design Challengeの募集記事。これしかないと思った。ホタメットの素材に目を付けた海外企業からは、すでに問い合わせが相次いでいる。スペインの服飾雑貨メーカーからは発注も受けた。世界最大級の国際広告祭のデザイン部門で金賞を受賞したほか、環境をテーマにした海外の展覧会からの引き合いもきている。想像もしていなかった反響だ。


南原の会社周辺には、大手は狙わないニッチな技術で、人々の暮らしを支えている中小企業がたくさんある。原材料のコスト高を価格転嫁できないまま、この20年間、踏ん張り続ける姿をずっと見てきた。「どの会社もそれぞれの武器をもっている。ただ、見せ方や生かせる分野を探し切れていないだけだ。自分たちのささやかな挑戦が、少しでも町工場全体の元気につながってくれたら」


南原はいま、モノづくりに挑戦できる日々に、大きな喜びを感じている。
粉砕された貝殻
ヘルメット製造の様子
「ホタテの貝殻が防災ヘルメットに」 モノづくりの楽しさで課題解決に挑む Vol.3
ホタメット


モノづくりの挑戦はゴールが見えてきた。南原は、一目で貝殻とわかるホタメットのデザインをいかすため「オーシャンブルー」「コーラルホワイト」など、海にまつわる5色を用意。白いつぶつぶをあえて残し、貝殻を感じてもらえる肌触りにもした。「作り手の目線じゃなく、受け手から見てどうかを強く意識した」


そんな南原の背中を押すできごとがあった。2023年4月、改正道路交通法が施行され、すべての自転車利用者のヘルメット着用が努力義務化されたのだ。思いがけず「ホタメットは自転車で使えますか」という問い合わせが舞い込み始めた。「もちろん使える」。落ちてくる物から頭を守る防災用に対し、自転車用は転んだ時のため全方向の強さが求められる。その強さには自信がある。自転車用なら日常使いでき、より多くの人に受け入れられやすい。ずっと「消費者がヘルメットに興味を持ってくれるだろうか」と不安だった南原には、チャンスだった。自転車用をオンライン通販で出品すると、防災用とともにたちまち人気に。防災用は万博の会期中、フューチャーライフヴィレッジ内に常備される。新たに加わった自転車用も納品されることが決まった。未来に向けたモビリティーに試乗するスタッフたちがかぶる予定だ。


Co-Design Challengeに採用され、プロジェクトはヨコの広がりを見せている。素材が海外で「SHELLTEC」の名で知られるようになり、韓国、中国、アメリカの団体から協働したいとの連絡が入った。貝を食べる文化のある国では、日本と同じように捨てられる貝殻の使い道を探していたのだ。まさに、世界中の社会課題を解決する一手になりつつある、といえる。タテの広がりも見えてきた。独自の技術力を評価する雑貨、家電、自動車の業界から共創の求めが相次ぐ。さまざまな分野で活用されれば貝殻の再生量はぐんと増えるだろう。「猿払村だけでなく、日本中の問題を解決していきたい」と、南原は意気込む。


地元・関西で開かれる万博を、モノづくりの底力を披露する「夢の舞台」だと感じずにはいられない。「ぼくら中小企業が支える側として参加して一緒に万博を作っている。すごくやりがいがある」。その姿が日本の町工場の人たちの励みになるよう、集まってくれた仲間たちとともに、さらに前へ、前へと進んでいく。
企画開発部 部長 南原 徹也さん
「ホタメット」を手に打ち合わせをする様子
「ホタテの貝殻が防災ヘルメットに」 モノづくりの楽しさで課題解決に挑む Vol.4
全5色あるホタメット


万博会場でモビリティーに乗るスタッフたちがかぶる自転車用ホタメットは、その洗練されたデザインから来場者の目を引くにちがいない。南原は「万博では私たちも楽しく盛り上がるつもりです。関西、そして日本のモノづくり企業の元気な姿を、多くの人に感じてほしいんです」とほほ笑む。


そのホタメットは今、自社のオンライン通販で、一部の色の生産が追いつかないほどの人気だ。ある企業からは「交通安全意識を高めてもらうため社員たちに贈りたい。それぞれの誕生日に届くように手配を」とまとめて注文が入った。大きさは大人向けのフリーサイズだけだが、何人もの購入者から「子ども向けはないのですか」「おしゃれなので親子でそろえたい」との要望が届いている。予想以上の人気に南原は、すぐ3〜8歳向けの2種類の自転車用ヘルメットの開発に着手。ともに大人向けと同じデザインで、強度を保ちつつ、空気穴をあけて夏の暑さや蒸れを防ぐ仕様だ。「軽さと強さを両立するSHELLTECの技術を生かし、2025年5月頃に発売したい」と意気込む。


ヘルメットではさらに工事現場や工場内でプロの頭を守る、より強靭(きょうじん)な産業用も視野に入れる。「守る」というコンセプトから、新しい製品が増えようとしている。大阪府の酒造会社と連携し、小さな制作機器を万博会場に持ち込んで、ワークショップを催す計画も進んでいる。こうした日用雑貨だけでなく、産業用としてホタテの貝殻を数万トン規模で処理するプロジェクトも動き始めているという。用途は広がる一方だ。


南原は今、未来を思い描いている。「家電製品や自動車の部品も貝殻をアップサイクルしたプラスチックが当たり前のように使われるようになる」。貝殻を用いれば、その分、石油由来のプラスチックを減らせる。地球環境への負荷軽減につながるだろう。


「私たちがつくる人工物は実は、すべて自然界、生物界からいただいた素材でできている。廃棄物も、成分に着目すると自然界、生物界にあるものと同じ」と南原はいう。ホタメットなら「炭酸カルシウム」という貝殻の成分。ホタテやカキなどの貝類が、大気から海水に溶けた二酸化炭素を取り込んでつくった生物由来だ。「それをヘルメットに使わせていただく。私たちは自然界、生物界からすばらしい恩恵をたくさんもらっています」と話す。魚介類が好きで、産地を訪れるたび、とれたてのホタテを味わってきた。海の幸のおいしさに感動しつつ、生きとし生けるものへの畏敬の念を忘れない。
企画開発部部長 南原 徹也さん
「ホタメット」を手に打ち合わせをする様子



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Co-Design Challengeとは?
Co-Design Challengeプログラムは、大阪・関西万博を契機に、様々な「これからの日本のくらし(まち)」 を改めて考え、多彩なプレイヤーとの共創により新たなモノを万博で実現するプロジェクトです。
万博という機会を活用し、物品やサービスを新たに開発することを通じて、現在の社会課題の解決や万博が目指す未来社会の実現を目指します。
Co-Design Challengeプログラムは、公益社団法人2025年日本国際博覧会協会が設置したデザイン視点から大阪・関西万博で実装すべき未来社会の姿を検討する委員会「Expo Outcome Design Committee(以下、「EODC」)」監修のもと生まれたプログラムです。


※EODCでの検討の結果は
をご覧ください

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