岡山県内の公立学校(岡山市立を除く。)の教員の残業時間が、令和元年度と令和6年度とを比較して、中学校では37.8%減少しました。この成果は、学校の働き方改革の一環として、行事の見直しやICT活用、外部人材の活用などが進められた結果です。
岡山県教育委員会はこれまでどのような改革を進めてきたのか、また、実際の学校現場ではどのような取組が行われているのか。
働き方改革が教員の負担軽減と生徒の主体的な学びを促進し、学校全体に好循環が生まれている、岡山県矢掛町立矢掛中学校の取組を交えながら、紹介します。
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では、岡山県教育委員会の様々な取組や、県立学校の生徒の活躍、学校の魅力などについて記事にまとめていますので、こちらも是非ご覧ください。
生徒の学び方と教員の働き方を一緒に変えたら好循環が生まれた!「不易流行」をモットーにした改革とは?
「子どもの成長を教員が近くで寄り添って見ていきたい、この部分は変わらないところです。その一方で、明治以来の教員が前に立って子どもたちに一斉に教えるというやり方だけではなく、子どもたちが主体的に行動することが求められるようになってきています。
ですから、ここは変えなくてはならない。しかし、ここを変えただけでは教員の負担が増えるばかりです。そこで、生徒の学び方と教員の働き方改革を一緒に進めました。」
令和4年の着任から改革の舵を取っている、矢掛町立矢掛中学校の小野秀明(おの ひであき)校長は言いました。
「不易流行(ふえきりゅうこう)」とは、いつまでも変わらない本質的なものの中に新しい変化を取り入れることです。教育の本質を変えずに学び方と働き方を変えた、矢掛中学校の事例を紹介します。
岡山県教育委員会は毎年6月に、教職員の勤務実態調査を実施しています。
教職員の残業時間にあたる「月当たりの時間外在校等時間」は、令和元年度と令和6年度で最大37.8%減少していました。
このように減ってきたのは、岡山県全体での取組の成果です。
参考:
これに基づき、教育委員会や学校は働き方改革に取り組みました。具体的には、次のような内容です。
・行事などの見直し
・校務のICT化
・外部人材の活用 など
こうした取組等を通して、時間外在校等時間は年々着実に減少してきました。
しかしそれでも、令和5年の調査では、小・中・高等学校の時間外在校等時間の平均が月45時間を超えていることがわかりました。
そこで、岡山県教育委員会と市町村教育委員会(岡山市を除く)は、働き方改革をさらに強力に進めます。令和6年3月に連名で出したのが「
「働き方改革で目指す学校の姿」を具体的に示し、教育委員会や学校が自分事として実現に向けた取組を進められるようにしました。
現在、働き方改革が進んでいる学校のひとつが、矢掛町立矢掛中学校です。
矢掛中学校ではどのような取組を行っていて、現場の先生たちは取組をどのように受け止めているのでしょうか。
令和4年度に矢掛中学校に着任した小野校長は、6つの大きな改革を進めました。
【改革1】定期テストの廃止
中間・期末の定期テストを廃止し、代わりに単元テストを取り入れました。
「学習指導要領には、単元などを見通しながら評価するようにと書いてあります。定期テストは詰め込み式になりがちなのでやめました。」
と小野校長。
「単元テストの後、希望者には再テストを実施しています。単元テストと再テストのよいほうの点数が評価対象になるので、7〜8割の生徒が再テストを受けていますよ。
私たちの目的は生徒が必要な知識などを身につけてくれることです。最初のテストで身につけていなくても、再テストで身につけることができればいいんです。」
小野英明 校長
学校指定の問題集やプリントなどの定型的な宿題もやめました。わかっていることを何度もしなくてはならない生徒や、答えを丸写しするような生徒にとって効果が低いからです。
代わりに、準備学習やレポートを取り入れました。
「準備学習では、たとえば理科の実験をする前日の家庭学習として教科書のページを読み、自分のペースや自分の理解に沿ってまとめてもらいます。結果的に生徒は、自分なりの疑問を持ったうえで授業に臨めるようになりました。
単元の終わりにはレポートを課すこともあります。教員にとって、一人ひとり違うレポートに目を通すのは、全員の同じ課題をチェックすることと比べると少し大変かもしれません。
しかし、毎日のプリント集めや採点、提出状況の確認などから解放されたため、全体で考えると業務量は減っています。」
これらの改革によって、生徒たちの学び方は主体的なものに変わっていきました。
【改革3】3年計画で実施する「総合的な学習の時間」
総合的な学習の時間は1年完結ではなく、3年間の見通しを持って実施しています。
矢掛中学校の総合学習のテーマはSDGs目標11の「住み続けられるまちづくりを」です。
「1年生は矢掛町を再発見し、2年生は1年生で学んだことをもとに、商品開発を行います。職場体験を生かして一人ひとりが企画を考え、その考えをもとにグループで協働します。そして、専門家のアドバイスを受けながら2回のプレゼンを行い、開発する商品を決定するのです。3年生はまちづくりの視点で東京フィールドワーク、そして地域貢献活動を行います。
このような授業の型ができたので、教員の負担が減りました。」
現在の3年生は、商品開発に取り組んだ初めての生徒たち。彼らの卒業までに、ひとつの商品が世に出る予定です。
【改革4】コマ数の削減
1日6コマで5日間授業をすると、週のコマ数は30になります。しかし、矢掛中学校の現在のコマ数は28です。
「来年は27コマを目指します。
授業時数を満たしていれば、教育課程は各校の校長の権限で決めるのが原則です。
最近は文部科学省も『総授業時数については、必要以上に増やすことがないよう検討すべき』と言っています。
令和6年度は毎週月曜日と水曜日の6時限目を空きコマにしました。」
この空きコマは、教員の研修や会議のほか、後述の通り生徒のためにも大いに活用されています。
生徒たちの下校時間を17時にしました。部活動も16時45分までで終了し、17時には全員が下校します。
「定期テストがなくなったので、テスト期間やテストの日に生徒たちが部活動を休む必要がなくなりました。結果的に活動日が増え、部活動の時間は減っていないんです。」
生徒たちが17時に帰るので、教員も早く帰れるようになりました。
【改革6】17時以降は留守番電話
その他にも、17時以降は留守番電話対応にする、などさまざまな改革を進めています。
「部活動のユニフォーム代などの支払も、業者が直接集金するか振込で対応するようにして、教員の負担をなくしました。
珍しいことはやっておらず、よいと思う取り組みを片っ端からやっているだけですが、これらを一緒に進めたことが好循環を生んでいます。」
左:林勇介先生(美術・矢掛中学校在籍8年目) 右:石川智美先生(国語・矢掛中学校在籍6年目)
矢掛中学校の教員の時間外在校等時間は、令和6年11月現在で平均26~27時間です。岡山県の目標数値である45時間を大幅に下回っています。
改革前後を知る林勇介先生と石川智美先生に、話を聞きました。
「以前は遅くまで学校にいましたが、今は17時台に帰ることが多いですね。16時45分になると勤怠管理のタブレットの前にゾロゾロと列ができます。18時台の職員室はガランとしていますよ。」と林先生。
「17時以降は留守番電話にして電話に出なくなってからは、生徒のためなら何時でも対応するのが教員、との意識がなくなりました。
夜遅くまで残って仕事をする代わりに、朝少しだけ早く来て準備を整えている人が増えています。そして、夕方はパッと帰る。結局、勤務時間が短くなっています。」
石川先生は「とくに変わったところは」と身を乗り出しました。
「体調不良で長期間休む教員がいないなあと感じています。早く帰って寝られるから調子がよくなって、朝から元気に仕事できるんです。
寝不足で生徒に向き合うことがなくなり、なにかトラブルが起きても落ち着いて対応できています。」
退勤時刻が早くなっても持ち帰りの仕事が増えたのでは、とたずねると2人は首を横に振りました。
「数年前は、持ち帰って家で仕事をすることもよくありましたが、今はあまりありません。教員は生徒のためならいくら大変であってもこうするべき、といった雰囲気がなくなったので、業務のスリム化や効率化を考えられるようになっています。」(石川先生)
「私は今年度から教務担当になったので、定時までには仕事が終わらないこともありますが、平日は遅くまで残らないようにと決めています。そのほうが集中して早く仕事を終わらせられるので。」(林先生)
「働き方改革で変わったのは、教員だけではありません。」と林先生は言いました。
「たとえば、令和4年度から生徒会や委員会での自主的な取り組みとして校則の改正を進めています。生徒たちで話し合ったり案を作ったりと、非常に時間がかかります。以前なら、遅くまで話し合う必要があったと思いますが、カリキュラムが変わって空きコマができたので、このコマを充てられるようになりました。」
空きコマは校則改正のほかにも、地域貢献活動の実行委員会や、学習相談、再テストなどに利用されています。
「授業時間以外に使える空きコマができたので、教員も生徒に時間を還元できます。
そのような活動をしても生徒は17時に下校するので、教員も17時台に帰れるという好循環が生まれました。
改革によって、生徒たちの主体的な活動がしやすくなったと思います。」(林先生)
「それだけではありません。17時に下校することによって生まれた時間で生徒たちは主体的に学びを進めています。
総合学習でもタブレットを使って準備して生徒たち同士で共有し、先生にも共有したので見ておいてくださいと言ってきます。学びたい生徒はその時間を使ってどんどん学びを進めているんです。」(石川先生)
左:小野秀明校長 中央:岡山県教育委員会 守安諒平主任 右:同 新井裕貴主任
矢掛中学校では、働き方改革によって生まれた時間が教員の気持ちのゆとりを生み、生徒たちの主体的な活動と学びの時間に変わっていました。
「教員の働き方と生徒の学び方を一緒に変えたからこそ、よい循環が生まれました。
大切なものは変わりません。しかし、時代に合わせて変えられるものは変えていきます。」
小野校長は柔和な笑顔を浮かべながら、さらなる先を見つめていました。
主体的に学び活動するようになった生徒たちが大人になったとき、一体どのような社会になるのでしょうか。
未来が楽しみになりました。
執筆:山口ちゆき
編集:一般社団法人はれとこ
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