「大仏」も「考える人」も「ハチ公」もみんな “推し”たい!彫刻の楽しみ方を提案する、“彫刻特化型図鑑”制作秘話

2025.03.13 12:00
クリエイター・インサイド『意味がわかるとおもしろい! 世界のスゴイ彫刻』
/澤田未来


 (株)Gakkenが生み出す、数々の個性的で魅力的な商品・サービス。その背景にあるのはクリエイターたちの情熱です。
 今回は、子どもから大人までに愛されるヒット書籍となった『意味がわかるとおもしろい! 世界のスゴイ絵画』に続くシリーズ第2弾『世界のスゴイ彫刻』を手がけた、澤田未来です。
 美術館で最も人が集まるのは、「絵画」の前だという。ゴッホやモネ、葛飾北斎といった画家の名前は多くの人に知られていて、その作品の価値や背景を解説する書籍も多い。
 でも、同じ芸術作品でありながら、「彫刻」は「絵画」に比べるとなじみづらい印象があるのではないだろうか。有名な彫刻作品といえば、ロダンの《考える人》やミケランジェロの《ダヴィデ像》――ほかは?
 そんな「見過ごされがちな芸術」にスポットを当て、「彫刻をもっと身近に感じてほしい」という思いから生まれたのが『世界のスゴイ彫刻』だ。
 今回は同書の制作秘話、さらに、彫刻の奥深い魅力について、編集者に聞いてみた。
◆「美術といえば絵画」? ――だからこそ、彫刻をテーマに
 2024年4月に発売された『世界のスゴイ絵画』。特大サイズの名画を楽しく解説した同書は発売から1年以内で6刷となり、大きな反響を呼んだ。その第2弾として、2025年1月に発売されたのが『世界のスゴイ彫刻』だ。
「『世界のスゴイ絵画』の制作段階で、次は彫刻をテーマにしたいと考えていました。やっぱりアートといえば絵画というくらい、あまりアートにくわしくない方でも、名画展に行ったり、《モナ・リザ》やムンクの名前を知っていたりしますよね。一方で、彫刻は多くの方にとって、少し親しみづらく、難しい印象があるのではないかと思います。『世界のスゴイ絵画』でこのシリーズのことをみなさんに広く知っていただいたので、今回は彫刻というテーマにチャレンジして、その魅力を伝えたいと考えました」
 そもそも彫刻とはいったい何なのだろうか。小学校の図工で習った「彫刻刀」を思い浮かべる人も多そうだが……。


「彫刻には、石や木を彫り刻むだけでなく、粘土をこねて肉づけする、溶かした金属を型に流して固める、いろいろな素材を組み合わせるなど、さまざまな制作方法があります。
その歴史は絵画よりも古く、世界最古の芸術品は約3万年前に石灰石でつくられた、高さ約11cmの小さな女性像なんです。オーストリアの小さな村・ヴィレンドルフで発見されたことから《ヴィレンドルフの女性像》と呼ばれていて、ヨーロッパを移動しながら暮らしていた民族がお守りのようにして持ち歩いていたのではないか、といわれています」
「そんな古い時代から今に至るまで、彫刻は世界中で、祈りの対象や街のシンボルなどとしてつくられてきました。奈良の大仏も自由の女神も、渋谷駅前のハチ公像も、みんな彫刻作品なんですよ」
絵画に比べるとなじみづらい印象のある彫刻には、実は私たちがよく知る作品がたくさんあるのだ。
◆作品選びのポイントは「実際に見に行ける」こと
 本書は、誰もが知る有名な作品から、あまり知られていない作品まで、古今東西の彫刻作品約70点を、それぞれひと見開きで紹介している。「少しでも多くの人に彫刻への興味を持ってもらいたい」という思いを胸に、澤田は自ら作品をピックアップした。


「まず、地域と時代のバランスを考えました。美術の教科書や専門書では、美術史上重要な古代ギリシャ・ローマの彫刻作品が取り上げられることが多いのですが、本書では、近現代のアジアの作品も取り上げるなど、多様性を意識しました。
また、技法や素材にも着目して選んでいます。20世紀以降の彫刻には、ワイヤーで吊るされた鉄の板が風に揺れる作品や、ダンボールや廃材を使った作品など、個性的な作品がたくさん登場しました。彫刻にはさまざまな表現があるということを伝えたくて、本書にはそういった作品も掲載しています。
例えば、既製品の男性用便器にサインを入れた《泉》という作品があるのですが、これはフランス生まれのアーティスト、マルセル・デュシャンが彫刻作品として展覧会に出品したことで、『彫刻とは何か?』を人々に問い直す作品となりました」
 こうしたデュシャンの作品と並んで、おなじみの日本の仏像も登場するのがおもしろい。


「仏像は、なるべく常時拝観できるものを選びました。このシリーズは多くのお子さまにも読んでいただいていますが、子どもは大人と違って『特別公開されているから見に行こう』などと自分で調べて動くことはなかなかできないはず。だから、常に公開されていて、京都や奈良に修学旅行に行ったときに必ず見られるような仏像を選んでいます」
 それにしても、絵画と異なり立体物である彫刻の魅力を本で伝えるには、苦労もあったのではないだろうか。


「そうなんですよね。本来彫刻は、周りの空間も含めて楽しむ、体験型のアートです。例えば、イギリスの彫刻家ヘンリー・ムーアは、作品が風景と調和することをめざして、自ら作品の設置場所にもこだわっていましたし、イサム・ノグチは、子どもがよじ登ったり中をくぐったりして遊ぶことができる彫刻作品も手がけました。そういった作品の魅力を紙面で伝えるには限界があると感じていて……。
だからこそ、読者のみなさんには、この本をきっかけに実物を見に行ってほしいと考え、空間の魅力が伝わるような写真を選びました」
 彫刻は写真で見るだけでは伝わりにくい部分も多い。だからこそ、本書をきっかけに、実際に足を運んで作品と向き合ってみてほしい。昼と夜で異なる表情、季節や天候による変化、そして周囲の風景との調和――。
 現地でしか味わえない彫刻の魅力を、ぜひ体感してもらいたい。
◆こわ~~い彫刻から、かわいいネコの彫刻まで、個性的な作品が勢ぞろい
 アートは予備知識なしでも鑑賞できるが、作品の見どころを知っておくとより楽しめるだろう。本書では、大きなビジュアルとともに、作品にまつわるエピソードをやさしく解説している。中でも澤田のおすすめの作品は何なのか。3つ選んでもらった。
「まず1つ目は、フランスのルーヴル美術館にある、《ヴァランティーヌ・バルビアーニの墓碑》という作品です。
 豪華なドレスを着た貴婦人の像なのですが、よく見るとその下には横になった謎の人物が……。顔や手はしわしわで、やせ細っています。
 実はこれは、貴婦人の死後の姿を表現したもの。このように、死後に変わり果てた姿を表した彫刻はトランジ(もしくはトランシ)と呼ばれます。墓を飾る像としてつくられた例が多く、14世紀後半から16世紀にかけて、フランスなどの身分の高い人のあいだで流行しました。死後の無惨な姿を人前にさらすことで、死者の罪が軽くなると考えられていたのだそうです」
 澤田も、この本書の著者である美術ライター・佐藤晃子氏に紹介されるまでは、この作品を知らなかったという。トランジは無惨であればあるほどよいとされ、中には、うじ虫がわいている死体の彫刻もあるのだとか……。


「2つ目は、熊本市現代美術館が所蔵する《相撲生人形》です。
生人形とは、幕末から明治にかけて、庶民の見世物のためにつくられた、まるで生きているように見えるリアルな人形のこと。熊本生まれの人形師・安本亀八が手がけたこの作品は特に見事で、日本最古の相撲の試合といわれる野見宿禰と当麻蹶速の勝負を迫力満点に表現しています。
 明治時代も後半になると生人形は次第に忘れ去られてしまい、《相撲生人形》はアメリカ人のコレクターに彫刻作品として買い取られ、デトロイト美術館のコレクションになりました。しかし、近年再評価が進み、熊本に里帰りを果たしました」
 木彫りの作品とは思えない圧倒的なリアリティが、写真からも伝わってくる。この超絶技巧には、当時の日本人もアメリカ人も驚いたのではないだろうか。所蔵元の熊本市現代美術館では常時公開されていないが、機会があればぜひとも見てみたい作品だ。


「3つ目は、明治から昭和にかけて活躍した彫刻家の朝倉文夫がつくった《たま(好日)》という作品です。
 『東洋のロダン』とも呼ばれる朝倉は、早稲田大学の大隈重信像などを手がけた日本を代表する彫刻家ですが、大の猫好きでもありました。多いときで19匹もの猫を飼っていたそうで、さまざまな猫の表情やポーズを観察しては、彫刻作品に表現しました。朝倉は生前、猫の作品ばかりを集めた『猫百態展』を企画していましたが、志半ばで病に倒れ、実現に至りませんでした。
しかし、今も東京の台東区立朝倉彫塑館などで、猫への愛にあふれる朝倉の作品を見ることができます」
 しっぽを長く伸ばし、今にも動き出しそうな猫のブロンズ像。首についている鈴の音が聞こえてくるようだ。飼い猫を彫刻作品に表現するというエピソードは、彫刻が決して遠い存在ではなく、むしろ身近なものであることを感じさせる。
◆世界遺産も駅前銅像もみんな名作!
 澤田が彫刻に興味をもったきっかけは、中学生のときの出来事だった。


「中学生のとき、修学旅行の事前学習で、奈良・東大寺の南大門にある金剛力士像の解体修理に迫るドキュメンタリー番組を見ました。傷だらけだった巨大な仁王像を解体し、ひとつひとつのパーツを補強して組み立て直すという作業は、途方もない労力と時間がかかるもの。それでも、運慶や快慶らが残した仁王像を未来に伝えようと、並々ならぬ覚悟と技術で修理に挑む職人たちの姿に、胸が熱くなりました」
 仁王像だけでなく、世界中の多くの美術作品が、同じように各地域の人々に守られ、受け継がれてきた。それは国宝や世界遺産に限った話ではない。


「渋谷駅前のハチ公像といえば、日本でいちばん有名な待ち合わせ場所ですが、実は今のハチ公像は二代目。初代ハチ公像は金属が不足していた戦時中に工場で溶かされ、機関車などの部品になったといわれています。その作者である彫刻家の安藤照も、東京大空襲で命を落としました。しかし、戦後しばらく経ってから、戦後復興のシンボルとしてハチ公を再建したいという声が集まり、照の息子・安藤士が二代目となるハチ公像を生み出したのです」
 ハチ公像のような駅前銅像にも、作り手や設置した人々の思いが込められている。そう考えると、身のまわりにある彫刻作品に対する見かたも変わってきそうだ。


「みなさんに身近な駅前の銅像から、教科書に載っている世界遺産まで、すべての彫刻には物語があります。この本を通じて、少しでも彫刻に興味を持ってもらえたらうれしいです。そして、実際に足を運んで作品を鑑賞してみたときに、また新たな発見があるかもしれない。そんな楽しみ方を多くの人に体験してもらえたらと思っています」
 彫刻がどんな思いで作られ、どんな旅を経て、そこに立ち続けているのか──。そんな想像を巡らせることで、日常の風景が少し違って見えてくるかもしれない。
 彫刻の魅力に気づいたそのとき、私たちの世界はもっと奥深く、より豊かなものへと変わっていくはずだ。


◇◇◇


《クリエーター・プロフィール》
■澤田未来(さわだ・みく)
神奈川県横浜市出身。新卒で教育系企業に入社したのち、JICA青年海外協力隊としてフィジー教育省で活動。2020年に学研プラス(現・Gakken)に中途入社し、『世界が広がる 推し活英語』『推し活韓国語』などを手がける。




【商品・サービス情報】
■『意味がわかるとおもしろい! 世界のスゴイ彫刻』
彫刻は石や木を彫り刻んだり、粘土をこねて肉づけしたり、金属を型に流したりしてつくるもの。絵画に比べると親しみづらい印象がありますが、スフィンクスもハチ公像も、土偶も埴輪も仏像も、実はすべて彫刻。
彫刻には、みなさんが見たことのある作品がたくさんあるのです。
本書では、そんな有名な作品からあまり知られていない作品まで、約70点のスゴイ彫刻を大きなビジュアルで楽しく解説。彫刻がぐっと身近になる1冊です。








■著者:佐藤晃子
■発行:株式会社 Gakken
■発売日:2025年1月30日
■定価:2,750円(税込)
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・学研出版サイト 

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