AR・VRを活⽤した「AR防災」の誕⽣秘話。阪神淡路⼤震災から30年、最新技術によるリアルな災害体験で防災意識を高めたい

2025.01.08 11:10
一般社団法人AR防災(本拠地:東京都新宿区、代表:板宮晶大、以下「AR防災」)は、『防災をリアルに、防災を日常に』をテーマに掲げ、AR・VR技術(※)を活用しながら、防災教育や啓蒙活動を支援する団体です。


AR・VRをきっかけに「なんだか面白そう」「やってみたい」と興味を持ってもらうことで、現代の“防災訓練離れ”を解消し、防災を自分事化してもらうことを目指しています。


今回はAR防災設立までの経緯や、活動への想いについてお伝えします。


※AR「Augmented Reality」(拡張現実):現実世界にデジタル情報を重ね合わせ、目の前の光景にCG映像などを合成する技術
※VR「Virtual Reality」(仮想現実):デジタル上の仮想空間を再現し、現実のように体感できる技術
地域の防災訓練、「ほぼ毎回参加する」のは4.4%のみ。「自分事化」できない防災の現実
防災・災害に関する意識調査(※1)では、自宅地域やマンション等での防災訓練について、「ほぼ毎回参加する」と回答したのは全体のわずか4.4%のみ、全体の64.5%が「1度も参加したことがない」と回答しました。年代別で見ると、20代〜30代の若い世代の参加率が特に低いことが分かっています。
また、阪神・淡路大震災では公助である救助隊等による救出が全体の約2割程度に過ぎなかったという調査結果も出ています(※2)。災害による被害を最小限に抑えるためには自助(個人の備え)や共助(地域での助け合い)が重要で、そのためにも防災訓練はとても重要な役割を担っています。


しかし、災害への備えに対する必要性を感じていながらも、実際に行動に移せている人は少なく、防災を自分事化できていないのが現状です。さらに、防災訓練を企画する側の意見として、人を惹きつけるコンテンツがない、マンネリ化していてリアル感がない、といった課題も指摘されています。


従来の防災訓練が自助・共助の防災力を高める機会として十分に機能しておらず、そもそも防災教育を受ける機会が少ない。こうした背景も防災訓練の参加率の低さにつながっているのです。


ここからは、防災意識の課題解決に向けて活動するAR防災代表の板宮 晶大(いたみや あきひろ)が、設立までの経緯や想いを語ります。
【参考資料】
※1こくみん共済coop|
※2内閣府|
“人を楽しませたい”という原体験を形に。AR・VRによる最新の避難訓練AR防災
阪神・淡路大震災、刻一刻と拡大する被害の衝撃。当時高校生で決断した、単身ボランティア
——阪神淡路大震災が起きた時のことを教えてください。
阪神・淡路大震災が起きたのは私が高校1年生の時で、親が運転する車のラジオで地震発生の第一報を聞きました。最初は死者が1人か2人と報じられていたのが、夕方には死者1,000人規模にまで増え、こんなにも短時間で多くの人が亡くなるのかと、ものすごい衝撃だったことを覚えています。


その後、同じ高校の先輩が被災地でボランティアを行った話を聞きました。同世代が被災地のために役に立つことをしていると知り、こうやって社会の役に立つ方法もあるのかと刺激を受けましたね。当時はインターネットが普及しておらず、ボランティア情報を検索することもできない時代です。そこで私は、学校の教師をしていた母に相談し、母のつてを辿ってボランティアを受け入れている小学校を紹介してもらい、春休みを利用して、1人で被災地に向かいました。
——日に日に被害の状況が明らかになっていく状況で、1人でボランティアに行くことに怖さは感じなかったですか?
実際にボランティアに行ったのは発災から2か月ほど経っていたこともあり、特に怖さはなかったと思います。


当時、テレビでは義援金や物資の送り先といった被災地支援の情報が多く流れていました。しかし、高校生だった私は、そういった形での支援をするのは難しい状況でした。それでも、被災地の人たちのために何か力になりたいという思いが強くなり、「自分の体力を活かせば、何か役に立てることがあるかもしれない」と考えるようになりました。どんな些細なことでも、自分にできることを全力でやりたい。その気持ちが、私を被災地へと駆り立てました。
高校時代の板宮(一番下)
現地に滞在し、肌で感じた災害の残酷さ。初めて「防災の自分事化」を意識した瞬間
——被災地でのボランティア活動で印象に残っていることはありますか?
東京から来た私を、暖かく迎え入れてくださったのが印象的でした。ボランティア活動を続ける中で、ふとした会話の中で「こんな大変なことが同じ日本で起きてるなんて、ここに来なかったら信じられなかったでしょう。それこそ『対岸の火事』みたいなものよね」と言われ、ハッとしたことがありました。
——「対岸の火事」という言葉を聞いたことで、初めて「防災の自分事化」を意識したのでしょうか?
そうですね。実際に被災地に来てはいるけれど、当時は発災から2か月が経過した頃でした。自分がテレビで見た災害の怖さや被災の大変さを、表面的にしか理解していなかったのです。私が現地に滞在していたのは1週間だったので、被災地にいることが私にとって日常ではないことを改めて思い知らされました。


いつでも情報が手に入るからこそ、災害が起きてもどこかで他人事として捉えてしまいがちになる。これは30年前の当時だったからというわけではなく、SNSが普及した今の時代だからこそ言えることでもあると思います。実際に経験してみなければ災害の怖さは分かりませんし、被災された方々の気持ちを100%知ることはできません。


でも、そこをどれだけ自分の方に寄せていけるのか。1週間ほど被災者の方々と生活を共にしながら、防災の大切さや自然災害の残酷さを肌で感じました。
東日本大震災を経験。二度目のきっかけとなった“防災の自分事化”
——東日本大震災では、どのような状況でしたか。
ちょうど子どもが生まれたばかりのタイミングで、水不足に困っていたとき、近所の方が赤ちゃんに飲ませてあげてと水を分けてくださり、その優しさに救われました。この経験から自分の安全だけでなく家族の安全や地域の安全を強く意識するようになりました。


また、津波による大きな被害をうけた石巻市の大川小学校の出来事は本当に心が痛ましく「子どもたちは学校にいれば安心」という教訓が一変しました。こういった辛い出来事を二度と繰り返さないために、自分にできることは何があるのだろうかと深く考えるようにもなりました。
防災に関わるきっかけは兄のアプリ開発。「面白そう!」をきっかけに、災害を正しく怖がる体験へ
——ご自身が防災に関わるきっかけは何だったのでしょうか?
東日本大震災後、兄がAR・VRを活用した防災アプリなどの開発を始めたことがきっかけです。元々、兄は大学で情報工学の研究をしていたのですが、自分が得意なことで防災の課題解決を目指す姿が衝撃的でした。阪神淡路大震災、東日本大震災を経て、私自身も防災について考えるようになりましたが、実際に何かを始めたわけではありませんでした。だからこそ、そんな兄の様子に刺激を受けたのだと思います。


私が実際に防災に関わるようになったのは、兄が開発した防災アプリのを実用化を行うという話が持ち上がった、2016年頃です。私の母が小学校の教員をしていたことや、その学校の当時の校長先生が新しい取り組みに積極的だったこともあり、学校と地域全体を巻き込んだ大型イベントとして実施することになりました。兄から「手伝ってほしい」と声を掛けられ、人前で話すのが得意だった私は、避難訓練の進行役として参加しました。
——AR・VRを活用した防災訓練に参加した子どもたちの様子はどうでしたか?
これまでにない取り組みだったこともあり、子どもたちは「よく分からないけど面白そう!」と興味津々の様子でしたね。


浸水被害を体験できる「AR浸水体験」が始まると、普段から見慣れている場所や、一緒に体験している友達が水に沈んでいることに大騒ぎしていました。しかし、「濁流で足元が見えなくなった」「胸のあたりまで水が来ている」と驚く場面もあり、楽しさの中にも“災害の怖さ”をリアルに体感している様子が見受けられました。


その後に「災害が起きたらどうすればいいか?」を振り返る時間を作ることで、防災訓練で得た経験がより記憶に残りやすくなったように思います。参加した子どもたちからは「今日の体験を家族に話してみたい」といった声も聞かれ、家族と防災について話し合う機会をつくることができたという大きな成果も感じられましたね。


こうした状況を間近で見て、「AR・VRが持つ“エンタメ要素”が加われば、防災訓練も子どもたちが楽しむものに変わり、防災に興味を持たせることが出来るんだ」「この取り組みをもっと広げられれば、社会をよりよいものにできるのではないか?」と思うようになり、自分がやりたいことの道筋が少しずつ見えてくるようになりました。
——板宮さんが「人に楽しんでもらうこと」を重視したのはなぜですか?
実は、小学生の頃まで、人前に出ることがとても苦手でした。そんな自分を変えてくれたのが、小学5年生の運動会で経験した応援団の活動です。当時は男子で立候補する人はほとんどおらず、私と友人の二人だけが「しょうがないからやるか」と、軽い気持ちで引き受けたのがきっかけでした。


ところが、いざ始めてみると、仲間を誘導して場を盛り上げて人を楽しませることに大きな喜びを感じたんです。小学校の卒業文集に「いつでも人を明るく元気にさせる」と書かれるほど、誰かを楽しませたい、喜ばせたいというのは、自分にぴったりのキャラクターだったのかもしれません。
コロナ禍で「突然明日をも分からぬ身」を実感。AR防災設立で実現した、より広い社会貢献への道
——AR防災の設立を決めたきっかけはありましたか?
小学校での実証実験後も、避難訓練や防災イベントの進行役として呼ばれるようになり、世間からの反響やニーズのようなものを感じ始めていましたね。とはいえ、当時の私はイベントMCや飲食店向けのセミナー講師などの仕事で生計を立てていたため、すぐには法人化を決断できませんでした。


そんな中、2020年の4月に新型コロナウイルスの影響で緊急事態宣言が発令されました。当時勤めていた会社は数百人の従業員を抱える大企業でしたが、コロナ禍による早期退職の募集や部署の閉鎖などが相次ぎ、生きている限りは「突然明日をも分からぬ身」になることを実感しました。


そこから、自分が本当にやりたいことを突き詰めていきたいと考えるようになり、会社を退職。防災の大切さを学ばせてくれた兄のプロジェクトを本格的に支援するため、2020年10月に一般社団法人拡張現実防災普及(現・AR防災)を設立しました。
——板宮さんの「人を楽しませたいという原体験」と、AR・VRの「やってみたい」と思わせるエンタメ性が掛け合わされたことで「AR防災」が誕生したんですね。
そうですね。防災アプリの需要が増え、「法人化してほしい」という声をいただいたことも、大きな後押しになりました。それまでは、出来る範囲で学校などを中心に普及していたのですが、法人化をきっかけに、自治体や企業など、より多くの人に届けていけるようになりました。特に、大掛かりな設備が不要でどんな場所でも簡単に新しい防災訓練を実施できると、運営者側の負担が少ないことも喜んでいただきました。


「周囲の期待に応えたい」「たくさんの人を楽しませたい」という思いと、社会をもっと良くしていきたいという思いがあったので、法人化したことでようやく自分が心からやりたいことを形にできたと感じています。
AR防災設立から5年。これからも防災を自分事化する機会を多くの人に届けたい
——改めてAR防災から見た現代の防災が抱える課題を教えていただけますか?
依然として防災意識の低さや防災訓練離れは大きな課題となっています。防災を自分事として捉えるためには、従来のマンネリ化した防災訓練では限界があり、自ら「参加してみたい」「なんだか面白そう」と感じてもらえるような工夫が必要です。特に、被災経験がない方や、震災体験がない地域では「自分は大丈夫だろう」という、正常性バイアスが強く働いてしまいがちです。


自治体・学校・企業などで防災訓練を企画する担当者も今の避難訓練では防災意識を高められないと感じつつも、具体的な改善策が見つからず、悩んでいる現状があります。AR防災はそうした課題を抱える方々を支援し、最新技術で防災訓練の質を高めることで、日本の防災意識の底上げを目指していきたいと思っています。
——AR防災として、今後はどのような未来を目指していきたいですか?
法人設立から5年目を迎え、ありがたいことに、47都道府県で1,500件以上、導入いただいてきました。今後は、導入が進んでいない地域にも広げていきたいです。防災訓練というと、避難訓練や初期消火訓練、救命救急訓練、炊き出し体験などが一般的かと思います。しかし、私は、「AR・VRを活用したバーチャル災害体験」も防災訓練の標準メニューとして浸透させたいと考えています。リアルな体感を伴うからこそ実現できる防災の自分事化を、日本全体に普及させていきたいですね。


また、最近では、海外の方の関心も高く、実際に防災アプリを体験していただく機会も増えてきました。日本とは違い、海外にはそもそも防災訓練という概念がありません。日本人であれば、AR/VRゴーグルを装着いただいて、こちらが少し説明すればすぐに動けるのですが、海外の方に防災アプリを体験いただいた時は、説明をしても、何をすればいいか全く分からない、といった様子でした。


東南アジアの方のお話を聞くと、火災や水害による被害も少なくないようです。防災訓練が出来ていれば、救えた命がたくさんあったはずだと強く感じます。そこで、災害大国である日本だからこそ培ってきた防災訓練の知見やノウハウと、当法人のAR/VRの災害体験を組み合わせ、“AR BOSAI”として、世界にも当法人の取り組みを広げていきたいと考えています。


AR防災はこれからも挑戦を続けていきます。
【お問い合わせはこちら】
HP:

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