藝大と企業、建築と海ごみ。表現が交わるその先へ

2025.05.14 10:00
海ごみを素材に使ったアップサイクルアート——この取り組みは、東京藝術大学在学中の谷口茉優さんの研究活動から始まりました。現在は、ファサードエンジニアリングを展開する旭ビルウォールの社員として働く傍ら、共同研究という形で藝大との関わりを持ち続けながら活動を広げています。アートと環境問題がどう結びつき、社会や教育とどのように交差していくのか。東京藝術大学の学長であり、自らもアーティストとして活動を続ける日比野克彦さんと、谷口さんが語り合いました。

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環境問題との出会いと、アートとの接点


日比野:僕が学生だった1980年代って、「環境問題」って言葉が今ほど一般的ではなかったですね。当時は「エンバイロンメンタル・デザイン」っていう、人工物も自然もひっくるめて“環境”とするような、ちょっと曖昧な言い方をしていました。
オゾン層の破壊とか地球温暖化の話は、科学者のあいだではもっと前から言われていたけど、社会全体が実感し始めたのは2000年代に入ってからじゃないかな。北極の氷が溶けていく映像や、白熊が泳いでいる姿がニュースで流れたりして、「これは現実なんだ」と多くの人が気づき始めた。
そうなると、アートの世界だけじゃなくて、社会全体として環境問題に向き合わなきゃいけない、という空気が生まれてきたんですよね。――ということで、谷口さん、その頃に生まれて子どもの頃にはそういう授業、もう受けていました?
谷口: はい、小学校のときに「5R」(Refuse、Reduce、Reuse、Repair、Recycle)を生活科の授業で学びました。ただ、そのときは完全に受け身で、「自分が何かできる」とまでは考えていませんでしたね。
きっかけになったのは姉の存在です。アメリカに留学していた姉が、現地の若い人たちの環境意識の高さに刺激を受けて帰ってきて、その影響で私も少しずつ関心を持ち始めました。
日比野:そうだよね。今の小学生たちは、自然に環境問題を学ぶようになっていて、それを「自分ごと」として捉えている。だから将来、アートや文章の世界に進みたいと思ったときにも、「環境」という土台がすでに自分の中にある状態で専門的な勉強に入っていく。そういう時代になったよね。
谷口さんがモノづくりとか表現の方に興味を持ち始めたのはいつ頃から?


谷口:やっぱり姉の影響が大きかったです。あるときSNSに投稿するイラストを描いてほしいと頼まれて、白熊が乗っている“氷山”が、実はペットボトルのゴミだった――というメッセージを込めた絵を描いたんです。あれが、自分の中で「環境問題をどう伝えるか」を意識した最初の経験でした。
どんな表現なら相手の心に届くのか、ただキレイに描くだけじゃなくて、伝えたいことをどうカタチにするかを考えるようになりました。大学院に進んでからも、「ただ作るだけ」じゃなくて、社会に何かを問いかけられるような、メッセージ性を持った作品を作りたいと思うようになりましたね。


日比野:うん、それはすごく大事な視点だと思う。僕も科学者と一緒に船に乗ることがあるけど、科学には「見えないものを見えるようにする力」がある。実際に目で見て、数値にして、グラフにして、「去年と比べてこんなに違う」っていうことに気づかせてくれる。でも、数字だけでは伝わらないこともあるんだよね。
例えば、北極の氷が溶けているという事実も、映像として見るからこそ「あ、これはまずい」って実感できる。だからこそ、科学とアート、両方の視点が一緒になって社会に伝えていくことが大事なんじゃないかって思っていますね。作るだけじゃなくて、見る人の心を動かす。そういう力が、アートと科学が手を取り合うことで、より大きなインパクトになる。地球の未来のためにも、その役割はすごく重要だと思っています。




“海ごみ”が“素材”に変わる瞬間


谷口:海ごみと出会ったのは、大学院1年目のときでした。釣具メーカーの方が研究室に声をかけてくださって、海で拾ったごみを使ってインスタレーション作品をつくる機会をいただいたんです。
それまでの私は、海ごみって「自分から拾いに行かない限り触れることのないもの」っていう印象しかなかったんですけど、いざ手にしてみると、質感とか形とか、素材としてすごく面白いってことに気づいて。「え、こんなに可能性があるんだ」って、すごく驚きました。
日比野:僕が初めて谷口さんの作品を見たのは、卒業制作のときですね。今でも強く印象に残っています。グラウンドに大きくそびえ立っていて、まずは単純に「きれいだな」と思った。でも近づいてみると、それが発泡スチロールと漁網でできていたんだよね。「えっ、これって海ごみ1位と2位の組み合わせなの?」って、本当に衝撃でした。
もう心の中で本当に拍手を送りましたよ。「このクリエイターを社会とどうつなげていけるか」、そんなことをすぐに考えたのを覚えています。
谷口:ありがとうございます。大学院では、当時自分が調べられる範囲の知識をもとに作品をつくっていたんですけど、最近では、実際に海へ行って現場を見たり、研究者の方から直接話を聞いたりする機会も増えてきて。そうすると、得られる情報の質も深さもまったく違ってくるんですよね。そういう“正しい情報を知る”ということの大切さに気づけたのは、自分にとってすごく大きな経験でした。
今後はメディア的な取り上げ方というか、周囲が飛びつきそうなキャッチーな情報ではなくて、もっと現実に即したことにきちんと向き合って、そのうえで、「この活動が世界の中でどんな位置づけにあるのか」まで伝えられるような作品をつくっていきたいです。それが、今の私の大きな目標です。




“生活に入り込むアート”の力


日比野:谷口さんのベースって建築でしょ。建築っていうと、美術館とか屋外展示とか、作品を「展示空間」に置くっていうイメージがあるよね。でも、谷口さんの作品はそれとは少し違っていて、もっと別の軸で語れる気がしているんです。
つまり、“展示を見に行く”というよりも、“生活の流れの中で自然と出会う”ようなアート。そういうアートのあり方って、これからの時代、すごく大事になってくると思うんだよね。
だって、魚網も発泡スチロールも、もともとは生活の必要から生まれてきたものなわけでしょ。だからこそ、アートも「わざわざ見に行くもの」とか「ある程度の知識がないと分からないもの」じゃなくて、日常の中でふと出会って気づきを与えてくれる、そういう暮らしの中の“アート的な作用”がもっと広がってほしいと思いますね。


谷口:まさに今回の制作でも、「ちゃんと使えるものとして作る」ということを大事にしていました。たとえばスツールのように、長く使えて、日々の生活の中で目に触れるもの。そういうものって、それ自体がひとつのメッセージになると思うんです。
海洋ゴミのような“廃棄物”も、見方を変えれば“材料”になる。大量に存在していて、量産の際にはたくさん消費される素材だからこそ、そこに意味を持たせたいと考えるようになりました。
日比野:人間って想像力があるから、例えば「これ、ペットボトルのキャップからできてるんですよ」って言われるだけで、普通の石鹸ケースよりもグッと価値を感じるんだよね。
物語が宿っていると、そこに価値を見出す。人間って、そういう“背景を想像する力”にすごく引き寄せられるんだと思う。今まで文化や価値をつくってきたのも、そういう力なんじゃないかな。だからアップサイクル製品って、ちょっと高くても、それは“プライスレスだったものに価値を与えた分”。そういう価値観を社会全体で認め合えるようになれば、アップサイクルももっと広がっていくと思う。
「これがなぜここにあるのか」っていうストーリーがあってこそ、人の心が動くんだと思うんだよね。


谷口:本当にそうですね。香川に伺ったとき、大学の研究室でペットボトルキャップを集めて粉砕して、射出成形機で溶かして新しいものをつくっている現場を見たんです。それを自前の設備でやっているのが本当に衝撃でした。
あと、ある本屋さんの倉庫には、ペットボトルから作られた容器、皮製品の廃材、庵治石の粉を使ったガラス細工など、アップサイクルの素材がたくさん集まっていて、しかも自由に使っていいという形で公開されていたんです。そういう人たちに実際に出会えたことで、「仲間がいたんだ」って思えたことが、とても大きかったです。
「アーティストが関わったら、もっと面白いことができるんじゃないか」って自然と思えたし、アップサイクル品にアートやデザインの力が加わることで、本当に価値が上がると実感しました。


“人から始まる”企業と大学の連携


谷口:いま所属している旭ビルウォールは、大学と企業の間で人材や技術が行き来できるような懐の深さがあって、とてもありがたい環境です。週に1〜2日は、今でも藝大に通って活動を続けています。
仕事をしながら、自分の中で学んだことをフィードバックしてアウトプットもできているし、制作ともちゃんとつながっている。そんな環境にいられることは、日々刺激があって、贅沢な働き方をさせてもらっていると実感しています。


日比野:それは本当に素晴らしいことだと思います。建築でもデザインでも工芸でも、卒業後に「仕事を取るか、制作を取るか」みたいな“二者択一”の状況になってしまうケースって、実際多いんだよね。
例えば「20代・30代のうちは手を動かしていたい」と思っても、仕事との両立が難しくて、最終的には制作を諦めて管理職的な立場に行ってしまうとか。デザインのスキルはあるのに、「実際にモノをつくる環境がない」っていう人も多い。
でも、谷口さんのように企業に所属しながら大学とつながっているような例があると、卒業後も“アート体質”の人たちが社会の中で力を発揮していく道が見える。そういう仕組みを大学としても、もっと整えていきたいと思っています。


谷口:就職してしまったらもう制作できなくなるかもしれない、と不安に思う学生は本当に多いです。私自身も、最初は両立の方法が見えなくて、悩んでいました。
でも、いまこうして制作と仕事がつながっている状態で働けていることが、どれだけありがたいことか、身をもって感じています。こうした働き方が自分だけのものにならず、他のアーティストや学生にも広がっていったら、すごく素敵だなと思います。


日比野:谷口さんの作品と出会ってから、まだ1年ちょっとしか経ってないけれど、すごいエネルギーを感じていますよ。企業、大学、地域、それぞれの人たちとのつながりがどんどん広がっていて、活気ある動きになっているのが本当に頼もしいです。


谷口:ありがとうございます。これからもこの活動を続けながら、さらに新しいつながりや可能性を生み出していけたらと思っています。

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