【積水化学グループ】「自然の知恵」が持続可能な未来を拓く—産学連携の挑戦 「自然に学ぶものづくり研究助成プログラム」前編

2025.04.03 10:00
真夏の強い日差しの下でも、木陰に入ると驚くほど涼しく感じることがある。これは、樹木の葉が絶妙に光を調整し、直射日光をやわらかな木漏れ日に変えているためだ。積水化学は、この自然の仕組みに着目し、日除け技術「エアリーシェード」を開発した。葉の配置を再現したフラクタル構造で地面の温度上昇を抑え、快適な空間を生み出すものだ。
積水化学の日除け技術「エアリーシェード」


こうした「自然の知恵を生かした技術」は、私たちの身近にも存在する。例えば、新幹線の先頭形状は、カワセミのくちばしを模倣することで、トンネル通過時の空気抵抗と騒音を大幅に低減した。面ファスナーは、オナモミの実のフック形状を参考に開発され、痛くない注射針は、蚊が皮膚を刺す仕組みを応用して作られている。


このように、生物の仕組みを学び、それを技術に応用する「バイオミミクリー」が近年、世界的に注目されている。そして、生物だけではなく広く自然から得られた知見を社会実装につなげ、産業や環境課題の解決に生かすことを目指したのが、積水化学の「自然に学ぶものづくり研究助成プログラム」だ。


このプログラムの特徴は、自然界が持つ高度なメカニズムを深く理解し、それを新たな材料や技術に応用するだけでなく、ナノテクノロジーなど異分野の知見と融合し、社会実装までを視野に入れている点にある。積水化学は、バイオミミクリーという概念が今ほど定着する以前の2002年度に本プログラムを立ち上げ、研究支援を継続しながら、サステナブルな社会の実現を目指してきた。


本プログラムを推進するのは、積水化学のR&D戦略グループ長であり、運営を担う積水インテグレーテッドリサーチ取締役の森川岳生だ。また、第1回から選考委員(2024年より委員長)を務め、研究助成の審査に携わってきた大阪大学の青島貞人名誉教授も、プログラムの意義を見守り続けてきた。企業とアカデミアの協働による「自然に学ぶものづくり」が、どのように社会課題を解決していくのか。その道筋を聞いた。
自然の知恵を生かす、産学連携の新たな潮流
なぜ、自然に学ぶのか――?


この問いは、単なる技術開発の枠を超えたものだ。人類はこれまで、エネルギーを大量に消費しながら新しい技術を生み出してきた。一方、自然界には数億年に及ぶ進化の中で最適化され、極めて効率的に機能するシステムが存在する。その知恵を生かせば、持続可能な技術開発の可能性も広がる。


「私たちは、この問いについて3つの視点から考えています」と語るのは、「自然に学ぶものづくり研究助成プログラム」を運営する森川だ。
積水化学 R&D戦略グループ長 兼 積水インテグレーテッドリサーチ 取締役 森川岳生


「まず1つ目に、自然や生命には長い時間をかけて進化し、洗練された知恵が詰まっていること。人類が短期間で考え出したものと比べて、自然が生み出すシステムは非常に効率的で無駄がありません。そこに学ぶことは大きな価値があります。そして2つ目は、自然は少ないエネルギーで高度な機能を実現していること。人間社会は大量のエネルギーを消費することで成り立っていますが、自然界には低エネルギーで同等の仕組みを実現しているケースが数多くあります。3つ目として、人間が作るものは使用とともに劣化することが多いですが、自然には環境に適応しながら長寿命化し、むしろ強くなっていく仕組みがあります」




いま、世界ではサステナビリティを超えたリジェネレーション(再生)やサーキュラーエコノミー(循環経済)が叫ばれている。循環型・再生型の社会を築くうえで、環境と調和する視点と、自然界の仕組みを技術開発に生かすことに改めて注目が集まっているのだ。


森川は「自然が持つ知恵を生かすことで、単なる技術革新ではなく、持続可能なイノベーションを生み出せるのです」と言葉に力を込めた。


積水化学は、この視点を実践する場として、自然の知見をものづくりに応用する研究を支援する取り組み「自然に学ぶものづくり研究助成プログラム」を20年以上にわたって継続し、環境技術の発展や新素材の創出に貢献してきた。2024年度は、応募総数262件の中から13件の研究に助成が決定している。
2024年度 自然に学ぶものづくり研究助成プログラム 助成者の皆さま


「積水化学がこのプログラムを立ち上げたのは、環境経営を企業戦略の中核に据えるという考えがあるからです」と森川は背景を掘り下げる。


「積水化学は、2000年前後から環境対策を『コスト』ではなく、『事業に価値を生み出すもの』と捉え、その可能性を模索し、業界に先駆けて太陽光発電住宅を販売するなど、エコロジーとエコノミーの両立を目指してきました。そのような背景の中で、環境に適した技術の研究を支援するという発想が生まれたのです」


スタート時から審査に携わる青島名誉教授は、本プログラムの特徴について「バイオミミクリーとの大きな違いは、研究の入り口と出口にあります」と説明する。


「研究のスタート地点では、生き物の持つ複雑な仕組みを深く理解し、それを工学の分野で応用することで、新しい技術や材料を生み出すことを目指します。さらに、研究の発展段階では、ナノテクノロジーなどの異なる分野の技術とも組み合わせることで、より革新的なアイデアが生まれます。自然の知恵を生かしながら、それを社会の仕組みや技術に結びつけることで、持続可能な未来につながる新しい材料や技術が生まれる可能性が広がるのです」
大阪大学 青島貞人名誉教授


「自然に学ぶ」という視点には、生命の営みに対する洞察がある。単に技術開発のために利用するのではなく、畏敬の念を持って応用することで、サステナブルな社会の実現が視野に入ってくるのだ。
基礎研究が未来を開く。技術革新の土台づくり
自然に学び、サステナブルな社会を目指す技術開発の道筋が見えてきた。しかし、その基盤となるのが基礎研究である。企業におけるR&Dの現状を森川が触れる。


「企業内での研究開発は、どうしても事業に直結したテーマが中心になります。当社もカンパニー制導入以降、短期間での成果が求められ、基礎的な研究を行うことが難しくなっています。そのため、大学やアカデミアには、時間をかけた基礎研究を期待しています。こうした背景のもと、2025年度からは助成金の総額を1.4倍に増やし、若手研究者への支援をさらに拡充する予定です。将来を担う若手研究者の挑戦を後押しすることで、新たな発見や技術の創出につながればと考えています」




企業が基礎研究を継続する難しさは、他の分野でも共通する課題だ。しかし、それがなければ真のイノベーションは生まれない。森川は、企業と大学の連携が果たす役割を強調する。


「すぐに製品化できる技術を生み出すだけでなく、原理を深く理解することが不可欠です。だからこそ、私たちは基礎研究を支援し、継続的に関わっていきたい。新しい技術が生まれても、本質を捉えられなければ発展は困難です」


この視点は、アカデミアの立場からも一致している。青島名誉教授は「基礎研究こそが技術革新の起点となる」と指摘した。


「近年、研究は実用化重視の傾向が強まり、私の専門である高分子合成分野でも機能性材料の開発など応用寄りの研究が主流です。しかし、真のブレークスルーは基礎研究の積み重ねから生まれるもの。AI時代に求められるのは、既存技術の改良ではなく、『無から有を生み出す』創造的な研究なのです」


こうした基礎研究は、積水化学の研究開発にも影響を与えている。森川は、研究者の視野を広げることの重要性を語る。


「研究開発の現場では、技術的な課題にフォーカスしがちですが、イノベーションのヒントは思いもよらない場所にあります。そのため、研究者には自身の専門領域に閉じこもらず、広い視野で学び、刺激を受ける機会を持ってほしいと考えています」
自然に学ぶ技術の社会実装へ、産業と研究をブリッジする
これまでに、200を超える研究テーマが支援され、研究者の育成や技術革新が進められてきた。その中には、蝶の羽ばたきを模倣した飛行技術の研究など、興味深い研究が数多く含まれている。森川が、これまでの支援を振り返る。


「印象に残っているのが、九州大学准教授(現・筑波大学教授)の藤田尚子先生による『鎮守の森』に関する研究です。日本は災害の多い国ですが、それにもかかわらず長年にわたって変わらず存在し続ける鎮守の森は、人間社会が自然と共生しながら築き上げてきたものであり、その土地が持つ本質的な価値を示しているのではないかと考えさせられました。住宅や都市開発の分野では、駅からの距離や利便性などが土地の価値を決める要素とされがちですが、長期的な視点で見ると、これらの研究は社会や環境との関わりを再考する機会を提供してくれるのです」
青島名誉教授も、研究者の視点と志が本プログラムによって生かされている点に注目する。


「例えば、生物の偏差成長に学ぶ4Dプリンティングや、樹木の根を応用したカテーテル挿入技術など、自然界の仕組みをヒントにした研究が数多く生まれています。本プログラムの特徴は、単なる応用技術の開発支援にとどまらず、自然そのものを研究の起点とする点にあります。多くの研究者は、自然の精緻なシステムに触発されながら研究に取り組んでいますが、その思いを公言する機会は意外と少ない。しかし、ここには、それを正面から追求できる環境があるのです」


研究支援の場を通じて、積水化学は産業界とアカデミアの橋渡し役を担ってきた。同プログラムの一環として開催される「自然に学ぶものづくりフォーラム」は、研究者同士の交流の場として機能するとともに、企業の研究者が最先端の知見に触れる機会にもなっている。


森川は「イノベーションのヒントを得る場として、このフォーラムは貴重な機会となっています。多くの研究者に積極的に参加してもらいたいと考えています」と語り、異なる知見が交差する場の可能性に期待を寄せた。


「フォーラムでは、研究者同士の交流に加え、企業の技術者が異分野の最先端研究に触れることもできます。日々の業務では得られない刺激や気づきがあり、思わぬアイデアの源になることも少なくありません。異分野の知をつなぐことで、新たな価値が生まれる──そのような場として、フォーラムが果たす役割には大きな期待があります」


また、近年は社会課題の解決に直結する研究への関心が高まっている。「環境に配慮した技術や、持続可能な社会を実現するための研究が増えており、企業としてもこれらの研究成果をどのように実用化するかが重要な課題となっています」と森川は語る。
こうした中、「自然に学ぶものづくり研究助成プログラム」の助成を受けた研究の一つに、名古屋大学の吉田英一教授が進める「コンクリーション」というテーマがある。コンクリーションとは、自然界における鉱物の自己組織化現象を指し、その応用技術が社会課題の解決につながる可能性を秘めている。次回の後編では、「コンクリーション」が持つ可能性について、掘り下げていく。


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