ホップ生産の衰退を食い止めるために、経験や勘に頼らない栽培環境を整えたいーー。
テラスマイルは農作業の記録や作物の育成状況など、農業に関するあらゆるデータを活用し、それを「見える化」することで農業の生産性向上をサポートしています。
そんなテラスマイルが提供する、経営管理クラウドサービス「RightARM(ライトアーム)」を活用してくださっている方々との対談を通じて、農業現場の現状や、農業における経営課題がどのように解決されてきたかをお伝えする連載。
今回ご協力いただいたのは、秋田県横手市にある「大雄ホップ農業協同組合」(以下、大雄ホップ農協)の北野泰之氏と戸田靖氏。大雄ホップ農協はRightARMを活用し、ビールの原料でもあるホップの栽培のデータ化と技術継承を目的としたマニュアル作りのプロジェクトを実施しています。
このプロジェクトは2024年にスタートし、最初の1年が終了しました。ホップ栽培の作業をデータ化する中で、マニュアル作成に向けた課題や今後の方向性が明らかになってきています。今回は、大雄ホップ農協におけるこれまでの取り組みの進捗や今後の展望について、テラスマイル執行役員 CTO・林戸宏之とともに紹介します。
圃場でホップの栽培について子どもたちに教えるホップ農家・戸田靖(とだ やすし)氏
ーホップの生産について教えてください。
戸田さま:まず、雪解け後にホップの芽の処理を行い、春に芽吹いた後、数本程度になるように間引きします。ホップは5メートル以上ある高い棚で育てるのですが、夏の最盛期には1日に20センチほど伸びることもあり、ツルを下げたりしながら成長を管理していきます。
収穫はお盆過ぎの8月半ばから始まり、およそ3週間かけて行います。収穫されたホップは乾燥センターに運ばれ、そこで花とつるを分け、花は乾燥機で乾燥させ、その後ビール会社に出荷されるのがホップの生産から収穫までの流れです。
―かなりの重労働なのですね。その中でどのような課題感を抱えていて、テラスマイルとどのように出会ったかを教えていただけますか。
戸田さま:後継者不足が一番の課題でした。新規の就農者も迎えていますが、ホップの収穫作業はかなりの重労働で、収穫時期も限られています。新規就農者であればあるほど慣れておらず、作業が追いつかないこともあります。十分な収穫量が確保できないと生活にも影響が出てしまい、ホップ生産を辞めてしまう人が出てさらに後継者がいなくなるという状況にも陥りかねません。そうした課題を何とか解決できないかと考えていました。
そんな時に出会ったのが、テラスマイルです。横手市がテラスマイル代表の生駒さんに講演を依頼したことがきっかけで知りました。
―その後テラスマイルの提供するRightARMを使ったプロジェクトを始めることとなったと思いますが、プロジェクトの目標は何ですか。
北野さま:新規就農者でも、きちんと作業量を把握してホップ生産に携われるようにするため、マニュアル整備をするのがプロジェクトの目標です。
これまで大雄ホップ農協に所属する農家の皆さんは、それぞれの経験から作業量や収穫適期を判断していました。そのため、ホップの栽培や収穫に関する作業量をきちんと記録し、それをRightARMに入力して作業量を把握・分析すること。それにより、新規就農者でもきちんとホップ生産の方法を理解し、十分な収穫量を確保できるためのマニュアルを整備したいと考えています。
ー2023年の横手市での講演後から、1年かけて2024年からの取り組みに向けた提案内容を作ったと聞いています。ホップ生産のどのような課題を解決することを目指して提案書を作りましたか。
林戸:ホップ栽培の作業を分析して最終的にマニュアルを作成するにあたって、単にRightARMの機能を説明して「あとは自由に使ってください」と渡すだけでは意味がないと感じていました。システムは現場でしっかり運用されてこそ価値が生まれると考えているからです。
そこで、きちんとRightARMに情報を蓄積・分析・共有できる仕組みを整え、まずは大雄ホップ農協に所属する農家の皆さんの現場がより良くなる基盤を作ることが、最終的なマニュアル整備につながると考え、そのための課題を整理し、具体的な手順の提案を行いました。
それと合わせて、最終的なマニュアルのイメージもご提案しました。ただし、大雄ホップ農協の皆さんと対話を重ねて改善していくことが重要だと考えているため、マニュアルの見せ方や内容についても、現場のニーズを踏まえつつ調整しながら伴走していきたいと思っています。
ー2024年にプロジェクトを開始して1年経ちましたが、一番苦労されたことや工夫したことは何ですか。
北野さま:一番の課題は、ホップ栽培の各作業の名称を統一し、認識をそろえることでした。これまで農家の方々はそれぞれ個別に作業記録をつけていましたが、RightARMを活用し、最終的にマニュアル化するためには、データの整合性を保つことが不可欠でした。
例えば、「糸下げ」という言葉ひとつ取っても、糸を棚の上の番線にくくりつける糸付け作業を指す農家もあれば、棚の上から糸を下ろして下の番線に取り付ける糸結びの作業を指す農家もありました。こうした認識の違いがあると、データの入力にもズレが生じ、正しい記録が取れなくなってしまいます。そのため、各作業の定義を明確にし、名称を統一することを徹底しました。
林戸:作業名称の統一に関しては、北野さんにかなりご尽力いただきました。名称がバラバラではせっかくのデータが正しく活用できなくなるため、その整理は非常に重要でしたね。
また、マニュアルを作るうえで、データの正確性はもちろん、継続的なデータ取得が不可欠でしたが、そこでも課題がありました。農家の皆さんに日々の作業を記録していただく際、もともと使用していたシートでは圃場での作業記録の記載に適さず、「記入の負担が大きい」という声が多く上がっていたのです。
そこで、現場での負担を軽減するために、大雄ホップ農協の現場に合う形で記録するためのフォーマットを作成しました。北野さんに記載項目を整理していただき、どの作業に何時間かかったのかを記録しやすくするため、圃場で素早くメモが取れるような様式にしました。その甲斐もあって、実用的なデータが蓄積できたと感じています。
ー2024年4月から取り組みが始まりもうすぐ1年ですが、どのようなことが分かりましたか。
戸田さま:1年目となる2024年は、異なる栽培スタイルや土壌条件を持つ2人のホップ農家の作業記録を取りました。その結果、作業量に明確な違いがあることがデータとして可視化できたのは大きな収穫でした。これまで感覚的に捉えていた違いを、具体的な数値として把握できたことで、より効率的な栽培方法を検討するための基盤ができたと感じています。
北野さま:この1年を通じて、生育データの取得と活用の重要性を改めて認識しました。RightARMには10年間以上の気象データが蓄積されていますが、それを有効に活用するためには、圃場での作業記録だけでなく、ホップそのものの生育データを併せて取ることが必要です。
例えば、花芽が形成されるタイミングや開花時期などのデータを積算温度と照らし合わせることで、最適な管理方法を見つけることができるかもしれません。2年目となる2025年は、基準となる株を決め、その生育データを詳細に記録しながら、積算温度との関係を分析し、より安定した収穫につながる管理手法を確立していきたいと考えています。
RightARMに蓄積されている10年間以上の気象データを活用した画面事例(一部抜粋)
新規就農者がホップ栽培を実践できるマニュアル作成を目指して
ープロジェクトはまだ始まったばかりですが、これからのデータを活用し、テラスマイルとの取り組みを通して目指すことは何でしょうか。
戸田さま:データ収集と活用により、誰が来ても、誰が作っても標準的な収穫量となるようなマニュアルを作れるように頑張っていきたいです。また、人によって作業量や作業内容が異なると思いますが、データ分析によって最も効率の良い方法を見つけ、それをマニュアルに落とし込むことで、できる限り有用な実践的な指針として活用できるものにしたいですね。
ホップは毎日のように収穫がある作物ではなく、1年に一度だけの収穫となるため、日々の作業の中で細かな改善を積み重ねることが難しいという特徴があります。そのため、1年目は試行錯誤する期間として、まずは作業データの収集に重点を置きました。1年目での経験を生かし、2年目はホップの生育データも含め、より具体的なデータを取得することで、作業の最適化と収穫量の安定化につなげていきたいと考えています。また、ホップの生育ステージを見ながら、良いホップが確実に取れるようにデータを活用し、収穫時期の最適化や品質向上にも取り組んでいきたいです。
北野さま:私たちが目指すマニュアル化は、ホップ栽培だけでなく、産業の持続性という観点からも非常に重要です。以前横手市で、「日本産ホップの10年後を考える会」でホップ栽培について意見を持ち寄った際、産業が衰退する要因として「儲からない」「栽培技術が伝承されない」という課題が挙げられました。特に、新規参入者が収益を上げられず、技術が十分に受け継がれないままになってしまうのは、大きな問題です。
しかし、それ以上に深刻なのは、ホップ栽培には素晴らしい技術やノウハウがあるにもかかわらず、体系的な技術継承ができていないことだと感じています。データを活用し、マニュアルとして体系化することで、そうした「素晴らしい技術がありながらも伝承ができない」という問題を解決し、新規就農者がきちんと「儲かる」基盤を作り、産業の発展につなげていきたいです。
林戸:技術の継承のためのマニュアル作りにおいて、1年目でその基盤を整えることができたと感じています。2年目以降は、さらに精度の高いデータを収集し、新規就農者でも実践しやすいマニュアルへと発展させていきたいと考えています。そのために、テラスマイルとして引き続きしっかりと伴走していきます。
特に、大雄ホップ農協の目指すマニュアル整備を実現するには、より質の高いデータの収集と分析が不可欠です。1年目の取り組みを通じて、生育調査のデータがこれまで以上に重要であることが明確になりました。また、積算温度と作業適期の関係を明らかにする必要性も見えてきたため、2年目はこれらのデータをさらに充実させ、きちんと検証しながら次のステップへと進めていきます。
そして最終的に、新規就農者がしっかり理解し、実践できるマニュアルを作成すること。その実現のために、RightARMを活用したデータ分析を継続し、実用的なマニュアルをまとめられるよう、大雄ホップ農協の皆さまと議論を重ねながら、しっかりとサポートしていきます。
テラスマイルはデータ活用によりさまざまな農業経営者を支援しています。今後はサプライチェーンも含めてデータ化することで、農業におけるあらゆる分野の生産性向上を目指していきます。