阪急電鉄の京都線と千里線が交差する大阪市東淀川区の淡路駅周辺で、大規模な軌道と駅舎の高架化工事が進んでいる。大林組JVは、市街地での狭あいな工事ヤード、かつ営業線に近接した施工場所での難工事を16年にわたって無事故・無災害で遂行し続けている。
約7kmの軌道と4駅を高架化
阪急電鉄京都線・千里線淡路駅周辺連続立体交差事業(以下、本事業)は、大阪市の道路整備の一環となる事業だ。道路と平面交差する鉄道を高架化して現存の踏切を除去し、踏切事故や渋滞を解消することを目的に行っている。本事業では、京都線3.3kmと千里線3.8kmの計7.1kmおよび崇禅寺駅・淡路駅・柴島駅・下新庄駅の4駅が高架化される。
本事業は8工区に分割され、大林組JVは、淡路駅南側半分の駅舎建築工事を含む京都線の淡路駅から崇禅寺駅側へ385m、千里線の淡路駅から柴島駅側へ575mの区間の高架化工事(以下、本工事)を行っている。
完成後、淡路駅のホームは2層構造になる。上層階ホームが両線の下り線(大阪梅田、天神橋筋六丁目方面)、下層階ホームが上り線(京都河原町、北千里方面)となり、乗り換えが便利になるほか、平面対向交差の解消で列車の信号待ちが減少し、定時運行に寄与する。今後、他工区の進捗に併せて高架化が進むため、本事業の完了は当分先になる見込みだ。
線路至近に直径3m、最長48mの杭を打つ
今回、東海道新幹線の上部を阪急線が越える箇所があるため、工事では営業線の直上に高さ約30mの2層構造のRC(鉄筋コンクリート)高架橋を構築する。「足場を組んで高架橋の施工を開始した当初は、マンションを建設しているのかと近隣の方に聞かれたものです」と着工以前の技術提案から工事に関わる所長 松下は言う。
最初に行った躯体の基礎杭の打設では、営業線に近接する場所のため、絶対に列車運行に影響を及ぼさないようにしなければならず、各所で細心の注意を払った。営業線横で施工をする際は、軌道の中心から約1.8mが建築限界との定めがあり、その内側には工事機械を設置することができない。ルール厳守で安全に工事を進めるにあたり、狭あいな空間での設置が可能なように既存の杭打ち機を改造して対応した。
さらに、作業時間帯の制限もあった。淡路駅は2つの路線が平面対向交差しているので、列車が運行する時間の工事では列車監視員を配置し、営業線に影響を与える可能性のある工事は、夜間を中心に実施。特に、終電後に電気を止めることができる深夜1時半から3時半までの「停電作業時間」が勝負の時間帯となった。
工事では、最大で直径3mの基礎杭を、最長48mまで打ち込む。線路に挟まれた、条件の悪い場所での打設では、1本の杭打ちにおよそ1ヵ月かかるものもあった。
淡路駅完成イメージ。4階建ての駅で、2階が改札階、3階が上り線、4階が下り線のホーム。京都線、千里線の乗り換えが同じ階でスムーズにできるようになる
大林組JVが担当する第3工区 平面図。踏切を含む、営業線直上部かつ大型クレーンが使用できない狭いヤードでは「合成桁橋」「トラス橋」を架設した
営業線の直上部では、H鋼を受け梁として使い、板張り、シート張りで防護・養生して資材や水が絶対に営業線に落ちない状況で高架橋を構築
橋桁をクレーンゲーム機のような架設機で組み立てる
スペースの制約により大型クレーンが使用できない場所では、橋を架けるためにさまざまな工夫が必要だった。まず、40mスパンの合成桁橋は、専用の架設機を製作して施工した。松下のアイデアを元に、工事長や若手社員が専門会社と綿密な打ち合わせを重ねて製作したものだ。鉄道工事の経験が長い松下にとっても、架設機から製作したのは今回が初めてだった。
工場で分割して製作した箱桁をトレーラーで一本ずつ運び込み、架設機で吊り上げ、営業線の直上で組み立てていく。架設機は、66tの箱桁を吊る能力があり、通常のクレーンのような上げ下ろし、左右への移動だけでなく、繊細な位置決めにも対応するなど1台で多様な動きに対応できる。大型クレーンを設置できない狭あいな場所での施工を可能にするとともに、列車の運行がない夜間に営業線上での架設を行うことができる、安全にも配慮した施工方法だ。「発注者から、大型のクレーンゲーム機を使って桁を架設しているようだと言われました」と松下は笑う。
架設機は狭あいな場所での施工を可能にする多様な機能を備える
夜間に一部道路を通行止めにして、トレーラーで分割した箱桁を運び、架設機で吊り上げてヤードで組み立てる。組み立てた桁橋を架設機で吊り上げ、営業線直上部に移動させて設置した
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合成桁橋の架設機での架設(再生時間:1分15秒)
最大約1千tのトラス桁をスライドで一気に設置
工事では、鋼製のトラス橋架設が3ヵ所あるが、施工場所が営業線直上部で資材の落下や飛散によって列車の運行を阻害するリスクがあるため、そのうち2ヵ所では、トラス桁を一括して横移動させる一括横取り架設工法を採用した。設置場所の横に耐震性を備えたベントを組み、トラス桁を地組みした後、ジャッキアップして架設位置まで水平にスライドさせていく。
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トラス桁の架設。トラスの重量バランスを常に管理し、慎重に進めた(再生時間:1分6秒)
トラス桁の総重量は最大1,151tにもなる。巨大なトラス桁を安全に架設するには、ジャッキの各支点位置での反力を設計値通りに管理して移動させることが重要になる。そのため、スライド時の反力と推進量を確認できる計測管理システムを採用した。さらに、架設時のトラス桁の平面的な曲げやねじれによる床版コンクリートのひび割れ防止には、トラス桁にひずみゲージを設置して状態を確認しながら移動させた。
松下は「営業線直上でのトラス桁の架設は緊張感のあるものでした」と話す。数値計測はもちろん、事前にできる全ての準備をしたうえで架設日を迎えた。当日は皆焦ることなく確実に作業を進め、約2時間の停電作業時間内でトラス桁の架設を完了させた。
架設が完了したトラス橋。直線ではなく曲線のため、桁製作の精度が求められた
架設したトラス橋は幅員30mの都市計画道路を横断する
高断熱性湿潤養生シート工法 「アクアサーモ®」
淡路駅で構築する高架橋には、一般のコンクリートよりも強度が高い高強度コンクリートを利用している。高架橋の下は狭あいな敷地で、高強度コンクリートの利用によって柱の間隔を長く、断面寸法を小さくし、広い空間を確保するためだ。ただし、高強度コンクリートは通常のコンクリートに比べ発熱量が大きく、コンクリート内部の温度が高くなるため、表層と内部の温度差が増大することで表面にひびが入りやすい。
そこで、大林組が開発した養生シート「アクアサーモ」を適用。外側にアルミ箔と気泡緩衝材を貼り合わせて高い断熱性を有するため、表層と内部の温度差を低減でき、ひび割れを抑制できる。また、シート内側の不織布に水分を含ませることで、コンクリートの表面を湿潤状態に保てる。本現場では、湯を利用して急激な温度変化を抑えるよう特に気を配った。1枚で保温と保湿の2つの効果を得られる効率的な養生方法だ。
淡路駅での取り付け状況。シート状で、鉛直部や斜面部を効率的に養生することができる
全員の意識が現場を変える
本工事は着工から16年が既に経過し、今後も継続する長期にわたる工事だ。松下はいかに中だるみせず、緊張感を持って施工を継続できるかが課題と考えている。現場運営で最も大切にしていることは「自分の現場だと思うこと」。本現場は16年間無事故・無災害を続けているが、常にその思いを現場運営の根本に置く。大林組JVの社員だけでなく、現場運営には協力会社にも積極的に関わるよう求めている。
例えば、職長会が実施する安全パトロールでは職長が権限を持ち、不具合があれば指摘し、是正することを義務付ける。さらに、毎月職長会から職場環境や安全に関する要望を聞く機会を設けている。改善すべき点は一緒に改善するなど、現場運営に自ら参加することで安全を意識し、遵守する仕組みだ。
本事業は、鉄道によって南北に分断された市街地を一体化し、周辺住民の生活を変化させ、安全でにぎわいのあるまちづくりを行うことを目的の一つとしている。他社工区の進捗に併せて実施する軌道工事を除き、その他の土木工事は2025年秋ごろに一度終了する。
徹底した意識改革に取り組みながら難工事を進める松下は「最後まで無事故・無災害で竣工を迎えられるよう、大林組JVと協力会社が一体となって進めていきます」と意気込みを語った。
職長会を中心とした安全管理体制を構築するため、協力会社の職長会による安全パトロールを毎月1回実施する
勉強会では、施工計画がより安全な計画になるよう、昼夜間区分や架線距離、列車監視員の配置などを皆で議論する
大林組-プロジェクト最前線
「阪急電鉄京都線・千里線と淡路駅の高架化に挑む」
工事概要
名称 京都線・千里線淡路駅周辺連続立体交差工事(第3工区)
場所 大阪市
発注 阪急電鉄(事業主体:大阪市)
設計 阪急電鉄
概要 施工延長960m、高架橋12基(RC造一部SRC造、ラーメン高架橋)
RC造橋脚3基、2層トラス3橋、合成桁橋3橋、PCホロー桁5橋
単版桁6橋、基礎杭145本(φ1,300~3,000mm、L=28~44.5m)
オープンケーソン基礎2基(5.5m×5.5m、L=35m)
工期 2008年9月~2025年3月(既契約分)
施工 大林組、ハンシン建設
※ 2024年1月に取材実施。情報は当時のもの