この記事をまとめると
■タイでは中国製BEVの大幅な値下げが行われている
■タイ国内では次に日本メーカーのHEVを選ぶ人が増えるのではないかといわれている
■欧州を含めBEVの普及に政治が絡むのは得策ではないといえそうだ
タイではEVが投げ売り状態に
先日、タイのメディアをチェックしていると、タイ国内での中国メーカー製BEV(バッテリー電気自動車)の、中国メーカー同士での値下げ競争激化というテーマを扱っていた。あまりの値下げレベルに「ダンピングの疑いがある」との指摘も出てきているようだが、いまのところは、中国現地価格より価格設定が低いということもないので、ダンピングにはあたらないということになっているようである。
東南アジアでいち早くBEVが普及したのがタイ。新型コロナウイルス感染拡大が落ち着きを見せた2022年ごろから、中国メーカーがBEVを引っ提げて相次いで市場参入することが目立っていった。
BEVに関係なくタイ市場にいち早く参入した上海汽車系のMGをはじめ、BYDオート(比亜迪汽車)、GWM(長城汽車)、NETA、AION(広州汽車系)、CHANGAN(長安汽車)、WULING(上海通用五菱)などなど数多くのブランドがいまではタイ市場に参入している。
少し前よりタイでの中国メーカー製BEV乱売傾向は話題となっていた。そのような乱売とはあえて距離を置いていたBEV販売シェアトップのBYDオートは、2024年春などにも値下げを行っていたのだが、再度2024年7月に車両価格の引き下げを発表すると、潮目が一気に変わったようである。
BYDはかねてよりタイでは手厚い車両保証などで買い得感をよりアピールしていた。しかし、タイでもBEV販売の停滞が目立つなか、ほかの中国系メーカーの乱売激化などもあり、とうとう売れ筋のアット3で最大34万バーツ(約136万円)の値下げを発表。アット3以外の車種だとドルフィンでも14万から16万バーツ(約56万円から64万円)の値下げを行っているようだ。
これについて現地事情通は、「BYDは市場参入当初はタイ市場では異常なまでに好意的に受け止められていました。まだまだビジネスチャンスがあったものの、今回の乱売への本格参入ともいえる動きを見せたことで、その未来を決定的に打ち壊してしまいました」と私見を述べてくれた。
また、このような動きについて「中国車全体のリスクとしてタイ人社会に沁みわたり、BYDだけではなく、いち早くICE(内燃機関)車でタイ市場に参入し、先行してBEVも販売し、長い時間をかけてブランド醸成を進めていたMGなどのブランドイメージも危うくするのに十分なインパクトがある」とも話してくれた。
ジェトロ(日本貿易振興機構)の統計によると、2024暦年締め上半期(1〜6月)でのタイ国内の累計BEV販売台数は3万7625台となっており、そのなかでBYD3車(アット3、ドルフィン、シール)の販売台数は1万3920台だ。BEV販売総台数に対するBYD車の比率は約37%となっており、ブランド別では圧倒的な数でトップとなる。そんなBYDの本格値下げの動きは、それまでに購入したユーザーだけではなく多方面に衝撃を与えたようである。
報道では同時に、値下げ前に購入したユーザーへの補償も開始したとしている。購入時期によって5万バーツ(20万円)や3万バーツ(12万円)が支払われるとのことであった。
タイに限らず、BEVの再販価値の下落スピードはICE(内燃機関)車より早いとされているが、これも報道では「1年間で50%減価償却」するという衝撃の数値が伝えられていた。また、これは理由の説明がないのだが、BEVを対象とした自動車保険料が高いだけではなく、その取り扱い自体をやめる保険会社も出ているようだ。
年間保険料負担は、当該車両の新車価格並みというから、保険料だけをみるともはや保険としての役目を失っているように見える。「タイではここのところBEV火災についてのニュースが増えております。火災原因は必ずしも車両側にあるということでもないようですし、断定するものも少ないようですが、このような報道に対し、消費者が敏感に反応し、保険会社も独自調査を行って判断しているのかもしれませんね」(バンコク在住事情通)。
海外報道によると、ICE車からBEVへ乗り換えた人の自損など事故発生比率が高い(扱いなれていないから?)という統計もあるので、車両火災だけではなく多面的に考慮した判断なのかもしれない。
日本のやり方が結果的に正解か
以前、事情通から「タイにおけるBEV販売も新たなフェーズに入ろうとしています。それは次もBEV、しかも中国系メーカー車に乗り換えるのか? ということです」という話を聞いたことがある。当時も再販価値への懸念などもあったが、前述したような状況では、「再び……」ということにはなかなか起こりそうもなく、アット3あたりでは、同予算でトヨタ・カローラクロスやホンダHR-V(ヴェゼル)のHEV(ハイブリッド車)を買うこともできるので、日系HEVへ流れる(回帰?)という動きも顕在化してくるかもしれない。
ただし、タイ市場に参入している中国メーカーのなかには、MGやGWMのようにHEVなどのICE車も「保険」とまではいかないが、ラインアップしているブランドもある。
少なくともバンコク首都圏では今後も苦戦が予想されるので、視野を拡大した販売促進というものがより重要視されてくるかもしれない。
タイにおいて、中国メーカー製BEVは当初(2022年から2023年)は中国から完成車を輸入して販売していたが、その際「EV3.0」という政府のBEV優遇策により多額の補助金が付与されたかわりに、2024年以降はタイでの現地生産が必要とされた。2024年に工場稼働開始した場合は、輸入販売した台数と同数のBEVをタイ国内で製造する必要があった。
「完成車を輸入販売していたころに政府から受けていた恩恵を、現地工場での生産台数で恩返しする約束になっていたといえます。完成車を輸入販売していたころに、需要の先食いをしてしまった印象を受けます。さらに、ローンでの購入がメインなこともあり、再販価値をより意識するタイにおいて、結果的にBYDまで巻き込んでの乱売傾向が顕著となってしまい、今後は中国車全体のブランドイメージを大きく下げることになるはずです。タイ生産車をタイ国外に輸出するとしても、タイ通貨のバーツが強すぎます。中国メーカーの未来には『いばらの道』が待ち構えているといっていいでしょう。そしていまの状況は、あらかじめ多方面から予測されていたことでもあるのです」(事情通)。
いまのタイが日本の未来なのかといえばそれは極論といえるだろう。まず、タイにはないが日本には自国自動車メーカーというものが多数存在し、国の重要基幹産業となっている。そして今後は、不透明だが、現状ではBEVの日本国内普及に関して諸外国のように政治は強く関与していない。タイをはじめ欧州などでBEVはいままでのような「我が世の春」から一転して厳しい状況に置かれている。それは政治が深く普及に関与してしまった結果ともいえる。
つまり、政府の強い関与により普及スピードを不用意に加速させてしまうのである。日本は、その意味では「民間丸投げ」とは語弊もあるが、「補助金は付けるけどあとはお願いね」といった、その普及は新車販売市場に任せている。
いろいろな面で「日本はBEV普及で遅れを取っている」とはいわれるが、いまの日本の状況が本来のBEVの普及スピードなのかもしれない。もちろん日本メーカーの燃費や環境性能の極めて高いICE(内燃機関)の存在や、性能の高い日系メーカーHEVの著しい普及なども他国とは状況を大きく変えているだろう。
「BEVはあくまで選択肢のひとつ」。
これを貫けばタイのような混乱は、まず日本では想定する必要はないといえるのではないだろうか。