岩手県の岩泉町で山暮らしをしている岡部文彦さんは、木こり/木の素材屋として単に森林を伐採するだけでなく、木材を製材・加工し、付加価値をつけて販売するなど、新しいスタイルの林業に取り組んでいます。アウトドア系ファッション雑誌『GO OUT』などで長年スタイリストとして活躍してきた岡部さんが、田舎の山奥へとステージを移したストーリーに迫ります。
スタイリストを辞めて「山暮らし」へ
「岩手県は地元だったんで春夏秋冬味わえる自然環境の良さは知ってたんです。でも、木にこんなにもたくさんの魅力や可能性があるとは気にしたこともありませんでした」
そう語るのは、林業を学びながら山暮らしを研究し、身の回りの「暮らし」をスタイリングする岡部文彦さんです。2020年に岩手県岩泉町に移住(Uターン)し、地域おこし協力隊として活動する岡部さんは、これまで東京に拠点を置き、主にアウトドア系ファッション雑誌のスタイリストとして活躍。アウトドアブランドの商品企画・開発にも携わってきたと言います。そんな岡部さんがスタイリストの仕事を辞めてまで、移住したきっかけについて次のように話してくれました。
「東京でスタイリストの仕事をしていたころ、休みの日は山梨県や栃木県の山に通って釣りをしてました。日々の喧騒から離れてリフレッシュしたくて。やっぱり都会にずっと住み続けていると、人がいないところに行きたくなるじゃないですか。本当は1人で山奥に行くのってめっちゃ怖いんだけど、知らない川を釣り上がっていくと、自分自身がたくましくなっていくような達成感が味わえたんです。そうしていくうちにどんどんハマっちゃったんですが、帰りの渋滞も含めて往復7時間以上かかることを考えたら、もう山で暮らした方が早いんじゃないか?って思い始めたんです(笑)」
自分をよく知っている周囲からも山暮らししてみたら良いのでは?と意見をもらったり、関連書籍や移住サイトを読み漁っていくうちに、岡部さんの移住への思いがどんどん膨らみます。
「ある時、大雨による増水後というわけでもなかったのに、川が荒れているなあと気になったんです。自分でいろいろと調べていくうちに、林業の問題が少なからずあるかもしれないことを知りました。だったら林業やってみたいなって。山暮らしをする上では林業の知識・経験は必ず役に立つし、あと父親が会社員でバリバリ働いてた世代で、退職後に、介護が必要になってしまったんです。その時、身体を使う仕事をすることで健康を維持していくことも重要だなって実感して移住を決断しました」
▲国土のおよそ3分の2が森林で覆われている日本では、林業が衰退するとともに「放置人口林」が増えてしまっていることも山岳渓流の環境悪化に少なからず影響している
岡部さんが移住先に選んだのは地元の岩手県の北上山地の東部に位置する人口8,000人弱(2024年6月現在)の岩泉町。水の透明度が高いことで知られており、日本三大鍾乳洞の一つでもある「龍泉洞」がある町です。
「岩手は地元ということもありますが、魅力的でありながらまだ知られていない土地が多いとわかったんです。子どものころから自然の中でそこら辺に落ちているもので自分で工夫して遊ぶのが楽しかった原体験があるので、岩手に戻り暮らして、そこで”土に還りたい”とは思っていました」
「移住してからは林業に従事して、主に広葉樹(※)を扱っているのですが、販売の仕方次第で可能性を感じました。木を伐採した後の製材されたその中身を見てみると、樹種によって色や硬さ、匂いなどの性質が全然違うことを知りました。意外と広葉樹の木材は専門店でしか買えなくて、一般的なホームセンターではあまり販売されてないんです。樹種それぞれの性質や特長を踏まえつつ、その木そのものの魅力を生かした板の状態のままでポップアップストアやオンラインサイトで販売しています」
※一般的に広葉樹は重くて硬い樹種が多く、針葉樹は軽くて柔らかいものが多い。針葉樹の樹種は国内では人工林が多く、世界でも数百種類ほどだが、広葉樹は数十万種以上あるため広葉樹の中には軽い樹種もある。広葉樹は葉が平たい樹木で、常緑広葉樹と落葉広葉樹とがある。日本国内のおおよその森林は針葉樹の人工林が多い。広葉樹木材は主に、北海道、岩手県産が多い。
▲岡部さんが運営しているオンラインサイトの「ホームセンターバリカンズ」。農園芸に使用する道具のほか、岩手県で伐採した木材を製材・加工して販売している
スタイリストであり、今まで林業に携わったことのなかった岡部さんだからこそ感じる業界の課題もあると言います。
「現状は昔ながらの林業が定着したままなんです。山の木を全部切り倒して、いわゆるハゲ山にしてしまって、伐採された木は集められてチップにされてパルプ化してティッシュペーパーなどの原料になったりするんですが、太い木や見た目が良く加工すれば高く売れそうな木も同じようにチップにされてしまうので、うわー、もったいねーなーと思う場面は多いですね」
広葉樹の魅力をファッションと同じような感覚で伝えられると良いのでは?と考えるようになります。
「じゃあ木の魅力をどうやって知ってもらうかを考えた時に、元々いたファッション業界の人たちになら通じるんじゃないかと思ったんです。ファッション業界にいる人たちってもしかしたら『浪費家』みたいな印象があるかもしれないですけど、感度が高くていろいろなものに興味を持っている”目利き”な人が多いんですよね。その人たちなら樹種それぞれの魅力をわかってもらえるんじゃないのかなって。なので、木を“ファッション化”できれば価値を戻せると思ったんです。例えばファッションだったら服に使われる素材、ゴアテックスはこういう機能があるよねだとかメリノウールが良いよねだとか、デザインだけでなく素材でも服を選ぶように、俺は耐久性があるクリの木が好きなんだよねとか、私は茶色いエンジュの木が好きなんだよねというように、樹種それぞれの特徴を最低限でも知ってもらえれば、もっと興味を持ってもらえるんじゃないかと思うので、僕が木の魅力を伝える仲介役をやれば良いんじゃないか?と思うようになりました」
▲エンジュの木材を加工する岡部さん。製材してから、まずは3年〜5年かけて自然乾燥させる
▲輪切りに製材したエンジュの木。周りの皮を剥ぎ、サンドペーパーで磨いていく。40番から3000番までのサンドペーパーを10回前後に分けて削っていくことで鏡面のように光沢が生まれる
「林業も僕にとっては外遊びと一緒で、山に入ったら、この木は伐らないで残しておいた方が良いなだとか、この木は枯れてても加工して販売すれば売れそうだとかをあれこれ考えながらやってるので、山の整備作業だとしても遊び感覚なんですよね。枯れてる木だとしても工夫次第で価値をつけられる。先輩と一緒に山に入るときも、この木は伐らない方が良いだとか、重心はここだからこっちに倒さないと危ないだとか、あれこれ言い合いながらやってるので、それもゲーム感覚な遊びとも言えます。今のところまだ自分は重機を所有していないから、運べない大きな木もあるので、周りからみたら『林業やれてねぇじゃねーかよ』って思われていても仕方がない。でもほかの人には価値がないように見えても、自分で価値があると判断した木を伐採して、製材して、加工して、それがもし300円だとしても売れたら、それが自分にとっての『林業やってます』なんですよね(笑)」
「仕事も遊び感覚」という言葉には、木を伐採して加工・販売するおもしろさだけでなく自己完結できるということも背景にあるそうです。
「持続可能な開発目標のSDGsとかもありますけど、シンプルにその土地(国)の材料を使った方がなにかと調子良いですし、ごく普通のことだし、単純にその方がカッコイイと思うんですよね。それに今の仕事は、より手触り感があるんです。たとえば洋服をつくるにしても自分が知らないところで生地をつくっている人がいたり、知らないおばさんが縫製してくれていたり、ファスナーをつくってる工場があったり、いろんな人の手によってつくられます。一方、僕の今の仕事は自己完結できる。木を伐るためのチェーンソーはさすがにつくれないですけど、伐る木を選定するところからはじまって、自分で伐って、運んで、製材して、加工して販売する。一気通貫してるので、自己完結できるんです」
「Play at your own risk」という言葉の意味
以前の仕事でもアウトドア系のファッションスタイリストとして活躍していた岡部さんはアウトドアウェアが持つ“機能美”に魅力を感じてアウトドアに興味を持ちはじめたそうです。
▲岡部さんも普段から着用しているコロンビアのフィッシングウェア・ラインナップ『Performance Fishing Gear(=PFG)』のバハマII ショートスリーブシャツ
「子供のころからの外遊びとアウトドアに関わる仕事ってやっぱりリンクしてくるので、アウトドアアクティビティが好きになるのは自然なことではありました。多感だった90年代はそれこそコロンビアなどのアウトドアブランドの服を着てる人たちがお洒落だったし、あとは機能的なアウトドアの道具から入った側面もあります。当時印象的だったのが、山に登ってキンキンに冷えたビールを飲む!?その為のデイパックタイプのクーラーバッグがあってびっくりしました。背中に折り畳み座椅子もついてて、コンセプトが面白くて、こんなブランドがあってもいいんだなって学びましたね。コロンビアのPFGのフィッシングシャツもポケットがたくさんあるんですけど、変なところにポケットがついているようなデザイナーズブランドのシャツよりも機能的な面でかっこよさを感じました。アウトドアウェアを着ることで、その機能性を確かめたくなって、自然とアウトドアも楽しむようになりましたし、ある意味アウトドアウェアってファッションの最先端を走ってると思います」
移住のきっかけにもなった「渓流釣り」は今も生活の一部になっているそうです。
「釣りはリセットとして癒されるために行ったり、新しい発見の場でもあります。魚が釣れなくても良いって言うと嘘になるけど、釣り上がっていくと岩の隙間に花が咲いていたりして、誰かがつくったわけじゃないのに日本庭園のような景色が広がっていたりするんです。すごい形をした大き過ぎる岩があったり、水溜りにいたカエルをひっくりかえしてみたらお腹がマダラ模様になっていてきもちわりー!とか(笑)。そういう子どものころの探検みたいな要素も含めて釣りは楽しいし、やっぱり深山の水辺は気持ちが良いのでリフレッシュされますね」
▲岡部さんの釣りは「フライフィッシング」という虫を模したフライ(毛ばり)をティペットという細い糸に結び、水面や水中に流して魚をかけていくというスタイル
フライフィッシングの魅力についても教えてくれました。
「フライフィッシングのようにフライを使って魚を狙う場合は、魚がその川で実際に捕食している水生昆虫や陸生昆虫を模したフライを、獣の毛や鳥の羽なんかを使って自分で巻いて、それで釣っていくっていうのが面白いですね。ルアーはちょっと攻撃的な釣り方になっちゃうけど、フライフィッシングだったら例えばドライフライといって、水面に浮かすフライを使う場合、川に落ちた虫が本当に流れてくるように流すので、魚も自然の感覚で食いついてくるところが魅力的です」
山暮らしでは熊に遭遇するリスクも高い中、仕事も遊びも自己責任という考えが根本にあると言います。
「『Play at your own risk(プレイアットユアオウンリスク)』っていう、アメリカの公園とかに掲げてある看板のことを友だちに教えてもらって、僕は直接見たことがあるわけじゃないんだけど、すごく素敵な言葉だなと思いました。やっぱり遊ぶ上では自己責任なんだと。責任を負った上で遊んでよっていう意味は、『自分の考えで自由に遊べる』っていう意味合いに僕は感じられるから、すごい好きな言葉なんです。僕にとっては山奥での仕事も渓流釣りも、『外遊び』の延長線上なので危険性もよく考えた上で全部自己責任で自分で考えて工夫しながら働く(遊ぶ)っていう考え方が根本にあります」
日本の森林環境は良いはず
最後に今後の展望についても聞いてみました。
「残す木と伐採する木を選んだ上で、その中からちゃんと人間が使えるものに加工して販売してお金を稼いで暮らしていくのと同時に、日本の森林環境をよりよくするための林業活動を続けていけたなら本望ですね。真剣に遊びながら山暮らしをしていきたいです」
PROFILE
木こり・木の素材屋 / 岡部文彦
1976年岩手県生まれ。2000年からメンズファッション雑誌のスタイリストとして活動。 2006年からアウトドアファッションに重点を置きスタイリング活動を始め、様々なアウトドアメーカーとの企画開発にも携わるようになる。2020年、地域おこし協力隊として岩手県の岩泉町へ移住し、3年間林業と山暮らしを学んで今に至る。副業として、農園芸作業着「HARVESTA!HABICOL」WEB SHOP「ホームセンターバリカンズ」を運営し、そこで「刈MOKU」名義で木の素材も販売し始める。山仕事の傍ら、外遊びとしてのフライフィッシングを嗜み、癒しを求めて山と渓谷に出掛ける日々を過ごす。
Text:Nobuo Yoshioka
Photo:Mattew Jones