この記事をまとめると
■ブリヂストンは月面探査車両用のタイヤを開発している
■月面は地球とまったく異なる環境であることからタイヤも特殊な形状や素材となる
■「ルナテラス」と呼ばれる月面に近い環境で実験できるエリアが鳥取砂丘に存在する
ブリヂストンが月面タイヤを手がけるわけ
クルマをはじめ、さまざまな車両に装着されているタイヤ。メソポタミア文明の壁画に車輪が描かれていたことを考えると、タイヤは人類の文明発展に必要なアイテムといえる。そんなタイヤは、現在の最先端技術が集結している分野のひとつである、航空宇宙分野でも使われているのだ。今回は、そんな宇宙の世界でもっとも研究が進められているジャンルのひとつである月で使われているタイヤについて、ブリヂストンにいろいろ聞いてみた。
月面という極限の環境に挑戦
ブリヂストンは2019年に、JAXAとトヨタとともに国際宇宙探査ミッションへ挑戦することを発表した。ブリヂストンの役割は「有人与圧ローバ」が月面を走破するためのタイヤの研究開発だ。
そのキッカケは、JAXAとトヨタというチームジャパンから声をかけられたことだそうで、ブリヂストンが掲げている「タイヤは、生命を乗せている」という大原則の共通テーマでもあった。地球上のあらゆる道を知り、モビリティの進化を支えてきたブリヂストンが、月面という極限の環境に挑戦することによって、モビリティの未来にはなくてはならないモノであると、改めて広く認知させるのにも適しているジャンルだ。
もちろんこの挑戦で得られたノウハウは、今後地球で使用するタイヤにも還元することをブリヂストンは考えている。
月面探査車用タイヤの特徴
では月面で使用されるタイヤはどのような特徴をもっているのだろうか?
まず、このタイヤは空気を使わないで荷重や入力を支えているという特徴がある。これは、月面は高真空(ほとんど空気がない状態)であるからだ。
次に、激しい気温差や放射線に耐えるために金属製となっている点だ。月面には地表を守る大気がない、だから宇宙線と呼ばれる高エネルギーの放射線にもさらされるし、月面の温度は120度~マイナス170度と、地球では考えられらない寒暖差も襲う。ここまでの環境では、ゴムや樹脂では硬さが大きく変化して、劣化が早いため使用が困難となる。そのため、金属を用いたタイヤとなっているのだ。
そして、砂地でも沈むことなく走行できるように、接地面を大きく確保している点も特徴だ。これは、月面がレゴリスと呼ばれる繊細な砂で覆われているため、走行時にタイヤが沈んで埋もれてしまうという可能性も考慮している。
ちなみに、月面探査車用タイヤには現在第1世代と第2世代がある。第1世代はコイルスプリング構造となっていて、金属製の柔らかいフエルトをタイヤのトレッド部分としている。こうすることで、きめ細かな砂であるレゴリスとの間の摩擦力を高めて優れた走破性を実現していたとのこと。これは砂漠を歩くラクダの足裏から着想を得たという。
第2世代は第1世代での技術を生かしつつ、新たな骨格構造が採用されている。これは地球上で使用するタイヤとして開発された空気充填の必要がない「AirFree」で培った技術を活かしたものだ。新たに金属製スポークが採用され、厳しい月面の環境下でも対応できる耐久性を持ちつつ、高い走破性との両立を実現しているとのこと。
鳥取砂丘の月面実証フィールド「ルナテラス」も活用
じつはこの月面探査車両のタイヤ、なんと鳥取県の観光名所である鳥取砂丘でもテストを実施している。
鳥取県では、鳥取砂丘の一部を、月面環境を想定した実証実験を行うための月面実証フィールド、「ルナテラス」として貸し出している。ちなみに、鳥取県と連携する企業や研究団体であれば、フィールドの利用料金は無料となっているそう(利用時の砂ならしや利用後の原状復帰は実費負担)。
なお、ブリヂストンがこのルナテラスを選んだ理由は、広大な敷地が平たんに管理されていて、必要に応じて地形を変化させることも可能となっているため、試験条件の自由度が高いこと。そして、砂の質が場所に影響されることなく安定していることが大きいそう。
2番目の理由は、鳥取宇宙産業ネットワークに加盟する地元企業の協力を得て、試験開始前に毎回トラクターで砂地をフカフカにすることにより、各試験で条件を近い状態にできるため、精度の高い実験が実施できることも背景にあるそうだ。
ルナテラス使用以前も、関東圏のオフロードコースや自治体の協力を得て海岸の砂浜などでのテストを行ってきたそうだが、ルナテラスで実験をすると、さらに多くのデータ収集ができるとのことで、ここでの実験が最近はメインとなっているとのことだ。
第2世代にまで進化したブリヂストンの月面探査車両タイヤ。今後、鳥取砂丘の「ルナテラス」での実験を経て、どのような進化を遂げるのか楽しみだ。