水産業界のサスティナビリティ化を目指して。10年目を迎えた「東京サステナブルシーフード・サミット」が開催当時からの変化を振り返り、2030年に向け新たな挑戦へ

2024.08.02 16:05
2015年。日本の水産業をもっと活性化させ、サステナブルな産業へと発展させていきたい。そんな思いではじまったイベントがありました。


それが、東京サステナブルシーフード・サミット(以下TSSS)です*。


イカが獲れない。サンマが小さくなった。漁業者も減少傾向。そんな日本の水産業のニュースに危機感を感じている方も多いかもしれません。


しかし、実は過去10年を振り返ると、日本の水産業は着実に、環境や社会を大切にし、成長する産業へと舵を切りつつあります。このムーブメントを牽引するプラットフォームの一つがTSSSです。


そしていよいよ、今年、10回目となる東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)を10月8-10日に東京国際フォーラムにて開催します。


節目の年を迎えるにあたって、TSSSを立ち上げた株式会社シーフードレガシー代表取締役社長の花岡 和佳男(はなおか わかお)が、この10年の日本の水産業界の進展とその中で見えてきた課題について、さらに、その解決策として取り組んでいるTSSSの活動内容と、2030年に向けた目標や未来の展望について、テキストと動画でお伝えします。
*当時の名称は東京サステナブルシーフード・シンポジウム


<東京サステナブルシーフード・サミット2024開催概要>
日時:2024年10月8日(火)、9日(水)、10日(木)
会場:東京国際フォーラム ホールB7
参加費:無料(要事前登録)
主催:株式会社シーフードレガシー、日経ESG
共催:米ディヴィッド&ルシール・パッカード財団、米ウォルトンファミリー財団
詳細・申込み:
第10回TSSS開催記念インタビュー×
水産業界が衰退してしまうのではないか。問題に立ち向かうべくフラッグシップイベントを起案、TSSSを開催
――東京サステナブルシーフード・サミット(TSSS)が10年目を迎えました。そもそもなぜ、TSSSを開催したのでしょうか?


10年前、日本の水産業界にはサステナビリティのコンセプトがほとんど浸透していませんでした。日本の“乱獲・乱売・乱食”が国際的なバッシングの対象になる一方、国内では「魚を獲って食べるのは日本の文化。海外からとやかく言われたくない」という考えが主流でした。この先も日本が問題を直視しないままであれば、周りの海から魚がどんどんいなくなってしまい、水産業界、さらには環境・社会・経済も衰退してしまうのではないか。それが当時の私の懸念でした。


私は8年間、国際NGOで海洋環境を担当し、日本政府や日本企業に問題提起を続けていました。活動の末、問題提起から解決への道筋作りに日本でもフェーズがシフトしたことを実感し、独立して2015年にシーフードレガシーを起業しました。実は、日本にも問題意識を持った方々はたくさんおられたのですが、当時は声を上げるのが難しい状況でした。そういう方々が声を出し合うプラットフォームが必要だし、ムーブメントを盛り上げるフラッグシップイベントをやろうと考え、TSSSを開催しました。
――2015年の第1回TSSSはどれぐらいの規模だったのですか?


どれぐらいの人が集まるのか心配でしたが、400名近いご参加がありました。半日のプログラムで、登壇者10人のうち日本企業からは1人だけでしたね。海外のフロントランナーにお越しいただき、欧米でのイニシアティブやこの先の国際的な潮流などを日本の皆様に語っていただきました。
第1回東京サステナブルシーフード・シンポジウムの様子
サステナビリティ重視へと舵を切る日本の水産業界。未来の漁業のために動き出す若者も
――この10年間、日本の水産サステナビリティはどのように進展してきましたか?


日本の水産業界にこれほどパラダイムシフトが起きた10年はありません。
政策面では、2018年に漁業法の改正がありました。終戦直後にできた法律のもとでそのまま約70年間、漁業を続けてきた結果、日本の周りの海から魚がどんどん減ってしまいました。70年ぶりの大改正で「水産資源の持続的な利用を確保すること」を明記したのは大きな変化です。


また、2020年には特定水産動植物等の国内流通の適正化等に関する法律(水産流通適正化法)が成立しました。日本で消費される魚の半分は輸入でまかなわれています。過剰漁獲やIUU(違法・無報告・無規制)漁業によって獲られた魚も日本市場に入ってきてしまうという問題の解決に向けて、日本で初めて、水産流通を管理する法律ができたのです。


業界を見ると、今では経営方針でサステナビリティに言及しない大手の小売企業や水産会社を見つけるのが難しいぐらいです。加えて、最近はESG投融資が拡大し、気候変動だけでなく、自然資本および生物多様性に関する指標も導入され、水産分野でもESGの視点を重視する投融資機関が増えています。


そして漁業現場では、認証の取得や漁業改善に取り組む動きが増えてきました。また、震災をきっかけに「三陸の海から水産業における“新3K(カッコいい、稼げる、革新的)”を実行するトップランナーになる」という活動理念を掲げて後継者不足をはじめとする地元水産業の課題に挑んできたフィッシャーマン・ジャパンのように、若い世代の漁業者さんたちが、「俺たちの未来」のためにプラットフォームをつくって行動しています。
メディアを見ても、サステナビリティの追求はビジネスの弊害だという論調は姿を消しました。
フィッシャーマン・ジャパンの、新世代のフィッシャーマンを増やし育てるプロジェクト「TRITON PROJECT」(写真提供:フィッシャーマン・ジャパン)
新しい水産政策を発信する場となったTSSS。参加人数も増え、シンポジウムからサミットへと変化
――そのような変化において、年に一度、TSSSの開催を続けてきた成果をどうとらえていますか?


TSSSは変革のきっかけなんです。集まった参加者から新しいプロジェクトが生まれ、プロジェクトの進捗を発表し、周囲に評価されることがさらなるモチベーションになるようなプラットフォームとして機能していることを嬉しく思います。


当初、日本政府の方々の中には、サステナブルという言葉を掲げるTSSSに公に参加するのを躊躇する方もいらっしゃいましたが、今や毎年のように水産庁長官や幹部の方々が登壇し、新しい水産政策を発信する場にもなっています。


コロナ禍で2020年東京オリンピック・パラリンピックが、翌2021年に延期の上、無観客開催となり、水産サステナビリティのムーブメントの盛り上がりとしては打撃を受けるといった苦労もありましたが、ステークホルダーの皆様と共に乗り越え、サステナビリティのアクセルが弱まることはありませんでした。400人の「シンポジウム」でスタートして裾野を広げていくフェーズから、2020年には3,800人を超える方々がオンラインで視聴され、高みを目指すフェーズに変わってきたのを感じて、2021年からTSSSの最後の「S」を「サミット(Summit)」に変えました。
第9回東京サステナブルシーフード・サミットの様子
「サステナブルシーフードを主流に」を目標に掲げ、現状打破へ
――10年目の節目として、TSSSでは2030年までに「サステナブルシーフードを主流に」という2030目標を掲げます。どういう目標なのかご説明ください。


私たちが目指すのは、海に関わる全ての人が笑顔と活気に包まれ、未来に希望の明かりが灯る世界の実現です。国際食となった寿司の発祥の地である日本を、次はサステナブルシーフードの国際首都としたい。未来世代への責任を果たそうとするステークホルダーが、不当な価格競争に晒されている現状を打破したい。


そのために、水産市場から乱獲、IUU漁業、労働者の人権侵害といったリスクを排除していくのが、私たちのアプローチです。そのわかりやすい“旗”として、「サステナブルシーフードを主流に」という言葉を選びました。
ビジネスパワー、国際的関心、豊かな漁場と食文化。2030目標を達成する上で力となるのは、日本が持つこれらのポテンシャル
――2030目標を達成する上で、日本の強みは何でしょうか。


たくさんあります。世界の大手水産企業100社のうち、最も多くの企業が本社を構えているのは日本なのです。ですから、日本企業がリーダーシップを取れば、ビジネスの力で物事を動かし、国内外の水産業を基幹産業とする地域社会の課題解決と持続的繁栄に貢献できます。


また、日本は世界第三の水産物輸入国です。それだけ多くの魚が世界中から日本に集まってくるわけで、日本のマーケットパワーは、それを正しく使うことで、国内だけでなく世界中の水産現場に対して改善へのインセンティブを提供できます。必要なのは、問題を抱えるサプライヤーをすぐに切り捨てるのではなく、その解決をサプライチェーン全体が支援する体制構築。これは、これまで培われてきた日本型ビジネススタイルと相性が良いと言えます。


日本はかつて世界最大の水産大国だった時代もありました。しかしその勢いは急速に失われ、今や水産資源の減少と産業の衰退化に歯止めをかけられなくなって久しいというのが、今の日本の水産業界が国際社会に見せている姿です。崩壊した大量生産大量消費型ビジネスモデルにすがり続けるのか、あるいは責任生産責任消費型に舵を切るのか。日本には過去の経験を糧にグローバルリーダーとしてタクトを振るポテンシャルがあるのです。日本がとる次の一手は、今ならまだ国際評価を受けることができます。


さらに、日本は世界6位の排他的経済水域(EEZ)を誇る豊かな海に囲まれており、沿岸では津々浦々で多様な漁業が代々営まれています。そのおかげで、寿司をはじめ、世界がリスペクトする魚食文化を持っているのです。


ビジネスパワー、国際的関心、そして豊かな漁場と食文化。日本が持つこれらのポテンシャルは2030目標を達成する上で大きな力になると思います。
日本に求めるのは、大きな決断力と実行力。世界にも貢献できる力があると信じて
――日本の強みを活かして2030目標を達成するには何が必要でしょうか?
業界全体のシステムチェンジです。大きな決断力と実行力が日本に求められています。だからこそ私たちシーフードレガシーは日本に拠点を構えています。日本の経験と強みを未来世代の豊かさのために活かせたら、国内だけでなく世界に貢献できると強く信じています。


決断と実行のために、共通ビジョンとして2030目標を共有し、企業や行政の各組織内に、本気で取り組むリーダーシップが必要です。そのために、シーフードレガシーではコンサルティングや政策提言を行っています。


小売りや飲食店、サプライヤーなど、川下側の企業では、人権デューデリジェンスの構築、フルチェーン・トレーサビリティの導入などが、ますます重要になってきます。
川上の生産者は、DXによる海洋環境データの収集・解析・活用の強化、補助金依存体質からの脱却、さらに海外のサステナブル・シーフード市場に参入する形を整えることも重要です。そこに向けたESG投融資などのインセンティブを増やしていくのも、私達の戦略の一つです。


各セクターのリーダーが、個別に動くだけでは限界があります。それぞれのイニシアティブを組み合わせていくために、シーフードレガシーはTSSSをはじめ、複数のプラットフォームを運営しています。


このムーブメントは、市場の変化と政策の転換が二足歩行を繰り返して成長していくものだと思います。私たちはそれを“セオリー・オブ・チェンジ”として描いて、二足歩行のペースをできる限り速く、そして、間違いのない方向に持っていけるよう、日々活動していきます。
人々がどのように連携して、2030目標を達成するのか。明るい未来を実現したいという気持ちを分かち合いたい
――最後に、TSSS2024の来場者へのメッセージをお願いします。


10回目の開催となる節目のTSSSです。ここまでムーブメントが大きくなったのは、ステークホルダーの皆様の本気の努力の成果です。まずは、10年間の軌跡を確認し、ここまでの進捗を祝福し合いたいと思います。それをベースに、さらに2030目標を達成するために各々がどう連携をしていくのか、皆様と一緒にロードマップを描いていきたいです。


日本の水産の歴史上これまでなかったような10年間、そして、これから2030年に向かう所に私たちはいます。これまで尽力されてきた皆様も、これから新しく取り組みを始めようという方々も、TSSS2024の会場にお集まりいただき、明るい未来を実現しよう! という思いを皆様と分かち合いたいと思っています。会場でお会いできることを楽しみにしています。
10年特設サイトはこちら:
(株)シーフードレガシー 代表取締役社長
花岡 和佳男(はなおか わかお)
フロリダ工科大学で海洋環境学および海洋生物学を専攻した後、モルディブとマレーシアにおいて海洋環境保全事業に従事、2007年からは国際環境NGO日本支部にて、サステナブルシーフード・プロジェクトを推進した。2015年7月に独立し、株式会社シーフードレガシーを創立、代表取締役社長に就任。環境持続性および社会的責任が追求された水産物を日本を中心としたアジア全域において主流化させるためのシステムシフトを牽引している。
先見性のあるビジョンと国内外の水産業界、金融機関、政府、NGO、アカデミア、メディアなど、多様なステークホルダーをつなぐ、その卓越したリーダーシップにより、アジアの水産業界における革新的なリーダーとして注目されている。
詳細・申込みはこちら:

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