今回、10回目の開催となる「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」。過去に世界の料理と日本酒を合わせてきて、驚くペアリングが何度も登場してきましたが、今回はなんとメキシコ料理。メキシコ料理といえばとうもろこし、豆、唐辛子。これらと日本酒は交わることができるのでしょうか。にぎやかで楽しい雰囲気で行われたイベントをレポートします。
感動を伝えるタコス「TACO RiCO(タコリッコ)」
メキシコの郷土料理は先住民の料理とスペインから持ち込まれた料理が融合し、豊富な食材とサルサ(ソース)によって複雑な味わいとなる逸品。2010年にユネスコ無形文化遺産に登録されたほど非常に歴史ある伝統料理なのです。
更に今年の5月、メキシコの立ち食いタコス店が「ミシュランガイド・メキシコ」の一つ星を獲得したというニュースが飛び込んできました。メキシコの国民食でありカジュアルなタコスがこれほど注目されるとは思ってもみなかったでしょう。しかしこれでタコスの美味しさが世界に広まったともいえます。
今回の「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」はそんなメキシコの魅力が詰まった「TACO RiCO(タコリッコ)」で開催されました。サンフランシスコで感動したというタコスを伝えるべく立ち上げたオーナーの北島さんとメキシコ生まれのサンチェスシェフがタッグを組んだ、絶品タコスが食べらえるお店。店内はポップでモダンな雰囲気と、スパイシーな香りが漂い食欲が湧いてきます。
バリエーション豊富なタコスと日本酒の融合
メキシコのお酒といえば白濁した醸造酒のプルケ、蒸留酒のメスカル、テキーラ。日本酒がこれらに並ぶことができるのか、興味津々なスタートです。
1品目はスナック感覚の揚げたトルティーヤにねっとりとしたアボカドが乗せられたアボカドチップス。シュリンプ、エリンギ、ハラペーニョがそれぞれ添えらえています。とうもろこしの風味が口いっぱいに広がり、しっかりとした歯ごたえが楽しいチップスとプリプリのエビ、フレッシュなトマトは最強の組み合わせ。テキーラのようなアルコールの香りがふわりと感じられ、それが全体をまとめています。エリンギはクミンのスパイシーな香りとコリアンダーの甘やかさ、オレガノの風味が爽やかでオイリーでありながらエリンギの歯ごたえが負けておらず、アボカドは優しく包み込む役割。自家製のハラペーニョは辛味と酸味がきいていてパンチのある味わい。パクチーの香りが程よくエキゾチックさを加えています。
お酒はスタートにぴったりな「久保田 ゆずリキュール」を更に炭酸で割ったことで、よりスッキリ軽快。ゆずの酸味と苦味が、料理に柑橘を搾る代わりとして全てのチップスと一緒に合わせることができました。
タコス ビステック サルサメヒカーナ × 久保田 千寿 純米吟醸 (ライム)
続いてタコス。タコスとは基本的にとうもろこしで作ったコーントルティーヤに具材を乗せたもの。各家庭やそれぞれの店によって様々な組み合わせがあり、タコスレシピは無限大です。ビステックの語源は英語のビーフステーキから来ていることもあり、牛肉を平らなグリルで調理するのが一般的。サルサメヒカーナは、赤いトマト、白い玉ネギ、緑の唐辛子といったメキシコの国旗の色を模したとも言われるソース。メキシコの定番タコスといってもいい1品です。
これにはライムが添えられた「久保田 千寿 純米吟醸」を合わせます。グラスの縁にちょっとライムをつけて飲むと、気分はテキーラ。千寿 純米吟醸とライムはもともとよく合うので、違和感は全くなく、タコスにも最適な風味。特にグラスを口に持っていった瞬間が爽やかな香りを運んでくれ、牛肉の独特な肉感をすっと軽快にしてくれました。
タコス カーニタス 3種のサルサ × 久保田 千寿
次のタコスは “小さなお肉” という意味のカーニタス。豚の塊肉をラードやオイルでホロホロになるまで煮込んだ料理で、このカーニタスも崩れるほど煮込まれて絶品。更に生の玉ネギが加えられていて歯ごたえと香りが良く、豚肉の風味を引き出しており、隠し味に使ったというサルサベルデがフルーティーで爽やかな後味をもたらしていました。サルサベルデは、トマティーヨ、緑のトマトと言われている緑色のほおずきを使ったソースで、酸味がありコリアンダーの風味がきいた、このままでも十分に美味しく何でも合わせられる万能調味料なのです。
3種類のサルサはアンチョ、チポトレ、オレンジを使用したもの。アンチョはメキシコでポピュラーな唐辛子。アンチョで作られたサルサは辛味の中にアンチョを焦がした苦味が奥行きを与えていて、プラムにも似た甘酸っぱい香りも感じられ複雑さがあります。チポトレはアメリカにあるメキシコ料理店の店名にもなるほど誰もが知る唐辛子。燻製された香りが特徴的で、爽やかで軽やかな辛さと奥深い香りのサルサに仕上がっています。オレンジは肉の煮汁と合わせており、とにかく旨味が凝縮されたようなサルサ。3種類ともタイプの違う香りと味で、カーニタスを存分に楽しむことができました。
ここでイベント初登場の「久保田 千寿」。実は、これだけ認知度が高く皆が一度は飲んだことがあるであろう千寿ですが、旅する日本酒ペアリングでは一度もペアリングされたことがありませんでした。異国の料理には合わないのかと思っていましたが、アンチョのサルサとは相性抜群。メイラード反応のあるアンチョと、千寿のキュッとキレる苦味が同調し、全体の料理を引き締める役割となっていました。
タコス BBQポーク パイナップルサルサ× 久保田 萬寿
歯ごたえのある豚肉に酸味を伴ったスパイシーな香りが特徴的のタコス。パイナップルが入っていることで全体的にジューシーな印象となり、少し辛くて甘酸っぱいBBQソースが絶妙に豚肉に絡みあっています。
「久保田 萬寿」の華やかな香りがソースの風味を際立たせ、お酒のボリューム感とタコスのボリューム感がちょうど良く、ふくよかな味わいの萬寿もBBQポークと一緒に口に含むことで余韻も感じられ、お互いを引き立て合う組み合わせとなっていました。
ケサディーヤ エリンギ ハラペーニョ × 久保田 萬寿 自社酵母仕込
タコスと同じように町の屋台などで食べられるケサディーヤはチーズが主役のファストフード。小麦粉のフラワートルティーヤが使用されていて、ほんのり甘くサックリと焼かれていて風味豊かな生地に軽めのチーズがとろりとしていて、生地とチーズのバランスが絶妙。
エリンギは優しく食感がよくまとまりが素晴らしいケサディーヤで「久保田 萬寿 自社酵母仕込」の滑らかなテクスチャーと非常によく合っています。ハラペーニョのケサディーヤは尖った辛さがあり、いつまでも辛さが口の中に残りつつも、萬寿 自社酵母仕込を一緒に口に含むと辛さが心地よい余韻へと変化。ハラペーニョの程よい酸味も感じられすっきりとした後味になりました。
肉料理 黒毛和牛のステーキ 野菜グリル アボカドハラペーニョサルサ × 久保田 翠寿
黒毛和牛はしっとりと焼かれていて舌触りが魅惑的。肉の旨味を存分に感じられ、抜群の塩加減。水分たっぷりのズッキーニ、甘みが凝縮したパプリカ、シャッキリ食感で透き通った甘さのベビーコーンと添えらえた野菜類があることで新たな肉の美味しさも発見できます。
アボカドハラペーニョサルサは、爽やかな香りと軽やかな酸味、オイリーさの中にキリリとした辛味があります。サルサベルデと同じように緑色のほおずき、トマティーヨを焼き、アボカドとハラペーニョと共にサルサにしており、これによって肉の甘みが引き出され、サルサも辛味より爽やかさが全面に出て一緒に食べることで完成されます。
お酒は季節の「久保田 翠寿」で、翠寿の若々しさ、生酒特有の青っぽい香りがソースと同調して、夏にぴったりな爽やかさを全面に出していました。
ブリトー アボカドチキン × 久保田 百寿のレモネード
日本でも、食べ応えがあり、野菜がたっぷり入っていて、手軽に食べられるブリトーは大人気。しかし、日本人がイメージしている太いブリトーはメキシコ料理というよりメキシコ風アメリカ料理のテクス・メクス(Tex-Mex)です。もともとメキシコ北部で食べられていたブリトーは具材も1~2種類と少なく、トルティーヤを薄く折りたたんだシンプルなもの。それが隣接するテキサス州へ渡り、具材たっぷりのブリトーに変化しアメリカ全土に広がっていきました。
タコリッコのブリトーはサンフランシスコ/ミッションスタイルの、豆や米が入ったサイズの大きいタイプ。手際よくフラワートルティーヤに具材を乗せ、くるりと巻く作業を目の前で見ているだけでも楽しく、出来上がるのが待ち遠しいほど。
口を大きく開けないと食べられないほど太く巻かれたブリトーは、クミンの香りが立っているスパイシーなチキン、甘みがありオイリーなアボカド、コクのある豆、モチモチの米、そしてフレッシュな野菜が入っています。柔らかいトルティーヤと一緒にがぶりと口に入れることで、シャキシャキ、ふわふわ、ねっとりむっちりといった様々な食感が感じられ、とにかく楽しいブリトー。穀物感がしっかりと感じられますが、野菜のおかげで軽くペロリと完食してしまうほどです。
お酒は「久保田 百寿」にレモネードをブレンドしたもの。日本では寒い日に温かいレモネードを飲むイメージが強いかもしれませんが、メキシコではしっかり冷やすのが定番。こちらのレモネードは、メキシコのキーライムと呼ばれいてるピンポン球サイズの柑橘を使用していて、緑色で皮が薄く果汁が豊富、みずみずしく爽やかな香りが特徴です。百寿がすっきりドライなため、レモネードの香りを存分に感じられ、アフターは百寿らしいキリッとしたキレの良さを発揮していました。
デザート オルチャタパンナコッタ × 久保田 碧寿
今回のイベントのためだけに開発してくれたというオルチャタのパンナコッタ。オルチャタとは、スペイン発祥のチュファ、またはタイガーナッツと呼ばれている植物を使ったドリンクで、形を変えスペイン語圏の中南米でもよく見られます。メキシコではタイガーナッツではなくお米で代用し、ミルクやシナモンが入った甘いジュースにするのが一般的。デザートとして作られたオルチャタパンナコッタは、エバミルクや生クリームといった軽やかで酸味のあるミルキーさがあり、ねっとりとした食感、しっかりとした甘さがありつつもシナモンの苦味が効いている一品で、オルチャタの良さを生かしながらしっかりと最後の締めとして完成されていました。
最後のお酒は、イベントではすっかり万能タイプとなっている「久保田 碧寿」。複雑な酸とコクのある乳酸が足されることでより完成度が高くなった印象。特に、パンナコッタに直接碧寿を入れ、一緒に食べることでアルコール感、碧寿のキレがパンナコッタをすっきりとさせ 日本酒とメキシコ料理が完全に手を握り合った瞬間となりました。
日本酒とメキシコ料理をペアリングしたのは初めての経験だった、とオーナーの北島さんは言います。「日本酒の歴史も古く、タコスにも長い歴史がある。その文化が融合するなんて、初めてお店をオープンさせた時のような感動を得られた」とも。「とにかく楽しかったし、感動的だった。またいつかペアリングをやってみたい」とシェフのサンチェスさんも充実感を得られたようです。
タコリッコではほとんどがテイクアウトのため、普段はお酒の提供が少ないといいます。その中での日本酒との組み合わせを考え抜いたスタッフたちの意欲には驚かされました。また、「タコスとお酒の店舗、テイクアウトのブリトーと分けるのも面白そう」と北島さんが語ってくれました。日本人はまだ、メキシコ料理とテクス・メクス料理を同じように考えている方が多いように感じます。もっとメキシコ料理を知ってもらうことで、タコスの魅力、本当の美味しさも広がっていくのではないでしょうか。そして、今回も日本酒ペアリングの幅の広さを再確認した回となり、今後の期待値も高まっていきます。
酒匠、料理研究家。 1日も欠かすことなく酒を呑み続ける驚胃の持ち主。酒と蕎麦と音楽を愛する。著書「うち飲みレシピ」「スバラ式弁当」。viawww.instagram.com