富山県の山間部にある二つの水力発電所とダムを補修、更新する。中央に位置するのは解体が完了した大長谷第二発電所と中山ダム
日本のエネルギー供給の歴史の中で、大きな役割を果たしてきた水力発電。発電所の設備や建屋の老朽化に伴い、各地で大規模改良(リプレース)工事のニーズが高まっている。2021年に準備工事が始まった富山県の山間部に位置する「大長谷第二発電所」と「仁歩発電所」の大規模改良工事は、現場が山間部であることに加え、施工場所が分散し、通信インフラも整備されていなかった。大林組は、厳しい施工条件を克服して分散する施工場所を統括管理するために、ICTをフル活用した次世代の管理を進めている。
建設場所が山間部に点在するため、本事務所と3つのサテライト事務所の計4ヵ所を設置。大林組の社員が、それぞれの担当する施工場所の近くでデスクワークできるよう工夫した
①菅沼ダムサテライト:菅沼ダムの改修工事(ゲートレス化)のため、下部支持杭を直接打設するLIBRA工法で仮桟橋を構築
③大長谷第二サテライト:大長谷第二発電所の旧建屋の解体が完了
④仁歩発電所に導水する水圧鉄管の塗装を更新するため、工事材料を運ぶモノレールを設置
過酷な条件をクリアする武器とは
菅沼ダムから取水する大長谷第二発電所の運転開始は1959年、中山ダムから取水する仁歩発電所は1962年。両発電所は建設から60年を超え老朽化対策が必要なことはもちろん、設備の全面的な更新によって、より多くの再生可能エネルギーの供給が期待される。「大長谷第二発電所及び仁歩発電所大規模改良(リプレース)工事」の工期は、2021年6月から2028年9月まで。およそ2年に及んだ準備工事が完了したばかりで、本体工事が徐々に本格化しつつある段階だ。
今回の工事は、工事のために利用するアクセス道路がなく、急斜面かつ施工場所が点在するなど厳しい条件が課せられている。「最初に現場を見た時に、これまでの管理手法では対応できないだろうと直感しました」と語るのは、現場を統括する大長谷リプレースJV所長の江藤だ。
点在する施工場所は、行き来するのにそれぞれ車で20~30分ほどの距離があり、作業員を1ヵ所に集めた朝礼の実施が難しいのはもちろん、状況把握のための現場巡視も、移動だけで多くの時間を要する。さらに、携帯電話もキャリアによっては通信圏外で通じないなど、本工事は条件の厳しい山間部で工事を進めなければならない。
こうした制約を乗り越え、分散する施工場所の統括管理の「武器」として、江藤はICTに活路を見いだした。例として、ウェアラブルカメラを17台導入し、点在する施工場所の「今」を可視化した。移動することなく全ての施工場所をモニター上で、カメラを通して監督できることになり、厳しい施工条件下でも安全と作業品質の確保ができると考えた。
江藤成彦(大林組 北陸支店 大長谷リプレースJV工事事務所 所長)
「ICTは各現場に最適化してこそイノベーションにつながる」
現場に寄り添ったICTの活用
江藤のこうした構想を実現すべく、約1年前から現場に伴走し続けているのが、大林組 土木本部先端技術推進室だ。江藤の構想を受け、円滑な情報共有やより良い現場管理のため、さまざまなソリューションを提案して導入を支援した。
第一に、通信環境の整備。最先端の衛星ブロードバンド「スターリンク」を導入したうえで、メッシュWi-Fiシステムを広範な現場全体を覆うように整備。これにより山間部かつ急斜面の続く場所でも、麓から山頂までを網羅する安定した通信環境を構築した。
次に、情報を共有・活用するクラウドサービス「現場ダッシュボード」を導入。これまでは、ウェアラブルカメラの映像や作業予定、詳細図面情報、天候などはそれぞれのシステムに見に行く必要があったが、これらの施工管理に必要な情報を一元管理できるサービスだ。本工事担当の日暮は「所長の成功イメージにしっかりと寄り添い、現場を最適化する、ベストな解決法を見いだしたいと思いました」と当時を振り返る。
iPad上でATKY(アタックケイワイ)活動表の協力会社・大林組社員のサインまで行い、現場ダッシュボード上に反映。ペーパーレス化が徹底され、所内で回覧するものは請求書を除き全て電子上で行う
施工管理に必要なさまざまなデータを、リアルタイムにクラウド上で共有できる「現場ダッシュボード」。本現場では、3つの現場詳細ボ―ドを設け、カメラ表示による常時確認・監視できる
3Dだからこそ見えてくる詳細な工程
さらに本工事の特色として、施工計画段階での仮想空間を利用したフロントローディングがある。仮想空間上に3Dモデルを使って現場の状況を再現すれば、事前に施工手順をシミュレーションすることができる。俯瞰・右断面・左断面など、さまざまなアングルから作業の詳細を把握することができ、2D図面に比べてより詳細に工事を把握・想定することが可能となる。
「私が若い頃は、『失敗して学ぶ』が常でしたが、ここでは仮想空間上でどんどん失敗してもらい、実際の現場では問題なく工事を進められるようにしています。3Dモデルの検討が教育の場になっています」と江藤は話す。
仮想空間を利用したフロントローディング(ゲートレス化する菅沼ダムの場合)
朝礼は、各施工場所への移動に時間がかかるため、デジタルサイネージと情報共有ツールKOLC+を活用して4元中継で実施。各拠点から説明資料を共有できることに加え、マイクとスピーカーを使って音声でリアルにつながる
3Dモデルはデータ量が多いため、パソコンの操作が課題になってくる。そこで日暮が提案したのが「KOLC+(コルクプラス)」と呼ばれるプラットフォームだ。朝礼や昼礼でこれまで目の前の作業員に口頭で説明するだけだったが、KOLC+の会議機能を使用してデジタルサイネージ上で映像を利用した4元中継ができるようになった。3Dモデルや現場写真などを見せながら、注意すべき点など説明している。KOLC+導入後、画面が固まる、音声や映像が途切れるなどのストレスから解放され、点在する施工場所での円滑な情報共有の実現に近づいています」と日暮は話す。
ICTによって江藤が考える工事全体の「ビジョン」を、皆が具体的にイメージして共有できることは作業の安全性を確保できることはもちろん、全所員がストレスなくゴールに向かうための「武器」と言えるだろう。
現場立ち会いにおける移動の負担を軽減するため遠隔臨場を実施。現場で撮影しながら説明を行う大林組社員
発注者の事務所から、遠隔臨場のリアルタイム映像で確認・検査する担当職員
若手のキャリアアップにも効果
さらに大きなメリットは若手教育だ。そもそもリプレース工事経験者はごく限られており、ましてやダム改修工事は誰もが初心者。さらに経験豊富なベテランならば2Dの平面図から現場を想像することも可能だが、本工事には多くの若手社員が配属されている。経験が浅い社員は、頭の中で2次元から3次元へとイメージを変換し、作業の詳細を把握するのは至難の業と言える。
「3Dモデル導入時には2日間勉強会を実施しましたが、新入社員を含む若い世代はYouTubeなどを参考にして短時間で3Dモデルを使いこなせるようになります。ICTの利用には若い世代が心強いですね」と話すのは現場で若手社員を束ねる工事長の田中だ。
3Dモデルは、協力会社が参加する昼礼や検討会でも効果を発揮する。現場経験の豊富な職長が作成した作業手順書に基づき、若手社員が仮想空間上で工事をシミュレーションすることで、気付かなかった問題や疑問が明確になるという。
「昼礼や検討会などでも3Dモデルを活用して皆で話し合います。経験の長短にかかわらず、共通認識を持てるところが大きな利点だと感じています」と田中は話す。
田中伸和(大林組 北陸支店 大長谷リプレースJV工事事務所 工事長)
デジタル画面を見ながら施工計画ついて話し合う若手社員
仮想空間での施工検討(大長谷第二発電所解体工事での事例)
現状維持はすなわち退化
なぜここまで柔軟な対応が実現できたのか。そこには江藤自身がキャリアの中で受け継いできた大林組のDNAがある。「私はかつての上司に『現状維持は退化』と教わりました。自分は変わっていないつもりでも時代は進むのだから相対的に見れば退化しているのだと。だから、担当する現場では必ず新しいことに挑戦するのです」と信念を語る。
ICT技術の導入を支援する日暮も、そんな江藤の思いに触れ「ICT導入で現場の働き方を変えることができるか」を突き詰めていったという。
受け継がれる姿勢
「土木工事の現場は長く同じやり方を続け、変わり切れていない側面もあります。本工事は施工条件が厳しく、ICTを活用しなければ施工管理できません。しかし同時に、厳しい条件を逆手に取って現場を変えていくチャンスだと確信しています」と江藤の視線は常に未来に向き、決してブレることはない。経験を礎としながら新しいことに貪欲な姿勢は、現場の若手社員にも受け継がれていくだろう。
大林組-プロジェクト最前線
「ICTを「武器」にした現場管理で水力発電所が生まれ変わる」