酒蔵の再生は何をもたらす? 企業の成長と地域活性化の未来とは

2025.06.23 00:00
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神奈川県足柄上郡開成町。
人口わずか2万人に満たないこの町に、日本が世界に誇る酒蔵がある。
株式会社 瀬戸酒造店。
東京国税局酒類鑑評会はもとより、インターナショナルワインチャレンジ、Kura Master、ミラノ酒チャレンジ、Oriental Sake Awardsといった海外の品評会でも多くの受賞作を世に送り出し、2024年の世界酒蔵ランキングでは8位に位置する酒蔵だ。


日本国内に1600以上あると言われている酒蔵だが、1999年から2019年の20年間で、その数は2007社から1235社に激減したというデータもある。法人としては存在しても、醸造を止めている蔵も少なくない。何を隠そう、瀬戸酒造店もまた、長らく醸造を停止していたが2017年に復活を果たしたという経緯がある。
日本酒は日本を代表する「國酒」であり、その製造は伝統産業でもありながら、その消費量は年々減少。業界は逆風にさらされており、取り巻く環境はなおも厳しい。


一度は停止した日本酒作りを再開し、蔵として世界8位にまで上り詰め、さらなる未来に向けて歩みを止めない瀬戸酒造店とはいったいどんな酒蔵で、何を目指しているのか。
現社長で復活の立役者、森 隆信代表取締役に話を聞いた。
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森社長が粉骨砕身し再生を目指した瀬戸酒造店とは、どんな蔵なのだろうか。
創業は1865年、明治維新(1868年〜)が目前に近づく慶応元年のことだ。神奈川県西部の二級河川、酒匂川ーーこの名称も、源頼朝が名付けた、ヤマトタケル伝説に拠るなど伝承も多いーーその流域には今もいくつかの酒蔵が残っている。
1789年創業の井上酒造(大井町)、1825年創業の中沢酒造(松田町)、1870年創業の石井醸造(大井町)、1897年創業の川西屋酒造店(山北町)、そして1865年創業の瀬戸酒造店。しかし以前には「開成町だけでも6軒ぐらい小さな酒蔵があったようです。旧地名の酒田村の名前の通り、とまで言えるかは分かりませんが、年貢を集めて残った米で酒造りをして、近隣の小作人の日々の娯楽に。という感じだったみたいですね」
酒造りの規模を表す単位に「石高」というものがある。1石とは一升瓶100本分、つまり180Lだ。「瀬戸酒造店は最盛期には500〜600石を製造していたそうです。今は350石程度ですね」。白鶴や月桂冠といった業界トップクラスの生産量がある会社はさておき、いわゆる地酒と呼ばれる小規模生産の酒蔵のなかでは500石は少なくはない。
しかし世の中の嗜好が日本酒からビールへとシフトするなかで徐々に規模を縮小。ついには杜氏の確保もままならなくなり、1980年に醸造停止を余儀なくされる。




今、目指しているもの
開成町の魅力とは


開成町は、東日本で一番小さい町だ。
その面積は6.55㎢と、全国で5番目に小さい神奈川県の、わずか0.27%しかない。日本の湖の中では決して大きい方ではない箱根町の芦ノ湖(約7.03㎢、全国で34番目の大きさ)よりも小さいのだ。
しかし1955年の町制施行以来、人口が増え続けている。横浜市や川崎市、相模原市といった政令指定都市を複数擁する県内で、それらの自治体を差し置いて人口増加率は1位と、“選ばれる町”なのだ。


なんといってもその魅力の一つは自然の豊かさだ。
1977年にあじさいが町の花として制定されるも、翌年からの圃場整備事業で田畑や農道、水路が整備されると元々あった景観は失われていった。そこで1983年からあじさいの植栽事業がスタートした。田園とあじさいのコントラストが織りなす風景は、開成町ならではのものとして唯一無二の価値を生み出していく。1988年からは開成町あじさいまつりが開催されており、2024年にはまつりに約22万人もの観光客が訪れた。
そしてそんな町までは新宿から電車で75分ほど、さらに約30分で箱根まで足を伸ばせる。
首都圏でありながら、風光明媚な田舎町。そんな絶妙な魅力を開成町はもっているのだ。


森社長に開成の印象を聞くと「水」との答えが返ってくる。
酒蔵と水は切っても切り離せない関係で、瀬戸酒造店もまた地下水で酒を醸している。
「おいしいですよ。酒造りに使っているのは敷地内の地下水ですが、町の水道水も地下80mほどの深い層を流れる深層地下水100%なんですよ」
町の北部には水路が張り巡らされており、米作りの時期ともなれば豊かな水量のせせらぎが姿を現す。
初めて開成に降り立った日のことを振り返ってもらうと、こんな答えが返ってきた。
「心地の良い町だなと思いました。駅からここ(酒蔵)に来るまでに水路が流れていて、清涼感がある」
水がいい土地といえば、米もいい。そして米どころといえば、酒どころでもある。


とはいえ、瀬戸酒造店はそんな町の一企業に過ぎない。それに酒造りに限らず、何かを再度動かすことは簡単ではない。例えば自転車。一度止まってから再び速度をあげていくには、大きな労力を必要とする。2年以上をかけて再生を目指すだけのポテンシャルをどこに感じ取ったのだろうか。
煙突の向こうに広がる美しき故郷、開成。足柄平野の水と土と空気は、時間の流れをゆっくりにしてくれる


生まれ故郷、波佐見の成功
勝ち筋を見つけ出せれば


しかし「成功する要素はそろっていた」と森社長は語る。
それには森社長が身近で見たある地方都市の成功体験も重なった。
長崎県東彼杵郡波佐見町。
陶磁器の有田焼で有名な佐賀県西松浦郡有田町と隣接し、400年を超える歴史をもつ「やきものの町」であり、森社長の故郷だ。
「あくまで昔は」と前置きした上で森社長は「有田町との町境あたりで陶器市が開かれていて、全国から食器を買いにお客さまが来るんです。人口1万5000人程度の町に、それはもうたくさんのお客さまがいらっしゃるわけです。そこでは有田町で作られた”有田焼”の横に、波佐見で作った“安価で日常使い向きの有田焼”が並んでいる。つまり、波佐見焼も同じ有田焼として販売していた訳ですね」
有田焼と波佐見焼は今でこそそれぞれ独自の価値を確立しているが、一帯が焼き物が盛んということには変わりない。さらに時代を遡れば、このエリアの旧国名である肥前国で作られていた磁器は伊万里焼(古伊万里)という総称で呼ばれていた。


「陶器市で年間の売り上げの半分ぐらいをまかなっていたという話ですが、一抱え何百円のような値段で売るわけですから儲かるわけがない。何かしら焼き物には関わる仕事をしている人も多く、同級生にも窯元の息子とかいましたが、若い頃はとにかく『大学に行って外に出る』という気持ちでした」
ところが、そんな波佐見に転機が訪れる。
「食品の産地偽装が明るみに出たことを発端に『産地を偽ってはいけない』となったわけです。今の価値観からすると当たり前ですが、ともあれ波佐見も『波佐見焼は波佐見焼としてなんとかしないと!』と変わったわけです」
波佐見焼の素朴で愛らしいデザインは、ほどなくアパレルメーカーの目に止まる。
「ブランドが確立されていき、町全体が焼き物に携わっていた故にみんな豊かになっていったんです。僕が学生のころはせいぜいラーメン屋しかなかったのに、イタリアンレストランやカフェもできたりして」
本当に大切なものは、すでに自分たちの手にあったわけだ。


その姿は開成町にも重なった。
豊かな水、都心から近い立地、加えて「話をいただいたころは、和食が世界遺産になったり、東京オリンピックが近づいていたり……海外からの注目が集まるタイミングでもありました。そこでこれまた注目される日本酒の酒蔵というのは十分なフックになりうると考えました」
あるものを組み合わせて、道を探せばうまくいくーー。賭けるだけのポテンシャルを感じ取った。
再生前の瀬戸酒造店。直売所といえば聞こえはいいが、良くも悪くも田舎の個人商店といった様相


今はまだお客さまではないが……
未来へのアプローチ


開成町に、そして瀬戸酒造店に可能性を見出した森社長。しかし、「酒蔵が元気になって有名になれば、あるいは売り上げが上がれば、お客さまが来れば、町全体が元気になるというのはちょっと乱暴な話です」と現実を語る。
地方創生というお題目を自分たちに落とし込んだ時に、森社長は何を考えているのか。
「今、社会にでているのは『瀬戸酒造店がないときに生まれ育った人』です。しかし今後、『世界的に有名な酒蔵・瀬戸酒造店がある町』で生まれ育った人が出てくる。ここに答えがある」と力を込める。
森社長は開成町のある小学校で、瀬戸酒造店の酒米づくりを体験した児童たちに、酒造りにまつわる授業をした。
「酒造りに使うお米は酒造好適米といって、普段食べるお米とは違うんだよ、とか、瀬戸屋敷の水車は、昔は精米に使ってたんだよ、とかそういう話をするんですが、すごく関心を寄せてくれたんです。小学生はお酒を飲む直接のお客さまではないですが、『自分たちの町で作られている米が、世界で飲まれている酒になっている』という事実が今の子どもたちにとって当たり前になった時にはじめて、目指せるものがあるのでは、と思ったわけです」
もちろん、瀬戸酒造店自身の成長を蔑ろにしているわけではない。企業の価値を示す指標として、売り上げはもちろん大事だ。しかし、売り上げだけを物差しとしない企業価値こそ、今の時代に求められていることもまた事実だ。


開成町は選ばれる町であると同時に、まだまだ将来的には“出て行かれる”町だろう。だが瀬戸酒造店があるから、おらが町の自慢の逸品で居酒屋をやってみよう、フレンチレストランをやってみよう、と、地元で新しいビジネスが生まれた時に、酒蔵発の地方創生は1つの答えに辿り着く。
「先日も、近所に大きな土蔵をもっているお家があるんですが、そこのお嬢さんが『蔵を民泊施設にしたい、コラボできないか』と連絡をくれました。もちろん今の民泊ブームこそありますが、これもウチができたから生まれた話です」


地方創生という言葉はとにかく大きい。掲げている企業は全国各地に無数にあるだろう。「僕もときには、安易に使ってしまいます。でも、そんな簡単なことではない」と森社長。身も蓋も無いことを言えば、瀬戸酒造店が黒字化できずとも、地方創生としての価値があったと見なされれば、親会社であるオリエンタルコンサルタンツの価値は上がる。
それも1つではある、だがそれを答えとする段階からさらに一歩前進し、瀬戸酒造店は新たな地平に踏み出そうとしている。
瀬戸酒造店の復活、その先の枝葉が新たに芽吹く日が、手の届く未来になろうとしている。
現在の瀬戸酒造店。単なる「酒が造られる場所」ではない「目指して来る場所」としての役割を目指す

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