── 日本の食卓を彩る「海の幸」に危機が迫っている。
近年日本の海では、地球温暖化や食害魚が原因で、魚が暮らす藻場(もば)が減少する「磯焼け」問題が深刻化。これまで食卓に並んでいた魚介類のなかには、幻の存在になりつつある品種もあります。
この磯焼け解決に向けた一歩として、私たちオーシャンリペアは、海藻を食べ尽くしてしまうイスズミやアイゴなどの白身魚からドッグフードを開発。2024年9月に「オーシャンハーベスト」として販売をスタートしました。
オーシャンリペアは立命館大学発、福岡県福岡市に本社を構えるスタートアップです。
長崎県五島列島で70年の歴史を持つ鮮魚店・金沢鮮魚と連携し、サステイナブルなドッグフード「オーシャンハーベスト」を開発、販売しています。
今回オーシャンリペア広報部は、代表の光斎と金沢鮮魚・金澤さんの対談を企画。
五島の海で、今何が起きているのか……?また、30代の私たちが海の変化という壮大なテーマにどう向き合うべきなのか。「オーシャンハーベスト」開発の舞台裏や、海の未来への想いとあわせて語りました。
■プロフィール
株式会社オーシャンリペア 代表取締役CRO(Chief Research Officer)
立命館大学 食マネジメント学部 准教授
光斎 翔貴(こうさい・しょうき)
金沢鮮魚
株式会社カナザワ 代表取締役
金澤 亮(かなざわ・りょう)
── まずは金澤さん、金沢鮮魚の事業内容から教えてください。
金澤:金沢鮮魚は、およそ70年長崎県五島市で鮮魚の仲卸業を営んでいます。
会社の使命は「人も海も、豊かに」。魚を買いつけ販売するだけでなく、五島の海を守る活動を通じて、魚を食べる人も、獲る漁業関係者も、そして私たち仲卸も、皆が豊かになれる循環の創出を目指しています。
金沢鮮魚 金澤亮さん
イスズミやアイゴ、ウニ類のガンガゼなど藻食性の魚類が藻を食べてしまい、海藻がどんどん減ってきています。
水温が上昇し、これまで南方にいた魚がどんどん北上するばかりか、魚が活発になり、海藻を食べ尽くす動きが加速しています。
これまで冬の間は魚の動きが鈍く、その間に海藻が育ちました。
しかし今は冬でも海水温が高いため、エネルギーを必要とする魚たちが新芽の段階で藻を食べてしまうんです。
こうした海の変化は、私たち漁業事業者にも影響があります。
海水温の上昇により日本人に親しみのあるサケをはじめ、北方系の魚の漁獲量が減少。獲れなくなれば、魚の価格は上がります。
結果、消費者が持つ価格の感覚とズレが生じ、「なぜ魚がこんなに高いの?」と敬遠されてしまう危険がある状況です。
一方、南方系の魚の漁獲量はどんどん増えていますが、消費者に馴染みが薄く、ほとんど価値がつきません。
さまざまな要因はあるものの漁業を続けるのが厳しい、という関係者の話も昔に比べて増えた気がします。
1年半の試行錯誤を経て完成した、環境・愛犬フレンドリーなドッグフード
── 藻食性未利用魚を使ったドッグフードを着想した理由や背景を教えてください。
光斎:藻食性未利用魚の活用方法をリサーチするなかで、ジビエをペットフードに活用した事例が複数見つかりました。
非常に安直ですが「魚といえばネコかな」と、当初はキャットフードを検討していました。
ところが研究を進めるうちに、白身魚はほかの魚種と比べると犬がアレルギーを発症しにくいことがわかったんです。
市場に出回っているドッグフードの多くはチキンやビーフをベースにしています。最新の獣医学系の研究によると、皮膚炎などのアレルギー反応がビーフで34%、チキンで15%の犬に報告されています。
一方、白身魚によるアレルギー反応はわずか1%程度といわれています。これがドッグフードを開発する一番の決め手となりましたね。
── 開発プロセスで苦労した点はありますか?
光斎:最も時間をかけたのは、配合の検討です。藻食性の魚であるイスズミ・アイゴ100%で作るパターン、鶏肉と混ぜ合わせるパターン、タラなどほかの白身魚と組み合わせるパターンなど、さまざまな配合で試作を重ねました。
食いつき試験では、パターンごとに犬がどれくらい好んで食べるかのデータを取得し、配合を少しずつ調整しました。
1年半ほどでようやく完成したレシピは、ノンオイルコーティング、小麦グルテンフリー、香料・合成酸化剤無添加。海洋環境に配慮した製品でありながら、犬の健康を第一に考えたレシピとなっています。
ドッグフードは、一般食と総合栄養食の2種類に分かれており、「オーシャンハーベスト」は総合栄養食です。
総合栄養食は、アメリカのAAFCO(米国飼料検査官協会)が定める栄養価の基準を満たしたドッグフード。その栄養基準をクリアするには、40種類以上の栄養基準すべてを満たす配合を見つけ出す必要があり、ここのデータ収集には骨をおりましたが、最終的になんとかクリアできました。
金澤:原料を提供する立場として最も気を遣ったのは、品質管理です。人間の赤ちゃんが食べる離乳食と同じレベルの管理を徹底しています。
たとえば骨が入らないように手作業で1000匹、2000匹とひたすら捌きつづけることも。
容易な作業ではありませんが、この製品に込めた想いや目的を心に置くことで、ポジティブな気持ちで取り組むことができています。
光斎:そうですね。私もあまり苦労した感覚はなく、着実に研究が進んでいったイメージがあります。
OEMの製造パートナーに恵まれたことも幸運でした。「環境に配慮したドッグフードを作りたい」という私たちの想いに共感してくださり、開発に全面的に協力いただきました。
九州にある工場では、人間の食品と同じHACCP(ハサップ)の管理手法に基づいて製造工程を管理しており、安全をお届けできる検査体制を整えています。
ドッグフードは、一般職と総合栄養食の2種類に分かれており、「オーシャンハーベスト」は総合栄養食です。
総合栄養食は、アメリカのAAFCO(米国飼料検査官協会)が定める栄養価の基準を満たしたドッグフード。その栄養基準をクリアするには、50種類程の栄養基準すべてを満たす配合を見つけ出す必要があり、ここのデータ収集には骨をおりましたが、最終的になんとかクリアできました。
── 「オーシャンハーベスト」は、2024年9月に販売開始されました。発売後の手応えを教えてください。
光斎:製品の品質には圧倒的な自信を持っています。
とくに、肌荒れや涙やけ(涙で濡れた目の周りの毛が変色してしまう現象)に悩んでいた犬に使ってみてもらったところ、2、3週間で改善が見られましたという声もいただいています。
こだわり抜いた、食いつきの良さも特徴です。
ドッグフードは、約70%の犬が食べてくれれば良い製品とされていますが、取り扱ってくださっている企業によると「オーシャンハーベスト」は約90%の犬が食べてくれているとのこと。
良い反響がすでに私たちに届いています。
金澤:島内のトリミングサロンやペットサロン、雑貨店などでも早速扱っていただいています。
最初は正直なところ、「オーシャンハーベスト」が市場価格の1kgあたり1000円〜4500円程度と比べて500gで3500円と高いことを心配していました。
ただ、島内のトリミングサロンやペットホテルなどでサンプル提供すると、光斎先生の仰る通り軒並み食いつきが良いと好評でしたね。
ふだん好き嫌いの激しい犬や高齢犬でも、すぐに食べてくれるんです。このような光景を目の当たりにして、この製品の価値の高さを実感しましたね。
光斎:モノやサービスに対する適正な価値に対しては、ドッグフード業界でも課題があります。
今の時代、ペットを家族の一員として迎える人が増えていますよね。
体に良いものを食べてペットが健やかに生きていけるドッグフードだとご理解いただければ、「オーシャンハーベスト」は値段以上の価値がある製品だと思います。
金澤:藻食性未利用魚の活用という点でも、大きな可能性がありますよね。
2024年には、イスズミだけで1000kgほどがドッグフードに使われました。今販売できているのはほんの一部。まだまだ活用の余地は大きいと感じています。
これから日本中、世界中の犬が「オーシャンハーベスト」を食べてくれるようになれば藻食性未利用魚の使用量が数十倍、数百倍になるはずです。
その分だけ五島の海を守ること、そして価値のなかった魚に価値を与えて新たな商品を生み出すことにつながると思うと、頑張れます。
海と漁業関係者、食卓の未来を守る「持続可能な循環の輪」を広げたい
── 10年後の五島は、どのようになっていてほしいですか?
金澤:五島の魚の価値が、島内外でもっと評価される世界を目指しています。
私自身、幼いころから五島の海と魚に育てられました。そのすばらしさを、次の世代にも伝えていきたいですし、10年後の子どもたちにも「五島の海と魚が好きだ」と思ってもらいたいですね。
そのためにも、未利用魚の活用をビジネスとして確立し、水産業に新しい可能性を示していきたいと考えています。
光斎:私たちの活動を通じて、10年後には藻場が回復している状態を目指しています。
現在流通が進んでいない魚に適正な価値付けをしたうえで漁獲を進め、有効活用することでどれだけ生物の多様性が担保されるか、保全効果はどの程度か。こうしたデータの積み重ねが、活動の持続可能性を支える基盤になります。
一方で事業が継続していかなければ、研究データが蓄積されません。
磯焼け問題の社会的認知度がまだ高くないなか、この事業の価値を社会に理解してもらい、研究を続けられるように理解を求めていく。
そしてビジネスとして「オーシャンハーベスト」のファンを増やしていく、この両輪を回すことが非常に重要ですね。
── 最後に2社でどのような未来を創っていきたいか、今後の展開を教えてください。
光斎:今考えているのは「未利用魚」というワードを変えたい、ということです。
「未利用魚」と呼ぶからさまざまな魚介類が利用されません。
魚が流通する仕組みを構築したり、可能性を秘めたワードで言い換えたりと、さまざまな視点で魚や海を捉えられるような世の中に変えていきたいですね。
金澤:少し視点を変えれば、価値のなかった未利用魚に価値が生じます。
漁業関係者が今後も事業を守るためには、今売れる魚を売るだけでなく、別のアプローチが必要です。こういった考え方の人が全国で増えれば、新たなイノベーションが起こるかもしれません。
今後もさまざまな視点で魚の活用方法を考え、できる活動を行なっていきたいですし、全国の漁業関係者とは想いを1つに一緒に頑張っていけたら良いなと思います。
「オーシャンハーベスト」という製品を通じて、愛犬の健康だけでなく、海の環境も、そして漁業者の未来も同時に守っていける。
そんな持続可能な循環の輪をもっと大きく広げていきたいです。
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