大人の科学マガジン プラネタリウム専用電球ができるまで 「星空を生み出す細渕の100年電球と職人の手仕事」

2025.03.12 11:00
(株)Gakkenが発行する『大人の科学マガジン 細渕電球特注版 ピンホール式プラネタリウム』は、何万個もの星を投影して、圧倒的な星空と天の川を精巧に再現する。星ひとつひとつの輝きを生み出しているのは、日本の職人による手作り電球「GAKKEN-HOSOBUCHI」だ。製造するのは、東京都荒川区にある細渕電球株式会社。昭和13年創業の同社は、医療機器用など特殊な電球を手作りで製造する老舗メーカーだ。
 細渕電球で作られる電球は、通称「100年電球」とも呼ばれる。「GAKKEN-HOSOBUCHI」もそのひとつだ。なぜこの電球が「100年電球」と呼ばれるのか。そして、なぜ細渕電球は手作りにこだわるのか。その製造現場を訪れ、職人の技術に触れた。
▲大人の科学マガジンのために作られたプラネタリウム専用電球「GAKKEN-HOSOBUCHI」
「職人技術で他にはないものを作る」――社長の思い
「今、電球市場は大きな変化を迎えています」


 そう語るのは、細渕電球株式会社の高橋建志(たかはしけんじ)社長。LEDの普及により、世界的に白熱電球の需要は大幅に減少している。日本の大手電球メーカーはすでに生産を中止しており、ほかにも白熱電球の生産から撤退していく会社は多い。さらに、電球の寿命を延ばすために使われる貴ガスは輸入がほとんどだが、主な供給国であるロシア・ウクライナの情勢が急激に変化したため、ガス価格が高騰し、状況を一層厳しいものにしている。
▲電球への思いを語る高橋社長。


 しかし、そんな中でも細渕電球は特殊電球を作り続けている。
「うちは、ただ電球を作ってるんじゃない。機械では決して作れない、職人の技が詰まった電球を作っているんですよ。フィラメントを取り付ける職人は10年選手、ガラスを焼く職人は30年選手、ガラス内を真空にする職人は10年選手、口金を固定する職人は20年選手。電球が完成するまでの工程に携わる職人の職歴を合計したら100年を超えます。その技でうちの電球が成り立っているんです」


 今回のプラネタリウムの特注電球「GAKKEN-HOSOBUCHI」も、その職人技の結晶のひとつだ。
「このプラネタリウムは、ボール型の投影機の中心にあるたった1個の光源で部屋いっぱいに星を映し出しますね。よく、LEDのほうが明るくてよいのではと聞かれることがあるのですが、光を全方向に均等に放つためには、じつはLEDより電球のほうが向いているんです。ただ、上下左右どの方向を見ても星の形が小さな点として見えるためには、光のムラがない、極めて小さなフィラメントを持つ特殊な電球が必要とされます」
 そうした厳しい条件をクリアするために開発されたのが、「GAKKEN-HOSOBUCHI」だ。直径わずか0.55mmの点光源を実現し、光の歪みを最小限に抑える。通常の電球とは異なり、極めて繊細な調整が求められるこの電球は、すべて職人の手によって作られている。


 では、この電球はどのように作られているのか。その工程を追ってみよう。
―継線― 0.55mmの極小フィラメントの接着
 プラネタリウムの特注電球は、1日にわずか120個しか生産されない。それは、ひとつひとつが職人の手で丁寧に作られているからだ。
まずは、電球の中で光を発するフィラメントを接着する工程。「継線(けいせん)」と呼ばれるこの作業は、プラネタリウム専用電球の心臓部とも言える。
▲拡大レンズを使い、コンマ数mmの世界で精密に溶接をする。
▲極小フィラメントをステムに溶接する作業。


 フィラメントは、太さわずか0.047mmの極細タングステン製。髪の毛の半分以下の細さだ。巻の部分は幅0.55mm。鼻息でも飛んでしまうほど軽いフィラメントを優しくピンセットでつまみ、左手人差し指にのせる。再度ピンセットでフィラメントをつまみ、ステムと呼ばれる軸の上にのせる。位置決めをして溶接していく。拡大レンズを通した目視と、手先の感覚だけで精度を出さなければいけない精密な作業だ。


「ピンセットの持ち方、力の入れ方、ひじや椅子の高さ——それらすべてが仕上がりに影響します。自分なりのベストな組み合わせを見つけるまでに3年かかりました」
そう語るのは、職人歴10年の紫谷香(しこくかおり)さん。
「ちゃんと技術が身についたと感じるまでには7年くらいかかりましたね……」
▲継線担当の紫谷さん


「これくらい細かい作業になると、心の状態もすごく影響します。だからなるべく平常心で作業するようにしています」
プラネタリウムの電球は、ほんのわずかでもフィラメントがずれれば、投影される星の形が歪んでしまう。そのため、通常の電球とは比べものにならないほどの精度が求められる。極度の集中力を要する作業だからこそ、1日に作れるのは120個が限界。それほどの繊細さと技術が詰まった仕事なのだ。

×
―ゲッターと封止― 炎でガラスを焼き、電球の姿にする
 フィラメントをつけたステムは次の工程に運ばれる。
「ゲッター」と呼ばれるこの作業では、液体のジルコニウムをステムに塗る。ジルコニウムは電球内部の不純ガスを除去し、電球の性能を維持させる効果をもつ。
▲フィラメントを溶接した金属の軸にジルコニウムを塗る。


 その後、「封止(ふうじ)」という工程に移る。穴の開いたガラス球にステムを固定する作業である。職人が、回転する機械にステムを差し込み、その上にガラス球を慎重にかぶせる。セットされたステムとガラス球は、回転しながらバーナーの前まで運ばれ、4本の炎で均等に焼かれていく。青い炎に包まれたガラス球は、次第に真っ赤に熱せられ、やがて溶けてステムと一体化する。この瞬間、職人は合羽(かっぱ)と呼ばれる専用の道具で素早くガラス球をつまみあげる。熱せられたガラスがまだ柔らかいうちに手で微調整しながら、ステムに溶接されたフィラメントが正確に電球の中心へと配置されるように目視で整えていく。
▲ガラス球とステムを溶け合わせて「封止」する。
▲合羽を使ってガラス球をつかみ、ステムを微調整してフィラメントを中心に合わせる。


「フィラメントの中心が0.5mmずれたら、すべてが台無しになります。わずかなずれも、投影されると影響が大きいですからね」
 そう語るのは、小金井優輝(こがねいゆうき)さん。彼は、小学3年生の時に体験した高橋社長主催の電球教室で、ものづくりの世界に魅せられ、この会社の扉を叩いた。
▲ゲッター、封止が担当の小金井さん


「最初は、これほどフィラメントが小さいと、ミスばかりでした。でも、師匠に教えてもらって、一歩一歩着実に技術を磨いていきました」と振り返る。
「まわりの職人たちは、とにかく一人ひとりのクオリティが高い。限られた時間の中で、いかにミスなくできるか、高い品質のものを揃えられるかをみんな考えていますね」
 細渕の電球には、100年続く職人の技が込められている。そして今、彼自身もその伝統を受け継ぐ職人のひとりとなった。電球市場が厳しい状況にあるなかでも、確かな技術を守り続けようとする若い力がここにはある。
「これからの10年、20年で、自分の技術をさらに磨き、もっと色んな電球を作れるようになりたい」
 そう語る彼の目には、職人として歩む未来が映っていた。

×
―排気― 電球に命を吹き込む
「この工程がうまくいかないと、電球は一瞬でダメになるんです」
 工房の壁際に設置された大型機械から、真空ポンプの作動音が響く。続く工程は「排気(はいき)」。これは、電球内の空気を抜き、特殊なガスを封入する作業だ。
▲この機械1台で、電球内部の空気抜き、余分な水分の蒸発、特殊ガスの封入までを行う。


 まず、ガラス球は全長2mの大型機械へと運ばれ、真空ポンプで空気を抜かれる。空気が残っていると電球の耐久性が落ち、品質に大きく関わってしまうため、1個ずつ状態を確認しながら作業を進める。
 排気が正しく行われたかを確認するために、職人はテスラコイルと呼ばれる高電圧を発生させる装置をガラス球につながったステム(ガラスのパイプ)にかざす。内部に空気が残っていると紫色に発光し、真空度が高いほど発光色は白く薄くなっていく。

 高い真空状態を保っていることが確認できたら、次にガラス球は約400℃の炉で5分間加熱される。これにより、内部の水分が取り除かれ、より真空に近づく。その後、ガラス球の中に不活性ガスを封入する。不活性ガスで満たすことで、高温になるフィラメントの蒸発が抑えられて電球の寿命が延びるのだ。そして、電球に通電し、ひとつひとつ点灯を確認する。光が広がった瞬間、電球に命が宿る。
▲通電させて点灯チェックをする。


 最後に行うのは密閉作業。職人は片手でガラスを回転させ、もう片方の手でバーナーを操る。炎の熱でガラスを徐々に焼き切り、ステムとガラス球の接続部分を密閉していく。正確な位置で切断するには、長年の経験と熟練の技が求められる作業だ。
▲バーナーを使ってステムを焼き切る。

×
―仕上げ― 精度を決める職人の技
 排気を終えた電球は、次に口金を取り付ける「仕上げ」へと進む。口金は、電球をソケットにしっかりと固定し、安定した通電を可能にするパーツだ。まず、職人は口金の内部に専用の熱硬化接着剤を詰める。そして、電球から出た2本の電極線を1本は口金の底面に、もう1本は側面に引き出しながら、垂直に口金にはめ込む。
▲電極線を引き出しながら口金に差し込んでいく。

 その後、電球を炉で加熱し、口金とガラス球をしっかりと固定。余分な電極線をカットし、側面と底部にハンダづけをする。
こうして、細部まで職人の手で仕上げられた電球は、ついに最終工程へと進む。
▲口金の側面と底面に電極線をハンダづけをする。

×
―検品― 最高の電球だけが、星となる
 最終工程は、電球の品質を徹底的にチェックする「検品」だ。
 電球は2.5V、0.7~0.8Aの条件で点灯テストが行われる。職人たちは、光の強さ、均一性を細かく確認する。こうして、厳しい基準をクリアしたものだけが、プラネタリウム専用電球「GAKKEN-HOSOBUCHI」として出荷されるのだ。
▲出荷前に1個ずつ通電検査を行う。
▲完成したプラネタリウム専用電球「GAKKEN-HOSOBUCHI」
工場長の思い
 プラネタリウム専用電球「GAKKEN-HOSOBUCHI」は多くの職人の手によって作られている。継線、封止、排気など、それぞれの持場にいる職人が自分たちの役割を果たし、100年電球が生まれている。
▲細渕電球の職人を束ねる村田さん


 細渕電球株式会社の工場長である村田義勝(むらたよしかつ)さんは語る。
「今回のフィラメントのような小さな寸法だと、機械では生産できません。職人がひとつひとつ、自分たちの目と手の感覚で作っていくしかないんですね。1個だけ、いいものを作ればいいわけじゃない。細渕電球が作った以上、みなさんの手元に届けられる電球はどれもが高品質であると言えないといけません」
 そう言い切るのは、自分たちが職人だからこその思いがあるからだ。
「自分が世の中に出せるものを作れたと思ったのは、始めてから5~10年くらい経ったころでしょうか。職人の世界には教科書が存在しないし、仮にやり方を頭でわかったとしても、そのように手が動かせるわけではありません。先輩たちの技を見て、仕事を仕込まれて、かれこれ30年間、職人をしています。
今でも失敗をするし、いつだって体調万全というわけにはいきません。それでも、私たちはいい電球を作らないといけません。それが仕事だからです。これはもう、技とか経験をこえて、恥ずかしいものを見せられないと考える職人の意地みたいなものですね」


 村田さんは「GAKKEN-HOSOBUCHI」電球で少しだけ期待していることがある。
「電球は光ってなんぼ、みたいなところがあるので、日常生活で電球それ自体を眺めることはふつうないですよね。でも、今回読者のみなさんの何人かが、これだけの小さなフィラメントを人の手で作っているってすごい、そう思ってくれたら、わたしたち職人は本当にうれしいですね」
 細渕電球が生み出す「100年電球」。それは、職人たちの技術の結晶であり、長い歴史の中で磨かれたもの。しかし、それは過去のものではない。村田さんは
「この技術を守るだけじゃなく、この技術を活かして、新しいものにも挑戦していきたい。職人はあきらめないで続けること、それが一番大事」と語る。
細渕電球の技術は、決して歩みを止めることなく、未来へとつながっていく。そして今、この電球が生み出す光が、プラネタリウムの星空となり、すべての人の心を、そっと照らしている。
文:編集部 写真:大野真人
商品について
■書名:『【2,000個以上予約受注で発売決定】【Amazon.co.jp限定】大人の科学マガジン 細渕電球特注版 ピンホール式プラネタリウム』
■監修:大平貴之 電球製造:細渕電球株式会社 
■編:大人の科学マガジン編集部
■発行:Gakken
■発売日:2025年7月22日
■価格:12,100円(税込)
※本商品は2,000件以上の受注で発売が決定する、条件付き予約受注生産販売の商品です。生産数量は最大3,000個を予定しています。

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