この記事をまとめると
■アメリカのBEVメーカー「フィスカー」が経営破綻した
■フィスカーの経営破綻はBEVの販売低迷の象徴ではなくSUVの不具合が原因とされる
■政府からの横槍が少なく民間主導でBEV普及が進む日本は健全な市場を維持していると感じる
EVシフトの踊り場報道に違和感
アメリカのBEV(バッテリー電気自動車)メーカーとなる、「フィスカー」が6月17日にアメリカ連邦破産法11条の適用を申請し経営破綻した。これを報じたある日系メディアは報道の最後に「ここ最近の世界的なBEV販売低迷の象徴」といった内容で締めくくっていた。しかし、専門メディアや米系メディアはSUVタイプモデルの不具合による販売低迷がとどめを刺したといった報道をしており、フィスカーの経営破綻がいまのBEV全体の販売低迷を象徴しているというようは捉え方を必ずしもしていないところは非常に興味がもてた。
BEVが盛んにラインアップされ、それ相応の販売を行っていた地域は需要一巡や補助金終了などの影響もあり、確かに需要が鈍っているという事実は否定できないだろう。
中国メーカーがとくに積極的に進出している東南アジアのタイでも、そろそろいち早くBEVに乗っていたユーザーの乗り換えが本格化してくる。そもそもタイでも高価格帯となるBEVを購入できる層は一定所得以上の階層に限られている。複数保有しているなかの1台として中国メーカーのBEVに乗る人も多い。
また、タイでは9割超ともされるぐらいローンを利用しての新車購入が多く、再販価値のより高いクルマを購入して支払い途中で残債整理し、比較的短期間で乗り換えを繰り返すことも珍しくないと聞いている。そうなると、中国メーカー車に限らず、BEVの再販価値への不安が一気に現実のものとなっていくのではないかと、地元事情通から聞いたことがある。
中国BYDオート(比亜迪汽車)は、日本市場などタイ以外の地域でもブランドステイタスの構築をはかる意味からも、確かな販売ネットワークの構築や認定中古車などの再販リスクへの対応にも積極的に取り組んでいる。
中国と並んでBEVに熱心なのが欧州地域といえるだろう。おもに自動車産業の盛んな西ヨーロッパ諸国の動きが目立つが、「ICE(内燃機関)技術で圧倒的優位性を誇る日本メーカー潰し」ともいわれる、違和感の目立つ前のめりなBEV普及施策を進めていた。
6月6日から9日に実施された欧州議会選挙では「極右勢力」の躍進が目立つ結果となった。極端な環境政策や移民政策などそれまで極右勢力と対峙する革新勢力の推し進めた政策の結果、とくに西ヨーロッパ諸国の庶民はそれに「ノー」をつきつける格好で自国第一主義などを掲げる極右勢力が今回台頭したとされている。
そして、今後欧州議会で極右の発言力が高まっていくなかで、いままでのアグレッシブな欧州のBEV普及戦略も大幅な軌道修正、つまりいまも回帰傾向はあるがさらにICEへの回帰が進むのではないかとされている。
ICE以上にBEVの普及には政治が絡んでいる
また、その流れとは別に意外なほど欧州、とくに西ヨーロッパ地域の消費者に受け入れられつつある中国メーカーのBEVに対する関税引き上げなども進んでおり、欧州におけるBEV普及はまさに踊り場にきているといえよう。
一方のアメリカは、今年の秋の大統領選挙次第でBEV普及政策が大きく変わるかもしれない。「もしトラ」、「マジトラ」などともいわれる共和党大統領候補のドナルド・トランプ氏の次期大統領就任が高いとされている。トランプ氏はすでに大統領に就任したときには、いままでの民主党バイデン政権が推し進めてきたBEVに関する政策を大幅に見直すとしている。
何がいいたいかというと、ICE車についても環境規制などにおいて政府介入というものを強く感じるが、BEVについてはその普及についてまで「政治」の存在が大きい。政府のさじ加減次第で普及スピードなども大きな影響を受けてしまうのである。
中国メーカーのBEVが安価なことについてはさまざまなことが取りざたされているが、その優秀性もあるから、欧州では関税引き上げなどで流入を可能な限り食い止めようとしているのだろう。
かつて1980年代あたりの日本車も「政府が極端な補助金を出している」といったことまではいわれなかったものの、欧米では「こんなに環境性能を中心に良質で優秀なクルマが、これだけ安価に作ることができるわけがない」と、いわれないバッシングを受けていたことと、いまの欧米での中国メーカーのBEVに対する動きは、どこかオーバーラップして見えてしまう。
BEVと政治というのはICE車よりも密接な関係があると見ている。自動車産業が盛んな地域では長期的に見れば、「100%BEV化」なのかはともかく、新たな成長産業として政府は注目し、日本車に対抗したいとも考えているのも間違いないだろう。
一方の日本国内では政府が何を目指しているのか、その方向性がいまひとつ定まっていないなか、民間主導でBEV普及が進んでいるともいえ、消費者判断にゆだねる部分が多いようにも見える。こういった環境は、諸外国よりある意味健全なものとも感じてしまう。
燃費や燃焼効率に優れたICE、そしてそのICEをベースにしたHEV(ハイブリッド車)をラインアップする日本車が圧倒的に売れている日本市場では、BEVを選ぶ理由はなかなか見いだせない。販売現場で聞いても、「いったんBEVを購入したあと、HEVに戻る人もいる」との話もあり、まさに潮流としては「BEVまっしぐら」ではなく、個々の消費者の価値観のなかでしか選ばれていないようなものを感じる(補助金に引かれてということもあるようだが……)。
政治の世界での勢力図次第でBEVの普及が左右されるというのは、あまり健全な状況には見えない。政治との距離感が諸外国よりあり(いまの日本の政治の混迷ぶりのなかではなかなか政治の目も届かない)、環境性能にすぐれたBEV以外の自動車が豊富に存在するなかで、賢明な消費者が自分の愛車を選んでいくと、「世界的にもBEVの分野では取り残され気味」などとも表現できる状況にはなるものの、いまの日本の状況が健全な市場環境を維持しているとも表現できるのかもしれない。