この記事をまとめると
■フォルクスワーゲンがドイツ国内の工場の閉鎖を検討というニュースがあった
■「みんなフォルクスワーゲンをもっている」ことが購買意欲の低下を招いている
■名車「ビートル」や「ゴルフ」の存在が大きすぎたのも問題だ
VWの様子がおかしい
2024年9月上旬、ドイツ・フォルクスワーゲン(以下:VW)がドイツ国内工場の閉鎖を検討しているというニュースが世界を駆け巡った。ドイツ国内の工場閉鎖が実際に行われれば、創業以来初の出来事となるそうだ。また、2029年までは行わないとしていた人員削減も前倒しで行われるのではないかとの報道もあった。
「BEV(バッテリー電気自動車)で日本車に差をつけろ」とばかりに欧州の、とくにドイツ系ブランドではBEVラインアップに前のめりとなっていたが、その動きに陰りが見えているのが昨今の状況。そのなかVWはBEVラインアップに出遅れているともいわれ、ドイツメディアの報道では、欧州域内では積極的な値引き販売も目立ち、これが収益悪化を助長したとされている。
2023年に南カリフォルニアを訪れたときに、「アメリカではVW車販売はかなり苦戦している」と聞いたことを思い出した。ビートルやゴルフ(当時アメリカではラビット)のカブリオレといえば、「女子高校生の通学の足」としてカリフォルニアでは定番だった。
「ID.BUZZ」のご先祖様ともいわれるタイプ2はサーファーやヒッピー御用達であり、カリフォルニアの風景の一部としてVW車はすっかり溶け込んでいただけに「販売苦戦」という言葉はとても印象的であった。つまり、当時の若者の心は掴んでいたが、現在は若者も含み消費者の心を掴みきれなくなってきているようなのである。
「VOLKS(国民や大衆)」、「WAGEN(クルマ)」という車名のとおり、「ビートル」との愛称のついた「タイプI」以降、さまざまな大衆車を世に送り出してきたのがVW。筆者の青春時代であった1980年代のドイツ車といえば、質実剛健という印象が強く、VW車はその面でとくに突出した印象をもっていた。あくまで筆者の印象であるが、VW車を愛好する人の多くは、その出来のいい道具に徹したような「無味無臭」に近いクルマ造りに感銘を受けて乗り続けているようにも見えた。
ある知人が衝動的にVW車を購入したのだが、その後、短期間で売却したので理由を聞くと、「あまりにも道具的イメージが強すぎた」と、自分と感性と合わなかったといったようなことを話してくれた。
新車販売市場も、先進国から中国や東南アジアなど新興国が主力となってくると、主力市場の消費者嗜好に合わせるように、メルセデス・ベンツやBMW、アウディあたりはそれまでの質実剛健イメージから、エクステリアは華やかで、インテリアはある意味エンタメ(エンタテインメント)性を高めたものとなっていった。
また、メルセデス・ベンツやBMWでもFF(前輪駆動)でカジュアルな小型車など、新規ユーザー拡大につながるラインアップ拡充を行っていった。しかしVWだけは質実剛健さの目立つクルマ作りを続けていたように筆者には見えた。
「みんな乗っている」が購買意欲を下げている
そのクルマ作りの姿勢を支持するユーザーはいいのだろうが、それが故になかなか他ブランドからVW車へと手を出しにくくしているのも否定できないだろう。VW車のコアなファンも2015年に発覚したディーゼルスキャンダルを発端に、熱心なファンほどVW車から離れる傾向が目立っていたとも聞いている。
中国市場では強みを見せるVWだが、新興国でも新車需要で勢いのある東南アジア市場ではVW車の存在感は想像以上に薄いものとなっている。トヨタが世界的に全方位展開しているのと比べると、苦手市場が存在するという点も否定はできないだろう。
各ブランドそれぞれの問題だけではなく、長い間世界市場に高質なクルマを大量に供給していた「老舗ブランド」はそれがゆえに、一部消費者から「ありふれている」とか、「誰でも乗っている」ということで若い世代を中心に敬遠される傾向も最近は顕著なようで、ここのところは意識してそれを払拭しようとする動きも目立っている。
日本車が圧倒的な販売シェアを誇る東南アジアでは、ここのところ都市部を中心にBEVをメインとした中国メーカー車が注目されているが、その背景にも「周囲が日本車だらけ」というなかで、「他人と違う」というところも意識する消費者が、経済成長を続け生活が豊かになるなかで多様化も進み、それが増えてきていることも大きいようである。
日本車のトップメーカーであるトヨタは、豊田章男氏が社長に就任して以来(現会長)、クルマ作りの方向性が変わり、趣味性を強め、スポーティといったそれまでとは異なる新たな魅力をもたせるという路線へ舵を切ったといっていいだろう。
世界一の自動車市場である中国では、VWブランドは販売統計上販売トップが常連だったのだが、2023暦年締め上半期(1~6月)では、トップをBYDオート(比亜迪汽車)に譲り2位となっている。巨大な新車販売市場をもつ中国なので、沿岸部や内陸部、都市部や地方部で販売環境が大きく異なってくる。各地域の地元メーカーがその地域で際立って販売で強みを見せるのも特徴のひとつ。
ある意味多様性のある市場ともいえるのだが、中国でのVW車のラインアップをみると、あくまで筆者の主観となるが、イケイケムードの目立つ多くの中国メーカー車に比べると「野暮ったさ」が、目立っているように見える。新車販売でもフリート販売に支えられる部分も見受けられるが、それでも息切れしてきているのかもしれない。
「トヨタといえばHEV(ハイブリッド車)」というイメージもすっかり定着し、いまもなお世界市場でリーディングカンパニーとしてクルマを売り続ける原動力のひとつともいえる。また、ブランド内においてもコンパクトモデルから、大型の上級モデルまで国内外を問わずまんべんなく売れているというところもVWとは異なる傾向のように見える。VW車は大型上級車が苦手な印象を強く受ける。
日本車もかつては安価で高質な小型車をメインに世界で販売し、名をはせた歴史があるが、VWはビートルやゴルフといったモデルの存在が大きすぎたこともあり、それが軌道修正を難しくさせてしまい、今日にいたって創業以来初となるドイツ国内工場閉鎖を招こうとしているのかもしれない。