出版不況の中にあって部数回復の要因は "石" と "本気 (ガチ)"?小学生向けの月刊かがく絵本誌「たくさんのふしぎ」がいまふたたび元気な理由。

2024.07.03 14:57
福音館書店は『ぐりとぐら』『おおきなかぶ』など、数多くのロングセラー絵本を刊行している老舗児童書出版社です。毎月新作絵本をお届けする月刊の絵本誌も複数刊行しており、その中に小学生向けに、科学・人文系を問わず、身近な不思議を紹介する「たくさんのふしぎ」という月刊絵本があります。1985年創刊の「たくさんのふしぎ」は、しかしながら近年の少子化と出版不況の中で部数は頭打ちとなり苦戦していました。編集部はこの難局を如何に乗り切ったのか。「たくさんのふしぎ」編集長の石田と編集部の牧野が、回復のカギとなったエピソードをご紹介します。
(左から編集部の牧野、編集長の石田)
世の中のあらゆる "ふしぎ" を専門家がわかりやすく紹介する「たくさんのふしぎ」
1985年4月に創刊された「たくさんのふしぎ」の創刊号は『いっぽんの鉛筆のむこうに』。身近な鉛筆がどのように作られているか、その鉛筆ができる過程と、その過程にたずさわる世界中の人たちの様子を伝える作品で、文を谷川俊太郎さん、絵を堀内誠一さんが手がけました。その後も、ノラネコの1日を追った観察記録『ノラネコの研究』、ブラックホール研究の第一人者によるいちばんやさしいブラックホール入門書『ブラックホールって なんだろう?』などなど……、自然や環境、人間の生活・歴史・文化から、数学・哲学まで。あらゆるふしぎを小学生向きにお届けしてきました。
徐々に部数が頭打ちに。大きな課題となった新規読者の獲得
石田:「たくさんのふしぎ」の特徴の一つに、<第一線で活躍する研究者や専門家が、世界にあふれるふしぎを子どもたちが自ら感じ、考え、理解していけるように紹介する>ということがあります。その道のプロフェッショナルたちによるものですので、内容的には大人でも非常に読み応えのある深みのあるものになっています。それでいて、小学生向けなので読みやすくもあり、テーマも多種多様。そんなところが受け入れられて、創刊後から熱心なファンを獲得し、福音館の定番シリーズの一つになりました。


しかしながら、少子化と出版不況の中で、1990年代半ばごろからは弊誌も徐々に部数が頭打ちになり、新規読者をいかに獲得するかが大きな課題になりました。我々の出版活動は子どもたちの未来を支えるものだと自負していますが、とはいえやはり一定の部数がなくては続けていくことはできません。これはどうにかせねばならないぞ、となりました。社内でも、「たくさんのふしぎ」の部数回復は喫緊の課題、という見方だったのです。


牧野:福音館書店は幼保園に強い販売ルートを持っているのですが、「たくさんのふしぎ」は小学中学年以上向けです。「こどものとも」といった弊社の主力である未就学児向け月刊誌とは違う認知拡大策を考えねばならず、社内でも何度も改善策が話し合われましたが、良策を見出せずにいました。「たくさんのふしぎ」については、宣伝広告を打つ、ということもおこなってきませんでした。


石田:とはいえ、長い歴史の中で、先輩社員はもちろん、一流の研究者・専門家の方達が「子どもたちのために」という思いでお力添えくださってきた月刊絵本です。


牧野:そしてなにより、毎月楽しみに待ってくれている “ふしぎファン” の方達がいました。私自身も創刊からの読者で、部数を回復させ、何とか「たくさんのふしぎ」を残していきたい、という想いがありました。
今一度見つめ直した "ふしぎ" の核 。話題を呼んだ "石の本"
石田:編集部内で話したのは、シンプルなことではあるのですが、まずは自分たちが発行してきた「たくさんのふしぎ」という月刊絵本の良さ、特長をもっと伸ばしていこう、ということでした。先ほども申し上げたように、「たくさんのふしぎ」は一流の専門家たちが手がける、「大人が子どもに本気で届けるかがく絵本」です。ジャンルは多種多様なのですが、それゆえ自分の好きなテーマの作品がくると夢中になりますし、知らなかったテーマでも「実はこんな世界が広がっていたんだ」と、子どもたちの興味の幅を広げることもできます。身近な "ふしぎ" を子どもたちがもっともっと楽しめるように、今一度向き合って作品作りをしていこうという話をしました。そして、もう一つ取り組んだのが、情報発信でした。


牧野:一つ一つの作品は非常にユニークで深いものが多いので、その存在や制作の過程をご紹介すると興味をもって貰えるのではないかと思ったのです。それで遅ればせながらX (当時はTwitter) のアカウントを開設しました。著者の方達もそれぞれのテーマについて、日頃から情報発信している人が多く、そちらのアカウントと連携していくことも意識的に行いました。フォロワー数は1か月もかからず4000人ほどとなりました。ただ、その後もはっきりとした反響を得られるところまでは、なかなかいきませんでした。


石田:一つの転機となったのが2022年8月号の『石は元素の案内人』という作品でした。化学者で鉱物にもくわしい田中陵二さんが、岩石や鉱石を時に割ったり熱したりするなどして、元素・原子の世界を自身が撮影した美しい写真の数々と共に紹介する作品です。普通、原子や元素を「石」から紹介しませんよね。でも、この作品は子どもたちの身近にあるさまざまな石が、美しい元素・原子の世界に繋がっていることを教えてくれるんです。牧野が企画し、担当しました。
牧野:子どもたちは勿論ですが、大人になっても石はその美しさで人々を魅了しますよね。それがどれほど多様で美しいか。そして実は、元素や原子の世界へと繋がっていると知ったら? ワクワクするに違いないと思ったのです。著者の田中さんが、こちらからの質問にとことん付き合ってくださる方でもあり、石と元素というテーマを思い切り掘り下げることができました。


石田:塩、岩塩を、入り口につかいましたね。


牧野:はい。岩塩も鉱物の一種なのですが、岩塩には半分の半分の……と何度割っていってもサイコロ型になるくせがあります。これは岩塩の結晶の性質によるからで、それはつまり結晶を構成する原子・元素の存在によるものです。
「鉱物を半分の半分の……とやっていったら、最後には原子のつぶにたどりつくんですよね? その証拠をなにかの方法で見せられませんか? 子どもたちが納得のいく方法で」と著者の田中さんに聞いたところ「そしたら岩塩を割りましょうか」とお返事があり、それで冒頭にご紹介することにしました。私自身、田中さんの答えを聞いた時はびっくりしましたね。原子の世界はすぐそこに開かれているのだと実感したんです。ぜひ石からはじまる原子の姿の実物を、子どもたちに見てもらいたいと考えました。
遂に発売となった『石は元素の案内人』は大ヒット。第2作も大好評で、再び成長路線へ
こうして2022年8月号として発売した『石は元素の案内人』は、発売前の予約段階から注文が殺到し、2.5万部を一気に売上げました。


(著者・田中陵二さんの当時のX投稿)×


牧野:反響は想定以上でした。田中さんはすでにご自身のXアカウントで熱心なファンを獲得されてはいましたが、当時フォロワーは1.6万人弱。個人アカウントとしては多いですが、様々なアカウントが存在するXの世界では巨大なフォロワー数というわけではなく、当初はあまり意識してはいなかったのです。話題が広がっていけばいいなぁ、といつもと同様に思っているくらいでした。ところが、刊行の情報を流すと、田中さんのフォロワーの鉱物ファンから小学生のお子さんをお持ちの保護者の方々のアカウントへと情報が広がり……。


石田:じわじわと、2週間ほどかけて今までにない反応となっていきました。


牧野:田中さんが、Xのベテランだったことが大きかったですね。Xは情報を届けるタイミングが肝心のため、著者の田中さんとのやりとりを続け、たくさんの人に、「たくさんのふしぎ」と、この作品の情報を届けることに注力しました。予期しない大好評となった為、本を用意する制作部門、またネット書店さんやリアル書店さんへと本を届ける営業の担当者、宣伝部門のX担当者とも連携をはかり、支えてもらいました。


石田:オンライン書店では予約段階で早々に売切れてしまい、書店店頭でも異例の売れ行きでした。このような大きな反応ははじめてのことでした。


牧野:田中さんは翌年2023年に、今度は染料と顔料をテーマにした『いろいろ色のはじまり』を弊誌で刊行しましたが、こちらも同様に大きな話題を読んで、3.3万部を販売しました。


石田:他にも、手書き文字の愛好家が、収集した中から選りすぐりの手書き文字を紹介する『字はうつくしい わたしの好きな手書き文字』(2023年2月号)や、光合成するのではなく菌を食べて生活するユニークな植物を紹介した『「植物」をやめた植物たち』(2023年9月号)、ピンク色の多様性を描いた『かっこいいピンクをさがしに』(2024年3月号)なども、予定部数を売り切るヒットとなりました。こうして話題を呼ぶ作品が生まれるようになったことで、「たくさんのふしぎ」の存在がより多くの方の知るところとなり、全体の部数も回復して盛り返すことができました。
X上で盛り上がった「#たくさんのふしぎはガチ」が多くの人たちとの繋がりに。今後も続々と話題作を準備中
『石は元素の案内人』の発売後には、実はもう一つユニークな "ヒット" がありました。×
牧野:あるとき著者の田中さんが、大人が子どもに向けて手加減なしに本気で作り続ける「たくさんのふしぎ」のユニークさを、X上で「#たくさんのふしぎはガチ」というハッシュタグにして投稿しました。すると、それを見た一般の方達がそのハッシュタグを使って、自分の思い出の「たくさんのふしぎ」作品を紹介し始めたんです。皆さんの投稿が続いていくのを見た時、自分たちの方向性はやはり間違っていなかったんだな、という感覚を持てました。今後、情報発信も続けながら、さらに多くの人たちに「たくさんのふしぎ」に出会って頂けるよう、頑張っていきたいです。


石田:「たくさんのふしぎ」は、専門家と手を組み、非常に深くテーマを掘り下げるので、創刊当初から社内でも「子どもたちには難しすぎるのでは? おまけに毎号テーマが本当に多様でほんとうにそれぞれ、どう売ったらいいのか……」という声がありました。けれど、最近そういう声はほとんど聞かれなくなりました。子どもにとっての難しさと、大人にとっての難しさというのは違うこと。そして何より、「たくさんのふしぎ」を読んで本当に喜んでくれている子どもたち、読者の人たちがいるんだ、ということを我々自身が再確認できたからなのだと思います。


(情報が溢れる編集部のデスクにて)
2024年8月号では、田中陵二さんが発見・命名した新鉱物・北海道石について紹介する『光る石 北海道石 新鉱物Hokkaidoiteはっけん記』が7月3日より発売となり、その後も続々と話題作が控えます。
出版不況の中、大人が子どもたちに「ガチ」でお届けし続ける「たくさんのふしぎ」に、ぜひご注目下さい。
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