人生の最終段階において、患者・家族・医療者が「今、どこにいるのか」を共に確認し、納得のいく意思決定を支える——。そんな思いから誕生した現状確認ツールIMADOKO。本記事では、IMADOKOの考案者であり、在宅緩和ケアに長年取り組んできた大井裕子先生へのインタビューを通じて、開発の背景、WEB問診化による進化、そしてこれからの地域医療・ACPのあり方について掘り下げます。
なお、IMADOKOのWEB問診化には、レイヤードが提供する
が活用されています。小金井市医師会では、東京都在宅医療推進強化事業の一環として、地域の在宅医療現場にSymviewの導入を進めており、大井先生の取り組みもその実証のひとつとして展開されています。
インタビュアー:株式会社レイヤード 地域医療ICT推進室 村木僚太
東京都在宅医療推進強化事業とは
今後の高齢化の進展による在宅医療の需要増加に加え、オンライン診療などコロナ禍で受療行動が変容したこと、また、24時間診療体制など切れ目のない在宅医療の提供体制の構築に向けた取組状況は、区市町村により差があることを課題とし、在宅医療提供体制の充実を図ることを目的とした事業。
WEB問診Symviewとは
特許技術(特許第7072817号)を活用し、患者の主訴や年齢、性別ごとに質問を出し分けることができ、熟練した医療者のような問診を実現。患者の医療ニーズを深く把握できることはもちろん、非同期・非接触で医療者間および医療者と患者(家族)間で情報共有が可能なツールとして、在宅医療での活用も進んでいる。
外科医から緩和ケア医へ ──患者と向き合い続けて見えた医療のかたち
東京都小金井市で在宅緩和ケアに取り組む「おおい在宅緩和ケアクリニック」院長・大井裕子先生。外科医としてキャリアをスタートされた先生は、がん患者と向き合う中で、患者自身の思いに耳を傾けることの大切さを痛感し、やがて「緩和ケア医」としての道を歩み始めました。
「患者さんに“この先のことについて考えたことがありますか”と問いかける。それは“死が近いこと”を伝えるということではなく、限られた時間の中でどのように過ごしたいかを、一緒に考えていきましょうという対話の始まりなのです。」
広島で外科医として勤務していた頃から、患者の痛みや不安に正直に向き合いたいという思いを抱き続けていた大井先生は、2004年、真の緩和ケアを学ぶため東京・桜町病院ホスピス科へ転身。そこでは毎日カンファレンスが行われ、複数の医師が一緒に患者を訪問し、対話を通じて「患者・家族に対する誠実な対話」が文化として根付いていたと語ります。
「3人の医師が一緒に診療に入り、患者の話をじっくり聴き、それぞれの視点を補完しながらケアを提案していく。その中で、求められた情報を『正直に話す』ということが、どれだけ患者さんの意思決定の支えになるかを学びました。」
そうしたホスピスでの経験を経て、大井先生は「市民とともに看取りを考える」活動を始めます。そのひとつが、2014年より広島県廿日市市で開催されてきた「〈暮らしの中の看取り〉準備講座」です。
この講座では、医療者だけでなく一般市民や地域の多職種が共に「もしものとき」に備えた知識や「苦しむ人の話を聴くこと」を学び、安心して自宅で過ごせる地域づくりを目指してきました。
「看取りは“最期の瞬間”だけではなく、もっと時間的な幅のあるもの。看取りは暮らしの延長線上にあるのです。」
在宅医療の現場では、患者・家族が抱える不安に加えて、「何を大切にしたいか」「どのように過ごしたいか」といった想いを引き出すために、この話題を切り出すことが難しいと感じる場面も少なくありません。大井先生はその解消のために、患者の状態を可視化し、関係者全体で“いま”を共有することの大切さを強調します。
このような想いと現場経験から生まれたのが、次章で紹介する現状確認ツールIMADOKOです。
“今どこにいるか”を可視化する──現場で生まれたIMADOKOの力
「今どこにいるのか」——患者本人や家族、医療者が“今”を共に理解し、これからの選択を話し合うために、大井先生が考案したのが現状確認ツールIMADOKO(イマドコ)です。
その始まりは、桜町病院ホスピス科の外来診療室でした。がんの治療を終えた患者が紹介されて来院するものの、「もうすぐに死ぬということなのか」「まだ元気なのに」と戸惑いと不安を抱えて来る方がほとんどでした。
「いつも診察室で描いていた説明図を“見える化”して、誰にでも分かりやすく伝えるために作ったのがIMADOKOです。」
IMADOKOは、生活動作の変化を目安に、患者の状態を4段階(IMADKO0〜IMADOKO4)で分類。「通院ができなくなったら」「お風呂に入るのがつらくなったら」「トイレに行けなくなったら」といった“生活の指標”を用いて、患者や家族が「今どこにいるのか」「この先どのような支援が必要になるのか」を自然に理解できるように工夫されています。
このツールが真価を発揮するのは、患者と家族の気持ちに温度差がある場合や、医療者が話し合いを始めるタイミングに迷うときです。IMADOKOは「今、話すべきかどうか」の判断を助け、「何を話し合うべきなのか」適切な対話のきっかけを提供します。
IMADOKOは、ACP(アドバンス・ケア・プランニング)の実践にも貢献し、患者・家族・医療者が共に見通しを持ちながら、納得のいく選択をする支援となっています。
“問いかける問診”へ──WEB問診Symviewが広げるIMADOKOの可能性
IMADOKOをより広く・使いやすくするために取り組まれたのが、WEB問診Symviewによるデジタル化です。医療現場では、「患者にどう切り出せばいいか分からない」という声が多く、その課題を解決する一手としてWEB問診化が選ばれました。
WEB問診版IMADOKOでは、大井先生の言葉があたかも自分の言葉のように「信頼できる誰かと話し合ってみませんか?」と問いかけ、患者や家族が自身のタイミングで「今後のことを話し合ったことがありますか?」といった質問に答えながら、次第に「どこで過ごしたいか」「何を大切にしたいか」などの本質的な問いに導かれていきます。
「決断を迫る問診」ではなく「問いかける問診」。それを可能にしたのがSymviewのカスタマイズ性でした。
また、誰が使っても一定の品質で情報提供ができる点も、デジタルツールならではの強み。熟練の医師だけでなく、若手スタッフや他職種が使っても、患者や家族に優しい問いかけを届けられます。
「IMADOKOは地図のように眺めてほしい。“見通し”を共有でき自分がどこにいるのか知ることが、対話の出発点になる。WEB問診版IMADOKOはその手助けになると思います。」
WEB問診化は、IMADOKOを「話し合いの文化を育てるツール」へと進化させました。
“日常の中の死”を取り戻す──IMADOKOがつくる地域医療と対話の未来
IMADOKOは、単なるツールではなく、患者・家族・医療者が“これから”を共に考えるための「共通言語」として進化を続けています。WEB問診版IMADOKOによって、その価値はさらに広がりを見せつつあります。
「すでに訪問看護ステーションや在宅医療の現場、さらにはACPの推進に苦労しているという病院や地域ぐるみでIMADOKOが活用され始めています。ACPを特別なことと考えず、日常の会話の中で気軽にこれからどうしたい?を話し合えるような看取りの文化が広がることを願っています。そこにこのツールを活用していただけると嬉しいです。」
現状確認ツールIMADOKOの導入現場では在宅で患者や家族と話し合う看護師やケアマネジャーの不安の軽減や、家族の不安解消といった成果が見え始めています。今後は、WEB問診化によって、医療・介護従事者の誰もが均質な問いかけを行えるようになり、さらに多職種連携・地域連携を見据えた機能拡張や、データ活用による実態把握も期待されています。
「介護休暇を『どのタイミングで取ればいいか』なんて、今までは誰も教えてくれなかった。でも、IMADOKOがあると、『今だ』というタイミングがわかりました。」
病気や死を遠ざけるのではなく、「自分の言葉で語れる」こと。その積み重ねが、誰かの不安をやわらげ、ひいては地域全体の安心につながっていく。IMADOKOとともに、大井先生の挑戦はこれからも続きます。
おおい在宅緩和ケアクリニックは、東京都小金井市に拠点を置き、がんを中心とした在宅緩和ケアに特化した訪問診療を行っている医療機関です。「最期まで安心して暮らせる地域をつくる」を理念に、患者とその家族に寄り添い、意思を尊重した医療・ケアを実践。看取りの場面に限らず、療養生活の中での心身の苦痛を和らげることを重視し、地域の医療・介護・福祉職と連携しながら24時間体制の診療を提供しています。
院長・大井裕子先生について
おおい在宅緩和ケアクリニック院長。緩和医療専門医・指導医。広島大学医学部卒業後、外科医としてキャリアを重ねる中で、患者の“生き方”に寄り添う医療を志し、2004年より聖ヨハネ会桜町病院内科、2006年よりホスピス科で緩和ケアに従事。がん患者や家族との対話を重ねる中で「住み慣れた地域で人生の最期まで安心して暮らす」を見つめ続けてきた。2024年、東京都小金井市に「おおい在宅緩和ケアクリニック」を開設。地域で安心して最期を迎えるための環境づくりや、一般市民向けの講座なども積極的に開催している。現場のニーズから生まれた現状確認ツールIMADOKOの考案者。