【江戸ことば~その4】「江戸庶民の恋」を表現する艶っぽい言葉たち

2025.02.17 19:00
2025.02.17 up提供:RKBラジオ
RKBラジオ『サンデーウオッチR』で、不定期で紹介している「江戸ことば」は、4回目(2025年2月16日)の放送。RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が愛読する『江戸語の辞典』から、江戸ことばの特徴である「色っぽさ」に焦点を当て、江戸の恋の熱い表現を紹介した。
女性からのおおらかなアプローチ
神戸金史解説委員長(以下、神戸):最初の放送(2024年11月17日放送)で、私は「江戸ことばの魅力」を4つ挙げています。

(1)語源がわかる
(2)語感が面白い
(3)江戸の文化が感じられる
(4)色っぽい言葉

下田文代アナウンサー(以下、下田):きょうは、艶っぽいんですか?

神戸:怒らないでください。

下田:不適切だったら、「ブブー!」って言います。

神戸:一つ目。「雨上がりのあひる」。

下田:「雨上がりのあひる」……全然わからないわ。

神戸:「雨が止んだので水際へ歩いて行くアヒル」というイメージ。大きな尻を振って歩く女の形容。「あいつぁ、雨上がりのあひるみてぇだなあ」。

下田:ははは、本当?

神戸:モンローウオークですよ。女性が男性の気を引くために、艶な歩き方を。

下田:しゃなりしゃなりと。

神戸:そうそう。「あいつぁ、雨上がりのあひるが過ぎらぁなあ」みたいな言い方をしてたんでしょうね。

下田:へえ! まわりくどいような気もするけど、やっぱり「描写」ですね。

神戸:確かに「描写」です。色っぽい言葉、いっぱい江戸語にはあるんですよ。「吸い付け煙草」は分かりますか?

下田:タバコ?

神戸:キセルに火をつけますよね。女性が火を吸いつけて、「はい、どうぞ」と渡してくれる。

下田:ふふふ。そんなサービスがあったんだ、江戸にも。

神戸:僕の話は、『江戸語の辞典』(講談社学術文庫、1974年)に出ている言葉です。その文例は「コレ、亭主の前で吸付煙草、ふざけたことをしやぁがるな」。お客さんに向かって吸い付け煙草を、女将さんが。

下田:あらま! 夫の気を引こうとしてなのか。不埒な妻なんでしょうか?

神戸:男尊女卑の社会ではありつつも、恋や性は男女ともに積極的なんです。

下田:おおらかだったのね。
「膳をすえられたら食わねえわけには」
神戸:続いては、「殺し目」。

下田:ころしめ? 「懲らしめ」じゃなくて。

神戸:「目」ですね。

下田:あら、流し目みたいな?

神戸:そうです。異性を悩殺する目つき。文例は「『かんにんしておくれなんし』と例の殺し目しり目でにっこり」。

下田:ふふふ、なるほどね。

神戸:「尻目」というのは、眼球だけ動かして、後ろを見る。

下田:ちょっとしどけない感じが目に浮かびますね。

神戸:酒を2人で酌み交わしながら、「堪忍して」と微笑まれたらどうします?

下田:もう、射抜く感じですね。

神戸:女性から攻めている言葉をいっぱい使って出しています。これは?「膳を据える」。

下田:「灸をすえる」ではなく? 何でしょう…。

神戸:古い言葉で「据え膳食わぬは男の恥」みたいな言い方があるでしょ? 今でも、残ってはいますよね。

下田:もう、あんまり言っちゃダメだけどね。

神戸:元の言葉は「膳を据える」なんです。つまり女性が、男性に膳を据えて、色目を使うこと。文例は「お吉めがおかしな眼付をしたり、何かしてお膳を据ゑるから、箸を取らねえのも変だと」。お膳を出して「どうぞ」としなだれかかるようなのを「膳を据えてきたぞ」「これは我慢できねぇぞ」みたいな感じだったんでしょうね。それが、「据え膳食わぬは男の恥」という言葉で現代にちょっと残っている。元々は、女性からのアプローチだった。

下田:あらー、積極的ですね。

神戸:そういうものだと思います。男女どちらかが一方的に、というのではない。女性が攻めていく言葉、他にもいっぱいあります。
キスマークを江戸で何と呼んだか
神戸:では、「血痣」。血液の「血」に青あざとかの痣。キスマークのことですね。

下田:そういう慣わしは江戸にもあったんですか。

神戸:「おめえ、首筋に血あざが…」

下田:本当? 進んでるわね。

神戸:『江戸語の辞典』を見てびっくりするんですが、そんな女性のことをこんなふうに言いました。「じょな娘」。

下田:ジョナむすめ?

神戸:美しく着飾る、なまめかしく振舞う、しなやかであることを、「じょなめく」と言ったらしいです。美しく着飾った、なまめかしい娘が「じょな娘」。男から女性を見て「この人、色っぽいなあ」という時、「あのじょな娘はどこの誰だい?」みたいな。

下田:今で言う「まぶい」みたいな。あ、今は言わないね、昭和ですね。失礼しました。

神戸:人目を引くような女性のことを「じょな娘」と言ってます。そういうことに熱くなってしまう世代、こんな言い方をしました。「熱盛り」。

下田:ほめきざかり? なんでしょう、もう満ちているって感じ?

神戸:異性に熱しやすい年ごろ。思春期。色気ざかり。

下田:「ほめく」。柔らかくも、血の気を感じる言葉ですね

神戸:「ほめき」、「ときめき」とも似ていますね。心拍数が上がっていくような。いい言葉だなと思いますね。ここまで、コンプライアンス的に大丈夫ですか?

下田:大丈夫です。一番好きなのは「ほめき」ですね。
現代のコンプラでは「アウト」?
神戸:次は多分、ダメだな。「ぽっとり新造」。

下田:ぽっとりしんぞう?

神戸:新造は、新妻みたいな世代の女性。「ごしんぞさん」なんてよく時代劇で出てくる言葉ですね。「ぽっとり新造」は、グラマーな女性。肉体の豊満な娘。

下田:なるほど、現在では「ぽっちゃり」という言葉がありますね。

神戸:そうです! 語源は一緒でしょうね。これ、大丈夫ですか?

下田:ルッキズムにやや近づいてはきましたけど。大丈夫ですよ。「表現」ということで。

神戸:その時代のことなので、今にそのまま通用するわけではない。そういう言葉はいっぱいありまして、これはアウトかな……。「ちょい色」。

下田:「ちょっと色っぽい」という感じではなくって、もっと進んだ言葉なんですね?

神戸:「あいつは俺の色だぜ」なんて昔そんな言い方がありましたが、浮気相手ですよね。

下田:あらまあ。色恋の「色」。ちょっとした仲という意味でしょうね。

神戸:文例は、完全コンプライアンスアウトな江戸時代の発言です。「ちッとやそッとのちょい色ぐれへは当たりめへな訳だはネ」。

下田:個人の責任での「ちょい色」、それはそれでいいと思いますよ。

神戸:それを、こんな風に茶化しています。「浮気の蒲焼」。

下田:ははは! うわきのかばやき?

神戸:江戸語って、シャレが多いんですよ。鰻の蒲焼きをもじって「浮気の蒲焼」。

下田:どういう意味なんですか?

神戸:こんなふうに使われました。「おめえはとんだ浮気だヨ」「浮気の蒲焼お茶づけさらさらとしてえ」。

下田:はああ……浮気したいってことですか。

神戸:サラサラと食ってみたいな、と。ダメですねー。

下田:まあ、でもほら、もう個人の人生の中においては。どう後で懲罰を受けるかは知りませんけれど。
「手活けの桜」が色あせる時
神戸:では、これはどうでしょう? 「手活けの花」。

下田:ていけ……。

神戸:いけ花。自分自身で活けた花のことですね。転じて、おめかけさんのこと。「あいつぁ、俺の手活けの花だぜ」。

下田:まあ……。言う分は勝手です。おいたが後でとんでもないことになるかも。

神戸:ははは。「手活けの花」だったり「ちょい色」だったり、男性側の言葉ですよね。でも、熱(ほめき)盛りの江戸の人たちが、生き生きと感じられる言葉だな、という気がします。

下田:そして、自分を大きく見せるためにそういうことを言ったり、背伸びしたりしているようにも感じます。

神戸:基本的に、口だけの人が多いはず。

下田:ははは! でも、今ちょっと無味無臭になりすぎている感じもあるので、江戸気質の艶っぽさが全てだとちょっと困っちゃいますけど、そういう気質を持つことはいいのかも。

神戸:当時の人たちの感情や気持ちが言葉に残っている気がして、いいなと思います。では、これはいかがでしょう。「桜褪め」。

下田:さくらざめ。桜ってチェリー? 「ざめ」は……さめる?

神戸:そう! 桜の花の色がさめる、浅くなっていく。色が移りやすいこと、恋心が変わりやすいこと。変わってしまったことを「桜褪め」。これは、きれいな言葉では?

下田:きれいで、切ないです。

神戸:「桜褪めしたあいつのこと……」なんて言ったりしたのかな?

下田:ちょっと切ない季節が巡ってくるかもしれませんね。

◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。学生時代は日本史学を専攻(社会思想史、ファシズム史など)。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。東京社会部での勤務後、RKBに転職。やまゆり園事件やヘイトスピーチを題材にしたドキュメンタリー映画『リリアンの揺りかご』(2024年)は各種プラットホームでレンタル視聴可。ドキュメンタリーの最新作『一緒に住んだら、もう家族~「子どもの村」の一軒家~』(2025年、ラジオ)は、ポッドキャストで無料公開中。
サンデーウォッチR放送局:RKBラジオ放送日時:毎週日曜 12時30分~15時00分出演者:下田文代、神戸金史
出演番組をラジコで聴く
下田文代神戸 金史
※放送情報は変更となる場合があります。

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