【江戸ことば~その5】町人が「モスクワ」「ユニコーン」と口にしていた!

2025.03.05 09:40
2025.03.05 up提供:RKBラジオ
約3万語収録の『江戸語の辞典』を熟読した、RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が、RKBラジオ『サンデーウオッチR』で紹介している「江戸ことば」。5回目(2025年3月2日)の放送では、外国語に語源を持つ言葉、武士の所作が目に浮かぶ言葉など、とびきりの江戸ことばを紹介した。
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罵倒語がいっぱいの「江戸ことば」
神戸金史解説委員長(以下、神戸):講談社学術文庫の『江戸語の辞典』(前田勇編)は、1067ページもある文庫本です。約3万語を収録していまして、何回も読んで面白い言葉をピックアップしてきました。これまで、江戸ことばには4つの魅力がある、と言ってきました。まず、語源がわかること。次に語感が面白いこと。江戸の文化が感じられること、色っぽい言葉が多いこと。

下田文代アナウンサー(以下、下田):艶っぽいのね。

神戸:前回の【江戸ことば その4】では、色っぽい言葉をやりました。今日は、語源だったり語感が面白かったりっていう言葉をそろえてきました。ひとつ目。「安本丹」。

下田:あんぽんたん! たまに言いますね。昭和はね。

神戸:どうして「安本丹」と言うのでしょう? 【江戸ことば その1】で、「頓吉(とんきち)」を紹介しました。トンマな人を擬人化して名前のように言うわけです。それが「天邪鬼」(逆さ言葉)でひっくり返って「トンチキ」になるんですけど、「阿呆太郎(あほたろう)」という言い方があります。「お前は阿呆太郎か?!」みたいな使い方。「安本丹」は、この罵倒語「阿呆太郎」に似せて、シャレにしているんです。「丹」というのは、例えば「仁丹」のように、薬の意味です。薬の名前に似せて、「この安本丹!」。

下田:ははは! 本当?!

神戸:実は、大阪や京都などの「上方語」なんです。江戸で流行し始めたのが1763年と言いますから、今から262年前に「この安本丹!」が江戸で流行したんです。

下田:江戸の流行語大賞?

神戸:そうですね(笑) こんなに古い言葉なんですよ。僕らも、子供の時は使っていましたよね。

下田:「あんぽんたん!」て言われてましたね。

神戸:テレビのアニメでも出ていた気がします。こういう罵倒語、江戸ことばにはいっぱいあります。
「ぺけ」は外国由来の渡来語
神戸:では2つ目。「ぺけ」。

下田:「×」ということですよね。

神戸:江戸時代、と言っても幕末なんですが、「ダメ」「バカ」という意味で使っていたんですね。なぜ「ぺけ」と言うのでしょう? 語源は、絶対わからないと思います。

下田:「ペテン」のぺではなく?

神戸:『江戸語の辞典』によると、マレー語に「ぺッギ」という言葉があるんですって。幕末に開国して、横浜に居留地ができました。「外国との商社との取引が破談になること」をペッギと言ったのが、「ぺけ」となまり、ダメ、バカの意味となったといいます。辞典の文例は万延元年、つまり1860年の例が挙がっていました。幕末の新しい江戸語です。

下田:字としては、ひらがな?

神戸:漢字はないですね。外国の言葉です。

神戸:「ぺけ」は開国した後の言葉ですが、江戸時代は鎖国と言われた時代にもけっこう外国語が入ってきているんです。例えば「むすこびや」。元々はオランダ語の「モスコビア」がなまって「むすこびや」と言っているのです。オランダ人が持ってきた、なめし皮の「印伝」みたいなもの。皮に皺文(しぼ)がある。

下田:はいはい。お財布とか。

神戸:印伝に似たなめし革のことを「むすこびや」と言ったんですけど、それはなんとロシアのモスクワ産だったから。オランダ語でモスクワのことを「モスコビア」。モスクワ産の印伝なので、「むすこびや」。つまり、江戸のちょんまげした人たちが「モスクワ」って言っていたんです。

下田:すごいねえ……。今みたいにインターネットないのにねえ。ほー……。
「のんき」な「ユニコーン」
神戸:引き続き、外国語の語源がある言葉。「うにこうる」、これは、ちょっと元の言葉と似ているかな。でも難しいか……。一角獣のことを何と?

下田:ユニコーン。

神戸:そう! 一角獣は実際にいるじゃないですか。鼻に角がある海獣「イッカク」。その牙を粉末にし、解熱剤にします。よく動物の骨は薬になりますが、その一つで、「イッカク」の角を削って粉にした薬を、「うにこうる」と言って販売していました。だけど、偽の薬がほとんどなんですよ。だから、「うにこうる」は、「嘘」という意味でも使われていた。

下田:ひゃはは!

神戸:でも、これも外国語、ユニコーンですよ。ちょんまげした人たちが「ユニコーン」と言ってるんですよ。「うにこうる、いっちょくれ!」「どうせこんなものは効かねえ、うにこうるだろう?」。

下田:嘘っていうことですね。

神戸:もう一つ外国語の言葉、「のんき」。今でも使いますね。『江戸語の辞典』では、「暖気」と漢字で書いてるんです。宋(中国の国名)の言葉で、暖を「ナン」と言っていた。「ナンキ」がなまって「のんき」になったのだ、と。「気持ちがのびのびすること」「気楽」という意味で江戸時代に使われていましたが、元々は中国の言葉だったんです。

下田:へえ、渡ってきたのね。

神戸:「奴ぁ暖気だね、大平楽だね」と使っていた。

下田:でも、「のびのびしている」、どちらかと言うと肯定的な使い方ですね。今「のんきだね」と言うと、なんか、ね……。

神戸:ちょっとよろしくないかも。
武家の作法が分かる言葉
神戸:江戸ことばは、町人の言葉ですが、町人も武士のことを表現したりする時には当然、武士を意味する言葉があるわけです。また、武士の間で使われた言葉も載っています。では、「素破抜」。

下田:すっぱぬき? 報道のスクープを思い浮かべますね。

神戸:その通りです。意味は「だしぬけに刀を抜くこと。みだりに刀を抜くこと」。それから転じて、江戸時代も「人の秘密を暴露する」という意味で「すっぱぬく」と言う言葉を使っていました。これは、刀を抜くところから始まっているのですよ。「いきなり素破抜いちゃいけねえ。あぶねえだろう、先生!」とかね。誤解しちゃいけないんですが、庶民も脇差(わきざし)は差しているんです。「脇差をすっぱ抜く」という言い方もできると思いますね。

神戸:そして武士同士の習わしとして、刀の刃と刃、鍔(つば)と鍔を、カチーンと鳴らす様子が時々、時代劇でありますね。あれを「金打(きんちょう)」と言います。武士と武士が、男と男の約束を交わす時、「相違ないな?」「わしの決意は変わらぬ」「よし!」カチーン。かっこいいでしょ。

下田:ほー、いいですね。小説のワンシーンですね。

神戸:そう! ちなみに、女性と女性は手鏡です。手鏡と手鏡を合わせて鳴らす。心を違わないということですね。これもなかなかいいでしょう?

神戸:刀の話だと、もう一つあります。「切刃を廻す(きっぱをまわす)」。つまり刀の峰の反対、切れる方を「切刃」と言うのですが、刀を左の腰に差す時、いつもは刃を下に向けて帯びているんです。ところが、いざ抜くときはカチャッとひっくり返す。上に刃を向けて、右手をかけて鞘(さや)からすっぱ抜くわけですね。刃を上に向けることを、「切刃を廻す」。切刃を廻すときには警戒を意味することが多いです。トランプ大統領とゼレンスキー大統領、話をしていたら突然切刃を廻しちゃった。江戸語で言ったら、「切刃を廻しちゃいけねえ、この後戻れねぞ」みたいな。
「さようなら」の語源は
下田:日常の動作とか、使っていたもの、そして外国との関わりが色濃くあって、私たちの現代にも残っているって、すごいねー。

神戸:じゃ、現代に残っている言葉を。「左様ならば」。

下田:さようならば……その様であれば?

神戸:そうですね。武士の言葉で「さよなら」。というか、「左様ならば」から派生したのが「さようなら」と考えるべきでしょうね。武士と武士が、切刃を廻さずに、カーンと金打(きんちょう)して、「約束だぞ」「では、左様ならば」。

下田:おお! かっこいいですね!

神戸:江戸ことばのコーナーは、「左様ならば」でさようならいたしましょうか。江戸ことばは、5回放送しました。どれくらいの言葉を学びましたかね?

神戸:今日が9語。全部で45語ほど紹介しましたね。

下田:また来年度、機会がございましたら、よろしくお願いいたします。

神戸:では、左様ならば!
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。学生時代は日本史学を専攻(社会思想史、ファシズム史など)。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。東京社会部での勤務後、RKBに転職。やまゆり園事件やヘイトスピーチを題材にしたドキュメンタリー映画『リリアンの揺りかご』(2024年)は各種プラットホームでレンタル視聴可。ドキュメンタリーの最新作『一緒に住んだら、もう家族~「子どもの村」の一軒家~』(2025年、ラジオ)は、ポッドキャストで無料公開中。
サンデーウォッチR放送局:RKBラジオ放送日時:毎週日曜 12時30分~15時00分出演者:下田文代、神戸金史
出演番組をラジコで聴く
下田文代神戸 金史
※放送情報は変更となる場合があります。

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