地盤強化のために、木を地中に埋め込む。住友林業で「軟弱地盤対策工法」を推進する社員の熱い思い

2025.01.17 09:30
東日本大震災や能登半島地震、今後30年以内の発生確率が80%程度に引き上げられた南海トラフ地震──。プレートが複数ぶつかり、地震が避けられない日本において、地盤対策の重要性と緊急性が高まっている。


住友林業も地盤対策の重要性と向き合うなかで、「丸太を活用した軟弱地盤対策工法(LP-SoC)」という施工法を飛島建設株式会社、ミサワホーム株式会社と2020年に共同開発し、実際の物件に採用されている。これは、軟弱地盤の地中に丸太を埋め込み複合地盤を構築し、構造物を支えるという施工法だ。地盤対策だけではなく、カーボンニュートラルの側面からも期待が高い。木はCO2を吸収して炭素を固定するため、丸太内に固定化された炭素を地中に貯蔵することができ、空気中のCO2を削減できるからだ。イタリアやオランダでも古くから採用されている技法であり、日本でも、2012年に改修される以前の東京駅や旧丸の内ビルディングで同じような工法が使用されていたなど、実は歴史ある地盤対策が、いま、ふたたび注目されているのだ。


「地中に森をつくる」──。そんなコンセプトのもとに進んでいる軟弱地盤対策工法を住友林業で担当する、技術商品開発部主任の三村佳織(みむら・かおり)に話を聞いた。
環境に興味を持ち、地盤の専門家に
三村のキャリアは、中学生の時に抱いた「環境への興味」から始まった。たまたま見たテレビで放映されていた、東南アジアに進出した水産企業のエビ養殖事業の特集。日本に招待された東南アジアのこどもが、「日本にはこんなに森林がたくさんあるのに、なぜ自分の国で養殖をせずわたしたちの国の木を切るの?」と問いかけるシーンを見かけ、「環境問題とはどういうものなのだろう」と考え始めたことがきっかけだったという。


大学では環境学部に進学し、土壌物理学や植生管理学など、農業の観点から環境を考える学部に所属し、主に「どうすれば土壌がよくなるか?」を中心に研究を続けた。
住友林業株式会社 技術商品開発部主任・三村佳織


そんな三村のファーストキャリアは、地盤補強の研究に取り組む会社だった。大学院の社会人特別選抜制度を利用し、会社に勤めながら院の博士課程で自身の研究にも取り組んだ。


「前職では、住友林業でも担当している『丸太を用いた地盤補強工法』の開発や研究に携わっていました。 木材と聞くと、環境にいい、居心地がいいなどプラスのイメージを持たれる方も多いと思うのですが、地盤補強工法の分野では、腐りやすいのではないか、鉄やコンクリートに比べると強度面が弱いのではないかなど、マイナスのイメージを持たれる方も多いです。そういったイメージを払拭するための研究に携わらせていただきました。実際に地盤補強として施工されていた木杭を回収して、その耐久性について試験を行い定量的に評価して論文で発表する、といったことをしていましたね」
森林の“川上”を知りたくて住友林業へ
7年間勤めた前職を辞めて住友林業に転職をしたのには、三村が抱いていたひとつの問題意識が背景にあった。


「前職で、土木学会の『木材工学委員会』という委員会に所属をしていました。木材の利用を広め、深めていくための活動をする委員会だったのですが、そこではよく、もっと“川上”の森林から考えていかないと業界はよくならないよねという話をしていました」


木は、森林から伐り出され、加工して木材や建材にし、建築や家具などに使用されて消費者にまで届いていく。三村が前職で携わっていたのは、地盤対策に使用するため加工した丸太──つまりは木が切られたあとの「木材」の部分からだった。国産材は輸入材と比べて使用する側は「コストが高い」と感じているけれど、森林所有者の利益や林業従事者の収入が少ないなど、その構造のいびつさでうまくいかないような現場も目の当たりにしたという。


そんななかで、三村は住友林業の「WOOD CYCLE(ウッドサイクル)」という言葉に惹かれた。木を軸にした事業活動を展開して「森林」「木材」「建築」の3分野で脱炭素を推進し、持続可能な社会を目指していく。前職の、ひとつの研究を深めていく仕事も非常に魅力的だったが、川上の森林から川下の建築まで手掛けるこの会社であれば、今までよりも広い視野でやりたいことを見つけ、木材利用を促進して環境問題解決に貢献できるのではないか―──。そんな期待を胸に、転職を決めたのだ。


その時の三村の年齢は、32歳。ちょうど博士号を取得して落ち着いたタイミングで、自身の第二のキャリアについて考えていた時期でもあった。
技術の「橋渡し」をする仕事
住友林業に入社してから、三村は主に丸太を活用した軟弱地盤対策工法「LP-SoC」の運用を担当している。飛島建設株式会社、ミサワホーム株式会社と住友林業が3社で共同開発し、2020年1月に一般財団法人日本建築センターより評定を取得した工法である。


この工法は軟弱地盤に丸太を圧入し、地盤と丸太の複合地盤を構築することで構造物を支えていく方法だ。「木を地下に埋め込んで、腐らないの?」と心配される方もいるかもしれないが、心配ご無用。丸太は地下水位より深くにあった場合、酸素が不足するので菌や害虫が発生せず、半永久的に丸太の状態を維持することが可能なのだ。
LP-SoC工法イメージ図 「地盤が支える力」と「丸太が支える力」で建物を支える


さらに、樹木は光合成により大気からCO2を吸収し、炭素を固定するため、この工法を用いれば、丸太によって炭素を半永久的に地中に貯蔵できることになる。この「地中に森をつくる」工法で、工事をすればするほど社会の脱炭素化に貢献できる、非常にサステナブルな取り組みでもあるのだ。

とはいえ、なかなか複雑で理解が難しいのがこの工法。そこで三村が、営業とこの技術を広める「橋渡し」の役割を担っているのである。


「私が実際に担当しているのは大きく分けて3つの業務です。1つめは、まだ始まったばかりの工法なので、施工する上で必要な社内ルールやマニュアル類が整いきっておらず、それを策定して整えていくこと。2つめは、実際にこの工法を使う話が進んだ時に、現場担当の方と施工の進め方を話しあったり、技術的なサポートを行ったり、課題があった時のフィードバックをしたりすること。3つめは、この工法を適用拡大していくための啓発活動をしていくことです」
取材を行った錦糸町にある住友林業のモデルルームも、軟弱地盤対策工法が使用されている。この地下に200本ものカラマツの木が埋め込まれているのだ(左:現在のモデルルーム 右:モデルルーム建設時に丸太を圧入する様子)
専門職だけれど、コミュニケーションが大切な仕事
新しい工法を実際にお客さまに採用していただくことは、非常にハードルが高く難しいことだ。2020年に工法が確立したのちに、実際にはじめてこの工法が使用された物件が施工されたのは2023年の8月のこと。


実際に人が住む家に、自分がこれまで研究していた工法が使用される──。実験としてやっていた研究員の時とはまた違う緊張感が、三村にはあったという。実際の施工にあたっては、細心の注意を払って取り組んだ。


「LP-SoCは新しい工法なので、施工業者さんとはコミュニケーションの面で特に気をつけていました。業者さんはそれぞれプライドを持ってお仕事をされているので、若い人から新しい方法について言われると『自分たちのやり方があるのに』と思われるのは当然だと思います。そのため実際に自分も手を動かし、一緒に現場に立つことで、施工法に対する説明や、互いに意見を言いやすい関係性を築けるようにしたいと考えました」


三村自身も作業着を着て、1日常駐して仕事をする。時には休憩所に一緒に行き、その中で雑談をすることもあるという。一緒に汗をかき、同じ景色を見ると、次第に現場に一体感が生まれていく──。言葉だけではない、心あるコミュニケーションが大事だと三村は話す。
もうひとつ三村がこの工法を推進する上で大切にしていることは、「伝え方」だという。前職は技術職の人間が集まる開発会社だったので、専門用語が共通言語としてあったけれど、住友林業の社内は、すべての社員が地盤の技術面に精通しているわけではない。ハウスメーカーとして、建築分野に携わっている社員が多い環境だからこそ、自分が持っている専門的な知識をどうやったら正確に適切に噛み砕いて伝えることができるのかを考える必要があった。


「ずっと技術職で生きてきたので、ふとした瞬間につい専門的な言葉を使ってしまうことがありました。でもそれでは伝わらない。今は、営業の方が使ってお客様にお見せするようなチラシなども、どうすれば魅力的かつ、わかりやすく伝わるかを模索しています」


新しい施工法は、「いい技術」だけでは広まっていかない。その工法を使用しようと決断してくださるお客さまはもちろんのこと、その工法の利点を的確にお客さまへ直接伝える営業担当者、魅力的に伝えるための資料を整える設計担当者など、さまざまな連携が必要となる。三村の話を聞いていると、コミュニケーションの重要性をすごく感じた。


「技術職ではありますが、土や木と対話しているばかりではなく、人と関わることが多い職種だなと思っています。大変だけど楽しいですよ」と三村は言葉を続ける。
自分だから、できることを
地盤補強という業界柄、同業者に同年代や女性が少なく、ジェネレーションギャップやジェンダーギャップにも悩んだこともあったという。そんな三村はいま、こんな思いを抱いている。


「以前は女性だから、若いからダメなのだ、と悩んで落ち込んでしまったこともあったのですが、女性でまだまだ若手だからこそ、皆さんに対してもっと分かりやすく伝えられる部分があるのではないかなと最近は思っています。たとえば、『サイエンスアゴラ』という年に一度開催される科学の大きなイベントがあるのですが、それに木材利用というテーマで出展させていただいたり、液状化について解説した社内向けの動画をつくってみたり。今後も発信できる機会を見つけて積極的に参加していきたいです」


災害待ったなしの今、地盤についてよくわからない人や苦手意識がある人に、自分自身の行動がきっかけになって、少しでも興味を持つきっかけをつくれたらうれしい、と三村は語る。


「仕事で疲れて帰ってきたり、旅行などで出かけたあとに家に戻ってきたりすると、やっぱり家が一番落ち着くなあと思います。安らぎがあって、パワーも湧いてくる。 家は充電するための一番身近な場所なので、みなさんの大事な場所に携われることを誇りに思っています。地面の下という見えない場所ではあるのですが、足元から生活を支えていけるような、縁の下の力持ちに少しでもなれるような人間になることが、今のひとつの目標です」


この工法が広まれば、地中に森が生まれ、その森が、日本の安全な生活と豊かな未来を支えていく。一歩ずつ、歩みはゆっくりかもしれないけれど、三村の真面目でまっすぐな姿勢が、きっと日本を地中から少しずつ変えていくのだろう。
関連リンク:「地中に森をつくる」 軟弱地盤対策工法が始動 丸太活用で炭素を固定
飛島建設(株)・住友林業(株)・ミサワホーム(株)の 3 社で共同開発 地盤と丸太による軟弱地盤対策工法 LP-SoC 工法の評定を日本建築センターで取得

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