2024年10月「令和6年度 住宅の長寿命化リフォームシンポジウム」が開催されました。今年は「カーボンニュートラル実現に向けて、リフォームで今取り組むべきこと」をテーマに、国土交通省や有識者による基調講演や、事業者による先進的な事例の発表が行われました。
リノベるは、カーボンニュートラル実現に向けた取り組みを行う事業者としてお招き頂き、発表の機会をいただきました。シンポジウムを通して、建物の寿命について新たな知見を得るとともに、脱炭素社会実現はもちろん、多様な暮らしを提供する手段としてのリノベーションの重要性を益々感じる機会となりました。
そこで今回は、国土交通省住宅局佐々木推進官と神戸芸術工科大学松村学長による基調講演、リノベる代表山下智弘の発表内容のサマリーをレポートいたします。
■世界共通の目標「2050年脱炭素社会実現」に向け建築物の省エネ化は重要施策のひとつ
ー国土交通省住宅局 参事官(建築企画担当)付建築環境推進官 佐々木雅也氏 基調講演より
気候変動・地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定(2015)で、日本も2050年までにカーボンニュートラル(脱炭素社会)の実現を目指すと国際的に宣言しました。そこを起点に、我が国の省エネ政策は多岐にわたり、各方面で積極的に推進されています。
国内のエネルギー消費を部門別に見ると、建築物が最終エネルギー消費の3割を占めています。だからこそ、省エネ基準の改正やローン減税、窓リノベの補助といった支援策が積極的に進められています。
住宅・建築分野では、2050年に全体のストック平均でZEH(ゼッチ)・ZEB(ゼブ)基準の水準の省エネルギー性能を確保されていることが目標です。そして、2025年度にはすべての新築住宅・非住宅で省エネ基準適合が義務化されます。さらに2030年にはZEH・ZEB基準の水準まで引き上げる予定です。つまり、2030年基準を最初から意識して対応すれば、その後の見直しは一度で済むということです。
■2025年、8割が現行法に適合しない断熱不足の住宅に
新築のみならず、既存のストックにおいても性能を上げていかなければ、2050年の目標達成は難しいと考えています。現在の住宅ストック約5,400万戸(令和4年度時点)のうち、省エネ基準適合住宅は約18%、無断熱住宅は約24%と推計されています。新築は基準を義務化すれば対応できますが、既存住宅の性能引き上げは非常に難しく、費用負担や動機づけが課題です。そこで、まずは市場誘導を中心に施策を展開しようと、4つの柱で施策を進めています。
①市場で評価されやすくするための環境整備
2024年4月から、住宅・建築物の販売・賃貸時にその省エネルギー性能を表示することが販売・賃貸事業者に努力義務化されました。ただし、建築時に性能評価がされていない既存建物には表示が難しい場合があります。これに対応するため、既存住宅を対象に省エネ部位ラベルが2024年11月から運用開始予定です。
②省エネ改修方法・効果の普及啓発
断熱化が健康につながることを消費者に訴求していきます。
③費用負担の軽減等
費用負担の軽減には、住宅ローン減税やリフォーム促進税制、先進的窓リノベ2024事業、子育てエコホーム支援事業などの補助事業に取り組んでいます。重要なのは、これからは国交省だけでなく、国交省、経産省、環境省の3省が取り組んでいるということです。
④安心して相談・依頼できる環境整備
安心R住宅制度、リフォーム事業者団体登録制度、住宅紛争処理制度などの制度を整えていきます。
皆さまにはこれらの支援をうまく活用していただけたらと思っています。
■長寿命化は、すでに「現実」。日本の建物寿命の常識は見直されるタイミングへ。
ー神戸芸術工科大学 学長 松村秀一氏 基調講演より
建物や住宅を長寿命化することは長年大きなテーマですが、今回は長寿命化が「目標」ではなく「現実」になりつつあるというお話しをします。建築物の寿命とは、一般的に建ててから取り壊すまでの年数を指します。人間の寿命のように、平均的な年数が一つの指標となります。
約50年前、日本の住宅寿命は平均30年を切っていました。しかし、この短さは単に設計や施工などの技術的な問題ではありません。もちろん、技術的な問題で早期に劣化して取り壊さなければいけない建物もありますが、実際には多くの場合、利用者やオーナーの判断で建物が取り壊されているのです。
日本初の高さ100メートルを超える超高層ビル「霞が関ビルディング」。1968年に建設された同ビルが築30年近く経った1995年頃、「これもそろそろ建て替えられるのだろうか」という疑問が私の中に生じました。しかし、日本ではまだ超高層建築を取り壊した前例がなく、参考例を見ようとアメリカへ調査に行くことにしたのです。
ニューヨークでは、20世紀初頭から超高層ビルが数多く建設されており、40階建て以上の建物が140棟以上存在していました。そこに行けば超高層建築の取壊しについて学べると思いました。しかし、取り壊された超高層ビルはわずか1棟しかありません。その1棟が「シンガータワー」で、それも特殊な事情で取り壊されたものでした。
マンハッタンのビルを調べていくと、取り壊しではなく、継続的な投資を行い建物の寿命を延ばしていることがわかりました。例えば、10年かけてアスベスト対策や外装補修、エレベーターの近代化、空調システムの効率化などを進めていました。これらの投資は、最先端の新築の超高層オフィスビルと同じような価値の高い状態に保つために行われているのです。
ロックフェラーセンターもその一例です。1930年代に建設され、現在も大規模な投資が続けられています。管理会社の経営責任者に「建物はあと何年持つと考えて投資しているのか」と尋ねたことがあります。
ところが、先方はこの質問の意味が全く分からなかった様子でした。「あと何年持つのか」という考え方自体が、向こうでは全く存在しない概念だったのです。次に技術部長が呼ばれ、同じ質問をしましたが、その技術部長も「考えたことがない」と言いながら、300年くらいではないか、と答えました。
このやり取りで私は、日本以外の国々では建物の寿命についてそもそも疑問を持たないのだと気づきました。建物の寿命を考えず、継続的に投資をして維持していくという文化が根底にあるのです。
日本では、特に金融機関やオーナーがリノベーションを検討する際に、「あと何年持つのか」という質問が必ず出ます。この疑問に答えるために、近年、建物の耐久性を診断する技術が発展してきました。例えば鉄筋コンクリートの中性化の進行を診断し、その建物があとどれくらい持つのかを推定するという方法が用いられています。
実際、日本建築センターが行った、既存RC造の耐用年数を評価した調査研究では、平均築50年程度の建物の約6割(※1)が、あと100年以上の耐用年数があるという結果が得られました。このデータが示すように、建物の寿命は想像以上に長いのです。これを知ると、日本の建物に対する「寿命ありき」の考え方が見直されるべきだと考えます。
BCJ技研レポート第6号2024をもとに作成
※1 BCJ技研レポート第6号2024(2024/4/30)評価建築物200棟の耐用年数の分布
建物を「長寿命化」するだけでなく「健康寿命」をいかに伸ばし、価値を保ちながら維持していくかが、今後の建築業界にとって重要な課題です。
■適切な投資で寿命は伸びる。欧州は200年超、日本も80年超(※2)へ
1990年代には、ヨーロッパ各地の団地再生を調査していました。日本では1960年代頃からUR都市機構(旧・日本住宅公団)や公営住宅の団地が大量に供給されましたが、1990年代になると、その多くで設備の老朽化や住環境の劣化が目立つようになりました。
一方、ヨーロッパでは新築よりも既存建物への投資が主流で、建築投資全体の70%がリノベーションに使われています。例えばスウェーデンやフランスでは団地の大規模改修が進み、建物の寿命が大幅に延びています。
興味深いのは、仮にある国の住宅ストック数を1年間の新築住宅の戸数で割った値を住宅の寿命の傾向を示す数字だとしますと、イギリスやドイツのその値は200年を超えてしまいます。一方、日本の値も2013年には60年を超え、2023年には80年を超えています。(※2)このように、新築から既存ストックの活用へと舵を切る中、いかに建物を健康な状態に保ち続けるかが大きな課題となっています。
※2 住宅・土地統計調査、建築統計年報、Annual Bulletin of Housing and Building Statistics for Europe and North America, EUROCONSTRUCTをもとに森田芳朗氏・前島彩子氏が作成
■空間資源大国・日本の使命。900万戸の空き家が生き方を変える
2023年10月時点で、日本の総住宅数は6,502万戸(※3)、世帯数は5,445万2千世帯(※4)とされています。(※4)この差は約900万戸で、空き家率は13.8%に達しています。
※3 令和5年住宅・土地統計調査 住宅数概数集計(速報集計)結果(2024/4/30)
※4 2023(令和5)年 国民生活基礎調査(2024/7/5)
この数字が示唆するのは、私たちがすでに築いた住宅ストックを「人々の生き方」に合った場としてどう活用するかという課題です。住まいは、単なる箱ではなく、生き方を実現する空間であるべきです。
今の日本社会では生き方が多様化しています。昔は会社に入れば定年まで勤め上げる人生が多く、選択肢は限られていました。しかし現在は、主体的に自分の生き方を選ぶ時代です。こうした多様な生き方に応じた住環境を設計し、必要な「場」をどう作るかが問われているのです。
10年ほど前、私は「1人当たりの住宅ストック数」を初めて計算しました。総住宅ストックを人口で割ったもので、日本の数字がアメリカを超えていることに驚きました。アメリカは戦争の被害を受けず、長い年月でストックを蓄積してきました。一方、日本は戦後、ほぼゼロからスタートし、今やアメリカを凌ぐ住宅ストックを持っています。
これを可能にしたのは、国民の投資意識と、公的部門の支援です。住宅ローンや減税、金融支援、公営住宅の整備など、民間と公的部門が一体となって努力した成果です。空き家問題が叫ばれる中で、まずはこうした努力に感謝すべきだと私は思います。
空き家や空き店舗そのものは問題ではありません。それらをどう資源として活用するかが重要です。私はこれを「空間資源」と呼びます。日本は「空間資源大国」であり、この資源を活かすことが私たちの使命なのです。
■脱炭素社会実現に向けてリノベるができること。暮らしの体験価値を高めるリノベ
ーリノベる株式会社 代表取締役 山下智弘 事例発表より
リノベる株式会社のミッションは「日本の暮らしを、世界で一番、かしこく素敵に。」です。顧客、社会、産業にコミットメントし、それぞれの課題を価値に変える事業を展開しています。
先ほどの松村先生のお話、特に「建物の寿命は技術ではなく人間が決める」という言葉には共感しました。私たちは古い建物を活かし、新しい価値を加えて長く使えるように活かす活動をしています。
最近では、政府と民間企業が出資する官民ファンド「脱炭素化支援機構(JICN)」から出資を受けました。これは、リノベーションが脱炭素に貢献するということを評価いただいてのことですが、そのきっかけにもなった2つの取り組みを紹介します。
1つ目は、GHG削減量の可視化です。企業社宅一棟を賃貸住宅にリノベーションしたプロジェクトで算出したところ、建て替え新築に比べてCO2排出量を75%、廃棄物を96%削減することがわかりました。このプロジェクトでは、断熱改修を施し、BELS認定やグリーンビルディング認証を取得しています。また、「暮らしのアップサイクル」をコンセプトに、共用部にワークスペースやドッグランを設け、外構を公園化、暮らしの体験価値を高める提案をしました。
※詳しくは「リノベーションでCO2排出量を76%、廃棄物排出量を96%削減(※1) 脱炭素社会実現に向け、産学共同研究を実施」をご覧ください。
2つ目は、ZEH水準リノベーションの推進です。株主である積水化学との取り組みでは、断熱性能の向上や温熱計算などをワンストップで対応する取り組みをスタートしています。第一号として取り組んだ築40年のマンションのリノベーションでは、エネルギー削減率を26%、CO2排出量を31%削減し、BELS5スター認定を取得し販売しました。購入されたユーザーからは、「丁寧なリノベーションがされており暮らしのイメージができた」「省エネで快適」という声をいただいたのですが、ここでわかったことは、「ZEH水準」という性能や経済性以上に、「暮らしのイメージがわく内装」が決め手になったということです。
現在、他社も「ZEH水準リノベ」を続々スタートしています。性能だけで選んでもらうことは難しく、「暮らしの体験価値」が益々重要になっていくと考えています。
積水化学工業とリノベるが手がけたZEH水準リノベーションの第一号物件
ーー
以上、基調講演とリノベる代表山下 智弘の発表のサマリーをご紹介いたしました。
今回のシンポジウムでは他にも、株式会社大橋利紀建築設計室 代表取締役大橋利紀氏と、リフォーム工房 株式会社スカワ 代表取締役須川光一氏から、「省エネ・断熱・健康温熱環境」などの最新事例発表が行われ、事例発表の登壇者全員によるパネルディスカッションが行われました。
一般社団法人 住宅リフォーム推進協議会では、消費者向け・事業者向けのコンテンツやセミナー(参加費無料)を様々展開しております。最新情報はホームページをご覧ください。
★住宅リフォーム推進協議会
■まとめ:ストック活用が住文化を変える。リノベーションの可能性と必要性
いかがだったでしょうか。リノベーションが脱炭素社会や持続可能な未来の鍵であると改めて感じる日となりました。
リノベるは、ミッション「日本の暮らしを、世界で一番、かしこく素敵に。」の実現にむけて、既存ストックの流通・利活用を推進する統合リノベーションプラットフォームを構築、顧客・産業・社会の課題を価値に変える事業を展開しています。
私たちの取り組む既存ストックの活用は、脱炭素社会や持続可能な社会を実現するために必要不可欠ですが、環境のため、脱炭素のためといっても広がりません。お客さま一人ひとりの暮らしに向き合い、リノベーションによって「暮らしの体験価値」を高めていく。それを続けていくことで、より、「良い選択肢」として知っていただけるようになり、良いストックが次の時代に残っていくという好循環が生まれるのだと思います。そしてその先にある、既存ストックの長寿命化や流通、脱炭素社会につないでいけるよう、私たちの役割を果たしていきます。