豪州メルボルンに木造の最高層オフィスビルを建設。「中大規模木造建築事業」に関わる住友林業社員のキャリアと展望

2024.11.20 10:00
異常気象が世界各国で発生している。地球温暖化は誰の目から見ても明らかで、脱炭素社会化は急務である。そんな中で住友林業は2022年、長期ビジョンである「Mission TREElNG 2030」を掲げ、脱炭素社会の実現に向けての取り組みを始めている。


その中のひとつが中大規模木造建築事業の拡大だ。中大規模建築は建物が大きい分、その脱炭素化のインパクトは大きい。住友林業は、日本国内でもこれまで「フレーバーライフ社本社ビル」「上智大学四谷キャンパス15号館」などの木質、木造ビルの建築を手がけてきたが、その範囲と知見をより深めようと、2021年、海外で中大規模の木造建築事業に進出した。


それが、住友林業、NTT都市開発と米国の大手デベロッパー・ハインズ社が豪州メルボルンで立ち上げた木造オフィスビル建設プロジェクト──「36 Wellington プロジェクト(物件名称:T3 Collingwood(以下、36Wプロジェクト)だ。2021年の着工開始から約2年の歳月をかけて2023年10月に竣工した。


このプロジェクトの住友林業の担当者として抜擢されたのが、渡邉貴章(わたなべ・たかあき)。もともとは住友林業の国内での戸建注文住宅の設計士として携わった後、海外事業部に異動。「いつかは海外で働きたい」という大学時代からの夢を実現させ、2022年に豪州へと渡った。
実際に海外での木造建築事業に関わる中で、彼が見て、感じたものとは──? これまでのキャリアや今回のプロジェクトでの仕事、今後の中大規模木造建築の未来について、渡邉に話を聞いた。
2023年に竣工した「T3 Collingwood」。木造オフィスとしては豪州メルボルンで最高層である(写真提供:Ned Meldrum)
ものづくりに憧れた少年が、住友林業に入社するまで
渡邉が36Wプロジェクトの担当者に抜擢された理由について話すには、まずは渡邉の経歴から振り返りたい。祖父が建設業を営んでいたという渡邉は、幼い頃から現場に遊びに行くこともよくあり、当時からものづくりに強い興味があったという。


「昔から、ものを作ったりデザインしたりすることに興味がありました。中学生の時に日韓ワールドカップがあったのですが、その時にサッカースパイクがかっこいいなと思って靴のデザイナーになりたいと思ったり。何かを作りたいという思いは、ずっと昔からあったように思います」
ものづくりをもっと体系的に学び、資格を取りたいという思いから、大学は建築学科に進学。大学院ではオーストラリア人が教授を務める研究室に入り、メルボルン大学とワークショップを共催するなど海外と深く関わるようになり、「いつかは海外で仕事をしたい」という思いを抱くようになったという。
そんな渡邉が就職活動で選んだのが、住友林業だった。自由設計を大切にする住友林業は、「設計事務所とハウスメーカーの中間」のように思えたし、学生時代に関わった豪州に事業進出していることも魅力的だった。自分がやりたいものづくりが、ここならできる──。いつかは海外でという思いを抱きながら、まず渡邉のキャリアは日本でスタートした。
渡邉貴章。2011年住友林業入社。
念願の海外へ渡るまで
渡邉が住友林業で最初に配属されたのは、技術商品開発部(2011年入社時部署名・技術部)。カタログ用のモデルプランを制作したり、展示場の設計をしたりと、住宅部門における、実際の住宅以外の制作を担当する部署だ。新人はあまり配属されないベテランばかりのこの部署での経験を経て、次は住宅の設計士として支店へ異動。みっちりと6年間、住宅の設計士としてのキャリアを積み、ふたたび技術商品開発部に戻ったタイミングで一級建築士の資格も取得した。
その後、念願の建築・不動産事業本部(旧:海外住宅・建築・不動産事業本部)へと異動。働く土地は日本ではあったものの、「ついに海外と関わることができる」と、ひとつ夢に近づいた瞬間だった。配属先では、豪州住宅ビルダー子会社の業績管理やマーケット調査の支援などを担当し、そしてその数年後に36Wプロジェクトが立ち上がったのだ。


「36Wプロジェクトは、海外の中大規模木造建築の知見と技術を住友林業グループに蓄積するという命題がありました。そのため、技術的な話がわかる人財がプロジェクトの担当者になる必要があったんです」
設計士としての技術と実績を持ち、海外事業部での経験もあり、なおかつオーストラリアに思い入れが深く関わりもある──。そんな渡邉がプロジェクト担当者に抜擢されるのは、ごく自然な流れだった。
豪州でプロジェクトを共にした仲間達との一枚。後列右から2人目が渡邉。


「言語の壁は大きかったなと思います。英語はある程度は話せますが、契約書に使われている単語はもちろん専門用語だらけ。日本語でもわからないような単語が並ぶ書類を一から理解するのは本当に大変でした。」


契約書の内容だけではなく、プロジェクトで使用される資材や豪州建築基準のことまで、ひたすら学ぶ日々が続いた。たとえば資材の強度など、それまでの設計士の仕事では担当の範囲ではなかった知識まで得る必要があった。多方から見学者がやってくる中で、木材を扱う住友林業の担当者として資材の説明ができないというわけにはいかなかったからだ。


「会社では、設計は設計のプロ、資材は資材のプロといったように、それぞれの分野のプロフェッショナルがいます。一方、駐在員は自分の専門外であっても様々な側面からプロジェクトにかかわるため、自分で調査し理解する必要があります。大変でしたけれど、そのかわりにプロジェクトが終わったあと、力がついたなと自分でも感じましたね」
頭を使うだけではなく、渡邉は現場でのコミュニケーションも欠かさなかった。今回のプロジェクトには、ハインズ社を筆頭に30社以上の会社が関わっている。プロジェクトが滞りなく進行しているか、そこで働く人々の様子はどんなものか──。木造建築に関わる人々の仕事の様子を生身で感じようと、自らの感覚を使って実感していきながら、オーストラリアでの日々は過ぎていった。
竣工時、プロジェクトの中心メンバーたちと。右から2人目が渡邉(※2023年竣工日当日)  写真提供:ICON社、Ned Meldrum
中大規模木造建築の意義
駐在中は無我夢中だったというが、ビルが竣工し、その姿を見た時に胸にこみ上げるものがあったと渡邉は語る。地上15階、地下2階のRC・木造混構造(7~15階が木造)で、木造オフィスでは豪州メルボルンにおいて最高層だ。2025年には、豪州独自の環境認証制度である「グリーンスター認証」の最高ランクである6スターを取得予定だ。本プロジェクトは太陽光搭載に加えて再エネ由来の電力を調達し、カーボンクレジットを組み合わせることで建物運用時のCO2排出量(オペレーショナルカーボン)をネットゼロにする。また、建設時のCO2排出量(エンボディドカーボン)は、従来の建築工法と比較して約40%削減でき、脱炭素化社会に向けた建築物の取り組みとして快挙だと言える。
数値でも実績が出た「36Wプロジェクト​​」だが、建設現場の様子を近くで見ていた渡邉にあらためて木造建築の魅力や必要性を聞いてみると、このような答えが返ってきた。
「RC造と比較し木造は工事中の騒音も少なく感じました。あとは現場監督の方とも話していて分かったことなのですが、働く人のストレスが少ない。コンクリートは表面を研磨する時に粉塵が出るのですが、木材は研磨しなくていいので作業員に対しての人体的な影響も少ないんです。環境にも優しいですし、作業する人たちに対しても優しい建築だとあらためて感じました。」
「36Wプロジェクト」では、作業員だけではなく、実際にオフィスビルを使う人たちにとっての効果も計測しようと木に関する先進的な研究開発に取り組む筑波研究所での調査もしているのだという。今後は集中力やリラックス効果などを数値化し、木造建築のメリットを理論で打ち出すことにも挑戦していく。
木の温かみを感じられるオフィスフロア


もちろんメリットばかりではなく、RC造では必要のない耐火試験が木造には必要になる場合もある。ただ脱炭素化の流れが加速するいま、建物の木造化、木質化は建築業界の脱炭素化を図る上で重要なソリューションであることはおそらく間違いないだろう。
渡邉は、2024年7月に日本へ帰国し、新事業開発部に異動になった。この部署では、日本国内で中大規模の木造建築を広めていくことがミッションとなる。
「まだまだ日本国内でも木造建築は普及過程にあると思っています。豪州で得た知見や当社の技術を活用して、よりスピーディーにより多くの木造建築を日本国内に届けていきたいですね。」
ものづくりに憧れ、海外に憧れた大学時代の夢を、渡邉は一歩ずつ着実に叶えてきた。海外での経験を経たいま彼が見つめるのは、国内での木造建築。これからも彼は、自身の夢をひとつずつ誠実でまっすぐな努力で叶えていくのだろう。そしてそれがきっと、住友林業が目指す「脱炭素化社会」に繋がっていくに違いない。
関連リンク:
〇2021年10月6日 住友林業リリース:

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