<青森県にあるコケの聖地 奥入瀬(おいらせ)渓流>
十和田八幡平(とわだはちまんたい)国立公園内を流れる奥入瀬渓流は、日本で約1800種類ある‘’コケ”のうち約300種類以上が生息しています。
2013年には「日本の貴重なコケの森」に認定され、日本の中でもコケの聖地として知られています。
奥入瀬渓流沿いに建つリゾートホテル「星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル」(以下当ホテル)では、このコケを観光資源と捉え、10年かけて、様々なコンテンツを提供してきました。
コケをじっくりと観察するネイチャーツアー「苔さんぽ」をはじめ、本物のコケが設えられた「苔スイートルーム」など、コンテンツは多岐にわたります。
コケという日常的な植物を、観光資源として捉える視点は注目され、広く認知されるようになりました。
<400名の宿泊者にコケを届けたい。小さなコケの限界に向き合う>
その一方で、コケにかかわるコンテンツは、1日数名しか参加できない、”体験できる人数が限られる”という課題を抱えていました。
当ホテルの宿泊者は、最大約400名です。しかしほとんどのコケは大きさわずか3センチほど。
スタッフがコケの魅力を伝えようにも、一度に伝えられる人数や催行回数には、限界がありました。
奥入瀬渓流とコケが、観光資源として広く知られるほどに、この課題感は深まっていきます。
コケが宿泊のきっかけになっているのに、ほとんどのお客様はコケを楽しめない。
とくにその思いを強めていたのは、毎日奥入瀬渓流の自然を案内するネイチャーガイドスタッフ「渓流コンシェルジュ」として活躍する小林 信輔(こばやし のぶすけ)でした。
小林はこれまで2015年から9年間、奥入瀬渓流のガイドを行ってきました。
奥入瀬渓流は国道沿いに川が流れているため、団体旅行で賑わってきた観光地です。
しかしながら、短時間で一気に奥入瀬渓流を踏破する見流し観光では、奥入瀬渓流の自然の魅力をすべて伝えることは難しい。小林はそうしたジレンマを抱えていました。
奥入瀬渓流は、多様な植物と動物、環境が作用しあって、美しい景観を作っています。自然のひとつひとつの組み合わせは、ゆっくりと立ち止まり、観察して初めて気づくものです。
自然をこよなく愛する小林には、その魅力をしっかりお客様に伝えたいという強い思いがありました。
コケに興味をもつお客様が増えるなか、1日400名以上の宿泊者を抱えるリゾートホテルで、もっとその魅力を伝えたい。
けれども、コケを案内するには専門性の高い知識が必要とされるため、人材のリソースに限りがあります。
ネイチャーツアーを増やしたとしても、参加への敷居は高くなる。なんとなくコケのことを知り、関心をもっているお客様へのアプローチが必要でした。
その答えが、1日あたり150名以上が利用する、宿泊者限定の「シャトルバス」でした。
<コケ×バスという前代未聞のプロジェクト>
奥入瀬渓流を一気に歩くと、片道約5時間の時間がかかりますが、当ホテルでは、お客様が快適に散策するための奥入瀬渓流を往復するシャトルバスを運行しています。
1日150名以上が利用するシャトルバスに、コケを楽しめる仕組みを入れれば、多くのお客様にその魅力を届けられる。
このシャトルバスは、奥入瀬渓流の散策を想定した運行形態になっています。
バスに乗るのは、奥入瀬渓流の自然に関心を持つお客様で間違いない。乗るだけでコケを楽しめる仕組みにしてしまえば、スタッフの専門的な知識は不要。かつ、移動しながらコケを楽しめるのであればお客様の参加の敷居も下げられる。
そして降りた先には本物のコケが300種類以上生えていて、奥入瀬渓流の自然を深く楽しむきっかけになるはずだ。
こうしてこの着想から、コケ×バスという前代未聞のプロジェクトが始まりました。
当初おいらせコケバスは、コケが胞子を飛ばす際に発生する「胞子体」という器官を、約1mの巨大なオブジェにして、車体に取り付ける予定でした。
そのとき、立ちはだかった壁は、道路交通法でした。
車体に付属物をつけることは安全上どうしても難しい。
そこで今度は、本物のコケを車内に入れることを検討しました。
しかしながら、1日に大人数が乗り降りする車体に、本物のコケを導入すると、劣化する可能性が非常に高い。そのため、断念せざるを得ませんでした。
長く沢山の人が乗車するバスで、コケを楽しんでもらうためにはどうするべきか。
小林は、本物のコケを使用せずに、けれどもそのデザインの本質を伝えることが一番だと考えました。
外装に奥入瀬渓流のコケの写真を拡大し、貼り付け、そのデザインを楽しんでもらう。
そして、コケのリアルなデザインを内装に施す。この二つの軸で、おいらせコケバスのデザインを作り込むことに決めました。
<情熱をもってこだわりぬいた、コケのデザイン>
小林は業者と打ち合わせを重ねました。
コケは一見するとすべて同じデザインに見えますが、ルーペを通して観察することで、細やかな美しさに気づきます。
本物のコケを使用できないという制約のなかで、小林はルーペを通してこそ気づくコケの細かな美しさを表現することにこだわり、協力業者に伝えました。
とくにこだわったのは、コケの胞子体です。
コケの種類によってさまざまなデザインをもつ胞子体。成熟度合いによって、その形も変化します。
小林は、奥入瀬渓流を代表する「タマゴケ」のオブジェを車内に表現しました。コケのなかでも特に胞子体のデザインが特徴的な種類です。設えたオブジェは、未成熟のタマゴケと、しっかりと成熟したタマゴケの、二種類です。
立ち止まらなければ気づかない、自然の美しさ、繊細さに気づいてほしい。
その思いが、そのオブジェに込められています。
こうして「おいらせコケバス」は完成しました。
<8月10日「苔の日」にあわせたお披露目会>
2024年8月10日。「苔の日」にあわせ、当ホテルは地元の中学生とその家族を招待し、おいらせコケバスをお披露目することにしました。
バスを初めて目にした中学生たちは、口々に「すごい」「かわいい」と声を上げ、家族や友人とともに写真を撮影し始めます。
デザインを楽しむ純粋な姿に、小林は嬉しさをかみしめていました。
こうして誕生したおいらせコケバスには、走行開始から一カ月で、約2000人のお客さまが乗車しています。
乗車するお客さまが限られた人しか体験できないコケを、たくさんのお客様に届けたい。
おいらせコケバスだけでなく、これからもさまざまなコンテンツを通し、当ホテルはその思いを叶えていきます。
商品・サービス情報
期間:2024年8月10日~11月27日
時間:6:00~16:00
料金:無料
定員:1便あたり20名
予約:不要
対象:宿泊者
備考:運行時間は季節によって異なります。1時間に1便運行します。
星野リゾート 奥入瀬渓流ホテル 公式HP