この記事をまとめると
■BYDがATTO 3を値下げしたことでタイのBEV販売が混乱している
■新車販売は増えるも実際に販売台数が増えているのはBYDと起亜だけだった
■少子高齢化とオートローンの審査の厳格化によりタイの新車販売は伸び悩んでいる
増えてるのそれとも減ってるの? タイの新車販売台数
東南アジアのなかでは、BEV(バッテリー電気自動車)がいち早く普及しているタイにおけるBEV販売が混乱を見せている。タイ国内でのBEV販売トップシェアの中国BYDオート(比亜迪汽車)が、2024年7月に新車価格の値下げを行ったのである。主力販売車種となる「ATTO 3」で最大34万バーツ(約136万円)の値下げを行った。今回の値下げにより、BYDも値下げ傾向が顕著になった。
すでにほかの中国系メーカーでの価格引き下げなどの乱売傾向は目立っているなか、それでもBYDは最後までこれに同調する動きは抑えてきたのだが、ここへきて「我慢の限界」ではないが、一気に車両価格引き下げへ舵をきったことになるといえよう。
タイにおける2024暦年締め上半期(1~6月)の新車販売台数は30万8027台(前年同期比24.2%減)となっている。乗用車やピックアップが大きく販売台数を落とすなか、いよいよ中国系メーカーの乱売傾向が顕著となっているBEVは、前年同期比で9.4%増となっており、これに現地事情通はあくまで私見としながらも、「BEV全体でプラスになっていますが、これは本格的な乱売シフトに舵を切ったBYDのみプラスといっていいでしょう。とにかく在庫車を処分して現金化したいという動きが統計数値に反映されているようです」と語ってくれた。
主要メーカーの2024年1~8月の累計販売台数でみると、前年同期比でプラスとなっているのはBYD(+41.1%)、韓国の起亜(+80.5%)ぐらいであった。ピックアップトラック販売比率が著しく高いフォードはマイナス42.9%、いすゞはマイナス45.9%と大きく台数を落としている。
BYD以外の中国系メーカーも軒並み前年比マイナスとなっており、BEV販売トップのBYDの値下げの動きのインパクトがいかに大きいものなのかも知ることができる。
しかし、BYDが牽引したとはいえBEV販売は前年比プラス、日本車のお家芸でもあるHEV(ハイブリッド車)は前年比68.7%増となっているのに、全体では20%以上のマイナスとなっている。いったいいま、タイの新車販売市場には何が起こっているのだろうか。
ローンの審査の厳格化により審査に落ちる人が続出!?
前出の事情通はいくつかの要因を話してくれた。「まずはタイでも日本ほどではないのですが『少子高齢化』が進んでおります。社会構造の変化が進むなか、そもそもタイにおける新車需要拡大も限界に近づいていることがあります。2番目はオートローン審査が厳格化されていることがあげられます。これは統計を見るとタイ国内での新車販売で販売比率の高いピックアップトラックの販売台数減少があります。とくにピックアップトラックの販売比率の高い、フォードやいすゞの落ち込みが激しいことはそれを表しているでしょう」。
事情通はピックアップトラックでユーザー層の多い所得の低い地方の第一次産業従事者がローンの厳格化で新車購入が困難になってきているとも話してくれた。タイ国内ではここのところ北部地域で洪水被害が深刻となっている。今後は生活再建へ向け復興が進むことになるが、この洪水被害がさらに現状悪化を招いているようなのだが(ローンの支払い継続が困難になり支払いの滞りが目立って増えている)、事情通は復興が進むなかで現状緩和が進んで行くのではないかと語ってくれた。
余談だが深刻なここのところの洪水被害を受け、あくまで感覚的なもののようなのであるが、「我われの国(タイ)は道路冠水程度なものも含めて水害も多いので、やはりBEVは無理なんじゃないかという認識がなんとなくタイ国内で広がっているように感じている」と事情通は話してくれた。
もちろんローン審査の厳格化は都市部在住の所得がそれほど高くない人たちの新車販売へも影響を及ぼしている。「ピックアップトラックのほか、低価格の小型車の販売減少も著しい」(事情通)ということからも明らかともいえよう。
ローン審査の厳格化が行われても、中国メーカーの得意とするクラスのBEVや日系HEVの価格はおおよそ円換算で450万円前後となっているので、この価格帯の新車購入ができる中産階級以上の層についてはローン審査の厳格化は直撃していないようにも見える。またHEVが前年比70%近いプラスになっていることを見ると、タイ消費者の「BEVからHEVへ」という需要の変化というものも起きているのではないかと考えられる。
それでは、中国メーカー以外の日系メーカーなどが販売の振るわないピックアップトラックや小型車について、中国系BEVのように極端な値下げなどのインセンティブ供与で乱売しているのかというと、「そもそも主要購買層(第一産業従事者や都市部の所得があまり高くない層など)についてはそれらのひとたちの経済状況では、審査の厳格化もありローンを組めないという前提がありますので、インセンティブを強化しても販売促進効果は期待できません」(事情通)とのことであった。
新車購入に際してはローンを組むのが当たり前のタイでは、購入車種選定においては「再販価値」が重視されるので、それを高止まりで維持させないとリピートは期待できない。「再販価値維持のためにも一時的とはいえ、極端な乱売はできないのです」(事情通)。
タイは「アジアのデトロイト」とも表現されるほど、東南アジアにおける主要な新車生産拠点であり、周辺国だけではなく欧州など海外にも出荷している。ただタイの通貨バーツの強い状況が続き、人件費高騰など諸問題が顕在化してきており、タイにおける自動車産業全体が揺らいできているように見えるとも事情通は語ってくれた。
タイにおいては中国メーカー製BEV販売が行き詰まりを見せ、その余波をICE車販売が被っているというわけではなく、タイの新車販売市場が抱える別の諸問題の影響のほうが大きいようである。つまりタイにおける日本車の新車販売は中国メーカー製BEVの動きに大きく振りまわされているということはないと事情通は話しを締めてくれた。