「地域とアート」の可能性を日本のアートフェスの源流「鶴来現代美術祭」から紐解くアーカイブ記録展がスタート

2024.09.23 10:00
nativeye
発酵食のまち鶴来(つるぎ)から考えるアート・発酵・まちと住空間:アップデートされていく伝統
江戸時代の町の庄屋であった建物を改装したうらら館(白山市鶴来)で鶴来現代美術祭の記憶が約30年ぶりに蘇る。


2024年9月21日より、日本の芸術祭の源流とされる1991-99年まで鶴来町(現・石川県白山市鶴来地区)で開催された「鶴来現代美術祭」を検証するアーカイブ展が石川県白山市鶴来のうらら館でスタートしました。

国際的に活躍するキュレーターのヤン・フート(1936-2014年)が1991年、1994年の企画に関わったこの美術祭は、昨今まちづくりやアートの分野でも注目されている地域とアートの取り組みを実践した先駆的事例のひとつとして注目されています。当時地元の商工会青年会が主催となり、現代アートの専門家が不在の運営チームでその活動は1999年まで継続しました。

本展では美術祭の関連資料、2015年に撮影・編集した当時の関係者へのインタビュー映像などが当時の美術祭の会場となった白山市鶴来で初公開し、展覧会を通して地域とアートの関わり方について考察します。

鶴来現代美術祭とは
鶴来現代美術祭(1991年)


「鶴来現代美術祭」は1991-1999年まで開催されたまちなかを舞台にした大規模な展覧会です。地元の鶴来商工会青年会の主催、ワタリウム美術館の和多利志津子氏の企画、そして国際的に活躍するキュレーターのヤン・フート氏によるキュレーションで行われました。海外から招聘したアーティストや、東京で行われた公募に参加し選出されたアーティストなどが鶴来に滞在し、地元の企業と協働して制作を行いました。近年とくに地域でのアート・プロジェクトや芸術祭が国内外で多く開催される中で、先駆的な実践事例の一つとして挙げられています。「鶴来現代美術祭アーカイブ」は当時の様子を身近に見てきた鶴来出身のアーティスト坂野充学が2008年に開始した活動で、鶴来現代美術祭のの記憶を収集・保存・共有するために、関連資料の収集、調査研究を行っています。2015年に坂野充学、鷲田めるろ、小松崎拓男が中心となり、地域関係者や参加作家へのインタビュー映像記録やさらなる資料収集、2016年に「鶴来現代美術祭アーカイブ展」として金沢21世紀美術館(アートライブラリー)、MITSUME(清澄白河、東京)、2017年にみなとまちアートテーブル(名古屋)にて展示を行いました。今回は地元鶴来にて坂野充学の展示監修のもと、それらのアーカイブを開催地であった石川県白山市鶴来地区にて初公開する展示です。
映像アーカイブ:メディアが捉えた鶴来現代美術祭
第一回鶴来現代美術祭となる「ヤン・フート IN 鶴来」は、1986年にベルギーで行われた世界でも初の試みとなる民家を展示会場にした「シャンブル・ダミ(友達の部屋)」展の日本版として、同展のキュレ
ーターを務めたヤン・フート(1936~2014)を招聘し開催されました。日本の現代美術祭の源流とされるこの歴史的瞬間の目撃者はまだ現代美術の認知がなかったこともにあり、地元住民と、ごくわずかな当時の美術関係者に限られました。

展示紹介されている全国ネットの報道番組内での特集映像は、当時では異例となる現代美術を扱い、鶴来現代美術祭が2度に渡り紹介されたもので、鶴来現代美術祭が全国的に認知されるきっかけとなりました。当時アジア初とも言えるまちなかでの現代美術祭という今までにない地域での事象を、メディアがどう捉え日本全国に伝えたか、興味深いアーカイブです。
フォトアーカイブ:まちなか展示、滞在制作の記録
鶴来現代美術祭アーカイブには1991年から1999年まで、膨大なスライドマウントされたリバーサルフィルムが現存しています。本展では、994年にヤン・フートが選んだ3人の作家が滞在制作をした際の様子を中心に紹介しています。鶴来現代美術祭の大きな特徴として、地元を商工会青年部が自ら、企画運営から作品制作までをトータルプロデュースしていたこと、またほうらい祭という800年の歴史を持つ地域祭で培った「つくる力」「団結力」が個々に備わっており、伝統的なまちの中で「現代美術」を制作展示するという未知のプロジェクトを実現したことがアーカイブから伺えます。1991年の審査に通過した若き日本人アーティストたちを中心とした展示制作から、1994年の招聘アーティストによる滞在制作まで、様々な現代美術祭は形を変えながら試行錯誤し、継続していきました。
制作アーカイブ:運営資料から美術祭実現への軌跡を辿る
当時の展示リストなども公開。若かりし頃の村上隆の名前も記されている。
鶴来現代美術祭のチラシのアーカイブも1991年から年代順に展示されている。

美術祭における方法論はもとより、アートマネジメントやコーデイネート、展示設営にまつわる専門家が不在だった当時、鶴来現代美術祭の運営は商工会青年部のメンバーたちが中心となっていました。そのため保存されたアーカイブの中には、美術祭に関わる細かなやりとりまで多くが残っています。

1991年の第一回鶴来現代美術祭では、東京で開催された現代美術一日大学から、ヤン・フートが選考した34人の若きアーティストの作品を審査会場から鶴来町に運び、翌々日には蔵、醸造場、座敷、
駅などで展示されました。リストの中には、当時は藝大生であったアーティストの村上隆の名前もあります。この美術祭での展示がアーティストの村上隆の実質的なデビューとなる展示であったということも興味深いです。当時の展示作家リストには、展示会場の決定のプロセス、限られた時間の中で開催に漕ぎ着けた熱量が、手書きでの会場決定プロセスを通して感じ取れます。
インタビューアーカイブ:忘却の彼方から記憶を紡ぐ
<インタビュー映像出演者>吉田一夫、坂井伸一、久世健二、山本基、西山憲隆、高橋治希、北村明夫、、吉田一夫、坂本善昭、向裕泰、目名保彦、中野義勝、セシル・アンドリュインタビュアー:鷲田めるろ 撮影・制作・編集:坂野充学
長期間にわたって撮影・編集されたアーカイブ映像はDVDを自由に選んで鑑賞できます。

鶴来現代美術祭アーカイブで、当時の記録と同様に貴重な資料となっているのが、2015年にアーティスト坂野充学が撮影・編集、キュレーターの鷲田めるろがインタービュアーとして行われたインタビューシリーズです。1991年から1999年まで制作に携わった関係者や参加作家の今まで語られて来なかった鶴来現代美術祭にまつわる様々なエピソードが語られる姿が収められています。90年初頭に開催されたアートフェスティバルを当時者たちの記憶を通して紡いでいくため、記録した年表やインタビューを通して見えてきた事実関係をもとにさらに細かな記憶を紡いでいきました。
非公式作品アーカイブ:アーティストから町民へ私的作品たち
鶴来現代美術祭は、当初ヤンフートを招聘したワタリウムやアーティストが、アート作品の展示や革新的な美術祭の開催にフォーカスしていた一方、鶴来商工会青年部は純粋にまちの魅力を発信するために活動継続していました。そのため永久設置を想定したパブリックアートや、制作物の収蔵は行っていませんでした。潤沢な予算のもと、管理も必要とされる大型大型作品を制作依頼し、街にアートが溢れていく近年の現代美術祭と反して、鶴来現代美術祭には公式な作品は1点も現存していません。
<作品名>ハーフカット<作家名> ビル・ウッドロー <制作年>1994年<素材>鉄・ハサミ(坂野充学・ARTS&STAY所蔵)
<作品名>鶴来 <作家名> ロイデン・ラビノヴィッチ <制作年>1994年<素材>和紙・墨汁(坂野充学・ARTS & STAY所蔵)


展示されている作品は、アーティストたちが制作を担った商工会青年部に感謝の意として残していったドローイングや作品の模型、現代芸術祭を通して個人的なつながりの中で、アーティストとつながりを持ち、制作依頼した現代美術祭では非公開・非公式作品の数々です。

こうして地元民と国内外からのアーティストが個々としてアートを通して交流が生まれたことも、鶴来現代美術祭が残した大きな意義かもしれません。
展示会場では鶴来現代美術祭や日本の芸術祭の原型となったともいえる展覧会「シャンブル ・ダミ」展の図録や、鶴来現代美術祭アーカイブのメンバー・キュレーターの鷲田めるろによる論文「鶴来現代美術祭における地域と伝統」なども閲覧できる。


古くからの記憶を未来を繋いでいく「祭」。

現代美術祭の記憶を保存・収集するのみでなく展示という形式を通して地域、そして全国の未来に向けて共有していく鶴来現代美術祭アーカイブという活動がロールモデルとなり、未だ30年の歴史しかない全国で乱立する地域アートフェスティバルが、真の意味で日本の風土にあった持続可能な祭になることを繋がっていくのかもしれません。

<開催概要>
鶴来現代美術祭アーカイブ展
開催期間:2024年9月21日~.12月8日
展示会場:横町うらら館
住所:石川県白山市鶴来新町タ1−1
開館時間:10:00 - 16:00 (不定休)
伝統と現代美術の記憶が残るまち「鶴来」で再現される「まちなかで現代アート」
発酵文化芸術祭・鶴来地区の企画・ディレクションを務める上田陽子(金沢アートグミ)が制作した鶴来周遊MAP「観光鶴来」鶴来地区の各会場で無料配布しています。


鶴来現代美術祭アーカイブ展は金沢21世紀美術館主催の発酵文化芸術祭の展示プログラムの一環として開催されます。会場は金沢市内を中心としつつも、発酵文化と美しい街並みが残る白山市鶴来地区が会場となっており、同期間に、他にも4名の作家によるまちなか展示や、イベントが期間中に開催されます。鶴来地区の企画・ディレクションは金沢で文化芸術に深く関わる上田陽子(金沢アートグミ)が行っている。

詳しくは発酵文化芸術祭の特設HPにてご確認ください。
アート・発酵・まちと住空間:アップデートされていく伝統
鶴来現代美術祭が1999年に幕を閉じてから5年後の2004年、金沢21世紀美術館が開館しました。2015年には北陸新幹線も金沢まで開通し、現在ではインバウンド客で賑わう金沢。日本の伝統と現代が交差する街として世界的にも認知されつつあります。

鶴来現代美術祭アーカイブの活動を行うアーティストの坂野充学は、アーカイブ作品の共有や、住空間とアートが交差した場づくりとして、ARTS & STAY(アーツアンドステイ )プロジェクトを10年計画の独自プロジェクトとして2016年に始動しました。
岩井優による作品(HISORI ARTS&STAY)
さわひらきによる作品(KASUKA ARTS&STAY)
岩井優による滞在制作の1コマ。まちで生まれたアイデアやドローイングも各施設に展示されている。
築100年の金沢町家をリノベーション。オリジナル格子は焼き杉のハンドメイドによるもの(YADOSU ARTS&STAY)


金沢市内ひがし茶屋街そばの昔ながらの路地裏を舞台に現在5つの施設が1日1組限定の貸切宿としてオープンしています。アーツアンドステイの施設内では鶴来現代美術祭アーカイブ展でも展示中のロイデンラビノウィッチ、ビル ウッドローの小作品(現在、展示貸出中)や、アーティストさわひらき、岩井優らによるコミッションワークが住空間で鑑賞できます。
鶴来現代美術祭アーカイブ展にも展示されているロイデン・ラビノウィッチによる平面作品「鶴来」YADOSU ARTS&STAY
鶴来現代美術祭アーカイブ展にも展示されているビル・ウッドローによる小作品(YADOSU ARTS&STAY)


また、鶴来現代美術祭アーカイブ東京展の会場ともなった清澄白河MITSUME(東京・清澄白河)では、2022年より坂野充学が金沢でスタートした発酵食プロジェクトMISONOMIが始動しています。カフェ形式の店内では絵画的なプロセスを通して作り、鑑賞し味わう味噌をつかったオリジナルスープが楽しめます。

食欲の秋・芸術の秋にぜひ温故知新なアートと発酵食を体験してみてください。
白いもなかをキャンバスに見立てて、絵具と筆の変わりに具材をトングで飾り楽しむ発酵食ブランドMISONOMI
2024年にロンドンにカフェをオープンしたMISONOMI。見てお湯を注いで味わうコンセプトは海外でも大人気。


MISONOMI(ミソノミ )
東京都江東区常盤1-15-1 1F MITSUME内
営業時間/11:30~15:30(15:00L.O.)
土・日曜12:00~17:00(16:30L.O.)
定休日/月・火曜
MITSUME HP:
MISONOMI HP:
ARTS&STAY(アーツアンドステイ )
石川県金沢市森山地区
ARTS&STAY:

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