日本全国に張り巡らされた水道管の全長は約74万km――地球の約18.5周分に相当する。地球と月を往復できる、まさに天文学的な距離だ。風呂やトイレ、炊事や洗濯で、私たちは一人当たり1日に約220リットルもの水を使っている※。日々の暮らしは安心・安全な水の供給によって成り立っているのだ。
ただし、その水道管には「老朽化」という課題が存在している。近代水道事業が始まって1世紀以上。国土にあまねく水道が普及したが、高度経済成長期に多く布設された水道管の耐用年数が迫っている。法廷耐用年数の40年を超えている水道管の割合は年々増加しており、今後ますます増加すると予想されている。それに対し、管路を1年間にどれだけ更新したかを示す「更新率」は0.64%(令和3年)にとどまっており、水道管を一新するまでは100年以上がかかる計算だ。
能登半島地震では水道の寸断が長期化し、避難生活や復旧活動に支障が出た。南海トラフ巨大地震など大地震発生の切迫性が指摘される地震大国・日本において、水道インフラの耐震化が急務だ。
さらに、全国の主要な水道管「基幹管路」の耐震化は急ぎ進められているが、耐震適合率は42.3%(2022年)と、まだ低い状況にある。
安全に、そして快適に水を使ってもらうために。そして、災害時にも給水を滞らせないために。水道管更新のソリューションとして注目を集めているのがポリエチレン製の水道管である。
積水化学は、水道用の耐震型高性能ポリエチレン管「エスロハイパー」を1995年に開発し、地道な普及活動を重ねてきた。栗東工場を訪ね、本製品に携わる3名に、エスロハイパーの特長と全国的に進む採用について、さらに社会インフラとしてのポテンシャルを聞く。
※東京都水道局「もっと知りたい 水道のこと」
阪神・淡路大震災の現場を歩き、エスロハイパー開発の志を立てた
積水化学は、1952年に日本で初めて硬質塩化ビニル管「エスロンパイプ」の量産化を開始し、戦後の水道普及に貢献してきた。ポリエチレン水道管に着目したのは、海外の技術動向をウォッチし続けてきたからだ。1990年代初頭、イギリスでは耐久性の高いポリエチレン管が水道用に使われていた。グローバルの潮流を見定め、積水化学も水道用のポリエチレン管の開発に着手したのは1994年12月のことだ。当時を知る栗尾浩行が振り返る。
「国内でもガス管や下水管でポリエチレン管の採用が進んでおり、その耐震性は知られていました。それを裏打ちしたのが、1995年1月に発生した阪神淡路大震災です。未曾有の大災害でも、ポリエチレン製のガス管はほとんど被害を受けていませんでした。当時の開発メンバーは『阪神大震災の現場を見て、一気に本気モードに加速したんです。水道管もポリエチレン管でいくしかないと確信しました』と語っています」
社内にはガス用のポリエチレン管の開発で技術が蓄積されており、水道用にも転用が可能です。ただ、ポリエチレンが水道の高い内圧に耐えられるかという懸念がありました。海外では水道用として使える高品質のポリエチレン樹脂が開発されています。そこで、長期耐久性と剛性が高く、日本の水道水に適した耐塩素水性を備えた材料を原料メーカーと共同で開発しました。この材料によって、実用化のめどが立ったのです」
材料の進化と積水化学の加工技術がマッチし、スピード感を持って開発が進んだ。1995年7月、日本で初めて配水用のポリエチレン管が山口県防府市で試験導入されている。阪神・淡路大震災からわずか半年後、エスロハイパーの第一歩が踏み出されたのだ。
水道で「ポリエチレン管」が注目を集める理由は
2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う東日本大震災で、水道インフラは甚大な被害を受けた。長期間にわたって生活の基盤である水道が使えなかったのだ。この教訓を受け、厚生労働省は2015年に「水道の耐震化計画策定指針」を改定し、給水装置の管種や継手を耐震性の高いものへ更新することを規定した。ここでフォーカスされたのが、ポリエチレン管をはじめとした、高い耐震性を持つ水道管である。
エスロハイパーを手がける栗尾が背景を解説する。
「日本は地震大国であり、水道管の破損によって水の供給が途絶えることが大きな課題でした。この課題に対して効果的な解決策となるのがポリエチレン管です。高い耐震性能が評価され、その布設距離は鋳鉄管を上回るほどに伸びています」
積水化学工業 環境・ライフラインカンパニー 総合研究所 エンジニアリングセンター 管材グループ 課長 栗尾浩行 (技術士(上下水道部門))
水道配水用ポリエチレン管の採用実績
同じくポリエチレン管の開発をリードする森高紘平が、水道管市場の動向を補足する。
「大きな地震の発生が続く中で、インフラ耐震化の重要性は一層高まっています。一方、水道管路の耐震適合率を向上させるためにはより多くの予算が必要となります。そのため、経済性に優れたポリエチレン管の採用に関心を示す水道事業体が増えています」
積水化学工業 環境・ライフラインカンパニー 管材事業部 課長 森高紘平
積水化学は1996年に、水道用耐震型高性能ポリエチレン管「エスロハイパー」を正式発売した。その強みは、多くの地震で「被害ゼロ」を達成した耐震性能にある。2004年の新潟中越地震、2007年の能登半島地震、新潟県中越沖地震、2008年の岩手・宮城内陸地震、そして2011年の東北地方太平洋沖地震――記憶に新しい多くの激震で、水道管として布設されたエスロハイパーは「被害なし(被害率0カ所/km)」が報告されている。福島充貴が耐震性を支える「EF接合」について解説する。
「ポリエチレン管は継手と施工時に一体化できることが大きな特徴です。これは、継手内部の電熱線に電気を流して熱を発生させ、管と継手を溶融して接合する、EF(エレクトロフュージョン)接合方式によるものです。地震によって水道管が破壊される場合、継手部分が抜けたり割れたりするケースがほとんどです。EF接合によって管と継手が一体化したエスロハイパーは高い耐震性能を持ちます」
電気融着によるEF接合により、管と継手が一体化する
耐震性能を支えるのはポリエチレン管ならではの「柔軟性」だ。福島がさらに補足する。
「ポリエチレン管は柔軟性が高く、地震が発生した際には管自体が柔軟に変形して地盤の動きに追従するため、破損しにくいのです」
積水化学工業 環境・ライフラインカンパニー 総合研究所 エンジニアリングセンター 管材グループ 福島充貴
ポリエチレン管はさびや腐食が発生しないため、長期にわたって使い続けられる。エスロハイパーの更新基準年数は100年という設定だが、外部有識者を交えた委員会での検証結果に基づく。栗尾が解説する。
「樹脂管は長期にわたって水圧がかかり続けるとクリープ現象により破壊する可能性があります。私たちは、95℃の熱湯の中で内圧を付加する促進試験を1年以上実施し、国際規格であるISO規格の判定基準に基づく内圧に対する耐久性を証明。耐塩素水性やレベル2地震動に対する管のダメージ評価といった耐震性も含めて評価を行い、理論的に100年以上の耐久性を確認しています」
鋳鉄管に比べてポリエチレン管は軽量だ。これは施工性・省力化のメリットにつながる。技術営業として施工業者とコンタクトする福島が、施工現場の反応を語る。
「軽量で人力でも運べ、重機の使用が困難な狭小地や傾斜地でも施工できます。取り回しやすさが施工業者に好評です。高い柔軟性で緩やかに曲げた配管も可能なため、曲管の使用を減らして施工期間の短縮化と材料費の抑制ができます。労働人口が減少する中で、現場ではマンパワーの確保が課題です。施工現場の課題を解決するためにも、エスロハイパーの採用を進めたいと思います」
高い柔軟性を持ち、地震による隆起や横ずれでも破損しにくいのが特長
社会インフラの維持に貢献し、安心・安全な未来を支えていく
発売以来、エスロハイパーは順調に布設距離を伸ばしてきた。約30年の歩みを栗尾が振り返る。
「私たちが手がけるのは公共事業です。他社に比較していい製品を作るだけでなく、ポリエチレン管そのものの普及が進むよう、新たな機能を加え、技術開発にも注力。業界のスタンダードを目指して普及を進めてきました」
エスロハイパーは公道下に埋設される配水管にとどまらず、各家庭の止水栓やメーターまでの給水管まで、つまり水道のラストワンマイルまでカバーする。これは積水化学が積み上げてきた総合力のなせる業だ、と森高は強調した。
「水道管には、道路の下に大きなパイプで布設される配水管と、配水管から分岐して各家庭に水を届ける給水管があります。私たちは給水から配水までの水道管路を開発し、豊富な水道管製品をそろえてきました。ワンストップで行えること、それが私たちの強みです」
優れた耐震性を体感してもらうべく、実演装置を搭載したキャラバンカーが全国を巡回する。全国の水道事業者や施工業者に向け、累計で2,000回以上も開催してきた出前説明会だ。栗尾は、草の根的な啓発活動に言及する。
ポリエチレン管や継手の性能実演機を搭載したキャラバンカーが全国を巡り、実演を通して高い性能をアピール
「地震を想定した実験では、パイプが圧力をかけて曲げられても折れたり割れたりせず、柔軟に追従する様子に目を見張る方が多くいらっしゃいます。ものづくり文化が結実したエスロハイパーをさらに多くの水道事業者に届けていければと思います」
3名はエスロハイパーに携わりつつ、「世界の水環境の創造・保全に貢献する」環境・ライフラインカンパニーのミッションに思いをはせる。
「栗尾さんらから開発・販売が始まった当時の話を聞き、黎明期の苦闘に思いをはせることがあります。施工性の向上や材料をさらに突き詰め、工事の省力化やコスト削減を実現していきたいですね。歩みを止めることなく、エスロハイパーを進化させていきます」と福島は水道業界の未来に目を向けた。
栗尾は、エンジニアとして製品と周辺技術のさらなるブラッシュアップを誓う。
「管の位置を特定するなどし、施工管理のプロセスを最適化しつつ、融着施工に用いるコントローラーの改良も進め、さらに安全で迅速な施工環境を提供します。水道の利用者にも、そして施工現場にも安心・安全を届ける。それが私たちのイズムです」
耐震性や施工性をさらに磨き上げつつ、時代に沿った製品への進化も求められる。森高が触れるのは、環境に配慮した製品のあり方だ。
「当社は社会課題解決への貢献を重要視しています。エスロハイパーの長期耐久性・原料から製造工程における温室効果ガス排出が少ないことによる環境貢献、また、製造時に発生する端材のリサイクル活用も行っています。これはサステナブルな社会の実現に寄与するものです」
災害が頻発し、国土の強靱化が求められる時代に、安全だけではなく、人々のウェルビーイングも支えて快適な暮らしを下支えする。これは水道管材に携わるメーカーの使命だ。安定供給を支えるエスロハイパーが、「未来につづく安心」を社会に届ける。
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