「旅する日本酒ペアリング~世界の料理と久保田~」の第9回目が開催されました。イタリア、フランス、バスク、北欧とさまざまな料理と共に久保田を楽しんできましたが、今回はドイツ、オーストリア料理との組み合わせです。ドイツ語圏の料理に触れながら季節のお酒も登場した「旅する日本酒ペアリング」のイベントレポートをします。
ドイツの郷土料理
ドイツはヨーロッパの中央部に位置し、ベルギーやフランス、オーストリア、チェコといった9つの国と国境を接しているため、それぞれの影響を受けながら個性の異なる料理があり、東西南北の地域で特徴的な郷土料理が存在します。例えば、バイエルン州を有する南部には誰もが一度は食べたいと思う王道の豚すね肉料理Schweinshaxe(シュヴァインスハクセ)やクリスマスの定番菓子Lebkuchen(レープクーヘン)。西部にはフランクフルト名物のFrankfurter Grüne Soße(フランクフルター・グリューネゾーセ)があり、ハーブにサワークリームやゆで卵などを混ぜてつくる料理で復活祭直前の木曜日に食べるのが伝統。また北部は港町ハンブルクがあることからAalsuppe(アールズッペ)というウナギと乾燥果物を使ったスープなど、魚介を使った料理も数多く存在します。
ドイツ語圏の料理を満喫できる「Blauer Engel(ブラウアーエンゲル)」
私立大学や大使館が集まる市ヶ谷に、2023年6月にオープンした「Blauer Engel(ブラウアーエンゲル)」は、立派な一枚板のカウンターにオープンキッチンというライブ感ある店内で、ドイツ、オーストリア料理を堪能できる人気店です。シェフはドイツをこよなく愛する山口雅鷹さん。普段お店で提供するアルコール類はドイツやオーストリアのワインが中心ですが、意外にも日本酒も用意してあり「選択肢の幅を広げたいから」と、常にお客様目線のシェフ。この場所で「久保田」はどういった顔を見せてくれるのか、ドイツ料理とどう交わるのか、とても楽しみです。
ドイツ料理と日本酒の出会い
ドイツはジャガイモ料理が豊富というイメージがありますが、実際にドイツの食生活には欠かせない食材です。南米から渡ってきたジャガイモは、冷涼な気候でもよく育ち、さまざまな土壌にも適応するためドイツの広い範囲での栽培が可能。保存もきくことから重宝され、何より食糧不足が深刻だった時代を何度も救った救世主。ドイツの国民食のような存在です。
野菜類は日本のように種類が豊富ではありませんが、春になるとジャガイモの他に国民が熱狂するものがあります。それは “白い金” や ”食べられる象牙” などと称されるシュパーゲル(白アスパラガス)。4月上旬から6月24日(聖ヨハネの日)まで収穫されるシュパーゲルは春を代表する野菜で、イベント開催時はシュパーゲルが旬真っ盛り。シュパーゲルをふんだんに使った料理が並びました。
ドイツパンの盛り合わせ シュパーゲルのチーズディップ添え × 久保田 萬寿
基本はドイツパンですが、山口シェフのアイデアが光るパンの盛り合わせと、華やかな「久保田 萬寿」でスタートとなりました。
カレンツとライ麦のパンは、ライ麦の香ばしさにしっとりとした甘みとドライフルーツらしい粘り気のある香りを持つカレンツが相性抜群。北海道産のスペルト小麦を使ったパンは、シンプルでありながらモチッとした食感で食べ応えがあります。スペルト小麦は普通小麦の原種にあたる古代穀物で、上品な酸の香りが特徴的。
ブレッツェルは、製法特有のアルカリ効果によるメイラード反応できれいな褐色が魅力的。外側はまさにブレッツェルらしくツルリとしていてしっかりとした噛み応えがあるものの、蕎麦粉が入っているためムッチリとした食感になっていて、香りも味も蕎麦が全面に出ているここでしか食べられない味。
定番のゼンメルも長野県の蕎麦粉とおからが入っていて穀物感がしっかりとあり、シンプルでありながら奥深いパンに仕上がっています。
玉ネギケーキという意味のツヴィーベルクーヘンは、山口シェフの友人が新島で作っているという玉ネギを使用。キッシュのような塩気のきいたケーキで、サワークリームの優しい酸味としっとりとした甘い玉ネギ、キャラウェイシードの爽やかさが一体となったボリュームのあるケーキです。
シュパーゲルのディップは白アスパラガス独特の香りと甘さが広がり、舌触りが滑らかではかなく消えていく軽さ。何につけても丁度よく、特にカレンツのパンとは最強タッグでした。
「久保田 萬寿」はメロンのようなねっとりした甘さとリンゴのような爽やかなキレのある甘い香りを持つお酒。ボリュームのある味わいで後半はアルコールの刺激と若干の苦味で引き締まります。ドライフルーツの枯れた感じが加わることでより一層深みが増し、また、スペルト小麦の酸味が足されると上品さに磨きがかかり、蕎麦の穀物感で更にパワフルに。それぞれのパンと一緒に味わうことで、萬寿の変化が楽しめます。シュパーゲルのディップは萬寿の滑らかさとコクを強調し、お酒をグッと美味しくしてくれました。
シュパーゲルのクリームスープ × 久保田 スパークリング
白アスパラガス特有の香りが鮮烈に鼻に抜けるクリームスープは、軽いミルキーさで優しく、ほんのりとした甘さと滑らかなとろみで一体感が増し、見た目にも可愛らしいイチゴのキレのある酸味がアクセント。
イチゴもドイツでの春〜初夏の代表的な食材で、なんと一人当たりの年間消費量が約3.7kg。日本人が約770gと言われているのですから、ドイツのイチゴの人気の高さといかに愛されているかがわかります。白アスパラガスとイチゴという組み合わせは、まさにドイツの初夏を表現。キュートなマイクロハーブ、クレイジーピーがえんどう豆の味わいで、このグリーンのトーンが「久保田 スパークリング」とのつなぎ役となっていました。程よい甘さがスープの甘さと絡み合い、甘さの相乗効果に包まれる優しい組み合わせで、最後はスパークリングの炭酸が全体の味を引き締める役割をしています。
シュパーゲルのお浸しと信州サーモンのマリネ × 久保田 百寿 / 久保田 純米大吟醸 / 久保田 碧寿
一皿に3種類のお酒が提供されるのは初めてですが、それほど盛りだくさんな内容の一皿です。
ポテトサラダは全体的にすっきりとした酸味が効かせてあり、じゃがいもと玉ネギの甘みが引き立て合い、玉ネギのシャキシャキさがアクセント。
ニシンの酢漬けは、脂がのっていてしっとりジューシー。
サーモンのマリネは、信州サーモンを使用。信州サーモンは、長野県で10年もの月日をかけてやっと誕生した、ニジマスとブラウントラウトを掛け合わせた信州独自の養殖魚。肉質が滑らかできめ細かいのが特徴。ここに歯ごたえのしっかりしたニジマスの卵が加わることで、とろりと口当たりの良いサーモンにパキッとした食感を与え、ディルの風味によってサーモンの旨味がぐっと全面に出ています。
シュパーゲルのお浸しはシャキッとした食感を残しつつ一口噛めばジュワッと出汁が溢れだし、昆布と鰹の風味が日本人に馴染む味。
スタッフが試食した段階では、ポテトサラダとニシンには「久保田 百寿」、サーモンには「久保田 純米大吟醸」、シュパーゲルには「久保田 碧寿」をペアリングすると良いという結果になったといいます。確かに、ニシンの脂っぽさを百寿のドライさが洗い流し、サーモンとニジマスの卵の脂は純米大吟醸のりんごやパイナップルにも似たフルーティーな香りとよく合っていて、お浸しの穏やかな味に碧寿のコクが合わさることでみずみずしいアスパラガスがお肉のようなジュージーさに感じられます。更に、添えられたベリーのドレッシングの酸によってそれぞれのお酒とも繋がり、特にグリーンピースのソースは程よい粒々感と淡い甘さで、これらと混ぜ合わせることで3種の銘柄全てに合わせられる魅惑のソースとなっていました。
松坂豚フィレのシュニッツェル 月夜実のコンフィチュール添え × 久保田 萬寿 自社酵母仕込
シュニッツェルとは仔牛肉などを薄く叩いてカツレツにした、オーストリアを代表する料理。起源は北イタリアで、オーストリアの将軍が北イタリア遠征の際に製法をウィーンに持ち帰ったという説と、北イタリア独立運動の際にミラノから持ち帰ったという説と様々。
今回は松坂豚のシュニッツェルで、薄く切られた肉とは思えないほど肉の主張が強い仕上がり。カリッと揚げ焼きされた衣は、パン粉が粗めでゴロゴロとした部分がとにかく油を吸って美味しく、キレが良く苦味のある月夜実のコンフィチュールと素揚げされたタイムの香りが肉のコクを引き立てています。月夜実は、宮崎県で生産されている希少な純国産グレープフルーツで、なんとも贅沢なコンフィチュールです。芽キャベツは、素揚げされ甘苦い味わいで合間に味を引き締める役割。追熟されたインカのめざめはホクホクと甘くコクがあり、キャベツ本来の甘さが感じられるザワークラウトは優しい味わいで、メインのシュニッツェルを引き立てる付け合わせが揃っています。
「久保田 萬寿 自社酵母仕込」は百合のような華やかさと果実のような甘い香りの高級感のあるお酒。香り高くボリューム感のあるお酒と料理のボリューム感が丁度良く合っていて、コンフィチュールの苦味、肉の旨味、衣の食感が渾然一体となり、萬寿 自社酵母仕込のフルーティーさと滑らかさが包み込んでいました。
シュペッツレは南西部のシュヴァーベン地方の言葉で “小さな雀” という意味を持ち、ドイツやオーストリア、イタリアの南チロル地方、フランスのアルザス地方、スイスなど幅広く食べられているショートパスタ。シュペッツレメーカーに卵入りの生地を入れシュッシュッと削るように押し出して茹でられたシュペッツレはクニュクニュとした食感、一口サイズで食べやすく、なぜか懐かしさと優しさを感じられるパスタです。これに軽やかなチーズソースが絡まってほっこりと心休まるよう。全体的に丸みのある味わいなので、黒こしょうのカリッとした歯ざわりと辛味、フライドオニオンのカリカリさとオイリーさが非常にきいている一品。
お酒は、軽快で爽快、香りからドライな印象の「久保田 紅寿」。アルコールの刺激でフィニッシュする味わいが、ケーゼシュペッツレと合わせることで刺激が減り、紅寿の隠れた甘さが出てきて、爽やかな酸がパスタの重さを消し去り、すっきりとさせる効果を生み出していました。
シュパーゲルのババロアとクグロフ × 久保田 翠寿
目の前に出された瞬間から白アスパラガスの香りが立ち上るほど、最後までシュパーゲルを楽しめるコースとなりました。ババロアは、19世紀頃フランス人シェフがバイエルンの貴族のために考案したことからこの地方の名前をつけたという説が有力。ドイツ発祥のお菓子と言えるでしょう。
アスパラの甘さ、香り、フレッシュさを存分に感じられる絶品ババロアは、シャキッと茹でられたアスパラの食感と、爽やかな酸、余韻の甘さがとてもきれい。
季節限定の「久保田 翠寿」のフレッシュな印象ともぴったりで軽やかにフィニッシュします。クグロフは思わず顔がほころぶホワッとした食感で、甘みはしっかりめ。香ばしさがあり、ナッティで余韻の長いお菓子です。翠寿は生酒らしい青々しさと若々しい香りで爽快さが際立っているため、クグロフの甘さを引き締める役割。久保田らしいキレの良い締めくくりとなりました。
「ドイツ料理の入門編という構成でした」と山口シェフ。実際に参加者も、こんなに様々なドイツ料理があるのかと感激していた様子。それでもまだ入門編。ドイツ料理の奥深さはどこまであるのでしょうか。
日本酒との組み合わせにも可能性を感じ、もっと他にも食べてみたい!と思う内容でした。皆さんも、まだ味わったことのないドイツ語圏の料理を、ここ「Blauer Engel(ブラウアーエンゲル)」で堪能してみませんか。
各国の料理ともなじんでいく日本酒、今後の久保田の旅も待ち遠しくてなりません。
まゆみ
酒匠、料理研究家。 1日も欠かすことなく酒を呑み続ける驚胃の持ち主。酒と蕎麦と音楽を愛する。著書「うち飲みレシピ」「スバラ式弁当」。viawww.instagram.com