IRとHRをつなぐ人的資本情報ISO30414で実現する統合報告の進化

2025.04.15 10:00
目次
無形資産時代に高まる人的資本の価値人的資本情報の「見える化」とISO30414丸井グループに学ぶ統合報告の進化:IRとHRを結ぶストーリーITSUDATSUの支援で“組織の葛藤”に向き合った、地方製造業の「後継者準備率」への挑戦「人的資本の開示」に、物語を。
無形資産時代に高まる人的資本の価値
現代の企業競争力は、有形資産から無形資産、特に「人」へとシフトしつつあります​。
人材を資源ではなく資本とみなす人的資本経営は経営者にとって重要なテーマであり、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の隆盛もこの流れを後押ししています。


こうした背景から、社内の人事(HR)データを投資家向け情報(IR)に統合し、財務と非財務を結び付けて開示する動きが加速しています。
統合報告書は財務情報と人的資本など非財務情報を融合し、無形資産が将来の財務成果に与える影響を可視化するものです。


日本でも人的資本への注目は高まっており、2020年の「人材版伊藤レポート」では経営戦略と人材戦略の連動が提言され、2022年には実践事例集も公表されました​。さらに政府は非財務情報の開示を推進し、統合報告等における人的資本開示のガイドライン「人的資本可視化指針」を策定、加えて2023年からは有価証券報告書での開示が義務化されています。人的資本情報の充実は今や企業の責務であり、財務情報との一体的な発信が求められるようになりました。
人的資本情報の「見える化」とISO30414
では、人的資本の「価値」をどのように測り伝えるべきでしょうか。


鍵となるのが「ISO30414」という国際標準ガイドラインです。ISO30414は2018年に策定された人的資本情報開示の指針で、企業が自社の人的資本を社内外ステークホルダーにどう開示すべきかを示しています​。技能・能力、ダイバーシティ、エンゲージメントなど11の領域で計58の指標が定義されており、業種や規模を問わず適用可能な包括的フレームワークです。


ISO30414に沿って人的資本情報を定量化・開示することで、比較可能で透明性の高い開示が実現します​。各社バラバラだった人事データを国際標準の指標で示すことで、投資家をはじめ世界中のステークホルダーに自社の無形資産を共通の物差しで伝えられ、信頼構築にもつながります​。


また、指標に基づく人材データの収集・分析プロセス自体が、企業にデータ駆動型の人材マネジメントを根付かせます。人材データの体系的蓄積は重要な経営資源となり、定量化によって課題発見や施策効果の測定が容易になります​。


この結果、経営戦略と人事戦略の整合性が高まり、人への投資を成果につなげるPDCAサイクルが回り始めるのです。
丸井グループに学ぶ統合報告の進化:IRとHRを結ぶストーリー
ISO30414の考え方を取り入れることで、統合報告は価値創造のストーリーとしての深みを増します。企業はビジョンや経営戦略と、人材育成・組織開発の施策とを有機的に結び付けた物語を描けるようになります。


例えば、最も分かりやすいKPIの例には「人的資本ROI(従業員への投資に対する利益率)」があります。


研修など人材育成への投資がどれだけ業績にインパクトしたかを示す指標で​、このような数値を用いれば人材戦略と財務成果の関連性を具体的に示すことができます。


最も好例なのが丸井グループでした。
丸井グループは人的資本ROIに関する情報開示でも先進的な企業として知られています。同社は経営理念に「人の成長=企業の成長」を掲げ、人的資本を企業価値の源泉と位置付けており​、その考えの下で人的資本への投資と成果を積極的に公開しています。実際、人的資本投資のIRR(12.7%)を開示資料に明記し、人材投資の効果測定指標として活用しています​。このように人的資本の投資対効果を具体的な数値で示す取り組みは日本企業ではまだ珍しく、丸井グループはその先駆者と言えるかと思います。


実際、丸井グループが試算したところでは人的資本投資320億円に対し、新規事業から得られる限界利益は560億円にのぼる見込みであり、投資対効果としてIRR12.7%という高い数字で財務貢献が証明されています​。このIRR12.7%という人的資本ROIは、店舗など有形資産投資のハードルレート(約10%)を上回っており、人材への投資が株主資本コスト以上のリターンを生む経営資源であることを示しました​。
言い換えれば、同社の人的資本施策は企業価値向上に直結する収益ドライバーとなっているのです。他にも一人あたり付加価値や離職率、エンゲージメントスコアなどのKPIを財務指標と並べて開示すれば、企業の強みや課題が立体的に浮かび上がります。統合報告書はこうした財務と非財務の融合によって、従来以上に説得力のあるものへと進化しつつあります。
ITSUDATSUの支援で“組織の葛藤”に向き合った、地方製造業の「後継者準備率」への挑戦
ここで一つIRとHRを繋いだ好事例をご紹介させていただきます。


私たちITSUDATSUがご支援した、地方都市に本社を構えるプライム市場上場の老舗製造業A社様では、ISO30414の導入を契機に、人的資本経営への本格的な転換が始まりました。
A社様は従業員1000名規模の精密部品メーカーであり、高精度加工を強みに大手自動車・航空機メーカーと取引を続けてきましたが、創業家出身の高齢社長による属人的な経営が長く続き、後継者不在による事業継続リスクが顕在化していたのです。


私たちが最初に取り組んだのは、「開示の整備」ではなく、経営層と人事部門との対話を通じて、本質的に組織変えるべき問いを見出すことでした。
その過程で導き出されたのが、ISO30414の指標の代表的な一つである「後継者準備率」をA社様の中核KPIに据えるという決断でした。
後継者準備率は、経営継続性(サステナビリティ)や人材リスク管理に直結する重要KPIです。
後継者準備率とは
後継者準備率(%) = 後継者が特定されている重要ポジションの数 ÷ 全ての重要ポジションの数 × 100  
にて算出が可能になります。


KPIの設計において、私たちはHOW(どのように育てるか)ではなく、まずWHO(誰を育てるか)という問いを最重要視しました。経営幹部候補育成の焦点が、平均的な研修プログラムに流れていないか。真に組織の未来を担う人材は、そもそも見出されているのか。私たちは、組織の文脈に深く入り込みながら、形式的な評価だけでは見えない「要人材」の探索に力を注ぎました。
ITSUDATSUが最も得意とする精神的自律度合いの高さの分析をはじめとし、社内評価、エンゲージメントスコア、成長速度/成長角度、同僚からの信頼度、部署内でのハブ的な振る舞い――そうした複数の要素を組み合わせて、未来を託すべき10名の要人材を発掘するところから支援が始まりました。


私たちがA社とのプロジェクトで直面した最初の壁は、「要人材特定の方法への納得度」でした。規模も大きく、伝統的な会社だったため、「誰を経営幹部候補とするのか」は非常に慎重になる傾向があり、何より「これまでの登用の仕方が否定されるのではないか」という心理的防衛反応が強く存在していました。


あるミドルマネージャーの言葉が印象的でした。
「“要人材”って誰が決めるんですか?それが可視化されることで、現場に分断が生まれない保証はあるんですか?」
この問いに、私たちは即答できませんでした。


なぜなら、それはKPIの設計精度やロジックの話ではなく、組織の中で長年培われてきた“登用観”や“序列意識”、そしてその裏にある信頼関係への暗黙のルールに触れるものだったからです。組織に染みついた価値観や、“人が人を選ぶこと”への繊細な葛藤に関わるテーマだからこそ非常にセンシティブだったと振り返っています。


 私たちは、その違和感と不信感を正面から受け止め、プロジェクト初期の1ヶ月間は、ほぼ対話に費やしました。なぜ要人材を起点とした後継者準備率というKPIが必要なのかそれが組織のどんな可能性を拓くのか「測られる」ことがどう「信頼される」ことにつながるのか


私たちがやったことは、傾聴、対話、伴走。
どこまで制度の意味を“翻訳”すべきか──それを、現場と共に探す日々でした。
そしてある時、1人の課長職がぽつりと漏らしました。
「“選ばれた人”がいるってことは、同時に“選ばれなかった人”がいるということ。そう思うと、正直これまで少し躊躇していました。部下にも、知らず知らずのうちにそんな空気を伝えていたかもしれません。でも今は、ITSUDATSUさんの “変わりやすい人から順に変わっていく” “育成には優先順位が必要” という言葉にすごく納得しています。全部の部下を同じ熱量で育てなきゃいけないと思い込んでいた自分の気持ちが、少し楽になりました。」 
その言葉が、組織に沈んでいた“不安”と”この先の未来”を言語化した瞬間でした。


私たちITSUDATSUが大切にしているのは、KPIを“設計する技術”と、“浸透させる感受性”の両方です。KPI設計・開発の精度がいかに高くても、組織に根を張らなければ意味がありません。だからこそ、制度導入の一歩手前にある心理的ハードルそのものに向き合う覚悟を持ちました。


そして、要人材10名を対象に、選抜育成プログラムを導入。要となる人材を起点としたプロジェクトの組成教育投資額も優先的に行い、要人材一人当たりの年間研修投資額は従来比で約3倍になりました。
1年後、要人材の8割が社内の重点ポジションに登用され、後継者準備率も42%から58%へ16ポイント上昇しました。単なる数値の改善にとどまらず、A社様の幹部層の構造が実際に若返り、かつ現場の信頼を得た後継体制が徐々に機能し始めました。


また、これらの「後継者準備率」や「要人材育成投資額」といった新たな人的資本KPIを、A社は翌期の統合報告書にも明示的に開示しました。人的資本を定量・定性的に語れる企業として、ESG投資家や取引先の注目を集めるようになりました。とりわけ、後継体制整備の進展をKPIと紐づけて説明したことで、サステナビリティに対する中長期の信頼が高まり、その後のIR活動において、国内外の投資家からの問い合わせ件数が前年比で約2倍に増加しました。


さらに、後継者候補者の育成が社内の士気向上にも繋がり、現場からの提案制度が活性化。1件の新規事業提案が正式採用され、数千万円規模の売上見込みが立つなど、人的資本施策が新たな事業創出に波及する好循環も生まれ始めてきました。


この取り組みは、単に内部の育成指標の改善ではなく、「企業の持続性」と「価値創造力」に直結するエビデンスとして、経営と市場の両方にポジティブなインパクトをもたらしました。A社にとって、人的資本開示は単なる“報告項目”ではなく、企業価値そのものを形づくる人的資本マネジメントの一部となったのです。
「人的資本の開示」に、物語を。
ITSUDATSUの支援スタンスは、制度を導入することではなく、“いかに、お客様と物語をともに創れるか”にあります。KPIは、組織が社内外に語りかける意図でもあり、メッセージであり、未来を測るものさしでもあります。


A社との取り組みは、数字の開示を超えて、「人的資本が企業価値をどう高めるか、直結させるか」という問いに、経営と現場が対話しながら向き合ったプロセスそのものでした。


開示は義務かもしれないですが、その中に、貴社だけの物語を描けるかどうかは、問い方と支援の深度で決まるかと思います。


私たちはこれからも、形式ではなく本質にこだわり、「人的資本を言葉にする」ことを通じて、組織の未来を描く支援を続けていきます。

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