<写真:聖山労作の作業>
東京都町田市を中心に、神奈川県横浜市、川崎市にもまたがる広大で緑豊かなキャンパスを持つ玉川学園。新宿から30分ほどで到着する学園内には、広々とした玉川の丘の都市緑地が広がり、ここに通う園児・児童・生徒・学生ばかりでなく、近隣の住民をどこかホッとさせる自然があります。61万m2と広いキャンパスで学ぶ者が自ら自然を整備する活動を行うのは、他の学校などにはあまり見られない特色でもあります。
2月に行われた、学内にある「聖山」を整備する「聖山労作」の様子を訪ねてみました。この聖山労作は2019年度より開始され、毎年継続して実施されていて、今年で6年目となる環境整備の活動。学生の自主的な参加と専門家の協力により実施されています。
<写真:聖山労作の作業の様子>
「それでは散布を始めてください!」
玉川大学農学部の友常満利准教授の号令で、学生たちが手にした袋の中から「バイオチャー」と呼ばれる炭を散布し始めました。この日、自主的に参加した農学部、芸術学部、教育学部、工学部の大学生約60人が、時折吹く風に煽られながら、用意された約250㌔のバイオチャーを瞬く間に散布し終えました。
<写真:友常先生>
友常准教授によると、2020年以降の気候変動や環境問題への取り組みを定めた国際条約である「パリ協定」の中でも、温室効果ガスの削減に向け、炭の利活用が注目されているといいます。枯死した木は数十年で微生物によって分解され二酸化炭素が大気へと放出されてしまいますが、炭にすることで長く分解されずに炭素を留めておくことができます。また、都市域の森に撒けば土壌改良にもつながり、森の二酸化炭素の吸収能力を高めることが期待されます。玉川大学農学部では年間に約1トンもの炭を学生が実習の中で作り出し、マイナスカーボンな社会を目指した取り組みを進めているとのこと。「世界でも画期的な最先端の研究です」と友常准教授は胸を張ります。
炭が撒かれた聖山の一角は、この日の午前中に参加した学生らが自ら老木などの伐採や枯れ木の整理を行った場所です。木は年を取ると二酸化炭素の吸収力が低下し、倒木の発生など安全面の問題も出てきます。そのため、倒木をそのまま放置すればやがて微生物による木材の分解に伴い、二酸化炭素を放出することになります。これを防ぐためには定期的に伐採して、二酸化炭素の吸収量の多い若木を育て維持するというサイクルも地球温暖化の防止に向けて重要となります。「聖山労作」にはそうした環境保全の大義が込められているのです。
<写真:炭焼き作業>
伐採して乾燥させておいた木が、炭化器に入れられ、学生たちによる炭作りの作業が始まりました。今回、出来上がったバイオチャーは、次の聖山労作や研究活動の中で撒かれる予定です。老木を伐採し、炭を焼き、森に撒き、若木を育てるという循環を繰り返すことで、学内の自然を管理し、緑を守っているのです。ちなみに炭焼きの際には、炭化器の中にサツマイモも入れられ、朝からの作業で空腹となった学生たちを、甘い焼き芋が満たしました。
ところで、この「聖山労作」は、玉川学園内のみにとどまらず、学園外にも「木の輪」を広げ、ひいては地球環境の保全に貢献する人材育成を目的とした「Tamagawa Mokurin Project」
の一つです。木の輪、すなわち「木輪=Mokurin」を広げていく活動で、学生間でもプロジェクトの認知は広がっているようです。
<写真:堀場先生>
今回の聖山労作のリーダーを務め、空間デザインを専門とする芸術学部の堀場絵吏講師は「学生が他学部の学生と話をしながら活動を進めていく様子が印象的で、まさに木で人の輪がつながる感じがしました」と、プロジェクトの学内における広がりを実感した様子でした。また鈴木純郎技術指導員と芸術学部以外の学生も交えて、学内の木の取り組みをディスプレイするギャラリーボードの制作が行われました。これは、玉川学園が創立95周年を迎えたことを記念し、次の100周年に向けて継続性のある労作活動を可視化するためのものです。材料には、過去に聖山で間伐されたヒマラヤスギを使用しました。
堀場講師は「一つのものを作ることに向かい、いろんな学部の学生が関わることの面白さや感性の違う部分を学生自身も感じたのではないでしょうか。皆さんが取り組んだ労作の一つひとつが、未来へとつながる大切な一歩となります。この経験が、学園の歴史を受け継ぐ意義を考えるきっかけとなれば」と語っていました。
<写真:ギャラリーボードの制作>
今回の聖山労作では、更地になっていた大学4号館(旧音楽研究室)跡に「クマノザクラ」16本と「ヒマラヤザクラ」6本、「ウスゲヤマザクラ」2本が植樹されました。植樹により、木を植えて、木を育てる必要性を体験的に学修するものです。植樹作業に先立ち、農学部の山崎旬教授が実演を交えて具体的な説明をおこないました。すなわち、最初に苗木が入る大きさの穴を掘ってから、そこに堆肥を入れた後、苗木を植え、土を戻す際には苗木が真っ直ぐ立つように支柱と結びつける――という手順です。
学生たちは山崎教授の説明する手順に従い、2人1組がペアとなって、大学4号館跡地の斜面を上り下りしながら苗木を運んだり、思ったよりも強固な地面を掘ったり、苗木と支柱を8の字状に結びつけたりしながら汗を流しました。植樹後には一本ずつ丁寧に灌水が行われました。
<写真:山崎先生>
このうち、クマノザクラは、紀伊半島南部が原産で、2018年に新種と判断された日本の固有種。学園の学友会和歌山支部が2019年から創立100周年を迎える2029年まで毎年10本の苗木を玉川学園に贈っています。昨年植樹されたものは幼木ながら、着実に育っており、何年かたてば立派な花を開かせることになりそう。数年後には近隣の方も楽しめる花の山が出来上がりそうです。
<写真:サクラを植樹する学生>
参加した教育学部の学生は「この苗木が気になって、どんな感じで咲くようになるのか。卒業後にもまた見に来てみたい」と笑顔で話しました。また、老木の伐採や枯れ木の整理の作業においては「運んだ丸太は重かったです」「実際に木を倒す作業には迫力がありました」と労作の大変さを体感したことを口々に明かしていました。
<写真:Tamagawa Mokurin project ブース>
工学部の平社和也講師は、「複数の学部の学生が生き生きとともに汗を流す経験はなかなかない」と話し、工学部としては全学科1年生の授業としての「聖山労作」を一昨年から始めたそうで、聖山やその周辺の整備として伐採作業をおこいました。「現役生は当たり前の環境として接しているかもしれないが、卒業してから母校に対する気持ちも強まると思います」と、労作の大切さを説きました。
この日、バイオチャー散布の作業に学生と共に参加した小原一仁学長は、「(学生の)貴重な時間を大学としていただいており、本当にありがたいこと。卒業後も植樹をした桜がいつか花を咲かせる頃に、ぜひまた遊びに来てもらいたいと思います」と挨拶しました。
<写真:バイオチャー散布作業に参加する小原一仁学長>
創立95周年を迎えた玉川学園の創立者、小原國芳は「労作によって知行合一の強固なる意志と実践力を持った人間形成」を重視し、「百聞は一見に如かず、百見は一労作に如かず」と繰り返し語っていたといいます。創立時より長年にわたり、玉川の丘の里山環境を労作により学びの場として学生や生徒たちの手で整備して守ってきた歴史があります。
地球環境への貢献、芸術作品に対する感性、そして学部をまたいだ仲間とともに作業することの尊さ――。労作の大切さを今に伝える「聖山労作」によって、こうしたことを学んだ貴重な経験を次代にもつなぎ、それが緑豊かなキャンパスとなる都市緑地を学生の手で作り上げていく。学生ら自身が木に対する親しみや理解を深めていく。それによって、地球環境保全のために貢献できる人材に学生たちが育っていくことにもつながります。そんなサイクルを実現する一端を担える「聖山労作」は、創立以来の教育理念である「全人教育」そのものであり、他大学などでは経験し得ないかもしれない、玉川学園ならではの強みとも言えそうです。