小川洋子のエッセイ集『遠慮深いうたた寝』河出文庫から2月6日発売、収録作品一篇を特別公開! 2020年にはブッカー国際賞にノミネートされるなど、世界も注目する作家の素顔が垣間見られる極上エッセイ集。

2025.02.06 10:00
河出書房新社
エッセイ集の文庫発売は10年ぶり。名久井直子氏による単行本デザインが第55回造本装幀コンクール「日本書籍出版協会理事長賞」を受賞、文庫版も同氏がデザインを担当。
株式会社河出書房新社(東京都新宿区/代表取締役 小野寺優)は、小川洋子さんのエッセイ集『遠慮深いうたた寝』(税込891円)を河出文庫から2025年2月6日に発売いたします。


「どのエッセイも結局は文学のない世界で生きられないことを告白している」 小川洋子


2020年には日本人で二人目となるイギリス・ブッカー国際賞にノミネートされるなど、国際的にも評価が高い小川洋子さん。
1988年にデビューし、91年に「妊娠カレンダー」で芥川賞、2004年「博士の愛した数式」で読売文学賞・本屋大賞、06年「ミーナの行進」で谷崎潤一郎賞、20年『小箱』で野間文芸賞等々、数々の文学賞を受賞。読者の心を震わせる小説は、世界各国で翻訳刊行され、海外でも絶大な人気と敬愛を集めています。

そんな小川洋子さんの神戸新聞でのエッセイ連載が〈遠慮深いうたた寝〉です。日々の出来事、思い出、創作秘話まで、小川洋子さんの素顔を垣間見ることができる、ファン垂涎の人気連載です。本書『遠慮深いうたた寝』は、約10年分の同紙連載と、そのほかの媒体で書かれた中から選りすぐりの作品を収録したエッセイ集。2021年刊行の単行本版は、九谷焼の人気作家、上出惠悟氏がこの本のために焼いた陶板画を、名久井直子氏がブックデザイン。その装幀が「素敵すぎる!」と評判になり、その後に第55回造本装幀コンクール「日本書籍出版協会理事長賞」を受賞したことも大きな話題となりました。このたびの文庫版も同じブックデザインで刊行いたします。

河出文庫『遠慮深いうたた寝』発売を記念して、収録作品の一篇「集会、胆石、告白」を特別公開いたします。小川洋子さんのエッセイ集の文庫発売はなんと10年ぶり。極上のエッセイ集をポータブルな文庫版で、ぜひお楽しみください!


●「集会、胆石、告白」(河出文庫『遠慮深いうたた寝』収録作品)

 携帯電話で話しながら歩いている人とすれ違う時には、注意が必要だ。ちらっとでも話の内容が耳に入ると、気になって仕方がない。
 つい先日も、スーパーからの帰り道、重いエコバッグを提げ、坂道をよろよろ登っていると、前方に一人、お嬢さんの姿が見えた。お洒落なブーツを履き、長い髪をふんわりカールさせた可愛らしい人だ。その彼女が携帯電話を持ち、こんな幸せなことがあっていいのだろうか、という笑顔を浮かべながら、ほとんどスキップしそうな勢いで近づいてきた。
「……うん、例の集会……とてつもない胆石……告白されたわ」
 私の耳に届いたのはそれだけだった。集会、胆石、告白。これだけを残してお嬢さんは笑い声を上げつつ遠ざかっていった。
 なぜ胆石なのに、しかも、とてつもない胆石なのに、彼女はあんなにうれしそうなのか。それがまず引っ掛かった。もっと重篤な癌のような病を心配していたら、手術で治る胆石だと判明してほっとしたのか。いや、それではあまりにも単純すぎる。曲がりなりにも自分は作家なのだから、もう少し繊細な想像が必要な気がする。
 もしかするとここで重要なのは、胆石ではなく、告白ではないだろうか。あれくらいの若い女性にとって魅力があるのは、やはり告白だ。胆石では地味すぎる。意中の男性からプロポーズされるという、人生でそう何度も出会えない体験をしたからこそ、彼女は舞い上がってしまった。相手はとてつもない胆石の持ち主だけれど、そんなことを忘れさせるくらいに素晴らしい男性に違いない。
 と、ここで集会が気になってくる。青年会、町内会、山歩きの会、タイガースを応援する会、集会にもさまざまある。彼女はその集会で男性と知り合ったのか? いや、駄目だ。また平凡なストーリーに落ち着こうとしている。世界はもっと複雑なはずじゃないか、と私は自分に言い聞かせる。
 それは胆石でアクセサリーを製作する集会なのだ。体内の奥深く、何年にも渡り、コレステロールやカルシウムによって形成された石は、皆独自の色と形を持っている。男性は自分の肉体の一部とも言えるその石で婚約指輪を作り、彼女にプレゼントした。これ以上の愛情を示すプロポーズが他にあるだろうか。そう考えれば、彼女の喜び方も納得がゆく。今でもどこか公民館の一室では、自分の胆石を指輪やネックレスやブレスレットに加工している人々がいる。
 いずれにしても、彼女には幸せになってもらいたいと思う。とてつもない胆石の指輪が二人の永遠の愛の証になってほしいと願う。そう願いながら、家までの長い坂道を登る。そこには書きかけの小説が待っている。

※こちらの文章は転載禁止です。



●小川洋子 略歴
1962年岡山県生まれ。早稲田大学卒業。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞、「妊娠カレンダー」で芥川賞、『博士の愛した数式』で読売文学賞、本屋大賞、『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を受賞。


●新刊情報
書名:遠慮深いうたた寝(河出文庫)
著者:小川洋子
仕様:文庫判/304ページ
発売日:2025年2月6日
税込定価:891円(本体価格810円)
ISBN:978-4-309-42166-7
装丁:名久井直子
URL:

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