2025年に創業200周年を迎える株式会社伊勢半では、この節目に江戸の紅屋として創業した、会社の矜持ともいえるリップメイク分野の研究において、国際学会での発表を実現させたいと夢を描いた社員がいました。
約1年におよぶ奮闘の末、2024年10月14日~17日にブラジル・イグアスで 開催された、第34回国際化粧品技術者会連盟(IFSCC)ブラジル大会2024において、それは現実となりました。
感覚的要素である“塗り心地の良さ”を高めるために用いる原料、「オイル ・ワックスゲル」の結晶構造を解析し、口紅を塗布した際の“しっとり感”の探求について発表した、研究員の朴俊滿(パク・ジュンマン)。
会社としても200年におよぶ歴史で初となる、国際学会での発表に挑んだ朴に発表を決意した経緯から、はるか遠くの開催地、ブラジルでの発表にたどり着くまでの舞台裏について話を聞きました。
IFSCC学会での発表は、野球で例えるなら世界一のメジャーリーグに挑むようなもの
学会を主催する国際化粧品技術者会連盟(IFSCC)は、化粧品分野における国際学術組織のひとつで、現在では世界81の国・地域から51団体が加盟し、総会員数は約16,000名にもなります。学会では世界各地から化粧品研究者らが一堂に会し、最新の研究成果の発表などを行い、化粧品分野の発展に向け知識を深めます。
2024年はブラジル・イグアスで開催され、ポスター発表607件(日本から54件)、口頭発表82件(日本から10件)が行われました。
国際大会での発表は、研究成果の高い学術レベルをはじめ発表者の英語力など多様な能力が求められます。そうした狭き門をくぐり抜けた先にあるIFSCC学術大会は、名実ともに化粧品研究員の夢舞台のひとつとなっています。
「IFSCC学会での発表は、野球で例えるなら世界一のメジャーリーグに挑むようなもの」だといいます。そんな高い目標を自らに課した朴に、発表を決意した理由について聞いてみると、化粧品研究者としての実力を測ってみたかったと話します。
朴:国際的な場で自分の研究を発表することで、他の参加者から多様な視点でフィードバックを得たいと思いました。
IFSCC大会は、化粧品科学の分野で最も権威ある学術大会のひとつです。そうしたところで自分の研究がどう評価されるのか試してみることで、研究員としての成長を促すチャンスが多いと感じ、挑戦することを決意しました。
さらに、異なる国・地域の研究者や専門家と交流し、新たな知見や技術のトレンドを学ぶことで、将来の研究に役立つ情報を吸収し、自分の研究活動にいっそう深みを持たせたいと考えました。
国際学会の発表権を得るまで、試行錯誤の道のり
参加を決意してから本番までの道のりは、挑戦と学びの連続だったといいます。2023年秋ごろからスタートしたエントリーに向けた準備ではまず、国際大会に出場するための研究テーマを明確にすることから取り組みました。リップメイクの研究を専門とする朴は、より優れた口紅を開発することを目指し、口紅が形成される際にできる結晶構造と口紅を塗った際の“しっとり感”を探求する研究をテーマに決めました。
朴:研究の方向性を確定する過程では多くの苦労があり、発表テーマを明確に具体化するのは大変な作業でした。さらに、研究の精度を高めるために多くの実験やデータ分析を行いましたが、途中で期待していた結果が得られなかったり、分析・解析に問題が発生したりすることもあり、幾度となくプランの調整を余儀なくされました。協力機関の方にも意見をいただきながら工夫を凝らし、問題解決のためのアイデアを導き出しました。
研究と並行して英語での論文作成にも取り掛かり、審査基準に合わせた表現や用語の調整には多くの時間をかけたと言います。そうしてようやくエントリーまでたどり着き、ひと息ついたのも束の間。
発表権を得るまでには、委員会による論文内容の厳格な調査・選考が行われ、データの証明や正確な翻訳、専門的な表現を適切に整えるために、何度も見直しと修正を繰り返したそうです。
朴:そうして、ついに「国際学会での発表が認められた」との知らせを受けました。嬉しさの反面、すぐに準備の仕上げに取り掛かり、発表に向けたプレゼンテーションの準備や発表練習もしました。
実際の発表では異なるバックグラウンドを持つ聴衆にわかりやすく伝えるために、専門的な内容をわかりやすく、かつインパクトのある形に整理することを心掛け、発表の内容を何度も練り直しました。
行き詰ったときには一人で悩みすぎずに、上長や同僚など周囲のサポートも借りながら準備を重ね、最終的には自信を持って大会に臨むことができました。
パスポートの次に大切な発表用のポスターが消えた…
こうした過程を経て、IFSCCブラジル大会2024での発表に臨む準備がついに整いました。発表にむけ開催地であるブラジルへと出発した朴。地球の裏側へ30時間を超える旅路では、参加が危ぶまれかねない、予期せぬトラブルもあったそう。
海外旅行では荷物の紛失など予期せぬトラブルはつきものですが、なんと経由地のアメリカで日本から持参した発表用のポスターが行方不明になってしまったといいます…。
朴:サイズ的に機内へ持ち込めず預けましたが、アメリカに到着して乗り換えのために一度荷物を引き取る必要がりました。しかし、いくら経っても出てこず、次の飛行機の時間も迫っていたので、どうしたらよいか焦りました。ポスターがないことにはブラジルまで行っても発表できないので、航空会社の方に事情を説明してなんとかプリントしてブラジルへ向かいました。
規定のサイズを満たしてはないのですが、もう仕方がないと思い1日目の発表はそれで凌ぎ、2日目以降は主催の方が規定サイズのポスターを印刷してくださり、なんとか終えることができました。
最終的には、行方不明になっていたポスターも見つかり、帰国後に遅れて手もとへ戻ってきました。
現地で作成してもらった標準サイズのポスターを入手し喜んでいる様子
思いがけないトラブルに見舞われながらも発表をやり遂げ、さらに世界中の参加者との情報交換や交流もあり、実りの多い滞在だったそう。特に印象的だったのは、世界中の化粧品研究者や専門家たちが集まり、それぞれの分野での最新の研究成果を発表し合う熱気と活気だったとのことです。
朴:大会中、いくつかのプレゼンテーションやパネルディスカッションに参加し、先端技術や新しい成分の応用方法について学び、新たなアイデアやインスピレーションを得る貴重な機会となりました。
異なる文化や研究環境の中で働く研究者たちと、共通の課題や研究への情熱を語り合い、互いの視点や考え方に刺激を受けることができました。自分の研究内容に共感を示してくれる方が多くいたことも印象的でした。
アクティビティを通し、さまざまな参加者とも交流を深めることができたという
この挑戦を通して得た知識や経験は、今後の研究活動にも大きく役立つと確信しています
IFSCCでの発表を終えた今、感じることについて聞いてみると、研究者としての自らの現在地を知ることができたことで、今後に向けての課題も見つかったと話します。
朴:IFSCC大会で発表することで、自分の研究が他の研究者や専門家にどのように評価されるのかを直接知ることができ、そのフィードバックは非常に貴重なものでした。自分の研究が国際的な場で通用するためにはさらに多角的な視点と深い分析が必要だということを実感しました。
多様な文化や研究環境で働く方々と意見交換をすることで、自分が見落としていた視点や、新たなアプローチへの気づきを得ることができました。そして、オーディエンスにわかりやすく伝える力も磨きをかけていきたいと感じました。
さらに、世界の化粧品業界が直面する共通の課題や、未来の方向性について世界中の研究者と意見を交わすことができたのも大きな収穫だったといいます。
朴:急速に変化する化粧品市場で選ばれ、愛される化粧品を作るために、どのようなテーマで方向性を持ってアプローチすべきかという具体的な研究テーマを確認するきっかけにもなり、研究に対するモチベーションもいっそう高まりました。
この経験を通して得た知識やネットワークを今後の研究活動に活かし、伊勢半の研究がさらに発展できるように努力していきたいと思います。一度きりで終わることなく、次のIFSCC学術大会ではより自信を持って充実した発表ができるよう、挑戦と努力を続けていきたいと思います。
「この挑戦を通して得た知識や経験は、今後の研究活動にも大きく役立つと確信しています。」と力強く語ってくれた朴。また、自分だけではなく次に続く研究員が社内から出てくることにも期待しているという。一人の果敢な挑戦が周囲に波及し、まもなく創業200周年を迎える伊勢半の化粧品研究が、さらに発展していく未来へと期待が膨らみます。
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今回発表された研究成果を応用しています。今後さらなる実用化に向け研究を深めて参ります。