韓国人作家にノーベル文学賞…翻訳家が語る“韓国文学の魅力”

2024.11.05 18:00
2024.11.05 up提供:RKBラジオ
2024年のノーベル文学賞は、アジアの女性として初めてハン・ガン(韓江)さんが受賞し、大きなニュースとなった。一般にはまだ馴染みが少ない韓国文学だが、実はハン・ガンさんの著作はすでにほとんどが日本語訳されているという。韓国文学を日本国内に広めてきた翻訳家、古川綾子さんの講演を取材したRKB神戸金史解説委員長が11月5日のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で詳しく伝えた。
受賞後は書店で売り切れ続出…大増刷中
翻訳者・出版社が手弁当で翻訳を刊行
韓国の“苦しみの時期”が文学を生み出した
韓国文学の3つの魅力
韓国文学「お薦め」の8冊
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受賞後は書店で売り切れ続出…大増刷中
ハン・ガンさんは韓国生まれの女性で53歳です。韓国人がノーベル賞に選ばれたのは、2000年に平和賞を受賞したキム・デジュン(金大中)元大統領に続いて2人目で、韓国で大騒ぎになっているみたいです。

でも、韓国文学になじみのある人は少ないと思います。私もその一人です。福岡市の書店、ブックス・キューブリック箱崎店で「ハン・ガンさんの本はないですか?」と聞いたら1冊だけ『別れを告げない』という本があったので買って読みました。他の作品は市内の別の書店に行ってもどこにもなくて、やっと今、増刷で少しずつ入り始めています。

ハン・ガンさんの本も日本語に訳したことのある翻訳家、古川綾子さんが、受賞後の10月26日、福岡市で講演しました。
古川綾子さん=主催者提供
古川綾子さん:韓国のハン・ガンさんがノーベル文学賞を受賞しました。数年前から候補の1人に入っているという話は聞いていたんですけれど、本を作っている側は誰も予想してなかったんですね。今年、まさか受賞するとは。今までのノーベル文学賞の慣例から言っても、もう少し後になるのかなと思っていたので、本当に青天の霹靂(へきれき)というか、全然予想してなかったことなので、急にあちこちで取り上げていただいて、(私も)忙しくなって、非常に幸せな2週間を過ごしているところです。ちなみに「ハン・ガンさんの本を読んだことがある」という方はいらっしゃいます? あ、やっぱり! 結構たくさんいらっしゃるんですね、ありがとうございます。
古川さんは、ハン・ガンさんの本などを訳している、第一線の翻訳家です。

古川綾子さん:神田外語大学韓国語学科卒業。延世大学教育大学院韓国語教育科修了。神田外語大学講師。NHKラジオステップアップハングル講座2021年7-9月期『K文学の散歩道』講師を務める。主な訳書にハン・ガン『そっと 静かに』(クオン)、キム・エラン『外は夏』、キム・ヘジン『娘について』、チェ・ウニョン『わたしに無害なひと』(いずれも亜紀書房)、チョ・ナムジュ『ソヨンドン物語』(筑摩書房)、イム・ソルア『最善の人生』(光文社)、チョン・ハナ『親密な異邦人』(講談社)など。ユン・テホ『未生 ミセン』(講談社)で第20回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞受賞。
翻訳者・出版社が手弁当で翻訳を刊行
その古川さんを、九州大学韓国研究センターが呼んで、九大西新プラザで開いた「韓国文学の魅力」と題した講演会でした。
九大西新プラザで
古川綾子さん:普通、ノーベル文学賞に選ばれると、「今年の(受賞)作家は、こういう人なんだ」「日本語に翻訳しなきゃ」と、そこから翻訳作業が始まることがほとんど。翻訳をして出版の作業を経て、実際に本の形になって販売されるのは最短でも半年とか1年ぐらいかかるんです。ただ、ちょっとこれは自慢と言うか、誇らしい部分でもあるんですけれど、実はハン・ガンさんの本はもうほとんど日本語に訳されていて、ずいぶん前から日本語で読める状態なんです。ノーベル文学賞を受賞したと同時に、皆さんに「これだけハン・ガンさんには素晴らしいものがありますよ」とお見せできる状況がもう既に整っている。これは、私たち翻訳者としてはすごく誇らしいことでもありますし、これからも努力を続けていかなきゃとも思っています。
古川綾子さん:ただ、最初からこういう環境があったわけではなくて、韓国文学はここ数年ブームのようにあちこちで取り上げていただけるようにはなったんですけれども、我々が手弁当で一つずつ地道な活動をずっと続けていって、いろんなところで少しずつ取り上げていただくようになったという経緯もあります。
本屋さんの棚には「アメリカ文学」とかはありますが、以前は「韓国文学」という棚はなく、韓国の本は「その他の文学」と分類されていたそうです。ところが2010年代に入ってから、各出版社で韓国文学のシリーズが出されるようになってきた、と古川さんは話していました。福岡市の出版社、書肆侃侃房(しょし・かんかんぼう)が2016年に刊行を開始した「韓国女性文学」14冊も例に挙げられました。

【韓国文学のシリーズ化】
2011年~ クオン「新しい韓国の文学」23冊 その他多数
2016年~ 書肆侃侃房「韓国女性文学」14冊
2017年~ 晶文社「韓国文学のオクリモノ」6冊
2018年~ 亜紀書房「となりの国のものがたり」13冊 その他作家シリーズ
2020年~ 新泉社「韓国文学セレクション」15冊
翻訳者と出版社の地道な取り組み
こういった出版社の地道な活動、それに翻訳者が「これを訳したい」と思って進めた地道な活動を通して、ハン・ガンさんの本はほとんど日本語で読める。これは珍しいことなんだそうです。若くて、ノミネートされて何年も経っているという方ではないですから。
韓国の“苦しみの時期”が文学を生み出した
韓国文学には、どういう魅力があるのか。古川さんは、こう話しています。

古川綾子さん:韓国が民主化されたのは1987年です。今のキラキラした韓国ももちろん韓国なんですけど、民主化されてまだ40年も経っていないっていうのも現実なんです。もっと昔からずっと苦しみの時期はあったわけで、さかのぼれば日本による植民地支配から始まるわけです。そこから朝鮮戦争、分断に伴うイデオロギーの闘争、その後は軍事独裁政権と続くわけで、自由を抑圧され、自由に声を上げられない時代が80年近くあった、ということなんです。そういう環境の中で育まれた韓国文学には、いくつかの特徴、魅力みたいなものがあると思うのです。
例えば、ハン・ガンさんの『少年が来る』は、光州事件を背景にしています。朝鮮戦争をテーマにしたのはパク・ワンソさんの『新女性を生きよ』。済州島4・3事件はヒョン・ギヨンさんの『順伊(スニ)おばさん』。こういった大きな事件を踏まえた上での小説は多いのだそうです。自由にしゃべれなかった時代が長かったことが背景にもあります。

※ほかに古川さんが紹介した本とそのテーマ。
『広場』チェ・イヌン著、吉川凪訳(分断)
『こびとが打ち上げた小さなボール』チョ・セヒ著、斎藤真理子訳(都市開発・格差)
『外は夏』キム・エラン著、古川綾子訳(セウォル号沈没)

でも、あくまで文学であって、ノンフィクションではありません。私はまだ1冊しか読んでいませんが、ハン・ガンさんの『別れを告げない』は、幻想的な要素もあり、これまでにあまり読んだことない感覚の本でした。
韓国文学の3つの魅力
韓国文学の魅力について、古川さんは3つ挙げています。

(1)風化させないという鎮魂の思い、記憶の記録としての文学

古川綾子さん:国民や国家の一大事が、ずいぶん長い間続いたわけです。そういった出来事を前に、作家にできることは何か。文学にできることは何か。作家としての使命とは何か、というのをすごく愚直に追い求めている。ハン・ガンさんがノーベル文学賞を受賞した際、スウェーデンアカデミーの紹介文に「過去のトラウマに立ち向かい」「人間の命のもろさを浮き彫りにする」という表現をしていたんですが、『少年が来る』とか『別れを告げない』という作品は、過去に現実に起こったジェノサイドだったり、戦いだったりがモチーフになっているんですね。今も世界中では、そうした残酷で残虐な出来事は続いていて、それがノーベル文学賞の選定の一つの理由にもなったのかな、と思っています。
(2)文学は社会の正しさを問う存在であるという使命感

古川さんは、韓国人作家から「自分たちは正しさの指針であるべきだ」という誇りみたいなものを感じるそうです。照れや見栄が一切なく、全部ストレートでまっすぐ読み手の上に落ちてくるという感覚があるんだそうです。

(3)体制批判や社会問題をテーマに、個人の物語を積み上げていく

古川綾子さん:土台に大きな出来事を作って、その上に個人の1人1人の市民の物語を積み上げていくというパターンが多いんですが、これもやっぱり、国を揺るがすような出来事とか凄惨な事件には、必ず名もなき人々、市井の人々の犠牲、1人1人の物語があって「個人の痛みを社会全体で共有する」という気持ちがあるのかな、と思います。韓国文学を読んでいると、「個人的なことは社会的なことなんだ」というメッセージがすごく伝わってくると思います。
韓国文学「お薦め」の8冊
今の韓国文学は多様化して、面白くなっているそうです。SF、ハイパーリアリズム、ヒーリング、ミステリー……。「これは面白い」と思われる本はどんどん日本語訳されているそうです。ハン・ガンさんの本以外にも、読んでみたいと思う本がいくつもありました。

古川さんは4つのジャンルで2冊ずつ、日本語訳された本をリストアップしてくれました。

【SF】 
『モーメント・アーケード』ファン・モガ著(自分の記憶を売るアーケード)
『どれほど似ているか』キム・ボヨン著(韓国SF草分け的存在の短編集)

【ハイパーリアリズム】
『ヘルプ・ミー・シスター』イ・ソス著(非正規雇用、格差)
『月まで行こう』チャン・リュジン著(独身女性、仮想通貨投資)

【ヒーリング】
『不便なコンビニ』キム・ホヨン著(現代の生きづらさ)
『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』ファン・ボルム著(書店を巡る群像劇)

【ミステリー】
『親密な異邦人』チョン・ハナ著(女性の生きづらさ)
『風の絵師Ⅰ』イ・ジョンミョン著(歴史美術ミステリー)

私はSFの『モーメント・アーケード』(ファン・モガ著)が面白そうだと思いました。「自分の記憶を売るアーケード」という意味です。韓国のSF作家には女性がとても多くて、詩的な文章のSFが多いそうです。

古川さんの話は知らないことばかりで、とても勉強になりました。ハン・ガンさんの本もどんどん増刷されて、今は書店に並ぶようになってきたみたいです。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園障害者殺傷事件やヘイトスピーチを題材にしたドキュメンタリー最新作『リリアンの揺りかご』は、9月から各種プラットホームで有料配信中。
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