農地に太陽光パネルを設置し、その下で農業を行う「営農型太陽光発電事業」。農業法人である株式会社佐々木は、営農型太陽光発電を行いながらキクラゲをはじめとしたキノコ類の栽培を行っています。また、そのノウハウを他社へ活かす事業にも直近は力を入れて推進してきました。
代表の江口は、子どもの頃からのキノコ好き。前職では新電力の会社へ勤め、現在は広島大学で再生可能エネルギーを研究する研究員も務めているという、キノコと電力に詳しい人物です。
「太陽光パネルの下で既存の農業をやればいい」という単純な話ではない営農型太陽光発電事業。本ストーリーでは、同事業の立ち上げから現在へ至るまでの軌跡をお伝えします。
生粋のキノコ好きが高じて、一つの大きな仕事に。事業誕生のルーツ。
営農型太陽光発電事業は、費用や土地の関係から発電所を自前で持つケースと別にオーナーのいるケースがあります。というのも、農家として新しい農地を購入するには、法律によって農業での売上が過半数を超えている必要があります。
ただ当社が本事業を手掛けた時点では発電した電力の販売売上が農業外扱いだったことから、私たちは発電所を所有するオーナーと契約して太陽光パネルを設置して始めました。作られた電力の一部は、オーナーの許可を受け農業用のモーターに活用しています。育てているのはキノコ類。キクラゲを中心に栽培し、新しく営農型太陽光発電を始める際には別のキノコを育てるなどチャレンジしています。
キクラゲ以外に発見したマイタケ
「私は子どもの頃からキノコを集めていたような根っからのキノコ好きで、菌類についてのキャリアが1番長いんです。営農型に限らず、農業は1つの品種が高値で売れるのは5年程度と言われています。そのため、5年に1度は新しい品種を作ることを心掛けていまして、今年も新しいキノコを栽培しているんです」(江口)
生粋のキノコ好きだからこそ、栽培できるキノコを見つけてこられる点が江口の強みです。同業他社から「その品種を栽培するんですか?」と驚かれることがあるほど、さまざまな品種の栽培に取り組んでいます。
栽培したキノコは取引先に販売。圧倒的な栽培量を誇るキクラゲは協業先で植物性卵(プラントベースエッグ)を開発するUMAMI UNITED JAPAN社に、他のキノコは個人飲食店などに販売しています。
大半が失敗に終わる営農型太陽光発電事業。必要なのは「営農型ならではの農業」づくり
江口が営農型太陽光発電事業に取り組むきっかけとなったのは2018年、国によるガイドライン策定でした。しかし、新電力の会社に勤めていた江口は、それ以前より同事業の可能性を感じていたと話します。
「営農型を始める前に、まずは農業を始めるというステップがありました。サラリーマン時代から農業をやってみたいと思っていたのですが、農家になるには農地がいるのに、農地は農家しか買えないという鶏と卵の関係性があり、始めるのが難しいんです。私は運よくビニルハウスのような施設農業に挑戦できる機会に恵まれ、兼業農家としてスタートを切れました。
営農型太陽光発電事業に注目し始めたのは2017年頃です。これはキノコの栽培に適しているなと思いましたね。キノコは真っ暗だと育たず、木漏れ日のように日が揺らぐ環境が大好きなんです。太陽光パネルの下はまさにうってつけの環境で、楽に栽培できるはずだと思い、資金を借りて太陽光パネルを購入しました。とにもかくにも、まずは栽培をして取引先に見てもらう必要があるため、実際の様子を伝えるショールームを作る必要があったんです」(江口)
実際に初めて開設した営農型太陽光発電所
最初に選んだキノコはキクラゲ。江口いわく「気温が25度から32度の環境で、水さえかけておけば育つ強いキクラゲ」というアラゲキクラゲの栽培を始めました。当時はキクラゲの栽培をしたら儲かるという話もあったため、営農型でアラゲキクラゲの栽培に挑戦している人は多くいたといいます。しかし、多くの人が失敗している状況でした。そもそも、営農型太陽光発電事業も失敗する人が大半という中で、成功させるために大切な考え方が江口の中にあったと話します。
「農業は、発電所をやりたいがために何となくやるという意識で上手くいくような甘い世界ではありません。営農型の農業を成功させるには営農型に向いた農業の形をつくる必要があるため、既存の農業を太陽光パネルの下にただ持ってきただけでは上手くいかないんですよ。
また、多くの人が失敗しているのは、初期投資にお金をかけすぎているためだと思います。ビジネスとして成立させるには、『営農型だからこそ楽に栽培できる』という観点が必要。付きっ切りにならなければ栽培できないとなると、疲弊して倒れてしまいますよね。私は営農型だからこそ、過剰な労働をせずに済んでいるんです」(江口)
2024年には、営農型太陽光発電事業を正しく運用するため、3年ほど農業が行われていないと判断された場合、事業が停止される法改正が行われました。
「2024年は342件の停止が決まったことで、放置していた事業者が危機感を抱いたのでしょう。失敗した営農型太陽光の農業を請け負うサービスを始めました。非常に好評で、栽培面積が格段に増えました。農地は管理だけしているものと所有しているものとがあるのですが、現在、所有している分だけでも東京ドーム2個弱ほどになります」(江口)
今までとは異なる形でキクラゲの販路を広げ、新しい価値の創出にも寄与する。
営農型を問わず、農業には作物の売り先が必要です。営農型でキクラゲの栽培を始めるにあたり、江口も販路を探していました。数多くのお客様とお話を重ねる中で出会ったのが、植物性卵(プラントベースエッグ)を開発するUMAMI UNITED JAPAN社です。
「キクラゲを売るビジネスを始めようという方の売り先になるのは、農協、スーパー、道の駅です。このうち、スーパーに売るには専用の資格を取る必要がある上、大手スーパーになればなるほど、相当な量の出荷が担保できなければ契約を結んではもらえません。では道の駅はどうかというと、細々とした規模になるため、事業として成長させるのが難しい。問屋は農家との力関係のバランスが悪く、どうしても農家が弱い立場に立たされがちです。そのため、完全に新規でキクラゲを売れる先がないかを探しました」(江口)
UMAMI UNITED JAPAN社は、植物性の卵の原料に使えるキクラゲの乾物を必要としていました。しかし、国産の乾物キクラゲは価格が高い点がネックとなります。当社のキクラゲであれば、大量かつ求めやすい価格で安定供給できました。
UMAMI UNITED JAPAN社と協力会社の皆様がご来社した際の様子
「今年は乾物キクラゲを700キロご用意するお約束になっています。1トン弱まで増やすことが求められていて、1年半後には2トン超えが目標です。キクラゲの栽培自体は大丈夫なのですが、大変なのは乾物にする作業ですね。紫外線を浴びさせることで、ビタミンDが生成されるため、機械ではなく天日干しをしているんです。
植物性卵を召し上がる方のなかにはヴィーガンの方もいます。志向する食生活の中で欠けてしまいやすいナチュラルなビタミンDをヴィーガンの方にも取ってほしいという思いで、天日干しにこだわっています。雨が降ったら太陽光パネルの下に動かすなど、ここでも営農型の強みを活かしているんですよ」(江口)
農業×電力の成功パターンを確立し、次は福祉へ。関係人口を増やす「農福連携」を目指して。
当社で働くメンバーは代表である江口を含めて2人。少数精鋭で、愛知県から鹿児島県まで、広範囲で農業を行っています。大変なことのように思われますが、農業は常に忙しい仕事ではないため、社員を増やしづらいという業界ならではの事情があるのです。
そんな当社を支えているのは、各地にいる仲間です。各県に農業法人を立ち上げ、意気込みのある方たちと共に活動しています。元から農家の方もいれば、新しく始められた方もいます。福岡で活動するときに兵庫から手伝いにきていただくなど、エリア間で手助けもしてきました。年齢は江口が最年長で、若い方が多い状況です。
「営農型太陽光発電事業の形はある程度作れた」と語る江口が次に目指すのは、「農副連携」です。その一歩として、モバイルトイレの活用を始めました。
ポルチーニ茸のキャラクターが描かれたモバイルトイレ
「いろいろな人に農業に関わってほしいのですが、どうしても局所的な取り組みになってしまっているのが現状です。その理由の1つが、農地の近くにお手洗いがないこと。僕自身もお手洗い問題には困っているくらいですから、確実に参入ハードルになっているでしょう。そこで、移動式のユニバーサルトイレがあれば農業の裾野を広げられるのではと思い、まずはモバイルトイレを1台購入し、全国各地を巡っています。
最終的に目指しているのはハンディキャップのある人たちが農業の世界に入ってきてくれる『農副連携』ですが、最初からそこに到達するのは難しい。まずは町のイベントや防災イベントにモバイルトイレを持っていって使ってもらう啓蒙活動が重要で、そこで知り合った人たちに『うちで作業をしませんか』と声をかけていきたいです」(江口)
幼い頃のキノコ好きが転じて、農業法人を立ち上げ、農業の裾野を広げる活動をするに至った江口。営農型で失敗した農業を請け負う事業を広げながら、農福連携の取り組みも推進していきます。