日本の建築物のなかには、重要伝統的建造物群保存地区をはじめ、城下町、城など、古くても価値の高い施設があります。その一つに「商店街」もあると捉えているのが、私たちクジラ株式会社。商店街の中に入り、その土地の歴史・文化を体験できる仕組みを整えています。
いま、私たちが展開する「SEKAI HOTEL」は、ミレニアム世代・Z世代を中心に、他世代・他文化の方々を商店街に呼び込む装置となりつつあります。商店街周辺の空き家・空きテナントをリノベーションして客室化。夕食・朝食会場は周辺の商店へ、大浴場は銭湯へと、地域と連携することで、「まち全体をホテル化」するのです。コンセプトの “旅先の日常に飛び込もう”のように、地域の日常が体験できるため、レトロ・ローカルといった文脈が好きな世代と、相性が良いのです。
今回は、2018年に東大阪(大阪)、2023年に高岡(富山)にオープンしたこの「まちごとホテル」が、地方創生の新たな形としてどのように寄与しているかを、クジラ株式会社の矢野浩一が振り返ります。TV番組『ガイアの夜明け』での特集(2023年)をはじめ、日経優秀製品サービス賞「日経MJ賞」最優秀賞(2019年)や、Human City Design Award ファイナリスト選出(ソウル市主催|2020年)など認知を広めるなかで、商店街の可能性をお伝えできればと思います。
ゲストもローカルも「他人に優しくなれる」サイクル
「古いもの、歴史あるものは価値がある」。英国ではこれらに価値を見出す文化があると言われて久しいです。彼らの住宅に関する価値観もこれにあてはまり、耐用年数が100年を超えることも珍しくありません。改修しながら使い、かつ、価値が下がりません。
日本の商店街も歴史は長く、現在もそう変化のないかたちで営業されています。昭和40年代、大型店舗の進出により規模縮小を余儀なくされ、また、最近では、人口減少やIT化といった構造的な変化とも向き合っています。
それでも商店街の普遍的な価値は、変わらずにあるのです。商店街では、「おまけ」「おすそわけ」といった関係性をつくって、互助・共助的なコミュニケーションが日常的にとられています。「商店街には昔ながらの人付き合い、近所付き合いが残っている」と語られ、独特の居心地があると言えるでしょう。歴史を重ねたからこそできた関係性に価値があるのです。
私たちは、そんな商店街を舞台にし、「まち全体をホテル化」しているのです。サービスを始める際に多くの現地の方々から聞きました、「ここには何も(観光スポットなど)無い」と。もう、何度も耳にした言葉です。東大阪(大阪)も高岡(富山)も、現地の商店街の人からすると、本当にそのように感じているようです。当該地域だけでなく、日本の地域で広く聞かれる言葉ではないでしょうか。
私たちが展開するサービス「SEKAI HOTEL」では、お客さんが“商店街を巡る”仕組みになっています。チェックイン後は、商店街にある老舗パン屋や精肉店を訪れて食べ歩き。木の風呂桶を持って地元の銭湯へ行くことも。夜ご飯は赤提灯の灯る居酒屋でローカルフードを堪能。朝食も純喫茶でコーヒーを楽しみます。共通のパスポートや風呂桶を持って商店街を歩いてもらうので、旅行者であることが一眼でわかるのです。
すると、どうでしょう。地元の方々とお客さんとの様々なエピソードが聞こえてくるようになったのです。
銭湯で偶然居合わせた地元女性に、自分が就活生であることを明かしたお客さん。大阪まで足を運びながら続ける就職活動に不安を感じながら、人生の選択に悩んでいました。地元女性の方はそんな就活生の話を、とても親身になって聞いてくれたのです。お風呂の中で交わす言葉以上に踏み込んだ内容となりました。そんななか、自分の考えを伝えながらも、大人としっかり対峙する就活生の姿勢をみたからか、「あんたやったら大丈夫!」と最後に背中を押してくれたと言います。就職活動という、知らない人に自分の魅力を伝える必要がある中、友達や親とも違う関係の人からかけられた言葉は、大きな勇気となったようです。チェックアウトの際に、このエピソードを教えてもらいました。
また、スコットランドからいらした外国人のお客さんは、すっかり東大阪という地域のファンになったようで。当初の予定から延長をし、最終的には3週間も宿泊されていました。行きつけのお店だけでなく、地元の方々との会話も感性にフィットしたようで、最後はしっかり皆さんに挨拶をして帰られました。
「ここには何も無い」とおっしゃっていた地元の方々ですが、同ホテルの開業以降、「せっかく来て下さったのだから」と、一歩踏み込んだコミュニケーションを取られるようになりました。東大阪という地域性も味方したのか、非常にユニークなコミュニケーションが散見されるように。お客さんも「楽しい地域」「魅力的な地域」と評価をオンライン上で発信してくれるため、双方が一歩踏み込んで、「他人に優しくなれる」というサイクルができたのが最大の価値だと考えています。
商店街の夜明けへ、TV番組『ガイアの夜明け』で特集
こういった想定外に出会えることが、地域への旅行の醍醐味とも言えるでしょう。定量的なデータでも明らかになっており、「SEKAI HOTEL」宿泊者数はコロナ前を超えて成長中。これまで主流だった観光地やパッケージの旅行ではなく、自分たちの価値観に沿ったかたちで、旅行を企画する方々が増えている印象です。
お客さんの伸びと並行して、メディアへの登場回数も増えてきました。最近では、経済動向やビジネス事情にスポットをあて、復活にかける人々を多様な観点からさぐり「夜明け」にむかって闘う人々の姿を描く『ガイアの夜明け』や、全国の珍しい風景VTRを珍百景候補とし、ネプチューンの名倉潤・堀内健がプレゼンする『珍百景』でも取り上げてもらいました。
旅行の目的がそもそも「SEKAI HOTEL」であると回答するお客さんも少なくありません。宿泊することで、地域との関係性が構築できるという期待感の現れではないでしょうか。
ホテルと商店街と連携してノスタルジーにどっぷり浸れる環境はとても斬新で、昭和の人間には刺さるのでは
壁がなく接してくれる地元の人たちとの交流に自分もその地域に馴染んでいく気がしてほっこりしました◎
など、ありがたい評価もいただいております。
「いかに満足してもらうか」商店街もホテルも創意工夫
当然ながら、商店街にも課題はある。むしろ、多いくらいです。先述の通りで大規模小売店舗の開設がお客を奪ったこともありますが、敵は外だけにありませんでした。ほっといてもお客さんが商店街にやってくる時代が長く続いたため、(言葉を選ばなければ)やる気・魅力のないお店も継続できたのです。また、商店街組合などの機能不全や、アーケードといった施設の老朽化の課題も抱えているところも。
一方で、こういった内なる課題に気づいた商店街や店舗、個人が、様々な創意工夫をして、現在の形を保っている地域もあります。少なくとも、東大阪や高岡の商店街には、そういった雰囲気や佇まいがあると言えるでしょう。新旧多様な商店を展開するだけでなく、手作り感あふれるサービスの開発、来てもらった方に満足してもらう工夫がそこらで確認できます。
商店街は、ノスタルジーを感じられる空間であり、また、大きなエネルギーが充満している。「SEKAI HOTEL」という宿泊サービスをハブにして、商店街を知る機会を創出しています。そこでの反応はこれまでお話ししてきた通りです。
最初の話に戻りますが、「古いもの、歴史あるものは価値がある」と考えています。いま、日本の商店街は、時代の変化と共にかたちを変える時期にさしかかっています。ただ、お店を閉鎖して、大型店舗に集約すれば良いという話ではありません。
私たちは建築デザインの会社ですので、商店街を「ハード」と「ソフト」にわけて考えました。「ソフト」は各店舗のことですが、店舗をホテルにリノベーションすることで、宿泊起点としてまちごとホテル化ができます。外からの人流を増やすことで、商店街の耐用年数をさらに長くするのです。人流が増える根幹部には、長く培われてきた商店街内の互助がある。これは替えがききません。また、「ハード」は商店街そのものですが、「ソフト」が充実することで「ハード」も年を経るごとに価値を上げることができるのです。
私たちは建築デザインの会社ではありますが、「SEKAI HOTEL」という宿泊サービスをきっかけに、商店街の価値を広く皆さんに体験してもらいたいと考えています。