台湾の観光名所・中正紀念堂が消える?戦争と「過去の清算」を考える

2022.08.12 08:30
2022.08.12 up提供:RKBラジオ
「8月ジャーナリズム」という言葉がある。ヒロシマ、ナガサキから終戦記念日まで、テレビもラジオも新聞も「戦争」をテーマに、一斉に取り上げることを指すと同時に、この言葉には「メディアは8月しか、戦争を取り上げないじゃないか」という批判の意味合いもある。「きちんと受け止めるが、せめて敗戦から77年が過ぎる今年の8月、みんなで考えませんか」と飯田和郎・元RKB解説委員長は、出演したRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で呼びかけた。そのうえで11日の番組では台湾における「過去の清算」の在り方を探った。
「台湾観光の定番」儀仗兵の交代式がなくなる?
台湾の観光名所の一つに「中正紀念堂」がある。台北の中心部、広大な敷地の中に、鮮やかな青い屋根瓦に真っ白な壁の巨大建造物が建つ。中正紀念堂は、中華民国の初代総統・蒋介石を讃えるためにできた。

蒋介石のもう一つの名前が「中正」(「中国の中」に「正しい」=蒋中正)。蒋介石が1975年に死去したのち、台湾住民が哀悼を表する施設として1980年に完成した。メインホールにはその蒋介石の銅像がある。椅子に掛けた姿なのに、高さ10メートルはある。スケールが大きい。
中正紀念堂内の蒋介石像
その蒋介石像を守る儀仗兵が1時間ごとに代わる。銃を携え、一糸乱れぬ動きで護衛の位置につく。多くの観光客はその様子を見入る。空気がピーンと張り詰める。静寂がホールを包む…。そして、交代が終わり、定位置に就いた当番の兵士は1時間、まるで蝋人形のようにピクリとも動かない。

その「台湾観光の定番」儀仗兵の交代式がなくなるかもしれない。もっと言うと、この建物は、「蒋介石を讃える」施設ではなくなるかもしれない。
日本の敗戦後、台湾が歩んだ道のりは…
少し脱線するが、先週、東アジアを歴訪したアメリカのペロシ下院議長。日本を離れる前の会見で、このようなくだりがあった。

「台湾は、世界で最も自由な国の一つだが、初めから『自由で開かれた民主国家』だったのではありません。自ら努力して発展させてきたのです」
「初めから『自由で開かれた民主国家』だったのではない」。ここがきょうの話のポイントだ。今から77年前、台湾を50年間も統治した日本が戦争に負けた。新たに台湾を支配したのが、蒋介石率いる中国国民党の中華民国政府。その国民党政権は1987年まで、実に38年間も戒厳令を敷いた。世界最長といわれる戒厳令だ。この間、さまざまな弾圧を続けた。言論の自由を奪い、でっち上げの罪で市民を逮捕・投獄。処刑された人はおよそ2万人とされる。

実は今年7月が、戒厳令解除から35年という節目だった。だが、35年たった今も、台湾社会の分断は続く。たとえば、蒋介石と一緒に中国大陸から台湾に来たというルーツを持つのか、それとも戦前から台湾にルーツがあるのか。つまり、蒋介石や、かつての国民党政権への評価や支持をめぐって、人々の考え方は違う。
「移行期の正義」の名のもとに提言されたシンボルの撤去
現在の蔡英文総統は4年前、政府内に、ある委員会を設置した。「蒋介石に代表される権威主義の時代と決別する必要がある。それが実現してこそ、台湾の民主主義は本当の意味で強固になる」という思いからだ。

その委員会の名称は「移行期の正義促進委員会」という。「移行期の正義」は国連や国際機構で多用されるキーワードの一つ。「民主的な政治体制を実現させた国において『その前の時代』に行われた虐殺、拷問など組織的な人権侵害行為を究明し、責任者を処罰する一方、被害者に対して救済の手をさしのべる」ことを指す。

台湾でも、同じように「移行期の正義」を名前に付けた調査委員会を立ち上げ、調査を進めてきた。その委員会はこのほど、任務を終え、いったん解散。合わせて報告書をまとめた。委員会は「関連する公文書の公開」、「不正義が行われた遺構の保存」(=これは拷問が行われた施設などを指す)、などともに「権威主義を想起させるシンボルの撤去」もうたっている。

たしかに、中正紀念堂は、人気の観光施設である反面、「権威主義を想起させるシンボル」に相当する。委員会は、中正紀念堂について、このように提言している。

①蒋介石の巨大な銅像は撤去すべき

②紀念堂の機能や外観を改装すべき

③周辺一帯全体を支配している蒋介石崇拝のコンセプトを除去すべき――。



そして、「全体を、権威主義を省みることができる歴史公園に整備し直す」。提言ではさらに向こう6年間で、段階的に取り組んでみては、と求めている。

ただ、中正紀念堂は、中央政府や台北市の文化的資産、または文化的景観地域に指定されている。今後は、法律の改定も必要となる。
野党・国民党は反発。さらに中国共産党の警戒ひき起こす事態も
この動きに、かつて独裁政権を続けた野党・国民党は当然、反発する。国民党サイドは「蔡英文政権が歴史を改ざんしようとしている」「蒋介石の銅像撤去は、社会に新たな対立を引き起こす」と断固反対していく構えだ。国民党にとっては、自らのアイデンティティを否定される動きでもあるからだ。

確かに、ある価値観に基づいて歴史遺産を除去する構想には、台湾に限らず、賛否両論が起きる。共産党との内戦に敗れた蒋介石と一緒に、中国大陸から台湾へ渡ってきた人たち、さらにはその子供や孫の世代など、今も蒋介石を敬慕する人たちはいる。一方で、蒋介石こそ、暗黒の歴史の元凶だと指弾する人もいる。

蔡英文総統は、ペロシ議長の言葉を借りるなら、「世界で最も民主主義が発達した台湾」をさらに深化させたいのだろう。ペロシ議長のこの言葉は、外交辞令だともわかっているはず。まだまだ未発展な部分も多い、と。

そのためには、未だに台湾社会に残る「蒋介石の亡霊」を除去する必要があると考えたのだと思う。もっとも、それを強引に進めれば、国民党の言うように「社会に新たな対立を引き起こす」危険性もある。そして、中国共産党も、『これは台湾の中国離れの動き』と警戒するはず。極めて難しい問題だ。

コロナ禍が収まれば、台湾旅行に行く日本人が戻るはず。もし訪れたときには中正紀念堂の蒋介石像、儀仗兵の交代式を、そんな視点から観察してみようと思う。
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飯田和郎(いいだ・かずお) 1960年生まれ。毎日新聞社で記者生活をスタートし佐賀、福岡両県での勤務を経て外信部へ。北京に計2回7年間、台北に3年間、特派員として駐在した。RKB毎日放送移籍後は報道局長、解説委員長などを歴任した。

田畑竜介 Grooooow Up放送局:RKBラジオ放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分出演者:田畑竜介、田中みずき、飯田和郎
※放送情報は変更となる場合があります。関連記事
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