幼い子どもを育てる家庭において、子どもにとって居心地の良い環境と、親が住みたいと思える環境を両立させることは難しい。近年、子育て世代の住宅では家事や仕事をしながら幼い子どもを見守れるよう、リビングに子ども用のスペースを設ける傾向があるが、リビングがおもちゃなどでいつも散らかり、片づけに苦労するという課題もある。
2024年7月にリニューアルオープンした住友林業の岡山RSK第二展示場には、「まんなかこどもBASE」と名付けられたスペースが新たに設けられた。リビングに隣接して床が一段下がったこの空間は、子どもの遊び場としての役割を果たしながら、リビングをすっきり保つことができる設計となっている。独立した小部屋のような構造だが、子どもの成長に合わせてフレキシブルに部屋の役割を変えられる。
子どもの自立心を育む場でありながら、機能性と成長支援を兼ね備えた新しい発想の空間だ。
この「まんなかこどもBASE」が、第18回キッズデザイン賞「子どもたちを産み育てやすいデザイン部門」と世界 3 大デザイン賞である「iF DESIGN AWARD 2025」を受賞した。
※第18回キッズデザイン賞:
岡山RSK第二展示場のリニューアルをメインで担当したのは、住友林業で働く2人の女性社員。技術商品開発部で、設計・コンセプトを担当した加古栞(かこ・しおり) と、インテリアを担当した池田透子(いけだ・とうこ)に、展示場のリニューアルと「まんなかこどもBASE」の開発について話を聞いた。
別々の道から「技術商品開発部」へ
加古と池田は現在、住友林業の「技術商品開発部」という部署のデザイン開発チームに在籍している。新たなコンセプトのもと住宅展示場を計画したり、カタログに掲載される住宅の外装デザインやインテリアの考案、新たな部材の色彩監修など、商品開発のデザイン全般に関わる業務を担うチームである。
同じデザイン開発チームで働くふたりだが、そのキャリアや仕事内容はまったく違う。
池田は住友林業に勤める前、別の住宅メーカーで8年間、インテリア設計の仕事をしていた。そして仕事をしているうちに、自由設計を重んじる住友林業の住宅メーカーとしてのあり方に興味を持つようになったという。
「以前勤めていた企業は、親会社が電機メーカーで住宅設備も製造・販売していたので、その商材を使った空間づくりがメインでした。一方で住友林業は、さまざまな商材を使える自由設計。幅の広さがとてもいいなと思ったんです」
住友林業に入社してからは、関西出身だったこともあって兵庫県の住宅支店に配属。設計グループで住宅のインテリア担当を経たのちに、技術商品開発部に異動となった。現在は住友林業のオリジナル部材「PRIME WOOD」の商品開発や、本社監修の住宅展示場のインテリアデザインを担当している。
技術商品開発部 デザイン開発チーム 池田透子
一方加古は、大学時代に建築を学び、新卒で住友林業に入社した。
「幼い頃から、絵を描いたりものを作ったりすることが好きだったんです。進路を考えた時に、資格が取れてものが作れる仕事といえば建築なのかなと思い、建築学科に入りました。建築を勉強する中で、特に楽しかったのが住宅です。身体感覚を持ちながら考えていけるところが好きで、住宅メーカーに絞って就活を始めました」
大学3年生の時、加古は地元のハウスメーカーと提携した授業で分譲住宅のプランをつくり、実際の顧客にプレゼンしたことがあるという。楽しくて、眠る間も惜しんで取り組んだ日々。その経験が心に残っていて、商品開発に憧れを抱くようになったのだ。
住宅支店で6年半、設計の経験を積んだあと、かねてより希望していた技術商品開発部の公募があった際に立候補して異動が実現した。現在は主に、本社監修の住宅展示場の設計を担当している。
こうして、ふたりは同じチームで働く同志となったのだ。
子育て世代の声に応える、展示場リニューアル
住友林業は、全国各地に約270棟の住宅展示場を展開している。住宅展示場は通常、各支店が計画して建てることが多いが、全国の中でいくつか、技術商品開発部のデザイン開発チームで設計する住宅展示場があるという。新たな商品の顔となる空間ビジュアルや暮らし方のコンセプトを打ち出すこと、技術商品開発部で開発した新しい部材を先行で採用し、使い方の参考にしてもらうことが目的だ。
これまでは支店に「このオリジナル部材、ぜひ使ってください!」と伝えることが基本だったが、お手本となる住宅展示場を作ることで、お客様への魅力の訴求はもちろん、営業担当や設計担当もご提案するイメージが湧きやすくなる。池田が技術商品開発部に異動したのは、技術商品開発部が開発したオリジナル部材を適切に魅せることができる人財がほしいという理由も大きかったのだという。
そして、技術商品開発部が監修する住宅展示場として白羽の矢が立ったのが、岡山RSK第二展示場だった。それまで岡山にあった展示場はオープンから時間が経っており、使用している部材も旧仕様となっていた。それをこの機会に、今の時代と市場のニーズに合わせてリニューアルしようという話になったのである。
展示場の設計は、純粋に「良い家」を作ればいいわけではない、と加古は言う。
「きちんと住友林業の特徴や魅力が伝わるか、営業担当が案内しやすいか、お客さまに長く滞在していただけるか等、展示場では関わるさまざまな方のことを考えて設計しなくてはいけません」
展示場のリニューアル計画が始まった2023年の夏、加古と池田は一度岡山まで下見に来て、営業担当にヒアリングをした。岡山RSK第二展示場に来る客層や、顧客ニーズはどこにあるのか。そこで話にあがったのは、子連れのファミリー層が圧倒的に多いという話だった。
「小さな子ども連れのお客さまがいらっしゃった時に、親御さんが話している間のお子さまの居場所がない等、営業担当が案内をする上での課題も見つかったんです。子育て世代のお客さまの役に立ち、住宅展示場としても意味があり、さらには家づくりのアイデアになるようなものを作りたいと思いました」
そうして「子育て世代の家庭」に焦点をあてた、岡山の住宅展示場の設計がはじまった。
インテリアと設計、二人三脚で進んでいく
まずは加古が、住宅展示場にくる家族のペルソナを考えた。
”共働きの夫婦と、子どもひとりの3人家族。ご主人は普段仕事で忙しく、娘は幼稚園に通っており、日中はリモートワークの奥様がひとりで過ごす時間が多い。ご主人はコロナ禍を経て釣りにはまり、休日を利用して近くの海や川へ出かけていることもある。奥様は仕事や子育ての合間に、ハンドメイドで作品を製作するのが癒しの時間。”
これは、実際に加古の資料に書かれたペルソナのプロフィールの一部抜粋である。家族像を明文化することで、インテリア担当の池田とイメージを共有しやすくしていく。
池田は、こういった情報をもとにインテリアコンセプトを作成する。ペルソナとなる家族は、どんな家に住んでいるだろうか。想像力を膨らませ、家族が落ち着いて暮らせる温かい空間を仕上げていった。樹種を統一するコーディネートが主流だったところ、チェリー材の床を基調として異なる樹種をうまく組み合わせたり、周囲のインテリアと調和させながら子どもらしいカラーリングを取り入れたり。
また、自分が開発に携わったオリジナル部材「PRIME WOOD」をうまく取り入れることも忘れない。随所に池田のこだわりと手腕が発揮されている。
「実物件で採用しにくい商品を提案するわけにはいかないので、お客さまに安心して使っていただける部材やインテリア商材の中から、新しい商品をいかにうまく取り入れられるかが腕の見せ所です」
オリジナル部材「PRIME WOOD」がうまく融合されて空間が設計されている
設計担当とインテリア担当は、密なコミュニケーションが欠かせない。ふたりはオフィスでも席が隣同士で、アイデアや検討事項はすぐに話し合うのだという。窓や照明、カーテンなどの仕様や色のイメージ等、決めなければならないことは山のようにある。ひとつずつ、細かな要望と実現可能なラインを探っていく。分業ではありつつも、設計担当とインテリア担当は二人三脚で、一心同体となってプロジェクトを進めていくのだ。ふたりの会話のテンポからも、その相性の良さが伺えた。
「まんなかこどもBASE」が生まれるまで
そして、なんといっても岡山RSK第二展示場の特徴は「まんなかこどもBASE」だ。これは、プロジェクトを進めていく中で、加古が思いついたアイデアだという。
「今までも、子どもがいると、どうしてもリビングが散らかってしまうという声をたくさん聞くことがありました。子どもが幼い時期は、こだわりたくてもインテリアを諦めるという人もいます。そういう課題をどうにか解決できる空間が作れないかなと思っていたんです」
実際に、子どもをもつ知り合いにもヒアリングを重ねていき、リビングのそばで子どもを見守れるけれど、散らかりづらい──そんな部屋へのニーズがあることが明らかになった。さらには住宅展示場としても、親が打ち合わせをしているあいだの子どもの遊び場として役割を持たせることもできる。そうして次第に「まんなかこどもBASE」のコンセプトが生まれていった。
このアイデアを聞いた池田も、「ありそうでなかった発想なのでとてもいいと思った」という。ペルソナを想像して、空間にあう色合いや、家具、小物といったインテリア要素を選んでいく。壁面に貼られた大きなコルクボードのおもちゃは、岡山県がコルクの生産地として有名なことから選んでいる等、地域との繋がりも忘れない。
そうして完成した「まんなかこどもBASE」は、そのコンセプトや洗練された空間づくりが評価され、キッズデザイン賞とiF DESIGN AWARD を受賞したのだった。iF DESIGN AWARDは世界3大デザイン賞の一つであり、世界中から集まった約1万件の応募から選ばれる名誉ある賞。住友林業の住宅事業としては初の受賞となった。
ベッドや机もあり子ども部屋としても機能十分な「まんなかこどもBASE」
壁面には、岡山の名産品でもあるコルクのおもちゃがある
さらに、展示場が完成したあとに、加古は妊娠・出産を経験している。実際に子育てを経験するようになった今、「まんなかこどもBASE」についての見方は変わったのだろうか?
「子育てをしている中で、実際にこの空間が役立つだろうなと思う瞬間は多々あります。床を下げて足元だけ隠せるようにするだけで、片付けがずいぶん楽になるだろうなと思います。ただ、実際に育ててみて、子どもがいかに動き回って個性がある存在なのかということも思い知っていますね。ひとつの提案だけで子育ての悩みが解決するわけがないと痛感しました。”絶対にこの空間がいいですよ!”と押し付けてもいけないし、これだけで満足してはいけないなとあらためて感じているところです」
ひとつの空間が、誰しもの悩みを解決できるものではない──。その言葉からは、一人ひとりの暮らしにきちんと向き合いたいという、設計者としての覚悟が窺えた。
住まいと暮らしに寄り添い続けるために
これからのキャリアについて、ふたりはこう語る。
池田は近年、イタリアの国際的なインテリアと家具の見本市「ミラノサローネ」や、北海道の「旭川デザインウィーク」などに視察に行き、コロナ後のデザインのトレンドを次の開発に生かしていく業務も担っている。近年はインテリア業界も世界情勢の影響で物流コントロールが難しく、材料調達、価格変動といったさまざまな問題に瀕している。これに対して、国内外問わず新しい取り組み行っているのを目の当たりにし、商品作りに対する意識が変わってきたのだと語る。
「国内で完結できるような仕組み・ものづくりを意識する流れがある中で、国産材をもっと生かしたものづくりをしていけたら理想だなと思っています。今は国産材のオリジナル部材はまだそんなに多くありません。海外に委託しすぎると、品質管理が難しかったり、輸送時のCO2排出量を増やしてしまうリスクもあります。大変ですが、地域に根差したものづくりを今後してみたいなと思っています」
一方、加古は設計担当としてこのように語る。
「住宅商品の開発はいつかやってみたいです。今はライフスタイルが多様化している時代なので、全国で圧倒的に売れる住宅コンセプトはなかなか生まれづらいかもしれませんが、様々な暮らし方やご要望に応える商品を企画し、それをちゃんと家の形に落とし込んでご体感いただきたいです。お客様に共感していただける商品を生み出せたらいいなと思います」
ただ、加古は出産を経て、母親としての生き方とキャリアの両立を考えることもあるのだという。出身地の名古屋に戻り、また住宅の設計担当としてキャリアを歩む選択肢も視野に入れている。
「もし住宅設計に戻るとしたら、住友林業で家を建てたお客さまが自分の住んでいる家を誇れるような、こんなにいいものを作っている会社で私は家を建てたんだと思ってもらえるようなものを作っていきたいです」
違うキャリアを歩む中で、たまたま偶然交わりあい、タッグを組んだふたりが生み出した岡山RSK第二展示場、そして「まんなかこどもBASE」。同じ住宅の仕事を愛するふたりは、これからどのようにそれぞれの道を歩んでいくのだろうか? 今度の2人のキャリアが楽しみでならない。