もう一つの振付師ー演技をさらに引き立てる振付と演出を際立てる動きの整理へ
演技指導20年のプロが語る。新時代を切り拓く「インティマシー・ディレクター(コーディネーター)」という仕事とは
演技のプロでもあるインティマシー・ディレクター(コーディネーター)として、うごきを整理し、振付して、演じ手やスタッフをサポートする新しい仕事ーそのきっかけが共有できたら嬉しいです。
私、鍬田かおるは、20年以上にわたり、 演劇だけでなく、さまざまな舞台や映画で活躍する俳優や歌手、ダンサーらを指導してきました。
子供の頃から、芸能事務所に所属し、歌唱や俳優教室に通うなど、俳優トレーニングを経てイギリスに留学、 あっという間に、 この芸術や芸能の世界にふれて40年以上が経ちます。
本ストーリーではインティマシー・ディレクター(コーディネーター)として一歩を踏み出すことになった転機を振り返りながら、仲間たちとの関わりや研修を通して得られた学びと経験についてお話しいたます。
物語の持つ力に限りない可能性を信じ、 若手育成の場や映画スクールなどでも指導活動に取り組んできた私ですが、 次のステージは意外なきっかけからでした。
現場復帰を目指した矢先にコロナ禍へ―困難な中でも奔走する仲間たちの姿
2019年のこと。私は ムーヴメント(うごき)を専門としているにも関わらず、ジムでトレーニング中にアキレス腱を完全断裂してしまったのです。
生徒さんや仲間の励ましもあり、リハビリしつつ現場復帰を目指していた矢先、 10年以上も仕事をしていた養成所も規模縮小。ただの時代の流れという言葉では片付けられない理不尽を突きつけられました。
ようやく、両足で通勤できるようになった2020年、コロナ禍が追い打ちをかけます。 私を含め生徒さんたちも舞台、音楽、芸能関連の仕事の多くが消えました。そんな中でも、 周りの歌手や俳優の生徒さんたちは「 せっかく時間ができたんだから、この機会に演技力アップさせる」、「 コロナ明けに結果を見せる!」と たくましく前向きでした。
自主企画を立ち上げて新たな挑戦をする俳優や歌手の生徒さん、 この危機を学習のチャンスに変えようという意気込みの方ばかりで、私も励まされました。イベントを回すために奔走する監督たち、 省庁と掛け合う先輩の演出家――そんな姿に私は深い共感を覚えました。
子どもの頃から稽古場で育ったからこそ、私は彼らの一番の味方でありたいと改めて実感しました。困難に直面しても投げ出さず、自身を成長させようと努力する姿を見て、私自身も支えられました。
コロナ禍で実現した14年ぶりのオンライン同窓会。ロックダウンをきっかけに分かち合った絆と気づき
ヨーロッパからロックダウンが始まり、 私の同窓生たちも全員、仕事が一瞬で止まりました。ロンドンオリンピックやオペラ振付家、演出家やウエスト・エンドのミュージカルで振付する同期など、それぞれが活躍する中「 14、15年ぶりに自由な時間ができた!」というイギリスらしい冗談が飛び交いました。そして、初めてオンライン上で、同窓会を開催しました。
お互いに読んでいる本を紹介し合い、同じ本を読んでいることがわかると「 もう卒業して10年以上も経つのに、 地球のあちこちにいるのに、向かってる方向が同じなんて!」と大笑い。 それぞれ活動の範囲やキャリアの展開はさまざまながら、同じような問題意識やテーマで繋がっていることに、 励まされました。
コロナ前ー王立セントラル・スクール・オブ・スピーチ&ドラマの同期とロンドンの劇場で公演時に
仲間で議論を交わしていたインティマシー・ディレクター(コーディネーター)という役割。同期とともに専門知識の習得へ
同期たちと話題になったのが、より健やかな現場の在り方や作品が現実の社会に及ぼす影響の問題でした。さらに昨今、議論が白熱している業界の流れの一つに、日本では昔でいう「濡れ場/絡み」の振付を行うインティマシー・コーディネーションもありました。 私たちはもともとムーヴメント(うごき)演出という分野を2004年の段階から学んで進めてきており、 同期たちはすでにムーヴメント演出の一部として、ステージングやそういった難しいシーンの振付や演技指導をしていたので、仕事の内容自体は新しくはありませんでした。
しかし、同期一人がアメリカでのインティマシー・ディレクター(コーディネーター)の資格取得コースに参加してたこともあり、そこで私もその複数の講座に参加して基礎知識を学び始めました。
「女性の俳優さんにどこまでキスするかとか、直接は言いにくい」という俳優の悩み、「間に誰か入ってくれたら」とはなかなか言い出せない演出家のつぶやき、「殺陣みたいに決めてくれた方が気楽なのに」という不安は常日頃から聞いていたので、 具体的なビジョンが湧いてきて、私ももっと現場で役に立てるようになったらと考えました。
ニューヨークを往復しては通常の演技指導や大学教員
映画スクール講師の仕事の繰り返しでした。
国際的な学びで広がる視野
その中で出会ったのが、 多様な価値観、心理的・身体的安全と事前同意の文化を提唱し、公演芸術と映像の専門家が集う世界最大の団体であるIntimacy Directors and Coordinators (IDC)です。北米を中心に、多様なバックグラウンドを持つ一流の講師陣と、国際的に活躍するプロフェッショナルたちと学べる環境に魅力を感じ、基礎トレーニングを開始し、あらゆる試験の合格を重ねていきました。
IDCにはヨーロッパからも参加者が集まり、国際的な視点で学びを深める経験となりました。アクション監督やダンスの振付家、ブロードウェイで活躍する俳優、劇作家、オペラの演出家といった幅広い分野のプロフェッショナルたちと同期として学ぶ機会を得て、本当に幸運でした。
またIDCの方からは、私の新国立劇場の研修所や劇団養成所での指導などのキャリアを踏まえ、「これまでの経験が生かせるだろう」というアドバイスをいただき、私はインティマシー・ディレクターのコースを履修することにしました。
IDCで得た多岐にわたる学びと、日本の慣習に驚くクラスメイト。価値観の見直しが必要な理由
IDCでは、 黒人の抑圧の歴史から映画などに描かれてきたマイノリティーの扱い、価値観の更新と公演芸術や映像作品の未来像、 事前合意の必要性やそのための言語化、 さらに私たち自身を含めたスタッフ個人の健やかなライフスタイルのための戦略、 プロの振付家としての台本の読解とシーンの研究、うごきのシステムなど、 私が既にやってきたものと、新しい切り口のものの両方あり、非常に充実していました。
しかし、困ったのは、私が日本の従来の価値観や、よくある残念な例や事件をシェアすると「オーマイ・ゴッド!」とみんなからびっくりされて、日本の未来まで心配されてしまうこと。それくらい日本はまだ個人の忍耐力や我慢、真面目で一生懸命な方たちの犠牲に寄りかかってきた業界だったのだと痛感しました。
キスやハグ、性愛表現でも、ダンスやアクションのシーンと同じように専門家が入ることで、演出効果を引き出したり、演技をより明瞭にさせることもできるので、稽古時間を効率的に使え、不安や心配も減らせるという点も、 日頃、慌ただしい俳優や歌手の方を教える場面が多いので、重要さは身に沁みていましたから、私もここで挫けるわけにはいきませんでした。
久しぶりのニューヨークは、研修と課題で疲労困憊でしたが、手応えもたっぷりでした。
ニューヨークでの実地研修で得た学びと俳優視点の再発見。振付と演技の新たな挑戦
2年の基礎学習ののち、私はニューヨークでの実地研修に進む資格を得ました。研修は、台本読解、振付の実際、マスキングなどを実践的に学び、演じ手もスタッフもが仕事に没頭できる環境を整えるものでした。
ニューヨークでは、アクション監督、振付家、ブロードウェイや全米各地で活躍する俳優たちと協力し、多文化的な現場でのコミュニケーションや安全管理の方法も実地の連続でした。
面白かったのが、俳優役、演出家役、インティマシー・ディレクター(コーディネーター)役を 全員やってみるロールプレイ。
私も久しぶりに俳優の立場になってみましたが、20年も演技指導してきたのに、いざ台本を読んで、しゃべりつつ、相手と動いてみると、どうにもぎこちない!日本で昔からいう「絡み」のシーンになると相手との距離や頭の位置、それこそいろいろな心配や不安が湧いてくるのを実感しました。
演出家の焦りや不安が手にとるように
また、自分が演出家の立場からキスシーンやいわゆる「濡れ場」を稽古すると想定して行動すると、 インティマシー・ディレクター(コーディネーター)の発言や動きに、 自分の演出を理解してもらえないんじゃないかと不安になったり、俳優とインティマシー・ディレクター(コーディネーター)が自分を抜きに話してると心配になったり、自分の作品にまるで要らぬ口出しされてるような気がして、「なんだか、気に入らないなぁ」という不思議な気持ちが湧いてきました。
好きな仲間だったはずが、もちろん相手を尊敬もしているんですが、なんとなく腹が立つというか、 割って入られたような、小さなやきもちのような瞬間もありました。「 これが演出家や先輩たちが私たちインティマシー・ディレクター(コーディネーター)を拒否してしまう理由なんだろうな」と気づきました。
でも結局、インティマシー・ディレクター(コーディネーター)の提案や視点に助けられて、シーンはスムーズに運ぶわけですが...。
また相手役によっても、自分の気持ちも変わり、台本がコメディーの時だからといって、相手の 太ももと顔の距離が気にならないわけではなく、 かといって、恋人同士の役で、事前に合意してるからといって、実際にお互いのパーソナルスペースに入ってみると、いろいろ気になることが出てくるんです。
それこそ、合意のない性愛シーンの振付などは、 フィクションの物語の必要な表現の一部だと頭ではわかっていても、実際に動いてみると感覚体験はしますし、気持ちも傷つくんです。そして、なかなかトレーニングなしには、自分がどう対処したら、自分にとっても相手にとっても最善なのかを鑑みたとっさの対応はできないと感じました。40年も演技の世界にいるのに、です。
自分含め、現場のいろいろな方の、「本人の予想通りではない気持ちにもプロとして対処できるようならればならないと」と身が引き締まる思いでした。
信頼しあう難しさを実感。「相手とも自分とも対話できる習慣づくり」が重要な鍵に
一方、 ダンスやアクションのシーンのように「振付けてくれたら、ホント楽になります」 という俳優や歌手の方の本音には、20年近く向き合ってきた私です。「とにかく気が楽...」と安堵の表情を見せる俳優や歌手、監督、演出家の姿が目に浮かび、 時差ボケも吹っ飛び、ニューヨークを往復しつづけました。
IDCの私たちは仲の良いクラスメイトばかりでしたが、それでも言い出しにくいこと、誰のせいという訳ではありませんが、これまでの経験や身体的な条件や体調などによって、モヤモヤすることがありました。
必ずしも監督や演出家が察してくれるわけでもなく、逆に察してあげようと過剰に気を使われることで、逆に疲れてしまったり、いろいろなパターンも体験しました。
それぞれの立場になってみて、自分がどう感じたかを、本当に向き合って赤裸々に語り合う。みんな泣いたり笑ったり、 私のクラスメートの中にも、唇同士をわざわざつける演習はしない、 合意のない(性暴力など)シーンを演じることに抵抗があるという立場の方もたくさんいました。
この経験を通じて俳優も演出家や監督も、スタッフ含めてみながコミュニケーションしやすい環境の貴重さ、あえて「相手に伝わる言葉」にして信頼しあう難しさも 確認しました。だからこそ、「相手とも自分とも対話できる習慣づくり」こそが、物語の力を最大限に引き出す鍵なのだという信念が強まりました。
また試験や査定を通じて、マイノリティーの扱い方、トラウマへの対応についても学びました。これにより、インティマシー・ディレクター(コーディネーター)としての視点を広げることができたことはありがたかったです。
私は大学からはイギリスでしたが、日本の小中学校/高校では触れない歴史の見方や、あまり時間をかけて学校では深められない社会問題もありますので、そういったアンテナは常にはっていかなければならないと自戒する機会にもなりました。
世界各地から学びに来ていた仲間たちには今でも支えられています
現場では「動きを整理する」。理不尽な慣例を乗り越え、創造性を引き出すために
現在、私は映像や舞台の現場で、俳優と監督、そして演出家たちが抱えるモヤモヤを減らし、よりスムーズに創作に取り組める環境を整えることに注力しています。
例えば、ある場面では、俳優たちが不安を抱える場面がありましたが、私が提案した動きの整理により、その俳優が「 今までみたいに、変な風に構えないで済んだ」と嬉しいお声をいただきました。 本当にこれまでの努力が報われる思いです。
また監督からも「ヒアリングの段階で、シーン意図や描きたいことをかおるさんと対話することで、自分もクリアにしていくことができて、ホントかおるさんに頼んでよかった、 肩の荷がおりた!」との声をいただいています。 私もそういったお言葉をいただけることが、 すぐに結果の出る世界ではないからこそ、大きな励みになっています。
面白かったのが、「なーんだ!実際に唇同士をくっつけなくても、こんなに、 まるで密着してるようにみえる、しかも動きやすい!」と 俳優たちとみんなで笑ってしまった場面。その軽やかさを体験してしまうと、今までの我慢や慣例になっていた理不尽な対応が、 多くの方々を本当の集中力や創造性から遠ざけていたのだと、悔やまれます。
演技を助ける振付、演出の意図が際立つうごきの整理をモットーに
「適当にやってみて」を超えてー日本のプロが輝くために、親密シーンに求められる新時代の専門的視点
舞台や映像作品における、いわゆる「絡み」や昔で言う「濡れ場」、キスやハグ、それこそ身体の部位の露出などの取り扱いについて、国内外での議論はますます活発化しています。
作品の意図やテーマを的確に伝えるためには、制作チーム全体での綿密な協力と、専門的な視点が求められる時代が来たことは、 この業界にとってプラスになると感じます。
考えてみてくださいー喧嘩のシーンで「ほら、パンチしてみて!」と言われることはありません。それは、殺陣師が安全を確保しながら内容にふさわしい振付を担当するからです。
同じく、ダンスのシーンで監督が「 普段やってるやつでいいから、ちょっと回って飛んでみて」と即興を求めることもありません。振付家がテーマや人物像に沿って創作し、シーンの魅力や効果を引き出すからです。
ところが、接触や親密シーンでは「 もういい大人なんだから、適当にやってみて」と丸投げされたり、 冗談交じりに「 ちょっと二人でどっか行ってこい(笑)」といった奇妙なコメントが散見された時代がありました。 私もさっぱりわからない水着みたいな衣装で踊らされたシーンはいまだに演出の意図がわからないまま、共演の俳優が後ろから突然「ひらめいて」抱きついてきたのも、残念な記憶です。
現場のモヤモヤを減らし疑心暗鬼を解消したい。俳優、監督、演出家のベストを引き出せる存在を目指して
俳優もスタッフもが安心して役や専門に集中できる環境を整えること、そして、監督や演出家が意図をさらに際立たせるサポートをするために、ニューヨークでの実地研修を経て得たスキル、そして20年以上にわたる演技指導の経験を活かして行けたら嬉しいと思ってます。
台本を深く読み込み、キャラクターの感情やシーンのテーマを掘り下げることは、私の得意とする分野です。作品のジャンルに合わないうごきや、役の人物同士の人間関係にふさわしくない位置関係や振付は、 混乱を招くばかりか、逆効果になります。
シーンのテーマが際立つ動きによって、お客様の解釈も変わります。人間関係が浮き彫りになる振付で、演出の意図がクリアになります。
映像でも舞台でもより多くの方のお役に立てるよう、インティマシー・ディレクター(コーディネーター)として、俳優やスタッフの安心や信頼だけでなく、演出家や監督の意図を正確に汲み取り、健やかに協力できる現場づくりにもっと貢献していきたいと願ってます。
みなさんのモヤモヤを減らし、疑心暗鬼を解消すること。これが創造性の最大化につながります。俳優、監督、演出家の誰もが一つのチームとしてお互いのベストを引き出せるような環境を作るため、これからも挑戦を続けます。
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