人口減少にコロナ禍を経て、婚姻件数は戦後最低の48万組に。経済の長期的低迷なども踏まえ、結婚とそれに付随する慣行や、家族・夫婦のあり方に関する価値観も大きな変化の時を迎えています。
結婚産業全般には向かい風とも言える環境のもと、モノよりコトと言われて久しく、所有することがむしろ罪悪という時代において、あえて「結婚指輪」というモノがもたらす意味や価値を考えてみたいと思います。
アーツアンドクラフツ株式会社が運営するオーダーメイドの結婚指輪工房ith(イズ)は、東京・吉祥寺で、ジュエリー職人・高橋亜結のアトリエから始まったオーダーメイドの結婚指輪ブランドです。“One Story. One Ring.” の思いのもと、カップルそれぞれの大切な思いや二人だけの物語を、ひとつひとつ指輪としてカタチにしています。
2014年の事業開始から10年目を迎える今年、ブランド10周年を記念して「二人の指輪の肖像 / A Portrait of Your Rings」と題し、ithで指輪をお仕立ていただいたこれまでのお客様との再会を兼ねた撮影イベントを開催しました。
お客様それぞれの物語を宿す結婚指輪づくり
私たちはオーダーメイドという一貫したスタイルで、それぞれのお客様に文字通り「オンリーワン」の指輪を制作しています。
オーダーメイドというと、個性的で奇抜なデザインの指輪を想像されたり、敷居が高く縁遠いもののように思われる方も多いのですが、実際には職業的に目立つデザインが選べなかったり、「毎日身に着けるものなのでシンプルに」というご要望にお応えすることが多く、デザイン面で比較的オーソドックスなものを好まれる方も少なくありません。
しかし、見た目のデザインが似ていても、それぞれのカップルがその指輪に辿り着くまでの動機や理由には、二人だけのストーリーが込められています。お互いのこだわりや関係性、出会いや結婚に至ったきっかけなどを手掛かりに、私たちithのつくり手 (リングコーディネータ役) のナビゲートのもと、<お二人らしい指輪とは何か>を一緒に見つけ出していきます。
そうしてかたちを得た指輪には、既成のデザインを選んで買うことでは得られない、二人ならではの意味や価値が込められているように思います。それらをithでは「物語のある」指輪と表現しています。
今では国内外合わせて15店舗 (ithではアトリエと呼びます) を数える規模になりましたが、ith代表・高橋が一人で吉祥寺アトリエをスタートした時代から変わらず、すべてのスタッフがお客様に寄り添い、自分の持つ技術を注いで、それぞれのお客様にとっての「物語のある」指輪を生み出すことを愚直に、丁寧に続けてきました。
その決意を込めた「たくさんよりも、ひとつをたいせつに」という言葉は、私たちが何よりも大事にしている指針です。
■ 一緒に人生を歩む中で生まれてくる、結婚指輪の意味
私たちは日々たくさんのご夫婦の指輪づくりに携わってきましたが、そんな私たちでも知ることのできない、結婚指輪の本当の意味があるのではないかと感じてきました。
それは<お二人が共に結婚生活を歩まれる中で、お仕立てした結婚指輪が一体、どういう意味をもたらしているのだろうか>ということです。つまり、私たちが日々携わる指輪がかたちになるまでの物語とは別に、指輪が生まれてからの物語があるのではないかと考えたのです。
「お客様の指輪はその後、ご夫婦と共にどのようにストーリーを紡ぎ、どのような意味を見出されているのだろう?」
結婚指輪が生まれるまでの物語の中で、たくさんの幸福や感動に出会いますが、そこからさらに人生を共に歩むなかで、喜びと同じくらい、いやもっと重みのある意味や価値があるのではないか。
そんな思いから、結婚指輪の“その後”を写し出すためのきっかけとして、これまでのお客様を対象にした撮影会を催し、それぞれのお客様が感じている結婚の意味や価値を探ろうと企画しました。
■ 過去と未来をつなぐ、結婚指輪が紡ぐもの
お客様に寄り添い、その指輪づくりに徹底して励むことで、お客様と私たちスタッフの間には強い信頼関係が生まれます。
そこで“再会”をキーワードに、アトリエにお越しいただき、担当したつくり手 (接客担当スタッフ) と再会しつつ指輪をつくった当時を思い起こせるような企画を具体化していきました。
■ 写真に残すことで、時間を超えて喜びを分かち合う
ithでは完成した指輪の写真や、ご納品時にアトリエでお客様が指輪を着けた姿を写真に残し続けてきました。
最初の頃は、高橋が自ら手がけた我が子のような指輪を、お客様の元へ送り出す名残り惜しさから始めた写真撮影ですが、時を経る中でご納品時の記念として、指輪を着けたお客様の写真も撮らせていただいています。
撮影会の当日は、当時の記憶をより鮮明に思い出せるよう、指輪制作時の写真をまとめたアルバムご用意してお客様をお迎えしました。
また、ご納品時に撮影した写真は、ブログやSNSで継続的にご紹介しており、このブログを読んでithで指輪を作ってみたいと思われるお客様も多く、つくり手それぞれの目線でエピソードが綴られることをお客様にも喜んでいただいています。
そのため、今回のイベントで撮影した写真やご意見を、Webサイトでご紹介させていただくことにしました。その風景を収めたのが
です。
カメラマンは、ithのメインビジュアル撮影などをお任せしてきたフォトグラファーの鳥巣佑有子さんへ依頼しました。
準備において最も時間を掛けたのは、“どんな写真を撮るのか”の擦り合わせです。写真館で撮るような“キメ顔”のポートレートなら、撮影スタジオの方が綺麗に撮れる。わざわざithのアトリエに足を運んでいただくことを考え、お客様の気持ちや自然な表情を押さえる方針が固まりました。
■ 応募多数の嬉しい悲鳴と、お客様への感謝
当初は「定員(10名)がちゃんと埋まるかな...」くらいに考えていましたが、告知した翌朝に担当者が応募フォームを確認すると、なんと一晩で300件以上のご応募をいただき大慌て!次々に届く応募通知にサイバー攻撃を受けたかと焦ったほどです。
そこから3週間ほどの募集期間に650件以上のご応募をいただき、60倍を超える当選確率の抽選を行わなければならなくなりました。
ほとんどのお客様を招待できないため、急遽アンケートフォームをご用意し、それぞれのお客様の指輪への思いを伺いました。こちらもたくさんのご回答をいただき、記念サイトの
なにより、ithにお越しいただいてから年月を経ても、こんなにたくさんのお客様がithへ関心を寄せてくださっていることを実感できたことは、スタッフ一同にとって大きな励みと喜びになりました。
■ つくり手たちのお客様に対する思い
この企画の準備を通じてさらに嬉しかったのは、イベント当日の接客にアサインされたつくり手が、皆とても喜んでくれたことです。
「私でいいんですか⁉︎ こんなに嬉しいことはないです!」と笑顔を見せてくれて、お客様に喜んでいただけるか不安に思う気持ちがスッと晴れていきました。
■ 一瞬に写り込む、ご夫婦の関係性を切り取って
真夏の東京と大阪での、合計2日間のイベント開催。キャンセルもなくお客様はそれぞれ、友人宅を訪ねるようなワクワク感に包まれてアトリエへお越しいただきました。
アトリエで指輪をつくった当時はカップルだったお二人も、もれなくご夫婦に。赤ちゃんやすくすく育ったお子様にもお会いでき、感動で涙をこぼすつくり手も。
イベント中、皆様へ「パートナーへ伝えたいことはありますか?」とお尋ねしたところ、全員の方が「ありがとう」と仰いました。自分にない部分を補い、支えてくれる、そしてよく頑張っていると労いを添えて。感謝の言葉に漂う、信頼と安心感が印象的でした。
撮影中はカメラに向かいつつも、お二人の身体や視線が自然とお互いへと向かっていくんですね。いただいたコメント以上に、ご夫婦のお気持ちが垣間見えた光景です。
後日、指輪をお納めした当時の写真と、イベントで撮影した写真を見比べると、ご夫婦の笑い方がよく似ていらっしゃることに気づきました。
■ 見てもらいたい、誰かに話したい結婚指輪の存在
指輪のエピソードをお尋ねすると、男性も饒舌にお話してくださいました。デザイン選びの意図や、思い入れのある装飾など、指輪制作時のエピソードを克明に覚えていらして、担当したつくり手たちも驚くほど。
時間を経て「この指輪にしてよかった」と確信を深めていることや、「お揃いが嬉しい」というお気持ちもたくさん伺いました。
また、「知り合いに指輪を褒められると嬉しい」というお話も多く挙がりました。そのときの笑顔は、皆揃ってまるで我が子を褒められたような表情!
お客様との暮らしの中で指輪がとても愛されていることも嬉しいですし、好きなものについて語りたい、見てもらいたいという純粋なお気持ちは、代表・高橋が作った指輪に感じてきた我が子のような愛着に通ずるように思います。
■ 人生の象徴であり、身体の一部のようなもの
「指で触れると落ち着く」や「表面についた傷さえ愛おしい」、そして「出産時に泣く泣く指輪を外した」など身体の一部のように指輪を語られる方が多いのも、結婚指輪ならではでしょうか。
また「仕事中に目に入ると頑張ろうと思える」というお言葉からは、二人でお仕事や子育てを協力しご家庭を切り盛りする中で、薬指の小さな指輪をパートナーの分身や、お守りのように感じていらっしゃることがひしひしと伝わりました。
■ “つくったときに始まる” 、お二人の人生を表す結婚指輪
今回のイベントを通じて改めて感じたことは、物語を込めてつくった結婚指輪はそこで完成するのではなく、身に着ける方がいる限り、そこからさらに物語を紡ぎ続けているということです。
過去と現在、それぞれの時間を切り取った「写真」を介して、結婚指輪がその人生をつなぎ、さらにこの先の未来もつくっていることを知りました。
結婚指輪を贈り合い、一緒に身に着けて日々を暮らすことは、目に見えない思いを分かち合う行為です。「指輪を着けたときに、夫婦なんだなと実感が湧いた」というお客様の言葉に通じます。
■多様で不確実な時代に、結婚指輪がもたらす意味
今回お招きしたお客様は結婚されたご夫婦でしたが、多様性の時代のなかで婚姻関係にとらわれないあり方も含め、私たちは、共に人生を歩むお二人の道しるべとなるようなジュエリーを作り、身に着ける方の生涯に寄り添い続けるブランドでありたいと思います。
モノもコトもたくさんの選択肢で溢れ、何かを所有することが格別なステータスとは感じられない時代。そんな時代にこそ、自分たちにとっての特別なモノを所有することで、得られる意味や価値がやっぱりあるのではないか。私たちが信じてきたものが「確かにある」ということを改めて実感する貴重な経験をさせていただきました。
「結婚指輪って必要なの?」そして「婚約指輪ってどんな意味あるの?」という問いはもとより、「そもそも結婚ってコスパもタイパも悪くない?」と、結婚自体の意味すらも見出しづらい不確実な世の中で、これから先の将来、未来を考えていく人たちにこそご覧いただければと思います。
ith代表・高橋亜結 | 10周年イベント「二人の指輪の肖像」に寄せて
“これからの10年、次の世代に繋がるithを目指す”
普段の私は目の前のことに集中して取り組むほうが得意で、未来を思い描くことや夢を語ることはほとんどないのですが、今は、はっきりと想像できています。
吉祥寺の路地裏ではじまった小さなithを続けて10年。10年の間に自分自身も結婚、出産を経験したから自然と想像できる景色かもしれません。
撮影会に参加していただいた中に、2015年に表参道アトリエであったお客様がいました。プロポーズのご相談に始まり、ご入籍・結婚記念日と、お二人の歴史が増えるごとにithで再会、節目ごとにアトリエを訪れてくれるお二人の存在は、私にとって特別な意味を持っています。
ithがまだ吉祥寺と表参道の2つのアトリエしかなかった頃を知っている分、「アトリエが増えることで、失われるものがあるのではないかと寂しい思いもある」と正直に話してくださったのが私の心にずっと残っているのです。
アトリエが増えithが広がっていく中で、今に合わせる柔軟さと、はじまった頃の良さを両立できるように考えて舵取りをするのが自分の役目。これから起きる変化の中で、お二人の言葉を頼りに方向を見失わないよう進んでいきたいと思っています。
参加してくださったご家族のみなさん、関わってくださったみなさん、ありがとうございました。
ith 10周年記念Webサイト「二人の指輪の肖像 / A Portrait of Your Rings」はこちらからもご覧いただけます