この記事をまとめると
■N-BOXに新モデルJOYが追加された
■チェック柄の撥水記事をラゲッジに採用しているのが特徴だ
■本田技術研究所デザインセンターの松村美月さんに開発背景を直撃した
N-BOX JOYはなぜチェック生地を採用?
ホンダの超背高軽ワゴン「N-BOX」(エヌボックス)に追加された、新たなクロスオーバーモデル「JOY」(ジョイ)。同車の最大の特徴であり、先行するライバルたちにはない個性を備えたインテリアは、どのように生み出されたのか? デザインおよびCMF(カラーマテリアルフィニッシュ)を担当した、本田技術研究所デザインセンターの松村美月(まつむら みつき)さんに聞いた。
──N-BOX JOYにはチェック柄の撥水ファブリックシート表皮(注:NA車はトリコット表皮、ターボ車はプライムスムースとのコンビネーション)が全車標準装備で、しかもこの表皮は後席裏側や荷室のスライドボードにも使われています。その狙いは?
松村:N-BOX JOYはコロナ禍を経て開発されましたが、その間に価値観の変化があり、そのひとつに、外の空気を吸ってのんびり過ごしたいというものがあると捉えています。たとえば、キャンプ道具をたくさんもって遠出するまではしたくないけれど、ベランダでご飯を食べるだけでも気もちいいという、そういった心の変化をどうN-BOXを採り入れるかを考えました。
N-BOXがもつ最大の強みは空間の広さですが、それを活かしてもっと新しい使い方ができないかということで、後席を倒したら荷物を載せるだけではなく、人が車内に入り込んで座ってみたら、天井も気にならず空間も狭くないことに気づきました。
そこから、ベランダでご飯を食べて気もちいいことに近い、ピクニックのようだという発想が生まれ、チェック柄のレジャーシートを敷いてみたら、本当はただの黒い空間がチェック柄になるだけで、乗り込んで座ってみたいという楽しい雰囲気が出たんですね。
ですが、クルマのなかにただレジャーシートを敷いただけでは、座るとズレるんですね。毎回後席を倒してレジャーシートを敷くのも煩わしいので、「ならいっそのこと付けてしまおう」と、後席の裏側にチェック柄のレジャーシートを貼り付けて、1年を通してどんな体験や使い方ができるか、どういう景色が見えるかを発見して、今回のチェック柄を仕上げていきました。
また、N-BOX自体が幅広いお客様に使っていただいているので、JOYも同様にしたいという思いから、チェック柄も女性らしくも男性らしくもない、ジェンダーレスで使っていただける色や柄にすることを目指しました。
ベージュの色も、彩度が高ければ鮮やかすぎてポップに見えるので、できるだけトーンを落としてアースカラーに近くしているんですが、よく見ていただくと……。
──……青とオレンジが細く入っているんですか?
松村:青とオレンジは色相のなかで補色の関係にある色を混ぜているんですね。そうすることでグレートーンにして色味を落としています。
さらに、ベタ塗りのベージュでは汚れが付いたら目立つんですが、3色くらい入った複雑なカラー構成になっているので目立ちにくいんですね。そういう機能性も付与してできあがったのがこのチェック柄生地です。
──ただのベージュではない、かなり計算されているんですね。
松村:はい(笑)。このチェック柄もたくさん研究開発しており、たとえば線が細すぎると女性らしく見え、太くて分厚いと無骨で男性的に見えるので、柄も老若男女問わず親しんでいただける色柄を開発したいと思い、N-BOXのなかに入れたときのバランスを見ながら仕上げています。
通常の荷室は黒の不織布ですが、この上にお茶やコーヒーをこぼすと完全に染み込んでシミになるんですね。匂いも取れなくなるんですが、このチェック柄の生地には撥水機能もあるので、こぼしたらすぐ拭き取っていただければ元の状態に戻ります。ですから「チェック柄だから汚したくない」と思う必要がなく、気楽に使ってもらえる生地になったと思っています。この撥水機能は必ず付けたいと考えていました。
季節に関しても、暖かそう、あるいは冷たそうに見えず、一年を通じて使っていただきたいので、毛羽立ちや触り心地を含めた見た目を考慮して作っています。
──このチェック柄の生地ははがせるんですか?
松村:いえ、はがせません。完全に一体成形されて、生地も縫製されているので。
──撥水機能の寿命はどのくらいですか?
松村:使い方にもよりますが、通常の使い方ならば数年程度は持続すると思います。ホンダでもフィットクロスターなどに採用しているものと同じですね。
見た目がスポーティでギアっぽい、ビニールっぽいと、いかにも撥水しそうに感じると思いますが、そうするとリラックスする気もちが湧きにくくなるんですね。ですので、見た目もちゃんとファブリックで優しい感じがしながらも撥水する、というのが肝になっています。
──撥水機能が落ちた場合、そのメンテナンスや再加工はできますか?
松村:部品にもよりますが、シートの場合はシートごと交換する必要がありますね。
──コーティングをかけ直せばいいというわけではない……?
松村:表面にコーティングしているわけではなく、作った表皮を撥水剤にドブ漬けしています。なので、たとえばクーラーボックスを生地の上で引きずっても、コーティングが削れることはありません。
──N-BOXはもともとアウトドア系、外遊びする人に多く選ばれているクルマなのでしょうか?
松村:ギア感が強いものが欲しい方がN-BOXを選ばれることは少ないと思います。むしろ「もう2世代もN-BOXに乗ったので、3世代目は新しい、何か違うものに乗りたい。でもN-BOXがいい」というお客さんが結構いらっしゃったので、その観点でJOYが生まれました。
他社のライバルとは違う立ち位置で展開
──他社にはギア感の強い背高軽ワゴンがありますが、そのユーザーを取りにいくというよりは……。
松村:それとは違う考え方ですね。今までにない使い方なので、そういった系統ではないお客さんを取れるのではないかと思います。
あくまでもN-BOX自体が、日常を最大限助けてくれるクルマだと思っていて、JOYはそれよりも少し足を伸ばした出先、たとえばお子さんを送ったあと、「自分だけコーヒーブレイクをしよう」というときに、近くの公園の駐車場に停めるだけですぐできる、そういった日常の延長線上で楽しんでいただくことをイメージしています。すごく遠出をするイメージはしておらず、生活圏のなかでいかに毎日が楽しくなる、のんびり過ごせる自分だけの空間になるのが、JOYのいいところだと思っています。
──ホンダさんには「ファブテクト」という撥水・撥油機能付きの生地がありますが、それをあえて使わなかったのはなぜですか?
松村:ファブテクトはケチャップやマヨネーズなどの油汚れに強いものですが、JOYの想定コアユーザーは20歳代の男女で、子育て層をメインにしていないので、ファストフードを食べるようなイメージではなく、ちょっと腰掛けて休憩する程度、撥水くらいはしてくれないと困るというイメージですね。実際、ファブテクトを使うとだいぶ高くなるので……(苦笑)。でも、一般的な軽自動車よりは遥かにいい生地を使っていて、そこに撥水機能をもたせているので、これ以上コストをかけるのは難しかったですね。
──そこは、一体成形にすることなどでコストを抑えたのでしょうか?
松村:はい。それに形状の変更もなく、N-BOXの基本設計を賢く使っていることもありますね。
──後席を格納した際の荷室の床面は完全にフラットになっているんでしょうか?
松村:N-BOXは真んなかがへこんでいて全体的にも落ち込んでいると思いますが、JOYは完全に水平ではないものの、凹凸はN-BOXより遥かに少なくなっています。後席裏側に座り心地向上のためのプレートを入れているので、触り心地の違いをぜひ体感して下さい。
──荷室のフロア自体をあえてかさ上げすることで、床面を平らにしつつ荷物を積み下ろししやすくしているのでしょうか?
松村:自転車などの積み下ろしは、かさ上げしたぶんだけもち上げなければなりませんが、80mmなのでさほど上がってはいません。N-BOX自体の荷室フロアが非常に低いので、問題なく積み込めると思います。
──あまり低すぎると、手荷物の場合はかえって積み下ろししにくいですよね。
松村:少し上げたことが、むしろちょうどいいくらいになっているかもしれませんね。
──かさ上げしたことでラゲッジアンダーボックスも追加されたので、使い勝手もよくなっていますね。
松村:はい。そのために、パンク修理キットを一見わからないところ(フロアパネルの隙間)に入れているので、折りたたみ式の椅子やテーブルが収納できるようになっています。
──インパネまわりも色味などを変更しているのでしょうか?
松村:はい、N-BOXに対してベージュに変更し、ボタンやグローブボックスのノブなど手で触れる機能部品は黒に統一しています。
──ベージュは標準仕様よりも茶色みを上げているんですよね。
松村:はい。黒の色味は変更していません。
──全体的にツヤが抑えられた印象を受けました。
松村:質感の変化は付けていないですね。このクルマに高級感やメッキ感は似合わないと思ったので、付けるとしても黒のツヤくらいに抑えて、道具っぽく感じてもらえるようにしました。
──チェック柄の生地は荷室もシートも一緒ですか?
松村:はい。なお、ターボ車は合皮とのコンビネーションになりますので、縫い目以外はほぼフル撥水になります。一方でNA車は無地の部分もファブリックですが撥水はしないので、そこだけお気をつけいただければと。
──内装をチェック柄だけに絞るのは新しいですよね。
松村:だいぶ振り切りました(笑)。
──シートカバーでさえ無地のものを用意していないのは攻めていると思いました。
松村:「黒内装もないのか」という感じだと思いますが(笑)、最初にN-BOX JOYのキャラクターを出すうえでは、ベージュのチェック柄で印象づけたいと思いました。そこからの発展は今後検討されると思いますが、まずはこのJOYらしさを最大限出しています。
──サイドパネルの下側はブラウンで、上側とルーフライニングはブラックになっていますね。
松村:そうなんです。それは、バックドアを開けて荷室から外を眺めることを想定していて、室内の上半分をブラックにすることで写真のフレームのように見せ、室内から眺める景色を際立たせるためですね。下側をブラウンにしたのは、ブラックでは足で蹴った時に泥汚れが目立つのでそうしましたが、色味は抑えています。
──このブラウンとブラックは新たに色を作ったんでしょうか?
松村:ブラックはカスタムと同じですね。ブラウンの色は、N-WGNのインパネトレーから流用しています。
──開発は標準仕様やカスタムのあとにスタートしたんですか?
松村:最初から3本立てで同時に開発を始めましたが、JOYに関しては市場の動向を見ながら発表・発売のタイミングを決めました。
──これだけSUVライクなクルマが隆盛になると、用意しないわけにはいかないですよね。
松村:いかないんですが、さほどSUVではないという隙間を狙いました。
──絶妙に差別化されていますよね、コテコテのギアではないという。わかりやすく、フェンダーが樹脂になっているわけでもありませんし。
松村:ゆるく使っていただきたいと思っています(笑)。
──ホンダさんは目を三角にして運転するようなピュアスポーツカーと、それとは真逆の、N-BOX JOYのようにゆるい雰囲気のクルマを作るのが、本当に上手いと再認識しました。ありがとうございました!