資生堂グローバルフレグランスブランド責任者が語る。「ル セルドゥ イッセイ」プロジェクトとフレグランス事業の未来

2024.10.09 11:00
資生堂 グローバルフレグランスブランド バイスプレジデント
ヤエル トゥイル




パンデミックを経て、フレグランスは社会において重要な役割を果たすようになりました。癒しや自己表現、エンパワーメントなど、香りをまとうことの意義が広がってきています。


今回、話を聞いたのは、資生堂の欧州地域本社である資生堂EMEAを拠点に、グローバルフレグランスブランドの責任者を務めるヤエル トゥイル。新製品のイベントのため来日した彼女に、フレグランス事業の今後の展望や、「イッセイ ミヤケ パルファム」の新商品「ル セルドゥ イッセイ」 について聞きました。
香りは過去の記憶や感情を呼び起こす感覚的な商品
―まずはヤエルさんの経歴をお聞かせください
ヤエル 私は20年間のキャリアの全てを化粧品業界で過ごし、メイクアップやスキンケア、ヘアケアなど様々な領域で経験を積んできました。最終的にフレグランスへの情熱に導かれて、資生堂のグローバルフレグランスブランドの責任者をしています。


フレグランスは、メイクアップやスキンケアと違って直接目に見えるものではありません。一方、その香りに紐づく過去の記憶や感情を呼び起こす効果があります。感覚的な商品ゆえに、人々の琴線に触れるような物語を紡ぐ必要があり、その人間らしい営みに私は惹かれました。


これまで多くの会社でそれぞれのマネジメントスタイルを経験してきて、今は資生堂で日本のスタイルを経験しながら活動しています。
―現在は具体的にどんな仕事をしていますか?
ヤエル 主にはフレグランスの商品ラインナップを管理しています。資生堂の香りの歴史は、1917年に初代社長の福原信三がつくった「花椿」から始まり、100年以上の歴史があります。さらに、「イッセイ ミヤケ パルファム」、「ナルシソ ロドリゲス」、「ザディグ エ ヴォルテール」など、ライセンス契約のもとで扱っているブランドもあります。これらのブランドとの共創を通じて、商品価値とクリエイティビティを高めながら、資生堂らしさを表現することが、今の私の重要なミッションだと考えています。
資生堂のフレグランス業界における現在地
―過去10年間で、フレグランス市場において、どんな変化がありましたか?
ヤエル 3つのトレンドがあったと考えています。
まずは、イノベーションの重要性です。協業するブランドに過度に依存するのでなく、私たち自身が生活者に愛される商品を開発しなければなりません。オリジナルブランドとライセンス契約のブランドを、バランス良く商品ラインナップに組み込むよう意識しています。


次に、生活者の志向の変化です。単に香りが良いものだけでなく、より感覚に訴えかけたり、スキンケア効果があるようなものが求められるようになりました。


最後に、生活者とのコミュニケーション手段の変化です。デジタライゼーションが進み、特にパンデミック後はeコマースやAIを通じてお客さまとつながる新しい方法が私たちのアプローチの中心となっています。
グローバルフレグランスブランド
―EMEAおよびグローバルでのSHISEIDOのフレグランス事業について教えてください
ヤエル EMEAでは4年前に「ギンザ オードパルファム」を発売しました。昨秋からはさらに多くの地域で展開し、非常に大きな成功を収めています。スキンケアへの関心が低い若年層にも、フレグランスは手が届きやすく、SHISEIDO商品のエントリーモデルとして認知されたと思います。


若年層へのアプローチは、消費者層を広げただけでなく、「新しい顧客がどのようにブランドを発見し、つながっていくか」という課題に応えることができました。つまり、顧客ロイヤリティ向上への道筋がつくれたわけで、EMEAにとって重要なステップでした。


現在、APAC(ニュージーランド)でもSHISEIDOのフレグランスを展開中で、近々日本とトラベルリテール(日本と南北アメリカ)でも発売する予定です。
「ル セルドゥ イッセイ」 伝統とモダニティ
2024年8月から発売された「ル セルドゥ イッセイ」
―「イッセイ ミヤケ パルファム」について伺います
ヤエル まず、「イッセイ ミヤケ パルファム」は、独自性の高いブランドであり、それを理解してくださる人々のためのものです。イッセイ ミヤケでは有名人をキャンペーンに起用しません。このことは有名人の推薦よりも「本物」であることを重視する人々の共感を呼んでいます。登場する有名人が記憶されるのではなく、イッセイ ミヤケのアイデンティティが明確であり続けるのです。


それゆえに、ときには少し冷たい印象を与えることもあるかもしれません。美しくも、要求の厳しいブランドなのです。でも、一度その本物志向に触れたら、きっと一気にブランドを好きになり、その人の人生に欠かせないものになるでしょう。


新商品の「ル セルドゥ イッセイ」のキャンペーンは有名人を登場させないという「制約」によって私達の創造が限界を超え、コンフォートゾーンを抜けたと言えます。“破壊的”といえるほどの表現ですが、とても革新的な出来につながったと考えています。


そして歴史あるブランドでもあります。1992年に発売された「ロードゥ イッセイ 」が30周年を迎えたときには、お客さまから「これが私の最初のフレグランスでした」、「これは母の香水でした」といった言葉を寄せていただきました。非常に感動しました。記憶との感情的な結びつきこそがフレグランスの本質で、過去の楽しい時間を一瞬にして呼び起こす力があります。こういったポジティブな感情が、フレグランスをとてもパワフルな存在にしてくれるのです。
―新製品「ル セルドゥ イッセイ」は2022年に逝去された三宅氏が生前最後に手掛けられたフレグランスです
ヤエル はい。このプロジェクトを私たちが手がけること、彼のビジョンを実現することは、名誉でありまた責任の重さも感じていました。


彼はこのフレグランスの着想を、日本文化の神聖な要素である「塩」から得ていました。ヨーロッパでは塩は人生の味わいとエネルギーをあらわすので、それぞれ意味合いは異なりますが、「塩=不可欠なものであり、人生を肯定する要素」という見方は共通していると思います。


その純度とバランスを強調したボトルのデザインは吉岡徳仁氏、広告キャンペーンはマーカス・トムリンソン氏、もともとは香りのないものである塩を表現したユニークな香りはカンタン・ビシュ氏が担当しています。


また95%以上が天然成分で、ヴィーガン認証済です。包装も持続可能性に配慮しており、三宅氏の自然に対する想いを反映しています。×
―ヨーロッパにおいて、日本のフレグランスブランド、中でも「イッセイ ミヤケ」は、どのように認識されているのでしょうか?
ヤエル 日本のブランドは優雅で洗練されたイメージで見られています。その繊細さと完璧さは、人々の美意識にユニークな視点を提供しています。フランスのブランドが多くを占める中でも独自のエレガンスが日本ブランドを市場で際立たせています。


ただ、「イッセイ ミヤケ」は、存在感のあるグローバルブランドとして認識されています。三宅氏がフランスで生活し、仕事をし、フランス語でコミュニケーションをとっていらっしゃったことも理由だと思います。私の好きなエピソードがあります。彼のブランドが日本で初めて成功を収めたころ、まだ海外へ本格進出する前から、ショッピングバッグには「Tokyo Paris New York」と書かれていたそうです。彼は当初から、自身のブランドが世界中に届く可能性があると信じていたのでしょう。
「ル セルドゥ イッセイ」発売を記念した社内イベントの様子
―資生堂のフレグランス事業を率いる上で、どのような困難がありましたか?また、仕事をする上で大切にしていることを教えてください
ヤエル 私が就任してはじめに行なったのは、フレグランス部門の変革でした。断片的だったプロセスを統合し、コンセプトづくりから広告キャンペーンまで、商品開発の様々な側面において、チームが一貫して関与できるようにしたのです。


当初は困惑もあったでしょうが、今ではそれが普通になり、チームは皆自分の仕事に誇りを持っています。彼らは業界のエキスパートであり、資生堂のレガシーに深くコミットしています。


私の経営哲学は「トリプルH」:頭(head)、手(hands)、心(heart)です。これは、ビジネスの複雑さに対応するため、知性を使い、仕事にハンズオンで関与し続け、チームの全てのメンバーに共感と理解を示すことを意味します。このアプローチによって、私のチームの運営方法は根本的に変わりました。
―フレグランスは人々にとってどのような意味を持つと思いますか?
ヤエル フレグランスは非常に感情的なもので、個人的な記憶や物語と結びつくものです。そのため、私たちは表面的なマーケティング戦術ではなく、ノスタルジックな香りであれ、自信を高める香りであれ、ユーザーの方々の気持ちとのつながりを生み出すこと、ストーリーテリングに重点を置いています。


また、私たちは地球環境に配慮しながら、安全性と持続可能性を意識したものづくりに取り組んでいます。例えば、フレグランスに含まれるアルコールのかわりに水をベースにした商品がつくれないか研究を重ねています。私たちは、ユーザーの方々が期待する高い品質を維持しながら、これらの要素のバランスをとることを目指しています。
強力で創造的な体験の実現に向けて
―ヤエルさんから見て、資生堂の魅力は何でしょうか?
ヤエル 私はこれまで、様々なマネジメントスタイルを経験してきましたが、日本やアジアで働いたことはありませんでした。資生堂のDNAや行動原則の考え方にも共感していますが、私が本当に惹かれたのは、特に日本における女性のエンパワーメントへのコミットメントです。ここは私がいるべきところ、世界に良い影響を与えることができる場所だと感じました。資生堂にはビジョンと革新という点で素晴らしい歴史と強いレガシーもあり、本当に魅力的です。


そして、「おもてなし」の精神ですね。感謝の心とともに、創造性や正確性、協調性を高めるという、精神性に感銘を受けました。また、三宅デザイン事務所のみなさんと仕事をする中でも、この深い文化的価値を尊重することの重要性を学びました。
―資生堂の仲間たちと達成したい夢や目標はありますか?
ヤエル 私たちは、主要ブランドの発売に焦点を当てながら、持続可能な成長と意味のあるイノベーションを実現することを目指しています。今後5年間の計画は、デジタルと店頭体験の両方を通じて生活者と深く結びつき、強力で創造的なユーザー体験を実現できる、持続的なフレグランスポートフォリオを構築することです。
よりよい世界への貢献を目指して
―資生堂のフレグランス事業の今後の計画について教えてください
ヤエル 意識しているのは「選択と集中」です。限られたリソースを分散させずに、集中する必要があります。2023年には、「ナルシソ ロドリゲス」の「オール オブ ミー」を、今年は「ル セルドゥ イッセイ」。そして2025年には「ザディグ エ ヴォルテール」による革新的な新製品を予定しています。その先には、「マックスマーラ」との協業が控えています。目標は持続可能な成長を牽引する包括的なブランドポートフォリオの構築です。あわせて定番のフレグランスにも変化をもたらしていきます。ユーザーにとって懐かしくも、新しく意味ある体験を提供していきたいと考えています。


私たちは、永続的なフレグランス・ハウスを創造し、次世代につないでいくことを目指しています。それは、ブランドが誠実さ、革新性、持続可能性を核に進化し続けることを約束することです。真にインパクトのあるイノベーションで、長く愛用していただける商品やブランドづくりに取り組むことが大切です。生活者や小売業者とのコミュニケーションにおいても、ソーシャルメディアによるコミュニケーションだけではなく、オンラインから店頭まで、あらゆるタッチポイントで資生堂の世界観を提示し、人々の記憶に残る購買体験をデザインしていこうと、努力しています。
―最後に、ヤエルさんにとって「BETTER WORLD」とは?
ヤエル 私の夢のひとつは、次の世代がル セルドゥ イッセイの30周年を祝うことです。そのころには私はいないでしょうが、レガシーは存続すると確信しています。


私は、資生堂のミッション「BEAUTY INNOVATIONS FOR A BETTER WORLD」を深く信じています。それは、美と、美を起点に私たちが生み出すイノベーションが、より良い世界に真に貢献できることを示す力強いステートメントだからです。


私は、私たちのイノベーションが人々の個人的な生活を向上させるだけでなく、持続可能性や女性のエンパワーメントのための取り組みにより、より広範でポジティブな変化を生み出すことを確信しています。それは、私たちが単に美しさのための美に焦点を当てているのではなく、私たちを取り巻く世界、多様性、包括性、そして人々の感情をも意識していることを意味しています。社会全体にポジティブな変化をもたらすことを目指しているのです。


私たちは全員、この世界の一部であり、ポジティブな方向に形づくる責任があります。だからこそ資生堂の世界への影響力が商品を超えて、社会に有意義な貢献となることが重要で、それこそが「BETTER WORLD」の実現につながっていくはずです。


個人的には、自分の仕事を通して持続可能なイノベーションを維持することで世界をよりよい場所にしていくこと、そして私の子ども達もまた、その世界で幸せに健康に成長していけることを夢見ています。

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