瀬戸内海の山並みに溶け込む多目的アリーナをつくる-新香川県立体育館(仮称)建築工事

2024.09.02 10:00
瀬戸内海に面し、JR高松駅にも近いサンポート高松地区で、2025年春オープン予定の新しい県立体育館の建設が進んでいる。高さを抑えた、柔らかな曲線が特徴の屋根は、大小2個の正円が連なる形状だ。大林組はこの独創的な意匠と難度の高い構造に、BIMと経験、知恵を駆使して挑戦している。
中四国最大級のアリーナ
香川県には丹下健三氏が設計し「船の体育館」の名称で長年親しまれてきた県立体育館があったが、老朽化に伴い2014年に閉館した。現在、代替施設となる新体育館の建設が、サンポート高松地区で行われている。


新体育館は、メインアリーナ、サブアリーナおよび武道施設兼多目的ルームの3施設で構成される。メインアリーナは、国際的な競技大会やコンサート、プロバスケットボールチームの試合など多岐にわたる利用を前提に、固定席5,024席、仮設席を含むと約1万人の収容が可能な中四国最大級のアリーナになる予定だ。


屋根のデザインは、瀬戸内海や讃岐平野の山々の風景との連続性を感じさせるフォルム。周囲の景観に配慮して高さを抑えた1枚の大屋根で、3施設をつなぐ。一般的に大空間を持つ建造物は、立体トラス構造で空間を支えるが、今回は高さを抑えるために「単層ラチスシェル構造(※1)」を採用している。直径116mの大規模な正円形状のこの構造は、全国でもあまり例がない。
3つの建物を一つの屋根で覆うとても特徴的なフォルム。イベントの形態に合わせ、最大で1万人の収容が可能。地域大会から国際大会まで幅広い競技やコンサート、会議や展示会などに対応する


※1 単層ラチスシェル構造
  単層の三角形パターンの鉄骨部材を球面状に配列した構造
埋め立て地での基礎工事と鉄骨の組み立て
地中障害物への対応と再利用
2022年4月から工事に着手し、まず地盤の余分な起伏を所定の高さで平らに削り取る鋤(すき)取りを行い、杭工事へと進んだ。現場は埋め立て地であり、土中にはメインアリーナを斜めに分断する形で石積みの旧護岸が埋まっていることが分かっていたため、杭の全数試掘調査を実施。試掘調査により杭工事は円滑に進んだ。


杭工事とほぼ同時に進めた地下共同溝躯体工事も地中障害物の影響が心配された。そのため、大林組の技術「
」を採用。土留め壁を傾斜させて構築することで支保工を不要とし、地盤改良方式を採用することで、地中障害物の影響を抑え、工期短縮を可能にした。


メインアリーナ内の基礎では、少しでも工期を短縮するために、天然石で積まれた護岸自体を山留めに活用。地中障害物を再利用したことで、工期短縮およびコスト削減に成功した。
アリーナの鉄骨を組む
建物に対して工事用エリアが少ないため、鉄骨の組み立てには「建て逃げ方式」を採用。さらに周囲9ヵ所に工事ゲートを整備した


基礎工事完了後の2023年4月に、当初の計画通りメインアリーナの鉄骨組み立てを開始した。まず大型ベント(支保工)を設置し、その上に屋根鉄骨を組み上げる。通常、単層シェル構造の場合は、外周を固めて放射状に外周部より鉄骨を積み上げていく方が精度向上につながる。しかし、本工事は敷地に余裕がなく、構造物の外にクレーンを設置することができない。このため、今回は、アリーナの中央にクローラクレーンを設置して鉄骨を組み、サブアリーナとの連結部分の出口に向かって、クローラクレーンを後進させながら工事を進めていった。


ただし、この方式では屋根のアーチ形の保持には困難を伴った。建物外周の一部に仮設出入り口を設けることで正円型のドームを保持する張弦材(テンションリング(※2))がつながらず、常に変形しようとする力が働く。そのため、組み立てのステップごとに解析を行うことで、構造フレームにかかる応力と変形量を検証。複数パターンを繰り返し検証して最適な組み立て方を模索した。さらにテンションリングの荷重変位を効果的に抑える仮設の変形抑制材を設置し、精度管理に細心の注意を払いながら、工事を進めていった。


※2 テンションリング
  引っ張りリングとも言い、シェル構造の外周に設け、断面内に引っ張り応力を生
  じる環状の部材のこと
メインアリーナとサブアリーナは直交2方向グリッドの単層ラチスシェル構造。外周のテンションリングでアーチ効果を利かせた構造になっている
(左図)棒を水平に置き荷重がかかると点線のように「曲げ」の力がかかる(右図)支点の位置を左図より内側にずらして固定すると、下向きの荷重がアーチ部材の内部において圧縮力に変換されて曲線形状を保持する
BIMを最大限活かす
テンションリングが接合されるまでは、12mごとに配置した大型ベントで屋根鉄骨を支持




建物の屋根のフレーム自体はXとY軸の直交で組んでいるが、きれいな直角ではない。東西方向と南北方向でフレームの構造が異なり、南北方向は大円分割(※4)、東西方向は小円分割で構成。メインアリーナとサブアリーナをつなぐ東西方向の天井を見上げると「屋根のフレームが1本の直線になる」デザインが特徴だ。


フレームの見え方は意匠の点で重要視され、モックアップやBIMモデルで細かな調整が何度も行われた。「大円分割のドームではフレームは整った四角形で構成されますが、大円分割、小円分割が混在するため、四角形はいびつな形になり、施工難度が非常に高い構造物です」と副所長の越智はその特殊性を語る。


特徴的なデザインと複雑な構造フレームのため、現場は着工時に、四国の注目プロジェクトとして、BIMモデルを一貫利用することを目標に工事をスタートした。全職員にBIM教育を実施し、次世代技術との連携を積極的に進めている。


まず、地上で12m×12mのユニットを地組みするが、その精度管理にBIMが大きな力を発揮した。複雑な構造フレームはユニットごとに全て形が異なり、3次元測量とテープを使ったアナログな計測を並行して行った。


さらに、BIM活用の効果は地組みをするための架台製作にも及ぶ。本工事のユニットは、角度、高さ、長さ全てがそれぞれ異なる。個々のユニットに合わせた架台が必要になり、地組みをするたびにつくり直す必要があった。


最後は大型ベントを取り除き、荷重を解放するジャッキダウンを行う。ここでも、解析により全体構造に影響がないことを確認し、大きく3回に分けて実施することになった。


※4 大円・小円
  球面を平面で切れば切口は円となる。この円の平面が球の中心を通るときには大
  円といい、そうでない場合は小円という。大円の半径は球の半径に等しく、小円
  の半径は球の半径より小さい
複雑な形状、特殊な納まりのため、着工当初から協力会社も参画して組み立てステップ、鉄骨工事用足場、ベント脚部などをBIM上で検討・策定した
現場の3次元計測とテープでの実測により地組み精度を管理
ユニットごとにBIMデータから寸法管理記録を作成
ドローンで撮影した画像をSite Scanで自動画像解析し点群モデルを作成。距離・高さも精度よく確認でき、2D図面との重ね合わせが可能に。工事計画・進捗確認に利用している(「点群モデル」の横が東西方向、縦が南北方向)
ステンレスシート650枚で球面形状の屋根をつくる
鉄骨組み立てに続く屋根工事にも難関が待ち受けていた。屋根はフッ素樹脂塗装カラーステンレスシーム溶接防水工法で構築する。耐候性に優れたステンレスシートをシーム溶接でつなぎ、球面形状の屋根にする。立面上で溶接ラインを垂直に見せるこだわりのデザインだ。


実現には帯のような直線ではなく、弧を描くシートが必要になる。ひずみ対策に施される深リブ加工を利用し、ステンレスシート1枚ごとに左右にカーブさせる必要があった。メインアリーナ全体で使用するステンレスシート約650枚を、現場成型で一枚ずつ加工している。「この工法で100mを超える大規模施設への適用は前例がなく、メーカーにも協力してもらいました。実証実験には私たちも立ち会い、性能を確認しました」と所長 福田は話す。
フッ素樹脂塗装カラーステンレス シーム溶接防水工法を採用。ステンレスシートを連続溶接して球面形状の屋根を構築する。立面上は溶接ラインが垂直になるのが特徴
ひずみ対策のための深リブ加工。1枚ごとに左右のリブの深さを変え、球面に合わせた立体的なステンレスシートになるよう現場内で加工する
建築の面白さ
お客様の思いを感じ取り、具現化していくところが建築の面白いところだと福田は考えている。現場に入らないと分からない条件などを踏まえ、設計図に隠れていることを、日頃の打ち合わせの中で読み取ることが大切だ。さらに「ただ建てるのではなく、喜んで利用し続けてもらえる建物をつくるために、施工の専門家として、気付いたこと、すべきことは提案することを大事にしています」とものづくりへの熱い思いを語る。


大林組が持つ技術力と緻密な施工管理によってつくられる新アリーナの完成が、待ち遠しい。
現場見学などに対応可能なインフォメーションセンターでは、100分の1模型や観客席のモックアップを展示。VRゴーグルを使って仮想現実も体験できる
あなぶきアリーナ香川(香川県立体育館)の
(再生時間:4分23秒)
大林組-プロジェクト最前線
「瀬戸内海の山並みに溶け込む多目的アリーナをつくる」
工事概要
※ 2023年11月に取材実施。情報は当時のもの

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